月をめざす――地軸が太陽に向いた惑星の物語(脚本形式)

FZ100

月をめざす

【登場人物表】

・サナメ・アガタ(14)  オトゴの村で暮らす双子姉妹。妹

・サナメ・カラネ(14)  オトゴの村で暮らす双子姉妹。姉

・マナイ・キナミ(18)  ゼゼ中央学院・中等科五年の娘。双子を迎えに来る

             双子と同じく昼の世界出身

・サナメ・サキ(5)    アガタとカラネの妹

・ヒノミコ        アがほしの第一人者。女性

・イカン・シズメ(30)  双子のホームステイ先の住人。女性

・ノビル(14)      ゼゼの同級生。女子

・ナシロ(14)      同級生。女子

・サツ(14)       同級生。女子

・リウ(14)       同級生。男子

・トウイ(14)      同級生。男子

・ヒナ(14)       同級生。女子

・スフ・ミチル(18)   五年生。女子。キナミの同級生

・園芸部員(16)     園芸部の女子生徒。

・サナメ・タモン(40)  アガタとカラネの父

・サナメ・ムツミ(37)  アガタとカラネの母

・スクモ・アソン (70)  ゼゼ中央高等学院の学院長

・タワヤメ・サコン(22) 冒険者。資源探査で各地を歩き回る

・クテ船長(50)     サコンとコンビを組む

・学院の生徒たち


■ 大まかな舞台設定

 遥かな未来、宇宙の彼方。人類の末裔の一派が植民した惑星アがほし


 劇中では明らかにしないが、人類播種計画の一環。植民がある程度進んだ段階で意図的に母星との交信が途絶え、取り残された人々は一から文明を建て直すことを余儀なくされる。そのことが明らかにされるのは、彼らが自力で宇宙(トヨの月)へと上り、古代の移民船へ辿り着くことが条件となる。


 アが星の地軸は太陽(クシロの太陽)に向いており、そのため昼の半球と夜の半球に分かれる。


 昼の半球は灼熱の世界、夜の半球は凍りついた世界。わずかに地軸は傾いており、両半球の境界に水と大気の循環で生物の生存に適した地が僅かながらある。総人口は数百万人程度の規模。


 人が主に棲むのは、その昼の半球と夜の半球に挟まれた弧の周辺、帯の世界と呼ばれる地域。帯の世界より太陽が高く昇る地域、すなわち昼の世界――外縁部の果てに敢えて入植をはじめた人々もいる。


 惑星の軌道上を周回する小惑星はトヨの月と呼ばれている。


 文明レベルの外見は大正~昭和時代程度。資源の浪費を抑制するため、アルカイック様式と呼ばれる古風な生活様式を採らざるを得ないが、高度なテクノロジーも一部で存続している。


 帯の世界に原始的な生物が発生していたが、ほとんどの生物は人類が持ち込んだものである。そのため化石燃料はごくわずかしか存在しないが、代わりにバイオエタノールや天然ガスを改質した燃料が主に用いられている。また、太陽光もエネルギー源として幅広く利用されている。


 食料は昼の半球よりも、人工的な照明を利用した帯の世界や薄暮の世界の工業的な生産システム方が質・収穫量とも優れている。昼の世界ではバイオエタノールの原料となる草木を栽培していることが多い。


 昼の半球に入植した人々は高度なテクノロジーに極力頼らずに近世から近代レベルの技術で開拓を進めている。それは、万が一高度なテクノロジーが失われても生き延びる術を伝えるためで、その点で帯の世界の住人たちと袂を分かっている理由でもある。


○ オトゴの村(全景)

  昼の半球。日の沈む帯の世界より高く、太陽が沈まない地域。

  平地より気候が穏やかな高地の盆地を選んで開拓中の村。


○ オトゴの村~サナメ家(雨)

  低く暗く雲が垂れ込めている。

  一台の古めかしいデザインの車が停まる。

  車から降りてきたのはマナイ・キナミ(18)。

  学院の制服に身を包んだ長身の娘。長髪を後ろでまとめている。

キナミ「(運転手へ)ここでしばらく待機してくれ」

  キナミ、ドアを開け、ぬかるんだ道へ足を踏み出す。

  泥が跳ね上がるが気にせず進み続ける。

  やがて一軒の家屋の前に立つ。キナミ、懐から地図を出し、確認。

  キナミ、玄関のドアを開く。

キナミ「ごめんください」

  しばらくして、サキ(5)が顔を覗かせる。

キナミ「(笑顔で)やあ」

  サキ、見慣れぬ訪問客に戸惑いを見せる。

キナミ「(腰をかがめて)ここはサナメさんだよね?」

  サキ、こくりと頷く。

キナミ「お姉さん、アガタさんとカラネさんはいる?」

  サキ、首を横に振る。

  と、背後で人の気配がする。

  振り返ったキナミ。

  アガタ(14)とカラネ(14)の双子が立ちすくんでいる。

  キナミ、立ち上がる。

キナミ「双子ちゃん、君たちだね」

  キナミ、二人を見比べる。

キナミ「ふーむ……見分けがつかない」

カラネ「……私がカラネです」

アガタ「アガタです」

キナミ「私はゼゼ中央学院・中等部五年マナイ・キナミ。君たちサナメの双子

 姉妹を迎えにきた」

  サキがキナミを見上げる。

サキ「魔法のお勉強?」

  キナミ、にこやかに微笑む。

キナミ「魔法じゃなくて、この世のことわり

  サキ、首を傾げる。

キナミ「まだ難しいか。君のお姉さんはこれからとても大切なことを学ぶんだ」

サキ「……」


○ サナメ家・居間

  居間に案内されたキナミ。

  カラネが茶を運んでくる。

キナミ「ありがとう」

  双子姉妹、不安げにうなだれる。

キナミ「そんな顔することないだろう? 飛躍するチャンスが与えられたんだ」

アガタ「でも、ゼゼの都は堕落してると皆が――」

カラネ「(肘でアガタをこづく)サキが聞いてる」

  物陰から覗くサキ。

  アガタ、慌てて口をつぐむ。

キナミ「堕落……。そうだね。ある意味、昼の世界の方がよほど健全だ」

  不安げなアガタとカラネ。

キナミ「皆と別れは済ませたかい?」

カラネ「え、ええ……」

アガタ「荷物は何を持っていけばいいんでしょう?」

キナミ「必要なものは支給される。当座の着替えがあれば十分」

アガタ「……分かりました」

キナミ「そうそう、ここより幾分涼しいから。長袖はある?」

  キナミ、茶を飲むとカップをテーブルに戻す。

キナミ「今日はここまで。明日もう一度来る」

  キナミ、立ち上がる。

  不安げなサナメ家の三姉妹。

  ×  ×  ×

  キナミが去った後、静けさが戻る。

サキ「お姉ちゃんたち、本当に行っちゃうの?」

  カラネ、サキを抱きすくめる。

カラネ「大丈夫。すぐ帰ってくる」

アガタ「(何か思いつく)そうだ」


○ サナメ家・納屋・土間

  アガタ、掌大で円盤状の陶器を出す。

  円盤にはアガタが描いたトヨの月の絵が。

アガタ「これをあげるつもりだったけど――」

  アガタ、ノミと槌で円盤を三つに割る。

アガタ「三つ一つはサキに。三つ一つはカラネに。残りの三つ一つを私が持つ」

  サキ、アガタから破片を受け取る。

  じっと陶片を見つめるサキ。


○ 翌日・サナメ家

  小雨模様の天候。

  自動車がエンジンをアイドリングさせ待機している。

  荷物を積み込むと、キナミ、トランクを閉める。

キナミ「さあ、乗った乗った」

  双子が乗ると、運転手がドアを閉める。

キナミ「別れはあれでいいのか?」

  奥で父母とサキが見送る。

アガタ「名残惜しくなるから」

カラネ「私も同じです」

キナミ「そうか」

  雨は降り続ける。

サキ「待って」

  サキが駆け寄ってくる。

サキ「これ、あげる」

  サキの掌に数粒の種が。

  キナミ、窓ガラスを下げる。

カラネ「ありがとう」

  カラネ、ハンカチに種をそっとしまう。

アガタ「大事に育てるからね」

サキ「うん」

  雨は降り続く。

キナミ「(運転手に)出してくれ」

  排気音がし、自動車が動き出す。

  見送る両親とサキの小さな姿。


○ 道・車内

  石畳の道が続く。

  タイヤがバタつき、車体がきしむ。

カラネ「ハジ先生に裏切られた気分です」

キナミ「どうして?」

カラネ「だって、私たちに何の断りもなく推薦したんですよ」

キナミ「それは仕方のないことなんだよ」

カラネ「……でも、大人が信じられなくなりました」

キナミ「そういう君たちはこの世界をどれだけ知ってる?」

カラネ「どれだけって……」

キナミ「生まれ育った土地、昼の世界から出たことはない?」

カラネ「いけませんか?」

キナミ「いや、でも戸惑うだろうな。ゼゼは薄暮の世界だから」

  排気音が静かに続き、時折車体がきしむ。

キナミ「心配ない、休暇は帯の世界で過ごす生徒がほとんど」

  無反応のアガタとカラネ。

キナミ「(笑う)くくっ」

アガタ「おかしいですか?」

キナミ「いや、謂わば、まっさらな白紙な訳だ」

カラネ「これから何があるんです?」

キナミ「特段変わったことは何も。寄宿舎住まいでひたすら勉学の日々が続く」

カラネ「(安堵)そうなんだ」

キナミ「そうは言っても選りすぐりの生徒たちが集められているんだ。落第し

 たら放校処分だってありえる」

アガタ「そうなったって別に構わない」

キナミ「ほう?」

アガタ「大人たちが何を誓約したか知らないけど、私たちまでそんなものに振

 り回されたくない」

カラネ「アガタ……」

キナミ「……では訊こう。空は何色だ?」

カラネ「え?」

アガタ「一面の灰色……」

キナミ「それは雲だろう。その先に何がある?」

アガタ「……水色。トヨの月」

キナミ「(頷く)うん」

  排気音が静かに続く。

  やがて舗装された路面に出る。


○ ターミナル駅(昼)

