第40話

 


  ところでおれの初彼女、時任真実(ときとうしんじつ)ちゃんは束縛が強い。


  バレンタインに妹から渡された義理チョコを他のファンの娘にプレゼントされた物かと勘違いして嫉妬したり。


  おれと付き合った途端、「友達が亜流さんを好きになったら嫌だから」と言っておれの作品を『布教』するのをやめたり。


  隠し撮りしたおれの写真を『宝物』だと言ってスマホの壁紙にして当然のようにそれをおれに見せてきたり。


  普段は大人しい娘なのだが……。

  ことおれの話となると人が違ったように積極的になる。


  言い忘れていたが、おれと真実ちゃんはネット上で知り合って付き合い始めた。

  その時から彼女は、匿名掲示板のおれのトピックやらツイッターやらでおれの追っかけをしてくれていた。


  そして何やかんやあって、ネットを越えて実際に付き合う事になったのだ。

  が、それ以降彼女のヤンデレ具合は加速していっているようだった。


  しかし。

  そんな真実ちゃんのヤンデレに困るどころか逆に嬉しいと思っているおれがいる。

  そうじゃなきゃ例え3ヶ月という長くはない時間でも付き合い続けたりはしない。

  おれも結構なヤンデレだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



  「……真実ちゃん、この前小説を書かずにスマホいじってたでしょ?」



  すっかり初夏の日差しが眩しい5月。

  おれ達は真実ちゃんが住むマンションの最寄り駅近くの公園で日向ぼっこをしていた。

 

  ここは、おれと真実ちゃんが初デートした場所で、大変思い出深い公園だ。

  噴水では早くも子ども達が水遊びをしている。


  「どうなの。あの日のおれのツイッターにいいねが付いてたけど」


  「え、あの……はい……」


  真実ちゃんは申し訳なさそうに頷いた。

  長く黒に近い茶髪が陽の光に透けてとても綺麗だ。


  「亜流さんが今どうしてるかな、と考えたらツイッターを見ずにいられなくて……ごめんなさい」


  「そういうの、凄く嬉しいけど真実ちゃんの為にならないでしょ?」


  はい、と言って俯く真実ちゃん。


  本当の所を言うと、おれだってツラいんだ。

  もし真実ちゃんが一念発起、執筆活動に専念して、おれの事をないがしろにしたらと思うと……気が狂うぞ。


  だけど彼女には夢を叶えてほしいし。

  そこの所はとてもデリケートな問題だ。


  「小説、書きます。でもその前にお願いしたい事があるんです」


  ん? 普段我儘を言わない真実ちゃんからの『お願い』? 何? 何?


  「亜流さん、まだ1度も私の家にいらっしゃった事がないですよね」


  「う、うん」


  そこはおれも気にしていた事だった。

  会うのはいつもおれの部屋か喫茶店だ。


  付き合って3ヶ月、1人暮しの女の子の家に上がり込むのはどうかと思うが……。

  真実ちゃんがどんな部屋に住んでいるのか、かなり興味がある。


  「これから、私の家に来て貰えますか」


  「……いいの?」


  「亜流さん、何も言ってくれないから……私の家に行くのが嫌なのかなと思ってたんですけど……」


  「嫌だなんて、全然!! むしろ行きたいってずっと思ってたよ」


  公園から真実ちゃんの住むマンションまで徒歩で約10分。


  「じゃあ、亜流さん、今から来てくれますか」


  「勿論、真実ちゃんの迷惑にならなければ」


  そう言うと、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべた。


  「もしもの時を考えて、今日部屋の大掃除をしてきたんです」


  そこまでしなくてもいいのに。


  「ーーあ、おれからも1つお願い事があるんだけど、いい?」


  「は、はい!」


  おれは深呼吸をした。


  「そろそろさ、おれの事『亜流さん』て呼ぶのはやめてくれないかな。おれの本名、『吾妻祐樹(あづまゆうき)』。前に何度も教えたじゃない。それと、敬語もやめてほしいな。まだおれと真実ちゃんの間に壁があるみたいで落ち着かない」


  そう言うと、彼女は目を丸くした。

  真実ちゃん曰く。


  「あの、敬語は許してください!! 亜流さんは私の尊敬する作家さんだし、普通に話し掛けるなんて無理です!!」


  「じゃあ、敬語はいいからーー嫌だけどーーせめて本名で呼んでよ。『祐樹』って」


  真実ちゃんは恥ずかしそうに目を伏せて呼んでくれた。


  「祐樹……さん……」


  「『さん』はいらないけど、オッケー! ありがとう!!」


  真実ちゃんはモジモジとしながら笑った。

  おれ達は、真実ちゃんの住むマンションへと歩き始めた。

  勿論、手を繋いで。

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