銃を構えろ、戦争だ。

檜山 結城

肩くらいまでの黒髪に黒い瞳。そして赤い腕章の付いた黒い軍服。


「ロヤリテート王国軍の総司令官になりました、メランと言います」


そう言って敬礼するのは、どう考えても十三、十四歳くらいにしか見えない小柄な少女だった。





***





「どういうことですかっ!」

「どうもこうもないさ。そのままだろう」


バンとテーブルを叩き抗議する。正面に座った少年は、気にも留めずに紅茶を啜る。まあ座れと促され、渋々腰を下ろした。


ふわふわした茶髪に海色の瞳。白を基調とした王子服。

彼は十代半ばにしてロヤリテート王国を統べる、ルーチェ国王。そしてあの少女を総司令官に任命した人物。


正直全く認められない。前任が秀でた指導者だったから尚更だ。


怒りで声が震える。それを必死に抑えつつ、再度訴えた。


「あんな小さな少女に、国防を任せる気ですか。そんな馬鹿な話は無いでしょう!」

「ついていけないと思うならついて行かなくていい。ただし総司令官はあいつだ。それは絶対だ」

「国王!あんな子供に国の事など…!」


じゃあ訊くが、と国王は紅茶の入ったカップをテーブルに置く。


「俺はまだ成人してもいない子供だが、俺には国の全てを任せられないか?俺は国の事を分かっていないか?」


言葉が詰まる。前国王…ルーチェ国王の御父上が暗殺されたのが三年前。

当時今より幼かった彼は、それでも見事なまでに国政を進めてきた。

それこそ、前国王に劣らぬまでに。


有能で、しかも国民にも慕われる完璧な国王が彼。国の全てを任せられないか?任せられないわけが無い。国の事を分かっていないか?分かっていないわけが無い。


口を噤んだ俺を見て、ルーチェ国王は少し微笑んだ。


「あいつは…メランは優秀なやつだ。大丈夫、悪いようにはならんよ」


それ以上は、何も言えなかった。





***





他の連中にはまだメランの事は伝えるな。彼等に話すのは、次の戦争が終わった後だ。

メランの力はそこで分かる。


国王はそう言っていた。幹部達にすら総司令官のことはまだ伝えてはならないらしい。


ならば何故俺はと思ったが、 総司令官補佐が総司令官のことを知らないのではお話にならない。


そんなことをぼんやり考えながら王宮から基地へと戻り、総司令官室の部屋の前。


コンコンと扉をノックすると、中からどうぞと声が聞こえた。


扉を開けると、メランは机でパソコンに向かっていた。

手を止め、こちらを見てにこりと笑う。


「エトーレさん、おかえりなさい」

「…なんで、俺の名前」


当然ですよ、と胸を張る。


「これから一緒に国を守っていく仲間ですから。軍に関係する人達の顔と名前は、全員覚えています」

「…は」


この基地に在職する人間の数は、数千にも上る。俺だって、一般兵の顔と名前は曖昧なのに。


「まあそんなことはいいんです、お仕事ですよ」


今日はこれだけお願いします、と普段の半分くらいの量の書類を手渡される。


「…これだけ、ですか」

「はい、これだけです。終わったら持ってきてください」


頑張りましょうと、また少女はにこりと笑う。


俺はどう接していいか分からないまま腕に書類を抱え、失礼しますと逃げるように部屋を出た。

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