  列車から降りてきた三人。

  構内を歩いていると、サコン(22)とすれ違う。

サコン「アガタ、それにカラネじゃないか」

アガタ「サコンさん」

  カラネ、アガタを肘でこづく。

アガタ「(カラネに)ああ、うん」

サコン「二人ともこんなところで――」

  サコン、キナミの制服で気づく。

サコン「そうか、君らもか。じゃ」

  サコン、それだけ言って立ち去る。

キナミ「二人はあの人と知り合い?」

アガタ「同郷の人です」

キナミ「何かあったのかい?」

カラネ「子供の頃だから、よく憶えてないけれど、私たちに何か良くないこと

 を言ったらしいんです。それから彼とは口をきくなときつく言われていて」

キナミ「ああ、そういうことか」

  キナミ、彼方を指す。

キナミ「さあ、気分を切り替えて。これから空港に向かう」


○ 飛行場(昼)

  風が吹きすさぶ。

  キナミ、プロペラ機を指差す。

キナミ「(大声で)私たちが乗るのはあれだ」

カラネ「大きいのね」

キナミ「なに、あれでも小さい方さ」

アガタ「飛行機なんて実物見るの初めて」


○ 機内(昼)

  席についた三人組。

キナミ「二人ともベルトを締めて」

カラネ「あ、はい」

  アガタ、カラネ、ベルトの金具を留める。

  機体がガクンと揺れる。

アガタ「動きはじめた」

キナミ「滑走路に向かうんだ」

  プロペラ音が微振動として漏れ伝わってくる。

キナミ「(にやり)緊張してるな」

アガタ「そうです?」

  発進。加速と共に周囲の景色が急に流れだす。

アガタ「速い!」

カラネ「椅子に吸いつけられる!」

  と、離陸。路面からの振動がふっと消える。

カラネ「浮いた!」

キナミ「ふふっ、君らを見てるだけで楽しめる」

アガタ「いけませんか?」

キナミ「さあ、いいんだか悪いんだか」

カラネ「おっしゃることがよく分かりません」

キナミ「いいよ、ゼゼに着いたらすぐ分かるから」

  ×  ×  ×

  窓の外をみやるアガタとカラネ。

カラネ「海がみえる」

アガタ「白いのは流氷ね」

キナミ「だから飛行機を手配したのさ」

カラネ「私たちを呼ぶためだけに?」

キナミ「そう。万が一、流氷に衝突して海の藻屑にでもなってみろ――」

  雲の中に入ると、乱気流で機体が振動する。

カラネ「きゃっ」

アガタ「!」

キナミ「大丈夫。雲の中を抜けるんだ」

  雲を抜けると、振動が止む。

アガタ「(ホッと一息)……」

キナミ「それよりほら、二人とも、窓の外を見てごらん」

  一面の青空。眼下に雲海が広がる。

カラネ「ああ!」

アガタ「雲の上はこうなんだ……」

キナミ「空は何色?」

カラネ「見渡す限り一面の深い青……」

アガタ「写真で見るよりずっと綺麗……」

  蒼天に一点の白い光が。トヨの月。

キナミ「本当に、何も知らされてないんだな……」


○ 薄暮の世界・飛行場(薄暮)

  到着したプロペラ機。乗降口が開く。

  三人組、タラップを降りてくる。

  カツカツとした足音が響く。

アガタ「寒い。ここが薄暮の世界……」

キナミ「もう少し南へ下れば、そこは夜の世界だ」

カラネ「トヨの月があんなにはっきり。ほら」

  夜空にトヨの月が小さく輝く。

アガタ「ここはずっと夕暮れか夜なんですね」

キナミ「暑からず寒からず。気候的にはそう悪くない」

カラネ「でも、どうかなったりしないのかしら?」

キナミ「ずっと日が沈まないのも一緒だろう?」

アガタ「どうして大昔の人はこんな場所にわざわざ街を作ったんだろう?」

キナミ「……詳しい話はいずれする」


○ 寄宿舎・女子寮(薄暮)

  三人組を乗せた車が到着する。

  寄宿舎、赤煉瓦で組上げた壁がライトで浮かび上がる。

  待ち受ける寮生たちのざわめき声がする。

  ドアが開くと、どよめきがいっそう大きくなる。

キナミ「(車から降りる)さあ、着いたぞ」

  寄宿舎の窓ガラスを通して光が漏れ伝わってくる。

カラネ「どの窓からも灯りが漏れてる」

アガタ「オトゴの村と逆なんだ」

キナミ「……二人とも、おのぼりさんか?」

カラネ「あ、すみません」

キナミ「行くぞ」

  女子生徒のノビル(14)とナシロ(14)が話し掛けてくる。

ノビル「(話しかけてくる)あなたたちが新入生?」

カラネ「え、ええ……」

ナシロ「双子なんだ」

ノビル「昼の世界から来たんでしょう?」

ナシロ「昼の半球ってどんな世界? 日が沈まないんでしょう?」

キナミ「一年生たち、静かにしろ」


○ 同・アガタとカラネの部屋(薄暮)

  正式な部屋割りまで臨時に割り当てられた一室。

  ドアが閉じられると、アガタとカラネは呼吸を合わせたかの様にベッドに

  倒れこむ。

カラネ「ふう……」

アガタ「初めてみるものだらけ」

カラネ「やっと解放された気分」

  アガタ、ゆらりと立ち上がるとカーテンを締める。

アガタ「あ、電灯がついてるんだ」

カラネ「(探る)どこかしら?」

  カラネ、電灯のスイッチを切る。

カラネ「……もう帰りたい……」

アガタ「明日は学院長に挨拶だから――」

  アガタ、ベッドに身体を横たえる。着替えずに、そのまま目をつぶる。

アガタ「お休み」


○ 翌朝・同・食堂(薄暮)

  アガタとカラネ、キナミと同じ席につく。

  カラネ、窓の外を見やる。

  朝食だが、世界は夕暮れのまま暗い。

  ×  ×  ×

  喉に押し込むようにして食べる双子姉妹。

  カラネ、ふと手を止める。

カラネ「あの、学院に温室はありますか?」

キナミ「あるけど?」

カラネ「妹に貰った種を植えたいんです」

キナミ「ああ、別にいいんじゃないか。園芸部員に訊いてみればいい」

  寮生たちのささやき。

  視線に気づいたアガタ、手を止める。

アガタ「何だか覗き見されてるみたい」

キナミ「(そっけなく)されてるよ」

  アガタ、むっとした表情に。

  ひそひそ話が続き、笑い声が漏れる。

アガタ「そんなに新入生が珍しいのかしら?」

キナミ「帯の世界の外から来た生徒はそう多くはないんでね」

アガタ「同じ人間じゃない」

キナミ「……この数日で君らの認識は塗り変わる。間違いない」

アガタ「どうせ飛行機も見たことないおのぼりさんですよ――」

カラネ「ごちそうさま」

  カラネ、すっと立ち上がる。

  皿の料理はあまり手をつけていない。

キナミ「いいのか?」

カラネ「だってここに居たくないもの」

キナミ「(ため息)……困ったな」

  アガタも立ち上がる。

アガタ「私も。ごちそうさま」

  キナミ、双子の反応に苛立ちながらも立つ。

キナミ「まあいい。制服を用意するから部屋に戻って着替えてくれ」


○ 同・アガタとカラネの部屋(薄暮)

  ドアの外で待つキナミ。

  キナミ、靴底でコツコツと床を叩く。

  ドアが開くと制服に着替えた双子が出てくる。紺のブレザーにスカート。

カラネ「お待たせしました」

  キナミ、双子の容姿をチェックする。新調された革靴。

キナミ「よし。じゃあ行こう」


○ 学院・渡り廊下(薄暮)

  アガタ、カラネ、キナミの三人組、校舎を進んでいく。

アガタ「学院長ってどんな方ですか?」

キナミ「どんなって、さあ、普通の老人としか――」

  赤レンガ造りの校舎が見えてくる。


○ 同・院長室(薄暮)

  キナミ、立ち止まる。

キナミ「ふむ。まず、挨拶の言葉を復唱――」

  男子生徒のリウ(14)が寄ってくる。

リウ「君らが新入生?」

キナミ「オリイ・リウ、もう間もなく始業時間だ。教室に戻るように」

リウ「ちぇっ、キナミさんは厳しいな。じゃあ、また後で」

  リウ、去っていく。

キナミ「(笑み)全員が全員、冷たいまなざしじゃないから」

カラネ「ええ」

アガタ「だといいんですけど」


○ 同・院長室・室内(薄暮)

