始まりは、雨の中。


 僕が目を覚ました時、僕は家の外に出ていて瓦礫の山のてっぺんにいました。体を動かしたいけど両手が壊れている上に足は何処にもありません。手元にある黄色いカバンはボロボロで、中に何が入っているかわかりません。

 空は厚い雲が青空を遮り、激しい雨が降り注いでいました。

 顔で辺りを見回そうとして、僕の目の前に女の子の諺人形(フェーブ・ドール)が立っている事に気付きました。

 紫と白の短い髪は泥で汚れ、着ている服も汚れていたりあちこちが破けていたけれど、かわいらしい顔と緋色の目はまっすぐこちらを向いていました。

 女の子は僕の近くにしゃがみ、落ち着いた口調で話しかけてきます。


「良かった、貴方はまだ生きていたのね。

 瓦礫の山の中で見つけた時は驚いたわよ」

「君が、助け、てくれ、たの?

 どう、もありが、とう」


 声を出そうとして、片言な言葉が出てきた事に驚きました。どうやら声帯が壊れかけているようで上手く喋れなくなっているようです。

 女の子は少し怪訝な顔をした後、ああ、と何か納得したように話しかけてきました。


「声帯も壊れてるのね。これは直すのに時間がかかるかも。

 ジーニア、ちょっとこっち来て。

 空豆人形(フェーブ・プーぺ)がいるの!」

「はーい、分かったよリラ」


 女の子の人形・・リラの声に呼ばれてきたのは、白髪のポニーテールの女の子人形ですね。

 恐らく彼女がジーニアでしょうか。

 ジーニアは琥珀色の目で僕を見て、リラとは対照的に薄い笑みを浮かべながらこちらを見ています。

 少し恥ずかしいです。


「へぇ、あちこち壊れてるけど顔はイケメンじゃん、リラはナンパが上手いね」

「茶化さないで、奴等が近いのよ」

「はいはい、そこの君、ちょっと我慢してね」


 そう言うが早いが、僕はジーニアの背中におぶられました。

 ポニーテールの髪が顔に当たり、くすぐったいので僕は顔を下に向けます。

 ジーニアの洋服は背中が開いている為背中が丸見えだったが、そこには文字が刻まれていので、僕は思わずそれを読み上げてしまいました。


「一羽、のつば、燕がは、は、春を、もたらすのでは、ない?」

「あ、アタシの背中に書いてある諺(プロフェルブ)に気付いたの?

 はは、恥ずかしいね」

「恥ず、かしい?」

「君、後で名前を教えてよ」

「ジーニア急いで」 


 ジーニアはリラに「ごめんごめん」と軽く謝罪してから走りかけていきます。

 僕は壊れた両手でジーニアに必死にしがみつき、何処か知らない場所から知らない場所へ流されていく、木の葉のような気分だなと思いました。




 しばらくジーニアとリラは走り続けていました。

 道を何十回も左右に曲がり、それと同じくらい建物や大きな物・・馬車や樽や倒れた人の後ろに逃げて、迫ってくる何かをやり過ごしていた。

 僕はそれが何なのか聞きたいけれど、走ってる途中の二人はすごく真剣で、しょっちゅうあたりを見回しているからとても呑気に話しかける事は出来ませんでした。

 そうこうしている内に半壊したビルを見つけた二人が入り、埃だらけの部屋の奥にある、小さな木製の扉に飛び込みました。

 あまりに勢いよく走り続けていたので二人は転んでしまい、僕は放り投げられコロコロと転がり、呆気にとられていた青髪の男の人形の前で止まってしまいました。

 男の人形の緑色の目と僕の目はばっちりあい、何かを言わなくちゃという気持ちになったけど何も言えなくなった。多分向こうも同じ気持ちなのか何も言えないまま僕の壊れた体を見て、立ち上がった二人に目線が動いていきます。


「リラ、ジーニア!

 こいつは一体なんだ!」

「ヤグルマ、そいつも空豆人形(フェーブ・プーぺ)よ」


 リラは扉を閉めてからヤグルマと呼ばれた男性の質問に答えます。ジーニアの方はというと部屋の奥にいる他の人形達に声をかけているようです。

 どうやらこの部屋はとても広く、そして人形達が沢山集まっています。


「おーい、キンセン?キンセンはいるー?」

「ここだよ、彼を直して欲しいんだね?

 準備するから少し待ってて・・」

「まてまてまて、何勝手にそいつを直そうとしてるんだ!」


 黄色い短髪の女の子の人形、キンセンが机に布を敷こうとした所でヤグルマが止めに入る。何故か僕の腕を無理矢理引っ張り、リラとジーニアを睨み付けた。


「二人とも、俺は資材を調達するよう頼んだ筈だが?」

「ええ、でも瓦礫山で彼が倒れているのをリラが見つけたの。

 保護の為彼を連れてきたのよ」

「資材調達をすっぽかしてか!

