第19話
「それでは、玉稿賜りました」
担当編集の鈴元忠弘さんがニコニコと冗談めかして言う。
鈴元さんのこういうお茶目な所は偶に反応に困る事がある。
売れなかったおれが大先生になったみたいで興奮するが。
今、おれと栄美は白鳥出版のラウンジにて、鈴元さんと向かい合って打ち合わせをしている。
プリントアウトした改稿版の小説と、これまたプリントアウトした栄美の挿絵イラストを机の上に乗せてあれやこれやと内容の話。
編集部内でも評判は上々だったらしく、その話を聞いておれと栄美も思わず目を見合わせてニンマリした。
「後は校閲と、後書き作業がありますがまだ時間はありますからね、しばらくゆっくりしてください。
お疲れ様でした」
「あーー、良かった!! とりあえず一仕事終えたね!!」
白鳥出版を後にし、栄美は腕を上方に伸ばして叫んだ。
薄いアイボリーのセーターが栄美の茶色い肌によく似合っている。
「ああ、色々とありがとな」
「いえいえ、これも仕事ですから。逆に仕事くれてありがとうね、亜流タイル先生!!」
栄美は売れっ子イラストレーターだからこの仕事が無くても引く手数多の筈だが、嬉しい事を言ってくれる。
それともアレか、栄美一流のイヤミか。
しかし今はおれも大層機嫌が良く、そんな栄美のイヤミ? も気にならない。
まあ兎に角大きな山場は乗り越えた。
書籍化が本格的に決定したお陰で父母は「ただの引きこもりじゃなくなった」等と失礼な方向で喜ぶし(まあ引きこもってたのは事実だけどね)、mamiさんや読者の方々にも顔向けが出来る。
発売日も決まった事だし、本当はいけないようだから、そろそろツイッターとブログで飽くまで薄く仄めかしておこう。薄くね。薄ーく。
用事があるからと駅で別れた栄美の後ろ姿を見送り、早速スマホを取り出してツイッターに書き込みをする。
最近は栄美もおれのツイッターをチェックしているようだから、やや固めの文章で。
「夏に同人誌即売会で出した本が、『増刷』するかも? かも?? 同人誌のタイトルは『剣士なおれとウィザードな彼女』です。よろしくお願い申し上げます
( ̄^ ̄)ゞ」
ヤンデレmamiさんからのいいねは5分後すぐに押された。
「もし書籍化だったら絶対買います!! 3冊買います(*´ー`*)」
という勘の鋭いおれにしか読めないメッセージと共に。
『ウィザードな彼女』のモデルはmamiさんだが、彼女にその事は伝えていない。
というか、mamiさんは同人誌を買っていないから伝えたとしてもどういう『彼女』なのかは分からない筈ではあるが。
黒魔術を使うなんて、あんまり良い印象持たれないかな。
でも、可愛い感じで書いたから許してほしい。
そして、会いたい。
もしおれが会いたいと言ったら、mamiさんは会ってくれるだろうか。
家に帰ると、妹が大騒ぎしていた。
「お兄ちゃあん!! くじ引きで温泉旅行が当たったよう!!」
妹のはしゃぎっぷりに同調するかの如く、ゴールデンレトリバーのタロくんが妹の周囲をワンワン言いながらグルグルと回っていた。
可愛い。
「伊東に一泊、3名様ご招待だってえ!! 伊東って泉質良くて有名なんだよ!!」
なんて渋い高校生なんだ。あなどっていたぜ。
「お前が温泉の泉質に詳しいなんて知らなかったけど、良かったな。
父さんと母さんと3人で行って来いよ」
「それがさ、旅館の予約日予め決まってるんだけど、その日お父さんの出張で。
お母さんも一緒に付いて行くんだって」
「じゃあ友達と行って来いよ」
「未成年だけで行っちゃダメだって、お父さんが」
うーん、と悩ましげな表情をする妹。
「お兄ちゃんと栄美ねえと私で行かない!?」
「行かない」
こいつはどれだけおれと栄美をくっつけたがってるんだ。
しかも元からそのつもりだっただろう。
「いいじゃないの、行ってあげなさい」
横から母さんが口を挟む。
「祐樹、今までずっと栄美ちゃんと仕事だったでしょ? 温泉で疲れを癒して来なさいよ」
おれの引きこもりを生温かく見守ってきてくれた母上の『命令』が下った。
今まで心配かけてきた分、逆らう事は出来ないんだよなあ……。
おれはしぶしぶ、妹の我儘に付き合う事にした。
後は栄美がこの旅行の誘いを断ってくれたらいいんだが。
だが楽しそうな事には何でも首を突っ込みたがる栄美が断る訳が無かった。
妹のメールにすぐさまオーケーの返事を出してくれたそうだ。
あいつも忙しいだろうにどうやって時間を作っているのか。
おれの作品に協力していた時もそうだが、他の仕事と並行してやってくれている様子だった。
アイツはアレか、時間を司る悪魔か。
今度の作品にそういう女キャラを出してみようかな。
ーーそして今、おれと栄美と妹は、ひなびた温泉街である伊東駅に降り立った訳だ。
びっくりしたのは……部屋が、男女別々になってないって事だった。
おい、聞いてなかったぞ。
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