  ドアが閉じられる。

アガタとカラネ「失礼します」

  書き物をしていたスクモ・アソン学院長(70)、ペン先が止まる。

キナミ「学院長、紹介します。オトゴの村から来たサナメ・アガタとカラネ姉

 妹です」

学院長「ようこそ、ゼゼへ」

アガタとカラネ「よ、よろしくお願いします」

学院長「君たちは誰に教わったのかね?」

アガタ「ハジ先生です」

学院長「ああ、憶えとるよ。優秀な学生だった」

アガタ「(安堵)ご存知ですか」

学院長「そう、教員に転身したのがあまりに惜しい」

アガタ「(絶句)!」

学院長「まあ、君たち教え子が育てばそれはそれでよかろうて」

アガタ「(歯噛みする)……」

  学院長、書類に署名する。

学院長「これで今日から正式に学院の生徒だ」

アガタ「……ありがとうございます」

カラネ「(淡々と)これからの生活、一秒たりとも無駄にしないつもりです」


○ 廊下(薄暮)

  三人組、学院長の部屋から出てくる。

  憤然と廊下を進むアガタとカラネ。

アガタ「何よ! あの言葉」

カラネ「ハジ先生の人生を否定してる!」

キナミ「……いずれ分かるよ、大人達の気持ちが」

カラネ「分かるもんですか!」

キナミ「二人とも落ち着け。ここでやるべきことは二つしかない。知識と技術

 を身につける、それだけだ」

アガタ「それで何になるんです?」

キナミ「ここから出たければそうするんだ、いいな?」

アガタ「ここは刑務所ですか?」

キナミ「(指さす)……ほら、窓の外」

カラネ「トヨの月……」

キナミ「あの月は何だと思う?」

カラネ「え?」

キナミ「今は分からなくていい。これから君らを一年の教室まで案内する」

  キナミ、微笑。

キナミ「とりあえず、私の役目はこれで一段落だけど、何かあればいつでも声

 をかけてくれ」


○ 学院(全景・薄暮)

  放課後。予鈴の音が響く。

テロップ「数日後」

  教室の片隅で男子生徒のトウイ(14)がロボットらしきものを組立ててい

  る。

  工具や部品が床に散らばっている。

  脇でリウが進捗状況を見守る。

  アガタとカラネがひょいと覗く。

カラネ「あれって何してるの?」

リウ「トーイが改造したロボットさ」

カラネ「ロボット?」

トウイ「無線で操作するんだ。ほら」

  ロボット、ぎこちなく歩く。

アガタ「へえ」

カラネ「二人とも機械いじりが好きなのねえ」

トウイ「(胸を張る)それだけが取柄さ」

リウ「自慢にならねえよ」

  お互い笑いあう。


○ 同・教室(薄暮)

  教室に戻るとノビルやナシロたち女子が声をかけてくる。

ノビル「ねえねえ、私たち、今晩お茶会をするの。出席してくれるよね?」

ナシロ「歓迎パーティーよ」

アガタ「ああ、もちろん」

カラネ「ありがとう、上級生も何かと気をつかってくれるし」

ノビル「キナミさんがあんなに親身になるの珍しいのよ」

アガタ「へえ」

カラネ「仏頂面の厳しい先輩としか思えなかった」

ノビル「そりゃあねえ。風紀委員だもの」

ナシロ「(くすくす笑い)ねえ」

アガタ「?」

ノビル「いいのいいの。夕食が終わったら私たちの部屋に来て」


○ 寄宿舎・ノビルたちの部屋(薄暮)

  ノビルたちの部屋に集まった少女。ナシロ、サツ(14)たち。皆、私服姿。

  ノビルは席を外している。

  パチパチと拍手。

  カップに茶が注がれ配られる。

アガタ「ありがとう。いい香り」

カラネ「見たことのないお菓子だわ」

ナシロ「どうぞどうぞ」

カラネ「じゃ、遠慮なく……うん、美味しい」

  サツが声を掛けてくる。

サツ「キナミさんの印象、どんな感じ?」

カラネ「うーん、冷たいのか厳しいのかよく分からない」

サツ「あの人もなんだよね」

ナシロ「ねえ。うふふ」

カラネ「何なの?」

サツ「じゃあ、本題に入るね」

  サツ、棚から分厚い図鑑を出す。

  少女たち、くすくす笑う。

アガタ「何がおかしいの?」

ナシロ「何でもない」

サツ「これからアがほしの全てをお見せします」

  サツ、分厚い図鑑のページをめくる。

  アが星が属す恒星系の図解。

  アガタ、きょとんとした表情。

アガタ「何?」

ナシロ「そうだと思ったんだよね」

  サツ、図鑑を指す。

サツ「恒星系の中心にあるのがクシロの太陽。そしてアが星を含む五つの惑星

 が太陽の周りを回っているの」

  アガタとカラネ、図解に見入る。

サツ「見て、アが星の地軸はクシロの太陽に向いてるでしょう」

  と、ドアが開くとノビルが入ってくる。

ノビル「持ってきたよ」

  ノビル、地球儀を持っている。

ナシロ「待ってました」

  ノビル、水平軸が回る地球儀を回す。

  昼の半球は大部分が荒野と砂漠。降雨量が多く、ほとんどの山脈はなだら

  かで、河口には広大な平野が形成されている。一方、夜の半球は凍りつい

  た世界。ほとんどが氷山と氷河からなる死の世界。

ノビル「これがアが星。私たちの住む星」

ナシロ「この辺りが薄暮の世界。ほら、ここにゼゼの都があるでしょう」

ノビル「昼の半球の極、地軸の周囲で海水は蒸発し雲となって南へと流れるの」

サツ「夜の半球をみて。比較的温度の高い地域もあるけど、ほとんどは死の世

 界。ぶ厚い氷に閉ざされてるのよ」

ノビル「氷河から零れ落ちた氷が流氷となって昼の半球に流れていき、蒸発し

 て雲になる。雲は雨を降らせ、海流は暖流となって夜の半球へと流れていく。

 この世界の水と大気と熱はそうやって循環しているの」

  カラネとアガタ、困り顔。無言。

ナシロ「今まで知らされてなかったでしょう?」

サツ「外縁部の北の果て、昼の半球から来た生徒はゼゼに来て初めて星々の世

 界を知るの」

ナシロ「だから先回りして私たちが真実を告げる! ってどう?」

  アガタとカラネ、無反応。

ナシロ「(きょとんと)双子ちゃん?」

  カラネ、苦笑い。

カラネ「さすがの私たちも、これくらいは知ってるよ」

ノビル「(がっかり)なんだぁ」

アガタ「昼の世界から来た生徒って皆こういうこと知らないの?」

サツ「という噂」

アガタ「ふうん」

ナシロ「でも、これは知らないでしょ」

アガタ「何を?」

ナシロ「私たちの祖先はアが星とは全く異なる遠く彼方の星から渡って来たの

 よ」

  カラネとアガタ、身体をわずかに傾ける。

カラネ「まさかぁ。私たちが信じると思ってない?」

アガタ「それってただのお話でしょう?」

  ナシロ、してやったりという表情に。

ナシロ「ほらね、肝心なことは知らされてない」

アガタ「じゃあ、どうやって星々の海を渡ったの?」

ノビル「街の中心に遥か昔の宇宙船が残っているのよ」

アガタ「(息を呑む)……」

  アガタとカラネ、顔を見合わせると、何も言えなくなってしまう。

ナシロ「自分たちの常識から外れてるから、あり得ないって決して信じようと

 しないんだよね。実はそのあり得ないことがゼゼで学ぶことなのよ」

カラネ「……」

アガタ「(カラネに目配せ)……」

  アガタとカラネ、のろのろと立ち上がる。

アガタ「消灯の時間が近いから、これでお邪魔するわ」

カラネ「……お招きくださってありがとう」

  双子が出ていくと、ドアが静かに閉まる。

サツ「あ……」

  沈黙。気まずい雰囲気に。

ナシロ「興味津々かと思ったらそうでもないんだな」

サツ「何か白けちゃったね」

ノビル「傷ついたのかな?」


○ 翌日・学院・教室(薄暮)

