クリムゾンLED

葛之葉

序章 クリムゾン胎動

第1話クリムゾン胎動

 少女は、響き渡る狂声きょうせいに身をふるわせながら家の地下に身を隠していた。


 隣には自分の三歳年下の妹が熊のぬいぐるみを抱き締めながら、声を殺して丸まっている。


「たす‥‥‥助けてぇッ!」


 外から聞こえる声に、少女は壁の空気穴から外の様子を伺う。


 外では、普段から自分達を可愛がってくれていた隣のお姉さんが、複数の男達に押し倒されていた。


 少女は空気穴から目を離し、妹の隣に身を丸めた。


「お姉ちゃん‥‥‥お父さんとお母さんは?」


 妹が少女に話しかける。


「シッ! 声を出しちゃ駄目! ルーニア!」


 小さいながらも強い口調で妹ルーニアをしかる姉の少女。


 小さな体を寄せ合い、すでに半日を過ぎていた。

 しかし、外の狂声はいつ果てるともなく続いている。


「お姉ちゃん、お腹すいた‥‥‥」


「今そんな時じゃ無いでしょ!」


空腹を訴えるルーニアに、姉は怒鳴ってしまった。


「おい! この家から声が聞こえたぞ!」


「しまった‥‥‥」


 姉は慌てて声を殺したが、天井では複数の足音と怒声が響く。

 姉は、妹のルーニアを見つめて、何かの覚悟を決めた。


「ルーニア、これから何があってもここから動いちゃ駄目だよ? 声も出しちゃ駄目、それからこれはどうしても我慢が出来なくなったら食べなさい」


 そう言って、服のポケットから干し肉を三切れ手渡した。


「‥‥‥お姉ちゃん?」


「いい? 何があってもじっとしてるんだよ」


 そう言うと、隠し扉のある階段へと向かう。

扉の先は流し台の横にあるつぼの裏側に出る。


「お姉ちゃん‥‥‥」


「大丈夫だから、待ってなさい」


 そう言って一階へと音をたてない様に出る。


 一階では、複数の男達が殺気立ちながら声の主を探していた。

 少女は震える体を抑え、大声を出しながら出口へと駆け出した。


「あぁあああああっ!」


 少女の声に反応した男達は、出口へと向かう少女へと視線を向けた。


「居やがったぞ! 追え! 追え!」


 少女はその声を聞き、男達を引き離す為にひたすら走る。

 出口を抜けると、その先には地獄が広がっていた。


「ヒッ‥‥‥」


 その光景に体が硬直したが、目をつむり真っ直ぐに走り出す。


(逃げなきゃ、遠くに逃げなきゃルーニアが見つかっちゃう‥‥‥!)


 目を瞑り走っていた姉は、いきなり目の前の壁にぶつかる。


「おいおい、どこ行くんだい嬢ちゃん?」


 壁だと思った物は、男達の仲間の一人だった。


「ヒッ‥‥‥ヒィッ!」


「まてや餓鬼がっ!」


 家に入り込んでいた男達が追い付いてきた。


糞餓鬼くそがきが! 手間取らせやがって!」


 姉は歯をガチガチと鳴らし、恐怖に怯えるしかなかった。

 その時、家の玄関から人影が歩み出た。


「お姉ちゃーん! ウワーンッ! お姉ちゃーん!」


 ぬいぐるみの耳を持ち、干し肉をもう片手に握り締めたルーニアが泣きながら出てきた。


「なっ‥‥‥なんでっ!」


「もう一匹居やがったか」


 男達がニヤニヤと外卑げひた笑みを浮かべる。


「あ‥‥‥あ‥‥‥」


 姉は声にならない声を漏らす。

 男達の一人がルーニアの髪を無造作につかみ持ち上げる。


「いだいぃ! おねえぢゃぁん! いだいよぅぅっ!」


「ルーニア! ルーニアっ!」


 姉は必死に叫びルーニアの元へ行こうと足掻くが、後ろから男が体を抑えつけ、その場でジタバタと足掻くことしか出来ない。


「うるせぇ糞餓鬼くそがきだな!」


「ひぎぃっ‥‥‥ひぎぃっ‥‥‥あぁあ!」


 叫びと共にルーニアが髪を掴む男の空いている手にみついた。


「っ! があぁあ! この糞餓鬼がぁあ!」


 噛みつかれた男は、力任せにルーニアを地面に叩きつけた。


「ひぶっ‥‥‥」


 ルーニアがそんな声をらし、少し遅れて頭の辺りから地面に血溜まりが出来る。


「あああ‥‥‥」

「何やってんだ! 女と餓鬼は殺すな! 売りもんだぞ!」


 姉を掴んでいる男が叫ぶ。


「る‥‥‥にあ‥‥‥ルーニアぁあぁっ!」

 姉の絶叫ぜっきょうが木霊した。


「こいつが噛みつくからワリィんだよ!」

 男の足下のルーニアは痙攣けいれんしている。


(何で私達がこんな目に遭わないとなの?)


 姉は心の中で誰にともなく訪ねる。


(今日はルーニアの誕生日で、お父さんとお母さんがチェリーパイを作ってくれる日で)


 本来であれば迎えるで在ろう、普段の日常を思い浮かべる。


(夜更かししても起こられない日で)


 本来であれば訪れていた、少し特別な日常を思い浮かべる。


(家族皆でご飯を食べて‥‥‥)


 本来であれば生きていた父と母を、今目の前でその命の火が消えようとしている妹の、在りし日の姿を思い浮かべる。


(なんで‥‥‥なんで‥‥‥なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで)


「ああぁああぁあっ! ああぁああぁあっ!」


 姉は現実を受け入れられず壊れた。


「うるせぇ!」


 後ろから抑えている男が姉の顔を殴る。


「なんだよ、おめぇも殴ってんじゃねえか!」


 ルーニアを叩きつけた男が笑いながら姉を殴った男に言った。


「黙れや! あぁいらつく!」


(何で笑えるの?何で殴るの?私達が何をしたの?)


 姉の中にふつふつ々と名状めいじょうがたい感情がき起こる。


(‥‥‥憎い‥‥‥コイツらが憎い‥‥‥憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い)


 姉の心が憎しみで満たされてゆく。


(力が欲しい‥‥‥憎い‥‥‥力が欲しい‥‥‥憎い‥‥‥力が欲しい‥‥‥コイツらが笑えなくなる力が欲しい!)


 憎しみの感情に心の全てを埋め尽くしたその時、唐突とうとつに声が聞こえた。


『汝、力を求めるか?』


(憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い)


『力を求めるならばくれてやろう』


(憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い)


『‥‥‥力が欲しいか?』


(寄越せ、力を寄越せ、寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ)


『良かろう、ならば汝の名を我に示せ』


(力を寄越せ! 私‥‥‥ティナ=マニエルに力を寄越せぇえぇっ!)


『契約は成った、我が名を呼べ、我が名をたたえよ』


(早く寄越せぇえぇ!)


『我が名はクリムゾン、真なる紅を用いて全てを呪う絶対なる混沌こんとん!』


(早く力を寄越せぇえぇっクリムゾンンンンッ!)


 瞬間、ティナの瞳に二重の輪が浮かび、黒目がくれないへと変わる。


 そして、村を襲っていた男達に抗いきれぬ絶望と恐怖、そして無情なる死が訪れた。


 ティナは意識を失っているルーニアを背負い、村の入り口に向かいフラフラと歩いていった。

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