3章:無慈悲なる現実

プロローグ ~その出会いは歴史となる~

40話:ターニングポイント

 大阪府堺市。

 日本を象徴する二大都市圏。その西方を担う大阪府において第二位に位置する都市である。

 東西南北と中区に、堺区、美原区の七つの区を有する衛星都市としても知られる。高度経済成長期に隆盛を極めたが、少子化のあおりを受け、今では半幽霊都市の様相を呈している。

 南区を代表する泉北ニュータウンもその一つだ。泉北高速鉄道が運営する私鉄が走り、ミナミの中心地でもある難波なんばまで直通する立地の良さが日中帯の人口流出に拍車をかけている。

 その泉北高速鉄道最大の乗降客数を誇るのが泉ヶ丘駅だ。

 全五棟からなるショッピングセンターのパンジョを併設し、駅前にはビックバンの愛称で知られる大阪府立大型児童図書館が存在する。


 両世界を行き来するには障壁ゲートを渡らなければならないが、その数には限りがある。

 そのため、障壁ゲートは日本の主要都市圏である札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、博多の六ケ所のみに配置されている。ただし、設置場所は都市中心部ではない。なぜなら人目につく場所では、色々と都合が悪いからだ。

 そこで、立地条件の良さと人口流出による衛生都市と化している場所が障壁ゲートを置く基本とされる。

 とはいえ、障壁ゲートが剥き出しになっているはずはなく、魔法王国群が出資、運営する偽装会社の中に隠されている。


「――つか、なんでついてくんねん」


 窓枠に肘をつき、仏頂面を反射させる銀髪の少女は、隣に座る女性を窓ガラス越しに睨み付けた。


「ふふふ、アズサちゃん。ボクのことを甘く見てもらったら困るよ。こんなこともあろうかと先回りさせてもらったんだ!」


「うっぜえ……」


 金色の座席の上で、アズサは頬から拳を離し頭を押さえる。

 座席と同色の外観が目を引く泉北ライナー。全四両から構成され、車両ごとに内装カラーが異なるという特徴を持ち、泉ヶ丘駅を出立すると天下茶屋まで停車しない特急列車だ。

 現実世界側にて待ち伏せしていた七星は、目論見通りアズサを捕まえると、こうして仲良く隣の座席を確保し難波へと向かっていた。


「それでアズサちゃんは、どこに行くのかな」

「どこでもええやろ」

「えー、なんで教えてくれないのさ。アズサちゃんのケチ」

「マジでうぜぇ……」


 アズサにとって敵意を剝き出しにしてくる相手は多く、対処も難しくない。しかし、七星だけは昔から距離感がおかしいのだ。傍から見れば姉妹、あるいは親子にも見える馴れ馴れしさだ。

 最初から手にしていたレジ袋から細長い箱を取り出すと、切り取り線に沿って開封する。中から取り出した綺麗な焼き色をつけたクッキーをかじると、開いたもう一方の手でアズサの口元へ差し出す。


「アズサちゃんも食べる?」

「いらんわ」

「そんなこと言わないで、ほら、美味しいよ!」


 邪険に扱われようが、変わらぬ笑顔で接する七星に、アズサは盛大に嘆息する。根負けしたアズサは、口で受け取ると手を使わず口腔内へと押しやる。

 こんなやり取りが終着駅である難波まで繰り広げられた。




 * * *




 南海難波駅から、なんばCITY南館を抜ける道筋を歩き外へ出る。

 東側に足を伸ばせば、最初に見えてくるのがタイトーステーションが面する交差点だ。赤い看板が目を引く外観で、西の秋葉原とも呼ばれるオタロードへと続く入口でもある。


「とりあえず、ここでええか」


 辺りの様子をうかがうアズサの周囲に七星の姿はない。

 なんばCITY南館を抜ける途中で、出店するお店に目移りした七星の一瞬の隙をつき撒いたのだ。すぐにあとを追ってくるであろう彼女から身を隠すため、目についた青いロゴが目印のゲームセンターへと飛び込んだ。


「ここで時間潰すか」


 所狭しと並ぶ大型の筐体きょうたいから音が発せられ、独り言なら簡単にかき消されてしまう。何か面白いものはないかと、エスカレータを使い上階へと昇っていく。

 特に興味なさげにフロアを覗きつつ、上へ上へと目指す。

 それを数回繰り返したのち、アズサはある階層で足を止めた。


「なんや、あの人だかり。ちょっと覗いてみるか」


 他と違い、やけに人の密集している場所があった。フロアの奥へと歩を進める傍ら、設置されている筐体のディスプレイに映し出されていたのは格闘ゲームだ。

 アズサも何度かプレイしたことのあるゲームに、あの人だかりが何なのかを直感した。恐らく凄腕のプレーヤーがいるのだ。どんな奴なのか、顔を拝もうと人混みを掻き分け前進する。

 すると、奥から「オラオラオラ」という怒声が響いてきた。


「どう見ても中学生やんな?」「上手過ぎやろ……」「これで何人抜きやねん」


 口々に漏れるギャラリーの感想。そんな中にそのプレーヤーはいた。

 プレイしていたのは最近流行りのアニメを題材にした格闘ゲームだ。アズサも何度かプレイしたことがある人気機種である。

 これだけの人だかりを作るのだ。さぞかし遊んでそうな見た目の大学生かと思いきや、年の頃はアズサと大差のない少女だった。赤い縁の眼鏡をかけ、こんな場所には似つかわしくない優等生然とした恰好。

 隣まで近づき画面を覗き込むアズサ。

 対戦を終えたばかりなのか、今は乱入待ちの状態だ。早く来い来いと、少女は指で台を叩いている。


「あんた強ぇな」


 向かいの筐体に座っていた男が横から顔を出し、少女に声をかける。しかし、その声が聞こえていないのか、少女は何かを呟きつつ台を叩く指の強さが増す。

 それを見た男性やギャラリーは顔を見合わせ、トランス状態にある少女に畏敬の念を抱く。この驚異的な集中力に感化されたアズサは、舌なめずりし、対面に設置された筐体の男性を押しのけ椅子に座る。


「お、今度の挑戦者も同じ中学生か?」「いいぞ、やれやれ」


 興奮するギャラリーに見守られながら、アズサは金を投入口へと入れた。

 アズサはスタンダートである主人公キャラを選ぶ。

 突出した能力があるわけではないが、操作性に優れた初心者向けのキャラクターだ。

 対する少女はサディスティックな性格で知られるアニメ中盤で登場する女子高生キャラ。大鎌を振り回し攻撃力に特化しているが、操作性という点では熟練者向けのキャラを選択した。

 数秒後、画面中央に【Lady Fight!!】の文字が出現し、上部に設置されたカウントが動き出した。

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