第32話

 


  『剣士なおれとウィザードな彼女』が発売されて1週間が経った。


  初日こそ栄美と一緒に本屋巡りをして売れ行きをチェックしに行ったおれだったが、これくらい経つともうそんな恥ずかしい事はしていられなくなる。


  ただ、ツイッターのフォロワさんは爆発的……と言っても1日に50件くらいだが、かなり付いてきている。


  殆どが無言フォローではあるが、中には嬉しいメッセージを書き込んでくれる人もちらほらいらっしゃった。


  その土地土地での本屋さんで、おれの本がどれくらい減っているか写メしてくれた人までいる。


  「北海道ですが、僕の近所の本屋ではかなり減ってましたよー」


  「本読んでフォローしました! イラストも相まって凄くいいです 」


  「続編読みたいですねー」


  「ヒロイン可愛いですね。ヤンデレ好きなんでツボでした」


  等々。昔からのファンの人の中には、おれの復帰を喜んでくれる人達もいる。


  おれはそんな人達に丁寧な返信を送る。


  ヒロインの話に触れられると、否が応でもmamiさんの事を強く思い出さざるを得なくなる。

 


  おれの書いたヒロイン=mamiさん。

  おれの大切な『ネット彼女』でありヒロインのモデルであり世界観のイメージ。


  彼女にあの本を読んで貰わなくては、困る。



  もしかしたら、mamiさんがアカウントを新しく作ってツイッターに書き込みをしてくれているんじゃないかという儚い望みも抱いたが、会った事がなくてもmamiさんの特徴が分かるヤンデレのおれから見た限りそのような事は起こっていないようだった。


  例の匿名掲示板に行けば彼女の感想が書かれているだろうかと思い、意を決しておれのトピックを開いたが、mamiさんどころかmamiさんが撃退したウザ女(じょ)の女子高生? の姿すら無いようだ。


  その他の書き込みは、厳しい意見や中傷を読みたくなくてざっと目を通す程度に留める。


  実際の話、mamiさんがいなければ『剣士なおれとウィザードな彼女』は完成させる事ができなかったし、今回の書籍化も無かっただろう。


  前にも書いたが、おれはmamiさんの存在無しには魂のこもった小説が書けなくなるんじゃないかというくらい彼女に嵌っていた。


  今こっそり書いている新作のヒロインだってそうだ。


  mamiさんとの繋がりを絶って2ヶ月経つ。その間、新作の方は殆ど筆が止まったままだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



  「『剣士なおれとウィザードな彼女』、売れ行きがかなり良いですよ」


  担当編集の鈴元忠弘さんから電話があったのはそれからまた1週間経ち、世はバレンタインデーとかいうクソ馬鹿馬鹿しいイベントに沸いている日の事だった。


  「本当ですか!」


  おれは安堵の溜息をつく。

  これで鈴元さんへの『恩返し』を少しは出来た事になるだろうか。


  それでですね、と鈴元さんは続ける。


  「この度急遽重版をかける事になりました」


  !!

  おれは言葉に詰まった。

  まだ2週間しか経っていないのに、重版……。

  数年前のおれとは大違いだ。

  これもmamiさんの励ましのおかげである。


  「何もかも……ありがとうございます」


  おれは素直に感謝の言葉を口に出した。

  鈴元さんに対しても、mamiさんに対しても。


  鈴元さんは重ねて嬉しい言葉を伝えてくれる。


  「2巻目を、出しましょうか」


  夢みたいだ。今書いている新作はお預けになるが。

  しかし、夢みたいな話はそれからも続く。


  2巻目に関する話をしばらくして、近い内に会って打ち合わせをしよう、という話になった後で、鈴元さんは思い出したように言った。


  「そういえば今日は、バレンタインデーですよね」


  「そうですよね」


  おれには関係の無い話だ。


  「実は、亜流さんにバレンタインデーのらしき贈り物が編集部に届いているんですよ」


  「贈り物? ですか?」


  おれにそこまでしてくれるファンがいるだなんてありがたい。


  「ええ。わざわざ2月14日を指定して送って来てくれてますから、多分バレンタインを意識してると思うんですが」


  送り主は女性ですしね、と鈴元さんは言う。


  バレンタインデーに贈り物をする『女性』なんて、アレか? 匿名掲示板でおれと付き合いたいとか言ってたウザ女か?


  「何て言う名前の方ですか?」


  一応聞いてみる。手の込んだ悪戯かもしれないし。


  「ええと、送り主の名前には『トキトウ マミ』さんとありますね」


  おれの心臓がドクンと跳ね上がる。

  ーーマミさん?


  「一応、規則として編集部で中身を開けてから亜流さんにお渡ししようとーー」


  「ちょ、ちょっと待ってください!!」


  おれは思わず電話口で叫ぶ。

  鈴元さんの戸惑ったような反応すらお構い無しだ。


  「あの、おれ、今から白鳥出版に向かいます。それで、直接受け取りに伺います」


  鈴元さんはやはり驚いた様子で、お知り合いですか? 等と質問してきたが、それはうやむやに返答。兎に角おれはその『贈り物』の荷物とやらを確かめたくて仕方がなかった。




  夜になっていた。


  目を丸くする鈴元さんへの挨拶も、2巻目の話もそこそこに、おれは自宅に急いで戻って来る。


  紙袋に大きく貼ってある宅配便の依頼状には、送り主の住所と共に当然、名前が記されていた。


  『時任 真実』。


  フリガナによると、


  トキトウ マミ


  と読むらしい。


  住所は東京都S区。

  電話番号は携帯電話のそれだ。

  女性らしいきれいな字で書かれている。


  おれはしばらく紙袋を見つめ続けたまま部屋の中で座禅を組むようにしていた。


  心ゆくまで紙袋の依頼状を観察したおれは、ハサミで丁寧に紙袋の端を切り取り、中身を確かめる。


  可愛らしくラッピングされたチョコレートと思われる薄い箱と、これまた可愛らしい封筒に入った手紙が同封されていた。



  それは、真実さんからの長い長い手紙だった。

  次回は、その手紙の内容について書く。

 

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