  双子たちに対する補講が行なわれている。

  キナミが講師を務めている。

  キナミ、黒板に板書するが、手を止める。

キナミ「どうした?」

アガタ「……」

カラネ「いえ」

キナミ「補修授業だから身を入れないと後々困るぞ」

  キナミ、スライド投影機のセルをめくる。

  次の画が映されるとキナミ、指示棒でスクリーンを指す。

キナミ「このようにアが星の地軸はクシロの太陽に向いている。つまり――」

アガタ「……」

カラネ「もう教わりました」

キナミ「(感心)ほう?」

カラネ「昼の半球の極付近で蒸発した海水が雲となって対流――」

アガタ「夜の半球から流れだした氷が海流にのって昼の半球に流れてくる」

カラネ「それが帯の世界の他はほとんど人が住めない理由」

アガタ「そして昼の半球のぶ厚い雲が生じる理屈」

  キナミ、感心した表情に。

キナミ「君らの先生は随分と熱心だったんだな」

カラネ「(おずおずと)質問があります。人は、生命はアが星で誕生したので

 はないのですか?」

アガタ「星々の海を渡って来たという神話、それにはお話以上の何かがあるん

 ですか?」

キナミ「(怪訝な表情)誰から聞いた?」

  キナミ、はっと気づく。

キナミ「――寮生たちか」

カラネ「はい……」

キナミ「……ふん、で、どこまで聞いた?」

アガタ「いえ、ただそれだけです」

キナミ「そうか……」

  頷いたキナミ、セルを何枚かめくる。

キナミ「そう、ゼゼで学ぶカリキュラムは独自のものを含む――」

  キナミ、アガタとカラネの目を見つめる。

キナミ「この星の歴史に深く関わってくるからだ」

  アガタ、カラネ、沈黙。

キナミ「では、カリキュラムの順序を入れ替える。次にアが星の軌道上を回る

 小天体、つまりトヨの月だが、拡大した画像を見てもらう」

  キナミ、画を指し示す。

キナミ「どう?」

アガタ「お芋のような……かたちですね」

キナミ「神話では女神を乗せた鵬が岩となったとされている。では更に拡大し

 よう」

  キナミ、セルをめくる。

  キナミ、指示棒でスクリーンを指し示す。

キナミ「どうだい? 何か見えるだろう?」

アガタ「影のようなものが見えます」

キナミ「うん。では質問だ。この影は自然に出来たものか?」

アガタ「え……?」

カラネ「自然に出来たものでないなら、それは人為的な構造物ということです

 か?」

キナミ「(低く囁く)ここから先は一年たちも知らない」

カラネ「いいんですか?」

キナミ「私の責任において。君たちは他言しないと信じる」

アガタ「月が人工物? でも、そんなに高く飛べるはずがない」

キナミ「……種明かししよう。トヨの月は小惑星を宇宙船に改造したものだ」

アガタ「ええっ?」

カラネ「そんなことができるの?」

キナミ「遥かな過去の人々はそうやって星々の海を渡り、この星まで辿り着い

 たんだ」

カラネ「で、でも、動植物は私たちと同じ生体構造を持っているはずよ」

キナミ「この星に元々いたのは原始的な生命だけだった。今いる動植物のほと

 んどは、この星に持ち込まれ適応した生命だ」

アガタ「あ……」

  アガタとカラネ、しばし呆然とする。

キナミ「私たちが暮らす今現在の生活様式。それをどう呼ぶか知ってる?」

カラネ「アルカイック……様式です」

キナミ「そう。ではどうしてそんな古風な生活様式を固く守っているか分かる

 かい?」

カラネ「……資源を浪費しないためです」

キナミ「そう。本来ならもっと進んだテクノロジーの恩恵も受けられる。だが、

 この星で生命が暮らしていける場所は帯のように狭い」

カラネ「……」

キナミ「資源だって採掘できる土地は限られる。元素によっては海水から採取

 してるくらいだ。だから、私たちが命をつなぐため、不便さを甘受せざるを

 得ないんだ」

アガタ「(立ち上がる)教えてください! どうして私たちは今までそのこと

 を知らされずにいたんですか?」

キナミ「……それは私からは答えられない」

アガタ「肝心なことははぐらかして、大人はどうして本当のことを教えてくれ

 ないの?」

キナミ「教えてくれなかったじゃない、君らが知ろうとしなかっただけだ」

アガタ「そんな」

カラネ「知りようがないのに、詭弁だわ」

  キナミ、窓辺に寄ると窓を開ける。

  と、ごうっと風が入ってくる。キナミの髪が揺れる。

キナミ「(窓の外をみつめる)……私もね、昼の世界、外縁部の北の果てから

 来たんだ」

アガタ「え……?」

キナミ「ここに来て、ようやく疑問が氷解した思いだった。でもね――」

アガタ「でも、何なんです?」

キナミ「いや、しばらくしたら君たちはヒノミコに面会する」

アガタ「ヒノミコというと――」

キナミ「ゼゼの、アが星の第一人者だ」

カラネ「その人に会うんですか?」

キナミ「ああ。そのとき訊いてみればいい。人々の想いが分かるだろうよ」

アガタ「……」

  キナミ、窓を閉じる。

キナミ「もういいかな? 補修すべき内容はまだまだ沢山ある」


○ 同・図書室(薄暮)

  神話の本。カラネ、ページをめくる。

カラネの声「――母神を亡くし途方に暮れたトヨタラシヒメは、ヒメが世話を

 していた鵬の背に乗って星々の海へ旅立つことにした」

  (※適宜挿絵を挿入して補足)

カラネの声「よい星はないかとあちこち探し回ったが中々見つからない。そう

 やって星々の海を旅した果てにヒメはようやく今のアが星を探し当てた。疲

 れ果てた鵬は石と化しトヨの月と呼ばれるようになった」

  (※適宜挿絵を挿入して補足)

カラネの声「この星は人が住むには厳しすぎる。そう思ったトヨタラシヒメは

 地軸に手をかけ押した。それでわずかだが地軸がずれ、昼と夜が交互に訪れ

 る帯の世界が生まれた」

  ノビルたちが声をかけてくる。

ノビル「双子ちゃん、学院には慣れた?」

アガタ「ええ、何とか」

カラネ「でも、課題が多くて目が回りそう」

ノビル「へえ、古語ベーシックが読めるんだ。何読んでるの?」

アガタ「ツキノトヨタラシヒメの神話」

カラネ「読んだことのない神話もあるのね。だから、読み直したくなったの」

アガタ「ここの授業は科学に偏ってるでしょう。だから――」

  と、ナシロが口を挟む。

ナシロ「ほら、神話だってちゃんと読んでないじゃない」

  アガタ、むっとする。

ナシロ「帯の世界の果てにまともな本があるはずがない」

  アガタが怒りのあまり立ち上がると、椅子が倒れてしまう。

アガタ「私たちが帯の世界の外から来たのがそんなにおかしい?」

ナシロ「図星でしょう?」

アガタ「何ですって?」

ナシロ「何も知らされてなかったのは事実でしょう?」

カラネ「ちょっと、静かに――」

アガタ「善意が悪意になることだってある。でもあんたたちは違う。私たちを

 心底あざ笑ってるんだ!」

  もみ合いとはじめたアガタとナシロ。

  アガタがナシロの脚を引っ掛け倒すと、そのまま押さえ込む。

ナシロ「きゃっ」

アガタ「私はね、少しだけど体術の心得があるのよ。あんたなんか――」

  アガタ、ナシロを袈裟に固めてしまう。

カラネ「二人とも、やめなさい!」

  ナシロ、ジタバタする。

アガタ「ほら、動けないでしょう」

  割って入ろうとしたカラネとノビル、ナツたちももみ合いに。

  椅子が続けざま乱雑に倒れる。

  乱暴にドアが開き、キナミが顔を出す。

キナミ「一年! そこで何をしてる!?」

  ようやく静まった一年生たち。

キナミ「言い分は後で両者から訊く。まず、図書室から出ていけ」


○ 寄宿舎・双子の部屋(薄暮)

