第11話
さておれには1つ問題がある。
それは、
「小説を一切書かずに本が出せてしかも売れてアニメ化とかしないかな。」
等と考えている点である。
文章を書く事自体は嫌いじゃない、むしろ好きだ。
だがどうしようもなく「働かずに金が稼げたらサイコーだな」と思う時があって、その生来の怠け癖がおれをして引きこもりの道を選ばせたと言っていい。
そんなおれをネット上で励まし、匿名掲示板のおれのトピックで中傷レスから守ってくれたのが顔を見た事も無いmamiさんの存在だ。
彼女のおかげで、おれは蘇りかけていた。
しかしそんなmamiさんも最近、ツイッターに返信をくれない。
相変わらずの恋心だけが膨らんでいく。
妹から聞かされた、幼馴染の栄美のおれへの想いも気になる事は気になるが。
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引きこもりと言ってもおれは全く外に出ないという訳じゃない。
そうじゃなければ同人誌のお祭に参加したりもしないし、その後の飲み会だって行かんだろう。
そういう訳で今おれは小説の資料を漁る為に都心の大型書店にやって来た訳だ。
ネットには無料で小説が発表出来る『小説書くぜ!』というサイトがありおれも参加してみたのだが、相手が悪過ぎた。
おれの知らない間に色んな才能が世に溢れ出て来ている。
勉強の為に、その『小説書くぜ!』から書籍化されたラノベを片っ端から読んでみようという算段だ。
ーーーーと、しかし、そこでおれは最悪最低のヤツと再会してしまった。
「よーう、亜流タイルじゃねーか!! 久しぶりだなーー!!」
背はおれより少し低いが顔は整っている(おれには負けるけどね)がその傲慢さが鼻につく、ラノベ作家時代の同期のあいつ。
ーー渡わたりツネオ。一応人気ラノベ作家。
本当に本当に本当にイヤなヤツと鉢合わせしてしまった。
「何だよ、聞けばお前この前の同人誌即売会で本出してたんだってー!? 偶然だな、おれ氏も出店してたんだよー。」
「あ、そう。」
なにが『おれ氏』だ。関わりたくない。どうせまた自慢話が始まるのだろう。
「ほら、おれ氏の親父って大出版社の重役じゃん? おれは普通にサークル参加したかったんだけど、商業ブースで出せって煩くてさー。」
「あ、そう。」
「おかげでおれ氏の商業での新刊、1万部売れちゃって……。あ、ところで亜流は何部売れたの?」
何部だっていいだろ。おれはこんなヤツに拘わってる暇はない。
「1万部売れて良かったな。じゃ、おれ忙しいんで。」
「何だよ何だよ、久しぶりだってのに冷たいじゃーん。その辺で茶でも飲もうぜ。」
物凄くイヤだったが、ここで断るのも負けた気になるのでそれはプライドが許さない。
渡の行きつけの店だというその喫茶店は、メイド服姿の店員さんが可愛らしいちょっと渋くて高級な店だった。
いわゆるメイド喫茶ではなく、昔ながらの喫茶店で店員さんがそういう服を着ているのは珍しい。
「そういえばさ、亜流ってツイッターやってるんだよな。おれこの前偶然見つけちゃってさー。」
「そりゃどうも。フォローしてくれりゃよかったのに。」
本当は全然そんな気無かったけど、おれは大人らしく対応してやった。
「そうだな、おれ氏がフォロワなら箔がつくってもんだろ。」
うぜえ。うざ過ぎる。
「それとさ、某匿名掲示板でのお前のトピック。まあトピックがあるってだけで奇跡だけど、荒らしとか無い?」
詳しいな、おい。ツイッターにしろ掲示板にしろおれのペンネームで検索してるって事じゃないのか、気持ち悪い。
何でおれにそんなに興味を持つんだ。
……いや、えーと、まさか。
「……違かったら申し訳ないんだが、もしや荒らしやってるのってお前……?」
「ピンポーン。」
「お前〜〜〜〜!!」
おれは危うく紅茶を渡の顔面にぶっかける所だった。クリーニング代でも請求されたらつまらんからグッと堪えたが。
「……何でまたお前はそんなにおれに突っかかってくるんだよ。お前今仕事順調なんだからおれにかまってる暇ないんじゃないの。」
「それはお前、おれ氏は亜流タイルという作家の才能を信じてるからであってな。」
何だ、こいつ急におべっか使い出したな。
「実際、数年前にお前の出した2冊は売れなかったけど、おれ氏は面白いと思ってたよ。」
ふーん。上から眺める景色って感じだな。
ただ、こいつがおれのトピックを荒らしてくれたおかげでmamiさんにも出会えたんだから、その辺は許してやる。
「そう、そんでさ。」
と、ここで渡は急にソワソワと脚を組んだり組み替えたりする。
「何だよ。」
「あのう、素城栄美さん……とは、まだ付き合いあるのかい?」
素城栄美、と聞いておれはちょっとドキッとした。
『栄美ねえ、お兄ちゃんの事好きだよ。』
数日前の妹の言葉が蘇る。
そんな事を言われたら、意識したくなくても意識してしまうってもんだろう。
それにしても、栄美以上の人気イラストレーターとも仕事しているこの男が、なぜ栄美の事を聞いてくるのか。
ははーん。
「何だよお前、栄美に気があんのか。」
途端に渡の顔が真っ赤になった。
図星だったらしい。
「な、何とかさ、亜流の口添えで会えたりできねーかな?」
「さあ? パパに頼めばいいんでは?」
おれはニヤニヤしながら渡をからかった。それがまたこいつの逆鱗に触れたようで、ますます顔を真っ赤にして捨て台詞とも自慢話ともつかない言葉を機関銃のようにまくしたてた。
「お、おれ氏は別にあんな女に惚れた訳じゃなくて、ただ彼女の方がおれ氏と仕事したいんじゃないかと思って。おれ氏の優しさ。
そそそそんな事より、今度おれ氏の作品アニメ化するんだよね。だから今忙しいんだよね。まあアニメ化なんて一生無理なお前は指を咥えて観ているがいいよ。はは。ははははは。」
と言って、渡は席を立ち、さっさと出口へと向かってしまった。
おい、伝票。
アニメ化する程儲けてるお前のアイスコーヒー代を何故おれが払わなきゃならぬ。
そして作品アニメ化で忙しいのになぜ茶に誘った。
でも栄美の事に関しては(妹の妄想かもしれないとは言え)おれの勝ちだな。そこは溜飲を下げた。
アニメ化か。あいつはコネを使ってると言えども相応の仕事もしているから成功してるんだよな。
「書かずに本出してアニメ化したい。」
「働かずに金を稼ぎたい」
なんて思っていたらいけないんだろうなあ、やっぱり。
今日の出来事のおかげで闘争心に火が付いた。
mamiさんの為にも、おれはもっともっと頑張ろうと思った。
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