第106話 それは希望にかわる

 バルセイムの大賢者エクス・タシーィの残したノートによれば時のグリモアは、既に他の所にあるらしい。あまりにふざけた大賢者の言葉を信じるとすればだが……



「だとしたら、時のグリモアは、安全だと思うよ」


 城への帰り道に俺達は、そんな話をしていたのだ。


「どうしてお兄ちゃんは、安全だって思うの?」


 ヒナが不思議そうな様子で俺の顔を覗き込んだ。


「エクスの時代に最強だった人ってもう生きてないんじゃないのか、タケルっ」


 リンカももっともな意見を述べた。そして何故か剣を抜き、前を歩くホサマンネンさんを斬りつけるようなイメージトレーニングをしている。

 その度にホサマンネンさんのひえっ、ひっ、という声がするのでやめて欲しいのだが。


「当時も今も最強の存在なら一人は魔王、でもそれはありえない。だったら別の一人には、私達はすでに会っている」


 アリサが俺の方をみて悪戯っぽくウインクをした。相変わらず利口な奴だな。どうやら俺の考えを察しているようだ。



 もともと『時のグリモア』が魔王軍に渡らなければ良いのだから、その人が所持しているのなら俺達が持っているよりも安全なんだ。



 ーー マジギレのレイラ ーー



 最強の魔女にして伝説の勇者アレスの奥さん、そしてメルのひいおばあさんでもある……


 世界を滅ぼすほどの魔力を持ちながらも歴史から姿を消した恋のファンタジスタの事だ。


 魔道書は、恐らくそこにあるのだと俺は思っているのだ。


 そうだろマシュ!


 人の心が読めるマシュは、俺の視線に気が付くと納得したようにこちらにテケテケ歩いて来た。

 さすがは俺の使い魔! 言わずとも伝わる心!


 目の前まで来たマシュは、クチバシで羽根を抜いて差し出した……


 って! それもう終わったじゃん!

 さっき入り口探す時に!

 全く伝わっていなかったよ、このひと。



 レイラの話だとマシュは、人の気持ちが読めるはずなのだが、かなり精度が危うい。例えれば目分量で片栗粉を混ぜてぶよぶよの塊を作るタイプの人だ。



 そう言えばメルなら、なにか知ってるかもしれないんじゃなかろうか? メルは聞かないと、知ってても話さない奴なんだよな。隠し事をするってタイプじゃないんだけど。


「メルっ!」


「むぐっ!?」


「………………いや、なんでもない」


 まだサンドイッチを食べていたのか、喉に詰まらせていた。あてにするのは間違っていた、そっとしておこう……





 その後、城に着いた俺達はそれぞれの部屋に戻っていったのだが、ホサマンネンさんと俺は、城の兵士達の訓練状況を見るために城の地下にある訓練場へと足を運んだ。



「いや、是非とも見て頂きたいのですよ。わずかな時間ですが生まれ変わった兵士の姿を!」



 おおよそ筋トレで若干の筋肉をつけたのだろうと予想できるんだけど、まあ体力が付くに越したことはないと思う。


 俺は訓練場の扉を開けて中に足を踏み入れた。


「な、な、ナニコレ!?」


 驚きのあまり声が裏返った俺。


 全ての兵士が壁に向かいブツブツと何かを呟いていた。壁には紙が貼られており『生麦、生米、生卵』『カエルぴょこぴょこ……』などと書いてある。


「ど、どういう事ですか!? ホサマンネンさん」


「ははっ! いやあ随分驚かれた事でしょう」


 いや、驚き過ぎだよ! この残念感!


「なんで皆んな、早口言葉練習してるんですか!」


「よくぞ聞いて下さいましたタケル隊長、これは兵士の迅速な伝達経路の為のじゅーうような訓練なんです。出来るだけ早口で他の者に指令を正確に伝える。筋力強化の時間を減らしてまでこの訓練に時間を割いたのです。つまりはこの私、ホサマンネンの緻密な……」



 キレてもいいよね俺っ! まったく意味不明なんだけど! 早口で喋れる事で敵から身を守れるなら苦労しないっての……


「あれっ、ちょっと待てよ……」


 何かが頭に引っかかってモヤモヤする。ひたすら早口で壁の文字を読む兵士の姿が頭の中でぐるぐると回り出した。


 やがてそれはひとつの結論となって俺の中でまとまった。


「よし、何とかなるかもしれないな」


 ひとり静かに頷いた俺は、兵士達全員に届くような大声で集合の号令を掛けた。


 所々で「集合」「了解」などの声が聞こえる。


 いま伝達いらないから! 皆んな聞こえたよね直接! 逆に時間がかかってしょうがないから


 ドヤ顔をしているホサマンネンさんにイラっとする俺だったが、そんなそぶりも見せず兵士達に新たな指示を出したのだった……
















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