第57話
「例えば、『お前を蝋人形にしてやろうか!』というお馴染みのセリフを初めて聞いた時の大槻ケンヂはどんな気持ちを抱いたと思う? ほぼ同年代のアーティストとして。『やられた!』と嫉妬したか、『馬鹿か!』と思ったか」
おれは真実ちゃんにそう質問した。
真実ちゃんは、
「えーと……蝋人形……ですか?」
と困惑気味だ。
うら若い真実ちゃんにはまだ早かったかな。
知識の幅は広いとは言え。
まあおれだってそんな年代じゃないんだが。
でも、こういう「〇〇になったら、どう動くか」というのを考えるのは小説を書く上でとても重要な事だ。
駆け出しのおれが言っても偉そうにしか聞こえないだろうが、おれだって曲がりなりにもプロ作家である。
これくらい言っても良いだろう。
おれは、真実ちゃんの処女作『コッペリアの劇場』を完成させるべく、彼女の部屋に上がり込んでいた。
彼女はおれと一緒にいないと、すぐSNSに逃げ、ツイッターに張り付いておれの動向を探ろうとする。
それは未だに彼女に染み付いている癖のような物だった。
アールグレイを飲み、真実ちゃん特製の三層ゼリーケーキを食べながら2人でパソコンに向かっていた。
「所で真実ちゃん、匿名掲示板のおれのトピックでまだ野中いちが暴れてたけど、ちゃんと無視してて偉いね」
先日の同人誌即売会で、おれと付き合いたがっている女子高生・野中いちと大立ち回りを演じた真実ちゃん。
野中いちは、おれのトピックに、おれの彼女たる真実ちゃんの悪口を書き込みまくっていた。
おばちゃんだの、ぶりっ子だの。
中でも一番真実ちゃんの心を傷付けたと思われるのは、
「何の才能も無いクセにラノベ作家と付き合うなんて」
という中傷書き込みだった。
その書き込みが余程効いたのだろう。
真実ちゃんは、
「私、やっぱり小説書きたいです」
と電話をかけてきた。
おれは、一も二もなく彼女の部屋に飛んで来た。
光速で来たので真実ちゃんも驚いているようだったが、
「今から行く」
と言ってから短時間の間に三層ゼリーケーキを作ってしまった真実ちゃんも凄い。
「『コッペリアの劇場』は、シンデレラのお姉さんを更生させて幸せに導く話なんだよね?」
おれは確認した。
「は、はい。一応その予定ですけど……」
「じゃあ、そもそもヒロインが何故意地悪だったのかを考えてみよう」
真実ちゃんは、うーん、と考えて返答を絞りだした。
「お父さんがいなかったから、じゃないでしょうか」
「うん、うん」
「それと、シンデレラと一緒に住む前は上のお姉さんに虐められていたからとか」
「すげえ! 真実ちゃん、『ヒロインは下のお姉さん』っていう設定がもう出来たじゃん!!」
「あ……本当ですね!!」
真実ちゃんは自分で自分に驚いている。
ーーやっぱり、細かい設定を何1つ考えてなかったんだな。
彼女はおれの誘導型アドバイスにいたく感激してくれたようだった。
「やっぱり、祐樹さんは凄いですね!!
さすがプロです!!」
……正直、真実ちゃんに言って貰っても自分を凄いとは思えないんだが。
でも、素直に喜んでくれたのはこちらとしても嬉しい。
ふと、真実ちゃんの本棚に目が留まる。
いつも思うのだが、彼女はライトノベルの他にSFを好んで読んでいるようである。
海外のSFが多い。
「……今更だけどさ、真実ちゃんはどうしてラノベ作家を目指す事にしたの?」
真実ちゃんは、恥ずかしそうに言う。
「高校時代に祐樹さんの小説を、読んだからです」
…………。
……し〜ん〜じ〜つ〜ちゃ〜ん〜!!!!
「野中いちさん以外にも、祐樹さんの事狙っている女の子きっと沢山いますよね……」
真実ちゃんは重ねて言った。
「でも私、祐樹さんを、ほ、他の女の子に奪われるなんて絶対イヤなんです。私、はっきり言ってくれた野中いちさんに感謝してます」
「……しばらく、休もうか」
おれは真実ちゃんの俯いた、透明で綺麗な瞳を見つめた。
その日、おれは初めて真実ちゃんの家に泊まった。
ーー小説を書く以外、特に何も無かったが。
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