第138話

 玉置たまきみどりを確保するため、離れ屋へ侵入したデルタの内、三人は縁側の近くに潜んでいた。傍には、散弾を頭と首に受けて絶命した隊員が横になっている。先陣を切ろうとしたが、防弾装備で守れない部位に立て続けに散弾を受けてしまったのだ。

 二人が室内に突入し、銃声やもみ合う音がするが、やがて止まった。

 三人は踏み込むべきかを確認し合う。ほんの数秒のやり取りで突入することを決め、動き出そうとした時だった。

 破れた障子の陰から、ショットガンを持った人影が飛び出してきた。

「撃て!」

 即座に三人の持つUMP45が火を噴き、飛び出した人間を撃つ。次々と着弾し、ショットガンを持った人間が倒れた。

 どうやらこちらの虚を突くつもりで突撃してきたのだろうが、完全に無駄になる。

 一人が近寄り、死体を調べた。すぐに「む?」と訝かしむ。

 倒れている死体をひっくり返し、顔を見た。違和感の正体に気付き、声を上げた。

「謀られたぞ!」

 さらに警告を続けようとしたところで、彼らに向け投げつけられたものがあった。

「グレネード!」

 離れようとしたところで投擲物が起爆し、激しい閃光を発生させる。

「注意しろ! 来るぞ!」

 閃光手榴弾で視界を潰されつつ、リーダー格が叫ぶ。

 だが、身構えている隊員達に、襲い掛かるものはいなかった。狭い空間ではなかったため、すぐに閃光手榴弾の衝撃から回復する。

 視力が戻ってきたところで、彼らは気付いた。

「逃げられた!」



 明智あけちはみどりを連れ、離れ屋から車庫に移動していた。

 M37を持たせた敵の死体を囮に、相手の人数を把握した。即座に無力化することは不可能と察した明智は逃げることに決め、奪った閃光手榴弾を相手の待つ縁側に投げた後、入り口からみどりを連れて脱出した。

 車庫に辿り着き、車を動かそうとする。

 しかし、彼にとって計算外の出来事はすでに起きていた。

 照射されたマイクロ波は、あらゆる電気回路を焼き尽くしていた――つまり、車やバイクの電子点火装置も破壊されているのだ。ここに、動く乗り物は何一つとしてない。

 そうとも考えられず、明智は必死に車を動かそうとしていたが、ただ時間を浪費するだけで終わった。

「隠れろ!」

 明智の指示通りに、みどりが隅に置いてある明智のバイクの陰に身を隠れた。

 一方で明智はリムジンを盾に迎え撃つ準備をした。エンジン側に潜み、車庫の入り口に向け、MP9短機関銃を構える。

 敵が入ってきた瞬間、フルオートでサブマシンガンを撃った。

 先頭の男の胸に、着弾するも、数歩下がるだけで倒れる様子がない。

 お返しとばかりに、相手がUMP45を撃ってきた。ボンネットとタイヤに次々と穴を開ける。その内の一発が、明智の左肩に当たった。

 弾は防弾ベストが辛うじて止めたが、衝撃で銃を手放す。

 明智はまずいと思い、一度エンジンとタイヤの陰に身を引っ込めた。

 それに調子づいたか、一人がリムジンのボンネット側から回って明智に止めを刺そうとする。

 明智は右手でマイクロUZIを抜くと、迫る男に向けて片手で連射した。あまりにも早い発射レートに、銃自体が無軌道に揺れ、弾道が安定しない。

 だが、敵の方が無防備に近付き過ぎた。ばら撒かれた弾丸が、防弾プレートに守られていない両足を撃ち抜いたのだ。四、五発も足に受ければ、立てなくなり、男が倒れる。まだまだ銃撃が続き、そのまま両腕にも命中し、銃を弾き飛ばした。

 両腕両足を撃たれた男が、身動きも取れないまま呻き声を上げる。このまま放置すれば、失血多量で絶命するだろう。

 明智は感覚の戻った左手でMP9を拾うと、起き上がって二丁の短機関銃を同時に撃つ。

 防弾プレートで耐えながら近付いてきていた男が、近距離から同時射撃を受け、よろける。

 そのまま頭を撃ち抜こうとしたところで、タイミング悪くどちらの短機関銃も弾切れを起こした。

 その瞬間を狙い、入り口を潜ったばかりの三人目が明智を撃つ。

 明智は銃撃を避けるが、弾丸が脇腹を掠った。肉が裂かれ、痛みが走る。

 明智の着ている防弾ベストは、何発も銃弾を受けたことで、耐久力に限界が来ていた。劣化したケプラー繊維は弾を止めることが出来ず、弾丸が容易く貫通して明智の身体を傷つける。

