第55話

 


  おれのカムバック作品『剣士なおれとウィザードな彼女』が第4刷までいってしまった。


  これは数年前に出したデビュー作の売れなさと比較すると奇跡のような快挙と言えよう。


  こうなってくると気になるのは2巻の売れ行きだが、それは鋭意執筆中、といった状況だった。

  真実ちゃんとのデートも中々ままならなくなってきたが、ツイッターやメール、電話でのデートは欠かした事はない。


  否、真実ちゃんがそれを許してくれない。


  勿論彼女にはおれの仕事を「邪魔」する気は毛頭無いのだが。

  数分、あるいは数秒で返信やいいねを送ってくれる相変わらずの秒速対応がおれの気持ちを悩ませた。



  真実ちゃん、書いてないな……小説。



  おれは真実ちゃんの為にもカチャカチャカチャカチャと必死でPCのキーボードに向かい、とうとう2巻分の原稿を書き終わらせたのであった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



  あっという間に季節は本格的な夏を迎えていた。

  夏の太陽は、眩しい。眩し過ぎる。そして熱い。暑いじゃなくて熱い。



  「ーーっていう訳でさ、祐樹にい。前に言った通り真実ちゃんを売り子に貸してほしいんだけど」


  水出し玉露を置いた小テーブルを挟んだおれの部屋。

  栄美が来ている。

  最初は『剣士なおれ』2巻のイラストについて打ち合わせをしていた。

  そこから徐々に栄美の同人サークルの話へと移っていたようだった。


  相変わらずの大きな胸に、それを包んでいる毎年変わらないタオル地のボーダーキャミソールを着た栄美。


  「ん? んああ……」


  連日の原稿書きや修正に追われて寝不足気味のおれは、殆ど半寝状態のまま栄美の話にただ頷いていた。


  「あのさー、ちゃんと聞いておくれよう、祐樹にい! 同人誌祭りは明後日なんだから!!」


  「明後日……もうそんなになるのか……」


  去年、真実ちゃんとの邂逅を果たしたのも同人誌イベントの日だった。

  おれは懐かしく思い出す。

  あの時は真実ちゃんの後ろ姿しか見ていなかったけど、今ではおれの彼女。

  時の流れと運命というのは凄いものだとおれは半寝のまま感慨に浸る。


  「……売り子の事なら、真実ちゃんにも最近念押ししたし、彼女も楽しみにしてるから大丈夫だぜ」


  「こういうイベントにも抵抗は無い、と。正に打って付けの天使だわ」


  栄美はウキウキした様子だ。

  この様子だけだと、栄美がおれの事を好きだなんて信じられなくなる。

  それとも、真実ちゃんのヤンデレぶりに気圧されておれの事はもう吹っ切ったのだろうか。

  そっちの方が、栄美の幸せの為にも良い。


  だが渡ツネオ、テメーはダメだ。


  おれの事を諦めたのなら、栄美には渡なんかよりもっと良い男と一緒になってほしいな。

  おれは水出し玉露の透明な緑色を見つめながらそんな事を考えていた。



  そして2日後。

  同人誌イベントの日。


  真実ちゃんはノースリーブの白いワンピースでやって来た。

  勿論、ひらひらのスカート。


  「同人誌イベントは、買い手としてなら何回か来てるんですけど、机の中に入るのは初めてで……」


  ちょっとドギマギした様子の真実ちゃんに向かって、栄美がレクチャーする。


  「だーいじょうぶだって! お金を受け取って冊数を計算して、お礼と一緒にお釣りを渡すだけ!!」


  「お礼と一緒に、お釣りですね……!!」


  真実ちゃん可愛いから、真実ちゃん目当ての参加者さんが並んでくれるかもー! 等と言い栄美は二ヒヒと笑った。

  コスプレしてもらった方が良かったかなー? とも。


  おい、そんな目的でおれはお前に真実ちゃんを『貸した』んじゃない。

  売り子の人数に困ってるって言うから。



  「どうもおはようごさいます! 素城栄美さんの机ですよね?」



  ーーと、突然謎の少女が栄美の目を、そして胸を鋭い視線で射抜きながら仁王立ちで『挨拶』に来た。


  「あ、はい、おはようございます……ええと……」


  栄美がまごついている。


  「私、隣の机の野中いちって言います。あ、ペンネームですけど。今日は1日よろしくお願いします」


  その、恐らくは高校生かと思われる背の低い少女は、栄美から視線を外すと、今度は真実ちゃんの方に視線を移し、頭のてっぺんから爪先までチェックするように見回した。


  腰に手を当てたままで。


  真実ちゃんは静かにその視線を受け止めていた。

  でも、何か言いたそうだった。


  おれは何だか凄くイヤな予感がしたのだった。


  栄美はプロのイラストレーターもやっているから、当然『壁サークル』ってやつだ。

  高校生くらいで、そんな栄美の隣りに配置されるなんて物凄い早熟な天才で、見た所気も強いであろう事は想像に難くない。


  そして彼女は幼いながらも相当の美人だったーー残念な事に。


  野中いちと名乗ったその美少女はおれの顔を見ると、ポッと顔を赤らめて、


  「よろしくお願いしま〜す!」


  と挨拶をしてきた。

  おいおい。

  まさかと思うがウザ女(じょ)か? 匿名掲示板のおれトピックで暴れ回ってる、JKと思われるあの女……。

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