第113話

 防衛省特殊部隊の面々は、テロ組織、ユーラシア人民解放軍のアジトとなっていた廃工場での戦闘を終えた。

 その後、何班かに分かれ、別々の隠れ家へと引き上げた。

「――じゃあ、こっちは頼む、望月もちづき

 その隠れ家の一つの入り口で、太刀掛たちかけひとしは部下に後の指揮を託した。

「くれぐれも油断するな。今回の任務、いくつか謎が残る。若い者ばかり残す以上、君が頼りだ」

「承知しています」

 望月もちづきかおりが頷く。

 今回の任務では、二つの予期せぬ事態が起きていた。

 一つは、太刀掛が持っている、ドッグタグの持ち主達。先程倒したテロリスト達とは違う勢力であると思われた。ドッグタグに記されたコードが何者かを辿る糸口である。

 太刀掛は詳しい調査が出来るように、これから諜報部に渡しに行くところだ。どこで通信を傍受されるか分からない以上、データで送るより直接渡す方が安全だと判断した。

「で、明智あけちは相変わらずか?」

 もう一つの懸念点を、太刀掛は口にした。

「はい」

 望月も、苦い顔で頷く。

 懸念点とは、廃工場内に拉致されていた女性、玉置たまきみどりのことだ。

 彼女は、現在中東に派遣されている勝連かつら達が救出のために動いていたはずの人物だった。それが、どういうわけか日本にいる。

 さらに問題なのは、彼女は明智あけちまこと――正確には、真智まちあきらの恋人、村雨むらさめさやかに瓜二つだったことだ。

「しかし、驚きました……まさか、同じ顔の人間がいるなんて」

 望月には、太刀掛の口から話しておいた。MDSI隊員達は、所属の段階で以前の記録を抹消され、別人として生きることになる。基本的には、互いの過去を詮索するような真似はしない。

 故に、明智の前身も限られた人間しか知らないのだが、玉置みどりに会ってからの明智の態度に太刀掛は危機感を感じ取り、望月に一応知らせたのだ。

「……冥府に落ちた亡霊が、死んだ人間そっくりの人間に出会う……皮肉としても悪趣味だな」

 太刀掛の声には、同情も嘲りも含まれない。

 その言葉を言い残し、太刀掛は車に乗り込んだ。



「――つまり、貴女は細菌兵器を作った後、ワクチンを作る暇もなく移動させられた、ということですね?」

 綾目あやめ留奈るなが、これまでに聞き出したことを簡単にまとめて尋ねる。

「そうですね……そうなります」

 質問された女性――玉置たまきみどりが頷く。

 その様子を、明智あけちまことはジッと見ていた。三人は、MDSIセーフハウス内の応接室で、テーブルを挟んで向かい合うように座っている。

「分かりました。聴取に応じていただき、感謝します」

 これで終わりとばかりに、ルナは形ばかりの礼を述べる。

 みどりが一度目を閉じ、深呼吸した。再度瞼を開いたとき、明智と目が合う。

「えぇと、まだ何か?」

 みどりが軽く首を傾げながら尋ねた。

「いえ、すいません」

 明智が慌てて目を逸らす。

 その様子を見たルナは溜息を吐いた。彼女を廃工場から連れ出してから、幾度も繰り広げられた光景だからだ。「またか」と思わずにはいられない。

「その……」

 だが、ここで明智はこれまでにない行動を取った。何とか会話を繋げようとしたのだ。

「……辛かった、でしょう」

「え?」

 明智の質問の意図を測りかねたのか、みどりがキョトンとする。

「その、無理矢理浚われて、無理矢理研究させられて……」

 ――何を言い出しているんだこの口下手は。

 何となく、明智の態度にルナは苛つき始める。

「そうですね……連れ浚われて、恐ろしい兵器を造って……辛くなかった、と言うと嘘になりますね」

 みどりの方も、辿々しく明智の問いに答える。

 ――いや、あんたも答えるな、そんな問いに。

 ルナは女の方にも呆れた。

「そうですよね……きっと、貴女は人の役に立つための技術を身に着けていたはずだ。それを兵器に利用するだなんて……」

 ――お前、そんなキャラだったか?

 ルナは明智のことを完全に冷めた目で見始めた。普段の無関心で無愛想な態度はどこに行ったのだ、と思う。

「いえ、でも私も悪かったんです。殺すと脅されて、そんな――」

「――いや、悪いのは造らせた連中だ!」

 明智が大声で遮る。

 ルナは「ケッ」と椅子から立ち上がり、部屋を後にした。正直、見てられなかった。普段絶対に見せないような顔を、あの女に見せている明智が心底嫌になった。

「あらあら、随分とご機嫌斜めだこと」

 ちょうど廊下を杏橋きょうはしくすのが通りかかった。

「マコト君は……まぁ、相変わらずだろうね」

 楠が肩を竦める。

「あんたはどう思う?」

 ルナは思わず楠に聞いてしまう。

「どう、って?」

「マコトの態度!」

 ルナは苛付きを隠さずに言う。

「よっぽど癇に触ったのね……」

 気持ちは分からないでもないけど、と楠が続け、

「まぁ、あんたの気持ちも分からんでもないけどね。惚れてる相手が、別の女に甘いと、ね」

「惚れてるわけじゃない!」

 ルナは思わず否定しようとするが、

「どうどう」

 と、楠が抑える。

「だったら、あんまり私情は挟まない方がいいよ。もっとも――」

 楠は応接間の扉を見る。

「それは、マコト君にも言えることだけどね」

 そう言って、溜息を吐く。

 その様子を見て、ルナもようやく溜飲を下げた。

「……何も、起こらなければ、いいんだけどね」

 楠が呟く。

 ルナは楠のことをジッと見て、

「女の勘でも働いた?」

 と聞く。

「いえ、大体、普段と違うことがあると、予期せぬ事態が起こるものよ。それも、悪いことが、ね」

 二人の女は互いに不安な顔を見せ合った後、再度明智達のいる部屋の方角を見た。

 今も応接間では談笑が続いていた。

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