 明智は両手の短機関銃を手放し、傷口を押さえて駆け出した。リムジンを弾除けに最後尾まで横切り、別の車両の陰に飛び込む。

 その間相手がサブマシンガンを発砲するが、隠れるまでに新たに命中することはなかった。

 明智に防弾プレートを撃たれていた男が体勢を立て直し、二人が示し合わせながら明智の隠れた車両に近付く。四肢を撃たれまくった男は、この段階で痙攣を起こしていた。助からないことを察した二人は、明智を仕留めることに注力するようだ。

 男達が近付く気配を感じながら、明智は右手で脇差しを抜き、左手に折り畳んだ状態の特殊警棒を持つ。

 脇腹は血が滲んでいるが、掠り傷だ。まだ動ける。

 明智が、車両の陰から飛び出した。

 咄嗟に二人が短機関銃を撃つ。明智が迫っている方は頭を、もう片方は胸を狙っていた。

 頭を狙った弾丸は明智のこめかみから数センチの距離を飛び、髪の毛の先端を散らす。

 胸を狙った銃撃も、角度が悪かった。別の男に襲いかかろうとする明智の横から撃ったため、たとえ胴でも的が比較的小さくなる。背中を掠ってベストに大きな傷を作っただけだ。

 二発目が撃たれる前に、脇差しが一閃された。UMP45の銃口に取り付けられた減音器が半ばから切り飛ばされる。その拍子に、男の持つ短機関銃の向きが逸らされた。

 明智は左手を握り込みながら突き出す。左手の中に収まっていた特殊警棒が展開した。先端が、男の被る暗視装置に当たる。

 男の頭から暗視装置が弾け飛び、割れた眉間から鮮血が噴き出る。

 明智は警棒を捨て、よろめく男の身体を掴んで自身に寄せた。自分と二射目を放とうとするもう一人の敵との間に、掴んだ男の身体を割り込ませる。

 男が一瞬、撃つのを躊躇った。

 そこを狙い、明智が男の身体を突き飛ばし、ぶつける。

 射撃姿勢の中でぶつかり、相方の身体を支え切れず二人とも倒れた。

 明智は倒れた二人の上に乗り、逆手に構え直した脇差しを振りかぶる。

 先の戦いで、胴が金属製の防弾プレートに守られているのは分かっていた。

 だから、狙いは一点。

 まずは、二人の下敷きになっている男の首に、切っ先を振り下ろした。刃が貫く。男の口から、喉から溢れる血が湧き出始める。

 明智は刀を抜いて、盾にしていた方にも止めを刺そうとした。

 しかし、抜く前に明智の身体が突如蹴られる。押さえつける力が弱まったところで、眉間から血を流す男が明智を突き飛ばした。

 いつの間にか、男の右手はホルスターからSIG P228を抜いている。

 明智は立ち上がろうとせず、転がって銃撃を避けた。

 捨てたばかりの特殊警棒まで転がり、拾って投擲する。

 男が拳銃を握る指に当たり、骨の折れる音と共にP228が床に落ちた。

 男が銃を拾うか迷った瞬間、明智は立ち上がって跳び掛かる。

 明智と男が揉み合いながら転がった。明智が何にも守られていない頭を殴るが、突如男の頭が明智の顔面に接近した。

「ぐっ」

 明智の口から悲鳴が漏れる。

 頭突きを受け、明智の目の奥で火花が散るような感覚がした。

 明智の力が弱まったところで、男が左手でナイフを抜く。押し倒した明智を指の折れた右腕で押さえつけ、喉元に刃を近付けた。

 明智は左手でナイフを持つ手首を掴む。切っ先を逸らしながら、右拳を左脇に叩き込んだ。

 急所への一撃に男の呼吸が一瞬止まった。その隙を逃さず、明智が男の身体を突き飛ばす。

 男の手からナイフが離れた。

 明智は死体に寄って、刺しっぱなしになっていた脇差しを抜く。刃こぼれした状態で無理に刺したため、刃が歪んでいる。

 一方で男が気力を振り絞り、落ちているP228を拾った。

 何事か叫びながら明智に向けて発砲した。おそらく、英語か何かで「くたばれ」とかそんな意味合いの単語だろう。

 明智は脇差しを両手で構え、姿勢を低くして突撃した。

 相手の銃撃の方が早かったが、弾丸は明智の頭上を通り過ぎる。

 相手が二発目を撃つ前に、明智の脇差しが太股を刺した。傷口を抉りながら抜き、銃を握る手に刃を走らせ、指ごと銃を斬り飛ばす。

 徹底的に弱らせた相手の首に、明智は止めの斬撃を放った。

 血糊や脂肪で切れ味の悪くなった刃を、首の肉に食い込ませる。刀を保持する右手首を左手で掴み、手前に引っ張るように刃を引いた。

 普段のような切断力は発揮できない代わりに、鋸のように肉を断つ感触が明智の手に伝わる。

 引き終わったところで刃が頸動脈に達し、鮮血を撒き散らしながら男が倒れた。その身体が痙攣を起こし、やがて止まる。

 風通しの悪い車庫内に、血の匂いが充満した。

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