  バタン、荒々しく扉が閉じられる。

カラネ「(一息)ふう」

アガタ「どうして私たちが謹慎しなきゃいけないのよ!?」

カラネ「先に手を出したのはアガタでしょう?」

アガタ「あそこで手を上げなかったら、この先ずっとあの調子だったわよ!」

カラネ「キナミさん、歓迎パーティーのことも知ってたから、双方痛み分けに

 したんじゃないかな」

  ドアをノックする音。

カラネ「はい、どうぞ」

  ドアが開くと、上級生の女子ミチル(18)が顔を覗かせる。

ミチル「いいかしら?」

カラネ「すみません、私たち謹慎中なんです」

ミチル「(微笑む)差し入れよ」

  ミチル、菓子の詰まった袋を手渡す。

カラネ「いいんですか?」

ミチル「私は五年のスフ・ミチル。あなたたちやキナミと同じく昼の世界から

 来たの」

カラネ「ああ、私たちと同じなんですね」

ミチル「同じ境遇の同志だもの、何かあったら相談してね。じゃ」

  ドアが閉じられる。

カラネ「……」

アガタ「信じられるもんか。ああやって手なずけて自分たちのグループに引き

 入れようとしてるんでしょ」

カラネ「アガタ、そうやって思い込むの良くないよ」

アガタ「決めた。日記をつける」

カラネ「今まであったなことを書くの?」

アガタ「その時々の気持ちよ」

カラネ「私は……さっさと忘れてしまいたい」


○ しばらく後・寄宿舎・双子の部屋

  机に向かい手紙をしたためるアガタとカラネ。

アガタの声「どうせこの手紙は検閲されて、肝心なことは墨で塗りつぶされて

 しまうだろうから、詳しくは書きません」

カラネの声「ゼゼに来て色々なことが立て続けに起こって気が張っています。

 上級生のキナミさんに言われました。ふとしたことで集中力が切れてしまう

 から注意しろ、ですって」

アガタの声「今知りたいのは、どうして何も知らされなかったのか。キナミさ

 んは私たちが知ろうとしなかったからだと言います。でも、知りようがなかっ

 たはずです」

カラネの声「ヒノミコに拝謁する日が近づいてきました。でも、その前に中間

 試験があります。なので、また改めて手紙を書きます」


○ 数日後・学院・温室

  謹慎が解け、温室を訪れたアガタとカラネ。

  外は薄暮が続くが、温室内は明るくライトアップされている。

  一人の園芸部員(女子)が植物の世話をしている。

カラネ「(声をかける)あの……」

  園芸部員(16)、振り返る。

園芸部員「はい?」

カラネ「あの、園芸部の方ですか?」

園芸部員「そうだけど?」

  カラネ、紙に包んだ種を見せる。

カラネ「昼の世界から持ってきたんです。これを植えたくて」

園芸部員「君たちが? 謹慎中じゃないの?」

アガタ「(苦笑)それはもう解けました」

園芸部員「そう。狭い世界だから、あっという間に噂は広がるのよね」

アガタ「有難くない話です」

    ×  ×  ×

  鉢に種を埋め、水をやる。

  カラネ、天井を見上げ、照明を見やる。

カラネ「この温室だけは昼と夜が交互に来るんですね」

園芸部員「その方がよく育つから」

アガタ「私たちも暗幕を掛けたりしてました。全部はとても無理だけど」

園芸部員「うん。生命は昼と夜のある世界で生まれたんだね」

カラネ「ですね。こうして世話をしてると、そう実感します」

園芸部員「昼の世界では何を植えてたの?」

カラネ「色々ありますけど、ほとんどはエタノールの原料で、後は自分たちが

 食べる分だけ育ててるんです」

園芸部員「なるほど」

  園芸部員、温室を見回す。

園芸部員「エタノールを改質して、様々な有機化合物を得る。でも、原料自体

 は二束三文でしょう?」

カラネ「ですね。だから高価な機械は買えないけど、代わりに牛を育ててるん

 です」

アガタ「家族みたいなものですよ」

  園芸部員、にこやかに微笑む。

園芸部員「そうか……。一度見てみたい」

カラネ「もし良ければ、ご案内しますよ」

    ×  ×  ×

  カラネとアガタ、一礼する。

カラネ「それじゃあ失礼します」

園芸部員「この鉢の世話は忘れないでよ」

カラネ「妹に貰った種ですから」

  カラネとアガタが去ると、園芸部員は温室の照明を弱める。


○ 謁見の日・ゼゼ市街・道(薄暮)

  一台の自動車が街中を進む。

テロップ「謁見の日」


○ 車内(薄暮)

  アガタ、カラネ、キナミが車中にいる。

  振り袖に袴姿のカラネ、目を外にやる。

  目的もなく所在なさげにたむろする若者たちが街角にいる。

カラネ「あの人たちは?」

キナミ「近づくんじゃないぞ」

アガタ「何かあるんですか?」

キナミ「必要とされてないと薄々気づいてはいても、住み慣れた街から離れら

 れない人もいるのさ」

アガタ「じゃあ、私たちは必要とされてるんですか?」

キナミ「無論。ただ、私たちもいつ放り出されるか判らないぞ」

アガタ「そうなったらオトゴに帰ります」

キナミ「それより今日はヒノミコに拝謁するんだ。粗相のないように」


○ ゼゼ市街・中心部(薄暮)

  重厚長大な建造物が並ぶ。

  中央、一段と高い丘に神殿が覗く。

キナミ「あそこだ」

カラネ「奥の何か大きなもの、あれは?」

キナミ「ああ、あれ。ご神体みたいなもの。大昔の宇宙船だよ」

カラネ「へえ、あれが」

キナミ「船の太陽炉は今でも生きていて、ゼゼと夜の半球にエネルギーを供給

 してるんだ」

  宇宙船の残骸の偉容。


○ 同・拝殿(薄暮)

  警護の者の簡単なチェックを受け、神殿内部に通された三人組。

キナミ「普段はここで十人衆の会議が催されている」

カラネ「十人衆って議会のことですよね?」

キナミ「ああ。ここでゼゼの全てが決められているんだ」

  と、学院長が入ってくる。

学院長「さあ、サナメの双子たち。行こうではないか」

アガタ「緊張するな」

カラネ「帯を直した方がいいんじゃない?」

  カラネ、アガタの帯を結び直す。

キナミ「いいかな? では行こう」

  警護の者が先導する。

  階段を上がっていくと拝殿内部に至る。

キナミ「そう、表立つことは滅多にないけど、十人衆の人事を承認できるのは

 アが星の第一人者たるヒノミコだけなんだ」


○ 神殿・拝殿(薄暮)

  中に通された四人。薄暗い部屋。

ヒノミコの声「そこにいるのは誰か?」

  突如、ヒノミコ(女性)の声が響くと、立体映像が表示される。

アガタ「わっ」

カラネ「な、何?」

キナミ「(耳元で囁く)静かに。あれは立体映像だ」

  ヒノミコ、ベールに覆われた素顔はよく見えない。声は加工されている。

学院長「外縁部の北の果て、オトゴの開拓者たちの村から来た双子姉妹でござ

 います」

  キナミ、一歩踏み出す。

キナミ「私、マナイ・キナミが紹介いたします。ハジ・チカラが推薦し、スク

 モ・アソン学院長が入学を許可したサナメ姉妹、姉のサナメ・カラネ、そし

 て妹のアガタです」

カラネ「サナメ・カラネです」

アガタ「アガタです」

ヒノミコ「(微笑)君たちはヒノミコなる存在を知っていたか?」

カラネ「いえ……」

アガタ「詳しいことは知りませんでした」

ヒノミコ「昼の世界で暮らしていた君たちが知らないのは無理もない。しかし、

 これから先はそうであっては困る」

カラネ「……」

ヒノミコ「では本題に入る。これよりアが星の数千年の長きに渡る歴史を伝え

 よう」

  と、アが星が属す恒星系の立体映像が映し出される。

カラネ「ああ!」

アガタ「これも映像?」

  惑星アが星がクローズアップされる。

ヒノミコ「ここで見聞きしたことを誓約していない者には決して口外しないと

 誓うか?」

カラネ「……」

  キナミが目配せして双子を促す。

アガタ「……誓います」

カラネ「私も誓います」

  と、映像が再生されはじめる。

    ×  ×  ×

  様々なイメージが立体的な映像として再現される。

  アガタとカラネ、驚きを隠せない。

  クシロの太陽。

  太陽に地軸が向く惑星アが星。

  アが星を周回するトヨの月。

  昼の半球の極付近は巨大な雲に覆われている。極付近で蒸発した水が雲と

  なって帯の世界へと流れていく。

  夜の半球はほとんどの海面が凍りついており、氷河から落ちた流氷や昼の

  半球からの暖流で溶かされた氷が昼の半球へと流れていく。海洋の深層で

  も水と熱の循環が起きている。

ヒノミコ「これより試練を課す。つらい真実を知り、それでも耐えられるか?」

  アガタ、カラネ、ただただ驚くばかり。

ヒノミコ「あたかも星々の海に種を播くがごとく、人類は壮大な実験を試みた」

  小惑星を改造した宇宙船が行き交う。

  宇宙船から着陸船が地上に向け降下する。

ヒノミコ「アが星に天下った人々は気候が穏やかな帯の世界を選び、あらゆる

 種の生命を取り寄せてはアが星に根づかせようと試みた」

  ほとんど何もない荒野を耕し、種を捲く人々のイメージ。

  岩だらけだった惑星が次第に緑に覆われ、文明化されていく。

ヒノミコ「長い時間をかけ開拓は進んでいった。だが――」

  着陸船、機体から火を噴く。

  トラブルが発生した着陸船、帯の世界を通り抜け、薄暮の世界――後のゼ

  ゼの地に不時着する。

ヒノミコ「そしてある日、突然トヨの月との交信が途絶えた」

カラネ「何が……起こったのでしょう?」

ヒノミコ「それは今となっては知りえない。加えて母星との交信も途絶えて久

 しい。トヨの月に残った者たちもとうの昔に息絶えただろう」

  神殿奥の巨大な構造物は不時着した着陸船の成れの果て。

ヒノミコ「よく聞け。我らはこの惑星と完全に同化したわけではない」

アガタ「(じっと耳を傾ける)……」

ヒノミコ「風土病が猖獗しょうけつを極め、なすすべなく人々は倒れていった。学者や医

 者、技術者もその際大勢が命を奪われた。我々は母星に帰る術を失ってしまっ

 たのだ」

アガタ「帰る……」

ヒノミコ「植民者間の紛争も起こった。その際失われた知識や技術もある」

カラネ「では、ゼゼで学んでいるのは――」

ヒノミコ「そう、人々は何世代にも渡って失われた知識・技術を復元しようと

 努めてきた。だが、資源が足りない」

アガタ「聞きました。アルカイック様式は資源を浪費させないためだと」

ヒノミコ「そう、この星は生命にとって過酷極まりない。いかなる資源が眠っ

 ていようと、灼熱の大地はおろか、厚さ数千メートルにも上る氷山の底を掘

 ることなど、おいそれとできはしない」

 不毛の大地のイメージを挿入。

ヒノミコ「失伝させないのが精一杯よ」

アガタ「では、私たちの先祖は絶望したから昼の世界に去ったのでしょうか?」

ヒノミコ「それは好きに解釈するがよい」

カラネ「(ぽつりと)……分かりました」

ヒノミコ「もう一つ。ゼゼの宇宙船に残された太陽炉は既に耐用期限を過ぎた」

カラネ「炉が止まったらどうなるのでしょう?」

ヒノミコ「ゼゼは放棄せざるを得ない」

カラネ「……」

ヒノミコ「太陽炉が無くなれば夜の半球に十分なエネルギーを供給できなくな

 る。太陽光だけでは賄えない。つまり、夜の半球は完全に闇に閉ざされる」

カラネ「残された時間は少ないのですね」

ヒノミコ「その歳で現実を知ることはつらいであろう。人によっては絶望する

 かもしれない。現実とどう向き合い、どうするか、それは君たち自身に委ね

 る」

  立体映像が消える。


○ ゼゼ市街(薄暮)

