第38話
この、ラノベ作家を目指しつつもまだ1行も書いた事が無いという『初彼女』に、おこがましくもおれなりのアドバイスをしてあげながら、楽しい時間は過ぎていく。
「SNSばかりやってちゃ、ダメですよね。分かってはいるんですけど、でも……」
「おれのツイッターが気になってくれてたっていうのは嬉しいですけど、いや、嬉しいけど」
真実しんじつちゃんと呼ぼう。
臭く言うと、彼女はおれの人生に灯った『しんじつ』なのだから。
「真実(しんじつ)ちゃん、って呼んでいいですか。『mami』さんじゃなくて」
どうしても敬語が抜けない。
「あ……は、はい……」
彼女の白い頰にまたもや赤みが差す。
おれ、今夢にまで見た(顔は知らなかったが)mamiさんと付き合ってるんだな。
初めてラノベで大賞を取った時以来の幸福だ。
こんなに幸せを感じるなんて、おれって今までどれだけ幸福に逃げられてたんだよって話だ。
「これからは、ツイッターじゃなくて電話やメールで連絡だね。えーと、おれのメアドは……」
と、あれ、ポケットにあると思っていたスマホが見当たらない。バッグの中か。
おれはショルダーバッグのジッパーを下ろして、スマホを探そうとした。
駅のホームで渡ツネオと電話したから、どこかにはあるはずだ。
刹那、バッグの中からバレンタインチョコの入った小箱が飛び出し、足元に落っこちた。
真実ちゃんからの物ではない。
今朝、出がけに妹から渡された義理チョコである。
ーー瞬間ーー。
真実ちゃんの瞳がキラリと、いや、闇夜の猫の目みたいにギラリと光った。
しまった、彼女は束縛も強い方なんだった。
おれは咄嗟に説明しようとした。
「あ、あのさ、これはいも……」
「おモテになるんですね」
「え? いや……」
「亜流さん、格好いいですもんね。即売会に来た他の読者の方からですか?」
「だから、違うって!!」
愚妹からのだ、と誠心誠意を込めて経緯を説明すると、真実ちゃんは納得した挙句、自分の早とちりを恥じてしまっているようだった。
彼女はシュンとして呟くように謝罪の言葉を口にした。
「……ごめんなさい、私って思い込みが激しくて……。しかも付き合ったばかりなのにもう彼女目線になって……」
「いや、彼女だからいいんだけどね……」
交際1日目から、これは中々の難関だぞ。
まだ悩ましげな表情を浮かべている真実ちゃんに、おれは提案した。
「真実ちゃん、おれの彼女として家族や知り合い達に紹介させてよ」
「え……」
こうやっておれの外堀を埋めていけば、真実ちゃんだって安心するはずだ。
妹は騒ぎまくるだろう。
母親は喜ぶだろう。
渡は何でお前にこんな素敵な彼女がと歯噛みをするだろう。
聖良は、『mamiさん』こと真実ちゃんの存在を唯一知っているヤツだから、祝いの拍手のひとつもくれるだろう。
栄美はーーちょっとは傷付くかもしれない。
だけど栄美だって、おれに好きな子がいるって事だけは知ってるから、覚悟は出来ているだろうと。
「決めた。真実ちゃん、これからおれの家に行こう」
「え、い、今からですか!?」
「今から!」
おれは真実ちゃんの小さな手を握って、駅まで歩き出した。
真実ちゃんはあの、あのと言いながら小走りで付いてくる。
おれと彼女が付き合うにいたるまでのお話は一先ずこれでおしまいだ。
諸兄姉に告げたいのは、恋愛にはこんな変わった始まり方もあるんだって事だ。
心の片隅にでも覚えておいて頂ければ幸いだ。
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