 いいか、ここには物が少ないんだぞ!

 そんな時にこんな奴に新しい物を使う余裕は無いんだ!」

「見つけてしまったものはしょうがないじゃない、彼を見殺しには出来ないわ」

「俺達は見殺しにしてもいいのか!

 この・・」

「最後に、わら、うものは最も、大きな声で笑う!」


 僕は思わず声をあげてしまった。

 でも、なんで僕がその言葉を言ったのか分からない。

 だけどその言葉がこの空気を変えたのは確かだった。

 皆の目が僕に向けられたからだ。

 そして最初に僕の言葉に反応したのは、リラだ。


「な、なんで貴方は、私の諺(プロフェルブ)を知ってるの?」

「わから、ない。

 僕、会わなきゃいけ、いけない、クレ、インに、会わなきゃ」

「クレイン?今クレインと言ったのか!」


 ヤグルマがこちらに向けて睨み付けてきます。

 だがその目を僕が見ると、不思議な事に有る言葉が出てくるんだ。

 僕はそれを、自分でも知らない内に声に出してしまった。


「一スー、は、い、ち、スー」

「な、貴様!?

 何故俺の諺を知っているんだ!?」

「わ、わか、ら、ない。

 け、どぼくに、はみえ、るの」

「そんな、バカな・・!」


 僕に詰め寄り、暫く睨み付けるヤグルマたったが、いきなり僕を殴りかかってきた。

 僕は避ける事ができず顔面に一撃を喰らい、床に倒れてしまう。

 リラ達が僕に駆け寄ってくる。遠くでジーニアとヤグルマの声が聞こえてくる。

 ごめんね、騒がせるつもりはなかったんだ。

 それを言えない自分が、少し腹立たしいです。


「ちょっとあんた、大丈夫!?」

「ヤグルマ、あんた何をしてんのさ!

 怪我人形をなぐるなんて!」

「うるさい!

 俺は、俺がリーダーだ!

 俺を無視する貴様らが悪いんだ!」

「ドワ、大丈夫!?」


 僕は、心配してくるリラの顔を見た。

 泥と雨の中で走ってくれた彼女の顔は、何故か「美しい」と感じた。

 その時、また僕はある言葉が頭の中に出てきた。

 最初はそれを言うのを躊躇ったけど、リラの心配する顔じゃなくて、違う顔を見たかったのでそれを口にした。


「ーー行ける所まで行き、然るべき場所で、唄え」

「え?」


 リラがハッと何かに気づいたような顔で僕を見る。さっきまで声を出すのが辛かったのに、僕はこの言葉だけはしっかり言えるのだ。

 何故か分からない。分からないけど僕は言わなきゃいけない。この言葉を何処かの誰かに伝えなきゃいけないんだ。

 黄色いカバンの中から一冊の本が落ちる。タイトルには『始まりの記憶』と書かれていた。


「行ける所まで行き、然るべき場所で唄え。

 ファーストメモリー0001、再生(リスタート)」


 僕がそういうと同時に、ぼくの目が輝き出す。そして僕の口が勝手に動きだし、僕じゃない声が出てきた。


『はじめまして、君はドワ。空豆人形(フェーブ・ドール)さ』


 いきなり聞こえた声に、ヤグルマもジーニアも思わず振り返る。けど僕の輝いた目がそちらをよく見させてくれなかった。


 僕の輝いた目の先には映像が壁に映し出されていたからだ。

 映像の中では小さな部屋と短い茶髪の男性が映っている。その映像を見て最初に叫んだのはヤグルマた。


「ウォルスター・クレイン・・!」

『僕の名前はウォルスター・クレイン。

 メリアード歴305年、ワルド一家の三男としてこの世に生まれた。

 僕の兄達はとても優秀で、毎年何かしらの賞を取っていたけど、僕は殆ど賞をとれなかった、いやそれどころか教師達から相手にされる事すらなかったよ』


 全員の目は、映像の中の人物に集められていく。キンセンが小さく「彼は、最初期の人形なんだ」と呟いたのが聞こえた。

 僕は何もかも分からない。

 だけど僕はどうやら、沢山の秘密を抱えているようだ。

 僕はそれを全て見つけ、知らなきゃいけない。そうしなきゃいけない気がするんだ。

 目の前の女の子の人形の為にも。

 なんで、そんな事考えたのか、僕はまだ分からないけど。

 映像にはウォルスター・クレインが楽しそうに自分の事を話している。

 ああ、ウォルスター・クレイン。

 これが、僕の物語なんだ。僕は何がどうしてこうなったのか、知らなきゃいけない。

 君が今どうしているのか、僕は知りたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る