  帰り道。アガタたちを乗せた車が走る。


○ 車内(薄暮)

キナミ「どうだった? 映像で見ると説得力が全然違うだろう」

  無言でうつむいたアガタ。

キナミ「どうした? 元気ないな」

アガタ「別に……何でもありません」

カラネ「鵬に乗った女神が降臨したという神話、ある意味では事実だったんで

 すね」

キナミ「ある程度はね」

カラネ「おとぎ話だと思ってました」

キナミ「ほとんどの人間がそうさ。だからこそ、こちらにとっても都合がいい」

  カラネ、弱々しくうなずく。

キナミ「(微笑)寄宿舎に戻ったら、合同パーティーだ。さっさと気持ちを切

 り替えよう」


○ 寄宿舎・集会場(薄暮)

  男子寮と女子寮の間に位置する集会場で試験終了後のささやかなパーティー

  が催されている。

  着飾った娘たちが行き来、男子生徒たちが思い思いに声をかける。

  部屋の隅、壁にもたれたアガタとカラネ。

  アガタがちらりと目を脇にやると、向こう側でキナミが上級生同士で話し

  合っている。

  リウとトウイが話しかけてくる。

リウ「二人とも、なに壁の花してるのさ?」

カラネ「……(わずかに身を起こす)」

  ×  ×  ×

リウ「試験、どうだった?」

アガタ「まあまあかな」

トウイ「てことは自信あるな?」

アガタ「いきなり赤点じゃ、ここに来た意味がないもの」

リウ「いや、先輩たちの悲鳴が聞こえてくるようだ」

トウイ「俺にも聞こえる」

アガタ「やだ」

  笑いあうアガタたち。

  ノビルが寄ってくる。

ノビル「お茶はいかが?」

カラネ「ありがとう」

  カラネ、カップを手にする。

カラネ「いい香り」

  アガタもカップを取る。

ノビル「あのね――」

アガタ「何?」

ノビル「こないだのことは悪かったと思う」

カラネ「ああ、別にもういいから」

  ノビル、ナシロの体を押しやる。

アガタ「……」

ノビル「ナシロ、何か言いなさいよ」

ナシロ「……」

アガタ「ナシロ、先に手を出したのは悪かった」

  ナシロの表情が和らぐ。

カラネ「これで仲直りね」

  ようやく緊張が解け、安堵の空気が流れかける。と、アガタ、ニヤリとす

  る。

アガタ「聞いたぞ、あんたたちまだヒノミコに会ってないんでしょう?」

  ざわつく一年生。リウ達も振り向く。

ノビル「それはあなたたちが北の果てから来たから――」

アガタ「学業だって一部を除いてあんたたちより先まで行ってたんだから」

カラネ「ちょっとアガタ、よしなさいよ」

アガタ「今度はこちらが先回りする番よ。ヒノミコの言葉――」

  キナミがもの凄い勢いでツカツカと駆け寄る。ほとんど瞬間移動。

キナミ「おい――」

アガタ「(わざとらしく)あら、キナミさんもいらしたんですか?」

キナミ「地獄耳だからな。他言無用と言ったろう?」

アガタ「ほんの冗談です」

キナミ「冗談で済む話と済まない話は区別しろ」

  カラネ、菓子を切り分ける。

カラネ「それよりキナミさん、これ――」

  キナミ、皿をむんずと奪いとると、菓子を口にする。

キナミ「お転婆な後輩ができて胃の痛い毎日だ」

カラネ「(笑う)じゃあ、お腹に何か入れた方がいいですよ」

アガタ「(くすりと)お腹すいてたんです?」

キナミ「たまにはそういうこともある」

  一年生たち微笑。うちとけた雰囲気に。

  ×  ×  ×

ミチル「キナミ、今年の一年は波乱含みね」

キナミ「ああ。私が卒業するまでは絶対にへまはさせない」

  ミチル、柑橘系の飲料をキナミに渡す。

ミチル「あの子たち、田舎に同い年くらいの友達はいたのかしら?」

キナミ「いなかったらしい」

ミチル「やっぱりね」

キナミ「私たちも似たようなものだったろう?」

  キナミ、一気に飲み干す。

キナミ「……苦い」

ミチル「皮ごとすりつぶしてみたの」

  キナミの渋い顔。


○ 休暇・帯の世界・タネの駅(昼)

  わずかばかりだが、昼と夜が交互に訪れる帯の世界に位置するタネの町。

  駅ホームに到着した鉄道列車。

  乗降ドアが開くと、生徒たちがわらわらと降りてくる。

  タネの町で休暇を過ごすゼゼの生徒たち。

  アガタとカラネも降りてくる。

  リウが話しかけてくる。

リウ「アガタたちはどこに世話になるんだい?」

アガタ「イカンさんって人の家」

  ヒナ(14)という少女が話しかけてくる。

ヒナ「キナミさんも一緒?」

カラネ「ううん、さすがに別行動」

  と、ヒナ、迎えの者に手を振る。

ヒナ「お母さーん!」

  ヒナの母、軽く手を振る。

ヒナ「じゃ、私はこれで」

カラネ「うん、楽しい休暇を」

  ヒナ、駆け去っていく。

カラネ「ヒナはいいな、家族と会えて」

アガタ「リウも?」

リウ「うん」

カラネ「私たちは……と」

  カラネ、きょろきょろと辺りを伺う。

  と、双子たちの姿を認めたイカン・シズメ(30)が寄ってくる。

シズメ「あなたたちがサナメの双子ちゃんね」

カラネ「はい。イカンさんですね?」

シズメ「そう。休暇中あなたたちを預かるのは私です」

アガタ&カラネ「(一礼)よろしくお願いします」

シズメ「いえいえ、こちらこそよろしく」

  カラネが振り返ると、めいめいに去っていく生徒たちが目に入る。

シズメ「あなた達、帯の世界は初めて?」

カラネ「はい、初めてです」

シズメ「じゃあ、早速行きましょうか」

  シズメ、車を指さす。

カラネ「自家用車なんだ。凄いですね」

シズメ「え? ええ、この辺りは皆そうよ。車がないと不便なのね」


○ イカン家・庭(夕方)

  周囲はのどかな田園風景が広がる。

アガタ「オトゴに比べると涼しい」

カラネ「雨もそんなに降らないみたいだし」

  外出、周囲の自然に触れ戯れるアガタとカラネ。

カラネ「わき水が豊富なのね」

アガタ「だからタネの里なんだ」

  一本のスモモの木が。

カラネ「見て。何の実だろう?」

アガタ「勝手にとったら怒られるかな?」

カラネ「一杯採ってジャムにしたらきっと美味しいよ」

アガタ「シズメさんに訊いてみようか」


○ 同・ダイニング(夜に近い薄暮)

  シズメの手料理が振舞われる。

カラネ「美味しいです」

シズメ「そう言ってもらえるなら、また頑張ろうかな」

カラネ「はい。次は私たちにもお手伝いさせてください」

シズメ「喜んで」

  ×  ×  ×

  夕食後。茶や菓子が振舞われる。

シズメ「二人は開拓地の出よね?」

アガタ「はい」

シズメ「日が沈まない世界はどう?」

アガタ「帯の世界みたいに自然と夜がこないから、時計に自分の生活を合わせ

 るんです。だから時計が狂ったら大騒ぎ」

  シズメ、くすりと笑う。

カラネ「巣穴がないと生きていけない動物が多いんです。だから巣箱を作って

 木に取り付けたりするの」

  シズメ、めずらしそうに頷く。

アガタ「シズメさんはどんなお仕事をなさってるんですか?」

シズメ「私? 私はね、古い文献を調べたり、それを現代語に直したり」

カラネ「そういうお仕事もあるんですか」

シズメ「ええ、そうよ。私たちが知らないだけで、失われた知識がどこかに眠

 ってるかもしれない」

アガタ「そうかぁ。有意義なお仕事なんですね」

シズメ「(微笑する)そういうのってね、ここにあるよってひっそり囁いてる

 の」

  アガタとカラネも微笑んで頷く。

シズメ「……ああ、そうそう。はい、二人にご両親からお手紙よ」


○ 同・双子の部屋(薄暮)

