第59話
芥川龍之介が何とか(スライか?)を聴いてお歌が上手で何とかいう歌がさっきから頭の中をグルグル流れている。
その調子じゃお前ぜってえ芥川龍之介なんか読んでねえだろ。
ノリさえ良ければそれでいいってのかよ!
……いいんだろうな。
おれはイライラしていた。
何にでもいいから八つ当たりしたい気分だった。
だからその歌手の作った歌詞に毒付いた。
そして、ついでにその歌詞を含む曲のタイトルを思い出して恥ずかしくなり、またムカついた。
糞。糞。糞。糞。
歌なんて関係無い。
本当にムカついているのはおれ自身にだ。
真実ちゃんと連絡を取らなくなって1週間経つ。
付き合って初めての『ケンカ』だ。
いや、ケンカというよりおれが真実ちゃんを傷付けて拒絶された。
そう言えば昔、真実ちゃんの本名も顔も知らなくて、ネット上だけでやり取りしていた時もこんな事があったな。
おれはそういった事すら今では懐かしく思い出す。
でも、成長しねえなおれは。
こんな状態で仕事なんか出来る筈もなく。
『剣士なおれとウィザードな彼女』2巻の改稿作業が殆ど進んでいない。
せっかくラノベ作家としてカムバック出来たというのに。
これでは今までの努力も水の泡と化してしまう。
そして、こんな時頼りになるヤツの存在に思い当たった。
中嶋聖良(なかじませいら)だ。
聖良は売れっ子のエッセイストだが、おれの把握する限り今の時期は連載の締め切りが丁度終わった頃だと思う。
それでも他の仕事が入っていたら仕方ないが、おれは聖良に連絡を取ってみる事にした。
「まあ、そんな事を言ったんですの? これだから偏差値30馬鹿田大学卒の馬鹿爺いは」
「偏差値は関係無いだろ~~!?」
それにお前とは2つしか違わないから爺いとは言わせねえぞ!! 断じて!!
エアコンの効いた喫茶店の中。
おれは思わず絶叫した。
しかし、毒舌の聖良は続ける。
この日の聖良も相変わらずの和服姿で、アイスブルーに染められた浴衣を身に付けている。
本人の目元と同じで涼しげな浴衣だ。
「偏差値は、基本的な頭の良さに関係しますわよ。論理性というのかしら……。いくら芸術的センスがあったって、やっぱり偏差値の無い方は人の心を正確に読む事は出来ませんわ。人としての余裕もありませんし」
と、実は偏差値40の聖良が言った。
ふう、とため息を吐く聖良。
「私、社会に出て初めて偏差値の重要性に気付きましたの。高学歴の方はやっぱりどこか違いますわ。いえ、馬鹿も居ますけど」
そんな、人(おれ)を傷付ける事を平気で言って。
おれの心が泣かないとでも思っているのか?
……お前、おれの事魔王の血を引く何かだとでも思ってない?
それに偏差値の話なんかしてる場合じゃない。
真実ちゃんの事だ。
「真実さんは、頑固な方なんでしょう?
もしかしたら、その『執筆』が終わるまで亜流さんには本当に会わないつもりなのかもしれませんわね」
「そうかな……」
今までの真実ちゃんだったら、根を上げておれに泣き付いてくる頃だ。
だけど、そんな捉え方もまた真実ちゃんのささやかで可愛いプライドを傷付ける事になってしまうのだろうか。
エアコンが効いているとはいえ熱そうなハーブティーをちびちびと飲みながら聖良は言う。
「でも、頑固な女性と言っても亜流さんへの愛は異常なくらい本物なのでしょう。それくらいで自然消滅するなんて事は考えづらいですわ」
「自然消滅なんて事は無い。おれもさせない」
それに、真実ちゃんだってその気は無いだろう。
問題は、この状態がいつまで続くかだ。
真実ちゃんは、おれがすぐ横に居なければ小説を書けなかった。
そういう状態を、おれは困惑しながらも嬉しく受け入れていたのだがーー。
それを今、彼女は打破しようとしている。
反対におれの方の仕事が手に付かないってんだから、いいツラの皮だ。
黒いおかっぱの髪を耳にかけて、聖良はお得意の『予言』をする。
この『予言』が無ければわざわざ(互いに)忙しい中を呼び出してアドバイスを乞うたりしない。
「真実さんは今、本当に小説を書いている途中だと思いますわ。それが終わるまで、心穏やかに待つ事が幸せを呼ぶと思います」
だけどまさか聖良の『予言』がその日の内に的中するとは思わなかった。
夜、真実ちゃんから電話がかかってきたのだ。
彼女の声は疲れた様子で、しかし少しハイになったようなおかしなテンションを醸し出していた。
「……祐樹、さん……」
「真実ちゃん!? どうしたの!?」
「……祐樹さん、私、この1週間で1万文字書けました……書かなきゃ、祐樹さんに会えないと思ったら、早く早くってキーボードを打ちまくってて……」
「1万字もかい!? 真実ちゃん、凄い……って、真実ちゃん大丈夫!? 寝ちゃってる!?」
「寝てませ……ん……。でも祐樹さん、これで私、残念な彼女じゃなくなりましたよね……?」
電話口から、スーッという寝息の音が聞こえる。
書き終わってすぐに電話をかけてくれたんだ。
おれはもう少しで泣きそうになりながら、スマホの向こうの真実ちゃんを起こそうと声を掛け続けた。
真実ちゃんは、怒っていたんじゃない。
おれに何とか認められようとしてくれて、残念な彼女なんて思われたくなくて、力を振り絞ったんだ。
おれは、聖良の言う通り馬鹿田大学卒の馬鹿だ。
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