第147話 氷檻
音を魔法に変える、それとも魔法を音に変えるのか、いずれにしてもシュベルトの本来の能力は、音を武器にして成り立っている。その戦いは、一見優雅な印象を受けるものの効果は、醜悪で残忍でしかない。
俺の知るゲームの世界では、使える魔法に属性があり、もちろんこの世界でもそうたのだが、個々の使用可能な属性は限られていることが多かった。だがそんな縛りの無いこの世界では、得意な属性を絞り込むのに探り合いが必要になる。
例えばヒナが、水属性を好み、リンカが剣に火を纏うように。
シュベルトが、笛を吹く度にかまいたちで切り裂かれたような傷跡が残る。恐らく風属性。だがそれが奴の得意な魔法とは限らないのだ。
「あいつ笛属性の魔法を使ってる」
メルが、驚愕の表情を浮かべたまま呟く。
おい! ないだろ笛属性なんて!
「笛属性の魔法を使うなんて最悪」
アリサもメルに同調する。その顔からは冗談を言っている様には思えない。
マジっ!? あるの笛属性って!?
魔法の区分って自然界に存在する属性だけだと思ってたけど笛って水とか火と同列に位置づけされてるの?
「お兄ちゃん! 笛魔法は全ての属性を使役する魔法だよっ! アイツは、笛で魔法を操れるんだよ!」
よく分からんがヒナが、解説めいたコメントで後押しをする。
「ふふふふっ、未熟な割に勉強熱心だな。さすがに魔王候補生と言ったところか」
シュベルトは、俺とヒナがずっと隠してきた秘密をあっさりと暴露する。
「こ、このやろう、それは言っちゃいけねえことだったんだからな!」
遂に明かされた驚愕の事実に俺の仲間達は、動揺を隠しきれない筈だ。その衝撃は、ふんわかつきたてのお餅が乾燥してやがてひび割れるように或いは長年付き合った恋人達が倦怠期を迎え些細なボタンの掛け違いから別れてしまうように深い亀裂を生み出しかねない。
「みんな、黙っててごめんなさい」
ヒナは、何の言い訳もなく素直に謝った。もちろん俺もそれに従う。
「みんな、ずっと隠しててすまなかった」
「「「いや、それ知ってるから」」」
メル、リンカ、アリサは、口を揃えた。
ええっ!? バレてたの!
まあそうだよな、グライドと一緒にいるし……
「逆に隠してると思っていた事に驚いたよ」
「うん、ミリほども気にしてなかった」
「何も変わらない、お兄さま」
三人の言葉に目を潤ませるヒナ
「みんな、ありがとう」
「すまない、みんな」
ようやく俺とヒナの気持ちは、心に抱えていた重しから解放されたのだった。
「さあこれからが本番だ! 決着をつけるぞ!」
残る敵は、シュベルトのみとなり誰一人欠ける事なく奴と対峙することになった俺達は、圧倒的に優位に立っているはずだ。
しかしそれにも関わらずシュベルトは、その表情を変える事なく相変わらずの余裕を漂わせている。
「余興は、終わりだ。いや今始まったのかもしれんな」
そう言って笑みさえ浮かべたシュベルトは、禍々しい装飾で彩られたフルートのような横笛を口に当てた。
その刹那、室内には音響が波動となってひろがる。
風の魔法を得意とするグライドが、かろうじてドーム状の魔法壁を展開していなければ俺達は、瞬時に壁へと打ち付けられていたかもしれない。
「グライドの癖にやるじゃん」
メルが、珍しくグライドの機転を褒め称える。
「癖にってなんだよ! つうかまだ凌いでねえよ!」
シュベルトの笛魔法によって壁には無数のひびが刻まれパラパラと崩れ始めている。この時点で俺は、ようやく重大なミスを犯していた事に気が付いた。閉鎖された空間、それこそが奴の笛魔法を活かす最も有効な場所に違いなかったのだ。
「だからリスクを犯してまでこの城の中に……」
全力で風のバリアを張り続けるグライドだがこのままだとジリ貧状態なのは明らかだ。
何か打開策は無いものかと思考を巡らせる。
メルが、意味ありげに天井を指差す。良い考えでも思い付いたのだろうか? シュベルトに分からぬように口をパクパクさせて何かを伝えようしている。
藁にもすがる思いで口の動きを読み取る俺。
ええっと……て・ん・じ・ょ・う……
……ふ・き・と・ば・す……に・ゃ…………
おいいーーーーっ! 駄目だろっ、それっ!
俺の脳内に飛び交う『何でやねん』の嵐。
そしてにゃは、いらねえ!!
「守るべき城を壊してどうすんだよ!?」
今気が付いたかのようにハッとした顔をするメルは、また何かを囁いている。
なになに……な・ん・ち・ゃ・っ・て・ん・ぐ・た・け……
さらりと毒キノコを織り交ぜるんじゃねえ。
ガッカリっ子は、期待を裏切らない。
「お兄ちゃん!」
今度は、ヒナが目配せと共に頷く。その瞳には明らかな決意と確信が溢れかえっていた。と言うかそんなに真っ直ぐな視線を向けられるとお兄ちゃん照れるのだが……
「ヨシっ、珍しく役に立っているグライド! もう少し耐えてくれ!」
「ぶ、ぶっ飛ばすぞ、コラっ!」
そう言いながらもグライドは、風のバリアを保ち続けるよう魔力を振り絞った。
「タケル、私の用意は出来てるぞ」
リンカが、叫ぶ。いや何も頼んで無いよ俺。
一人で勝手に盛り上がる女剣士は、親指で鼻をクイと弾いているが、本当になにも頼んでいないんだが……
「アーハッハッ、皆の犠牲となれるなら私は、本望だ。ここで冷静を気取り黙って安全を確保するのが真の騎士だと言えるだろうか? いや断じて違う! そうだろっタケルぅ!」
ひとりやる気MAXで盛り上がり続ける痛い子、リンカ。
その途端、案の定、ドン引きオーラで場の空気が凍りつく。
「やばっ、寒っ!」
気のせいか空気だけでなく本当に寒気さえする。
ドン引きオーラ、スゲェ!
だが実際の冷気の出所は、ヒナだった。放った冷気は、スターダストの様に煌めき螺旋状にシュベルトの周囲に纏わりつく。
「アイス・ゲージ!」
出口の無いイグルーの様にドーム状に造られた氷の檻が、シュベルトを封じ込める形で完成した。
更に凶悪なのがドーム内の空間までも徐々に凍り付いていく。いやコレ本当にヒナが、味方で良かったとしか言えねえ!
この時点で笛の音のふの字も聞こえず、ただただ氷の軋むキュウキュウという音だけが部屋に響き渡っている。
「やった……のか?」
力を使い果たしたグライドが、放心したかのように呟いた。
「やったじゃん、ヒナ!」
「なんか、呆気ない最後だったな。だが私達の勝利だっ!」
メルとリンカは、勝利を確信して笑みすら浮かべている。そんな中、アリサだけが召喚獣を引っ込めもせずに真剣な眼差しをドームに向けている。
「お兄さま、今フラグが、立った……」
だよなあぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!
氷の軋む音は収束する事もなく激しくなって行く。それを感じ取っていたのかヒナは、悔しそうに唇を噛み締めていた。
「ダメみたいだよ、お兄ちゃん」
どうやらラスボスは、容易く勝ちを譲ってくれそうも無いようだ。
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