  ドアを閉じたカラネ。

カラネ「シズメさん、優しい人でよかった」

アガタ「うん、ヒノミコみたいな人かと思ってた」

カラネ「そういえば、どことなく似てたよね?」

アガタ「違うよ。だってヒノミコは死んだ魚の目みたいな感じだったじゃない」

カラネ「……それより、手紙、早く読もうよ」


○ 夢うつつ

  ベッドでまどろむカラネ。

アガタの声「カラネ……カラネってば」

カラネ「(目を閉じたまま)ううん……何?」

アガタの声「オトゴへ帰ろう」

カラネ「帰る?」

アガタの声「私、どうしてもサキのことが気になるの」

カラネ「(寝返り)まだ眠いよ……」

アガタの声「もう。分かった、私独りで――」


○ 翌朝・双子の部屋

  カーテンの隙間から日差しが漏れてくる。

  目覚めたカラネ。

カラネ「……アガタ?」

  アガタの姿がない。空のベッド。

  机の上に手紙が。カラネ、手紙を開く。

アガタの声「カラネ、私はオトゴに一度帰ります。何かよくないことが起きて

 る気がするの。着いたら連絡するから、あんたはそっちで待機していて」

カラネ「? ……ああっ」


○ 同・居間

  慌てた様子でカラネが入ってくる。

  シズメが面を上げる。

シズメ「何かあったの?」

カラネ「アガタが田舎に帰ると書き置きして出ていったんです!」

シズメ「え?」

カラネ「上級生と連絡とりたいんですが――」


○ 同・居間(昼)

  キナミが招かれている。

  ソファに腰掛けたキナミ。

キナミ「気が緩んで里心でもついたんだろう、放っておけ」

カラネ「(意外)え?」

キナミ「といいたくなるが、さりとてそういう訳にもいかん」

シズメ「お金の持ち合わせはそう無いはずだし、そんなに遠くへは行ってない

 でしょう?」

キナミ「いえ、学生証があれば移動は自由にできます」

  カラネ、心配そうな表情でシズメとキナミを見やる。

カラネ「私も気になります。妹が熱を出したと手紙にありました」

キナミ「ふむ。だが、休暇が終われば一年は誓約式なんだぞ。分かっているの

 か?」

カラネ「でも、確かに何かが引っかかるんです。それに――」

キナミ「(思わず身を乗り出す)うん?」

シズメ「それに、何?」

カラネ「アガタ……ヒノミコの目、目が死んでるって言ったんです。ひょっと

 したら誓約しないつもりかも」

シズメ「……」

キナミ「……なるほどね」

  キナミ、思案顔で脚を組む。

キナミ「さて、アガタはオトゴまで何で戻ったか、船か飛行機か――」

  カラネ、立ち上がる。

カラネ「私、港まで行って来ます」


○ 港・波止場(夕方)

  ぼんやり水面を眺めるカラネ。

  キナミが背後から声を掛ける。

キナミ「探したぞ」

  カラネ、振り返ると、バッグを両手に抱えたキナミが。

カラネ「キナミさん」

キナミ「空港でアガタを見かけた者はいなかった」

カラネ「定期便に乗ったそうです」

キナミ「(思案顔)そうか……」

  キナミ、真顔に。

キナミ「カラネ、君はゼゼに戻れ」

カラネ「え?」

キナミ「休暇明けに一年の誓約式があるだろう、必ず出席するんだ」

カラネ「キナミさん、もしかしてオトゴに?」

キナミ「アガタはゼゼを去るには知り過ぎた」

カラネ「そんな……」

キナミ「や、それは言い過ぎだが、それとも、いっそのこと一人二役やるか?」

カラネ「まさか。その、誓約式にもし出席しなかったら? そんなに大事なん

 ですか?」

キナミ「……もしも、君らが出席しなかったら、いるべき席に姿がなかったら

 学園の皆はどう思うだろうな? しかも無断でだ」

カラネ「(得心がいく)あ……」

キナミ「アガタの意思を確認せねばならない」

カラネ「でも、戻らないと言ったら?」

キナミ「そのときは、ゼゼで見聞したことを決して口外しないと誓約させる」

  カラネ、むっとした表情に。

カラネ「誓約、誓約って! そればかり。虚ろな目! 何の意味もない!」

  カラネ、嘆息して黙り込む。

キナミ「(視線を落とす)……嫌気が差したのかな?」

カラネ「今はそっとしておけないんですか?」

キナミ「時間がない」

カラネ「それなら私も行きます」

  カラネ、キナミの持っているバッグを指す。

カラネ「(笑み)だって、それ私のだもの」

  キナミ、微笑してバッグを渡す。

キナミ「カラネが来てくれれば心強い。ただ、これから往復して休暇明けに間

 に合うかどうか……」

カラネ「定期便は明後日ですよ?」

キナミ「本当か?」

  しまったという表情のキナミ。

キナミ「船は出てしまったし、航空便も明後日まで――」

カラネ「使えないんですか?」

キナミ「定期便は帯の世界までで、そこから先は鉄道なんだ。船便と大差ない」

  キナミ、思案顔に。

キナミ「かといって出奔した者を連れ戻すのに飛行機まで出せないし……」

カラネ「私たちを呼びに来たときは特別だったんだ」

キナミ「あれは昼の世界しか知らない者に青空を見せるためそうしてるんだ」

カラネ「たったそれだけのために……」

  ×  ×  ×

  キナミとカラネ、気を取り直して歩きはじめる。

  と、停泊した船の甲板から呼び止める声が。サコンが顔を覗かせる。

サコン「おーい、カラネじゃないか」

カラネ「(振りかえる)サコンさん?」

サコン「こんなところで何してる?」

カラネ「あ……その……」

  キナミ、船に目をやる。

キナミ「(ふと思いつく)そうだ、あなたはこの船の船員ですか?」

サコン「みたいなものだけど?」

キナミ「憶えてますか? 私はあのとき一年だったマナイ・キナミです」

サコン「ああ、そういえば。君か」

キナミ「それで、対岸のオトゴに至急向かいたいのですが、できませんか?」

サコン「船を徴発するってか?」

キナミ「後で学院と話はつけます」

サコン「うーん……それはともかく、詳しい話を聞きたい」

カラネ「キナミさん、お知り合いだったんですか?」

キナミ「私が一年のときの五年生。退学したけど」


○ 船室(薄暮)

  船長のクテ(50)がカラネたちを迎える。海図を広げ、ルートを確認する。

船長「対岸に渡りたい?」

キナミ「できるだけ最短ルートで。今晩には出発できませんか?」

  サコンとクテ、顔を見合わせる。

船長「知っての通り、ここは夜の半球からそう離れていない。まれにだが流氷

 もかなり大きいのが漂ってくることもある。衝突したらこの船では厳しい」

サコン「夜の航海は避けるべきだ」

キナミ「誓約式に間に合わなければ全て水の泡となります」

サコン「俺もあそこの生徒だったからな、キナミの気持ちは分からんでもない

 が……」

  サコン、しばし考え込む。

サコン「……カラネ、憶えているかい?」

カラネ「はい?」

サコン「学院を退学した俺は、まだ子供だった君らにゼゼの話をした」

カラネ「ああ、そういうことだったんだ」

サコン「あれは間違いだったと今は思ってる。だから君たちには借りがある。

 それを返さなきゃならない。船長、いいですね?」

  船長、静かに頷く。


○ 海(薄暮)

  港を出た船。


○ 船・甲板(夜)

  甲板に立ったキナミとカラネ、サコン。

  サーチライトが海を照らす。

サコン「二人は中で休んでいろ」

カラネ「サコンさんは?」

  サコン、双眼鏡を手にする。

サコン「寝ずの番だ」

カラネ「なら私たちも」

サコン「レーダーならある。船長について交替で監視するんだ」

  風が強くなってくる。


○ 数時間後・同・操舵室(深夜)

  操舵手が舵をきる。

船長「夜が明ければ無事抜けられる。徹夜だが頑張ってくれ」

キナミ「はい」

  ×  ×  ×

  片隅で座り込んでうとうとしているカラネ。

  と、船体にドシンと衝撃が奔る。

  カラネ、ハッと目覚める。

  キナミが寄ってきて肩を叩く。

キナミ「大丈夫。小さな氷のかけらだから」

カラネ「(顔を上げる)……はい」

キナミ「交替しよう」

  カラネ、立ち上がる。

  キナミ、レーダーの画面を指し示す。

キナミ「もし、影のようなものが映ったら、それが流氷だ」

  と、ポツポツと雨つぶが窓ガラスに付きはじめる。

  次第に波が激しくなってくる。

船長「これは、嵐がくるかもしれない」


○ 同・操舵室(早朝)

  空がほの明るくなってくる。

  レーダーの監視を続けるカラネ。

  風防ガラスに雨粒が付く。

  次第に雨が激しくなってくる。海は荒れ気味に。船も大きく揺れ出す。

  脇にキナミが寄ってくる。

キナミ「交替しよう」

  カラネ、気分悪げに顔をしかめる。

キナミ「船酔いか?」

カラネ「……みたいです」

船長「サコンに中に入るよう伝えてくれ」

カラネ「分かりました」

  波で船体が大きく揺らぐ。

カラネ「!」


○ 同・甲板(早朝)

  激しい雨と風が吹きつけ揺れる船。

  救命胴衣を羽織ったカラネ、サコンに呼びかける。

カラネ「サコンさん、船長が戻れと!」

サコン「分かった」

  戻りかけたサコン。

  と、大波が。船体が揺らぎ、波が甲板まで押し寄せる。

サコン「わっ」

  サコンが波に呑まれ消える。

カラネ「サコンさん!」

  といいつつも、カラネも舷側に何とかしがみついている状態。

  キナミが船室の扉を開ける。

キナミ「どうした?」

カラネ「サコンさんが海に落ちた!」

  と、サコンが波間から手を振る。

  キナミ、手近にあった綱つきの浮き輪を投げる。

キナミ「カラネ、船長に知らせてくれ! この水温じゃあ長く保たない」

カラネ「はい!」

  波間に漂うサコン、泳いで浮き輪にしがみつく。

  カラネが戻ると、キナミが独りでロープを引っ張っている。カラネも加勢。

キナミ「よし、引くぞ! それっ」

カラネ「それえっ」

  キナミとカラネ、波しぶきを被りながらも必死で綱を引く。

  ×  ×  ×

  甲板に引き揚げられたサコン、ようやく一息つく。キナミとカラネもずぶ

  濡れ。

サコン「(安堵)命拾いした……」

  嵐は静まり雲間から光が差し込む。

カラネ「……クシロの太陽だ……」

  ×  ×  ×

  静まった海。

  着衣を脱いで毛布にくるまったキナミとカラネ。

キナミ「(震えながら)もうこんな冒険は懲り懲りだ」

カラネ「でも、アガタが素直に従うとは――」

キナミ「首に綱をつけてでも引きずり戻すさ」

  キナミ、遠くに目をやる。

キナミ「……陸だ。陸が見えてきた」

  彼方に陸地が。カラネも面を上げる。


○ 半日後・オトゴの村(昼)

  乗り合いバスが停まる。

  キナミとカラネが降りてくる。

  バス、警笛を軽く鳴らすと去っていく。

キナミ「どこまで差が縮まったやら。さあ、行こう」


○ サナメ家・玄関(昼)

  ドアが開く。

カラネ「ただいま」

  父のタモン(40)が出てくる。

タモン「カラネ! どうしてお前まで?」

カラネ「アガタがこっちへ戻ったと聞いて」

キナミ「連れ戻しに来ました」

タモン「そうか。しかし、今は――」

  顔を見合わせたカラネとキナミ。


○ 同・サキの部屋

  ドアを開けて入ってきたカラネとキナミ。

  窓は閉めきられており、光はわずかしか入ってこない。

  ベッドで眠るサキ。

  傍らでアガタと母のムツミ(37)が看病している。

アガタ「(立ち上がる)カラネ。よかった、電報は打ってたんだ――」

  と、キナミがつかつかと歩み寄るとアガタに張り手をくらわす。

アガタ「!」

  そこにいた一同、絶句する。

アガタ「な……」

キナミ「甘えるな」

ムツミ「キナミさん、あなた――」

キナミ「今は私がアガタの指導役です」

ミチル「そう、そうだったわね」

  サキ、苦しそうな息。身体のあちこちに発疹が。

カラネ「やっぱり……ヌエの猩紅熱だわ」

  サキがかすかにまぶたを開ける。

サキ「カラネお姉ちゃん……いつ帰ってきたの?」

カラネ「サキ!」

  サキ、再びまぶたを閉じる。

キナミ「二人とも、いいか?」

  キナミ、アガタとカラネを促し、部屋の外へと出る。


○ 同・廊下

  廊下で話し込む三人。

キナミ「アガタ、カラネ、君たちは猩紅熱に罹ったことはあるか?」

カラネ「私たちは重くならなかったんです」

キナミ「分かった。なら、今すぐここを引揚げよう」

アガタ「引揚げるって……私はここでサキについてます」

キナミ「間もなく休暇明けだ。誓約式に間に合わなくなる」

アガタ「妹を見捨てろっていうんですか!?」

キナミ「人類はアが星と完全に同化したわけじゃない。特効薬のない風土病だっ

 て沢山ある。私たちがあの子にしてやれることは殆どない」

アガタ「だったらせめて傍に」

カラネ「私もここに留まります」

キナミ「……二人とも、あの子を救いたいと思うか?」

アガタ「当たり前でしょう?」

キナミ「救いたいという想いがあるなら、ここから去るんだ」

アガタ「そんな……」

キナミ「……つらいだろうが、今は耐えるんだ。ここにいても座して見守るだ

 け。ああなったら助かる確率は五分と五分。あの子の体力次第だ」

アガタ「だったらなおさら――」

キナミ「今の私たちは人一人救えやしない。だから帰るんだ。ゼゼで生きてい

 く術を、世界を切り開く術を身につけるんだ」

アガタ「目の前の病人と将来を天秤にかけろっていうんですか? 人でなし!」

  キナミの瞳から一筋の涙が。

キナミ「……私にも弟や妹がいた。あの子と同じだ。ヌエの猩紅熱で命を奪わ

 れた」

アガタ「(言葉に詰まる)……」

カラネ「……(声にならない)」

キナミ「私は港まで引き揚げる。定期便は明日の正午出航だ。それまでによく

 考えておいてくれ」

  キナミ、踵を返すと階段を下りていく。


○ 同・サキの部屋

  アガタとカラネが入ってくる。

  ムツミが振り返る。

ムツミ「あの娘は?」

カラネ「港まで戻ったわ」

  タモンが部屋に入ってくる。

タモン「アガタ、カラネ、お前たちは学院へ戻れ」

アガタ「え?」

タモン「ここに留まってこれからどうするつもりだ?」

アガタ「それは……」

カラネ「そもそも、大人たちはどうして何も教えてくれなかったの?」

タモン「……」

アガタ「それは知ろうとしなかっただけだと言われた。でも、どうしても納得

 できない」

タモン「(考え込む)私も正直信じがたいと思っていたが、お前たちをみてよ

 うやく腑に落ちた思いがする」

  タモン、腕組み。おもむろに語り出す。

タモン「私たちの先祖はゼゼの民と異なる道を選んだという。母星への帰還を

 望む彼らと別れ、この星で生き骨を埋めることを選び、昼の半球に入植した」

アガタ「なら、どうして私たちは――」

タモン「一方で彼らはゼゼの長と話し合いを重ねた。生まれてくる子供は彼ら

 の自由意思に委ねようと。だから分別のつく歳になるまで具体的な話は避け

 ていた」

アガタ「(ため息)いっそ何も知らないままの方がずっとよかった」

タモン「今は冷静に受け止めれられないかもしれない。ゼゼで学び終えたとき、

 最終的な決断を下せばいい」

アガタ「……」

  カラネ、サキの掌をそっと握る。

カラネ「ほら、トヨのお月さまだよ」

  陶片が三つ、再び揃った。


○ 翌日・港(昼)

  波止場に停泊した客船。

  タラップが下り、乗客を受け入れ始めている。

  キナミ、キノコ型の係船柱に腰掛けて双子が来るのを待っている。

  キナミ、腕時計を確認する。

キナミ「やはり来ないか……」

  キナミ、立ち上がるとタラップに向け歩み出す。と、背後から声が。

カラネ「キナミさーん!」

  振り返ったキナミ。カラネが駆けてくる。

キナミ「(胸を撫で下ろす)来たか」

  カラネ、キナミに追いつく。

キナミ「アガタは?」

カラネ「……妹が回復するまでどうしても残ると言い張って」

キナミ「(頷く)そうか。君もつらかったろう」

カラネ「はい……」

キナミ「チケットは三人分用意してあったんだ。さあ、とにかく乗船しよう」


○ 客船・甲板(薄暮)

  凪いだ海。薄暮の世界に入る。

  海面は一面の流氷で覆われている。

  手すりにもたれて海を見つめるカラネ。

  キナミが寄ってくる。

キナミ「あの子の具合はどう?」

カラネ「まだ分かりません。それで、どうしても残るなら、もう一人は学院に

 戻れと父が」

キナミ「そうか」

  キナミ、夕日を見上げる。

キナミ「私は医者になろうと思ってる。今は手の施しようのない風土病もきっ

 と治療法が見つかるはずだ」

  キナミも手すりにもたれる。

キナミ「……きっと、私が押しつけがましかったんだな」

カラネ「そんなことはありません」

キナミ「いや、きっとそうだ」

カラネ「(キナミと視線を合わせず)アガタはきっと絶望したんです。私たち

 はこの星に取り残され、見捨てられてしまったんでしょう?」

キナミ「それがどうした? 現に私たちはここにこうしている。へばりつくよ

 うにしてでもこの星で生きてるんだ」

カラネ「へばりつく……。(微笑)そうか、そうですよね」

キナミ「例のサコン、彼は資源を掘り当て、一攫千金を狙ってるんだとさ」

カラネ「へえ」

キナミ「火山の回りに鉱脈が眠っていることがある。川を浚えば砂鉄は取り放

 題だ。砂金が見つかるかもしれない。そうして暑さをものともせず昼の世界

 を冒険してるんだ」

カラネ「私たちの先生もそうでした。休みの日はあちこちを見てまわって鉱石

 を集めて」

キナミ「(頷く)あまり深刻に考えるな。テクノロジーは細々とだが存続して

 る。太陽炉が停止しても、残された科学力で十分食いつなげる」

アガタ「意外と楽観的なんですね」

キナミ「そう思わなきゃやってられんだろう?」

  キナミ、微笑む。

キナミ「それに、昼の世界を開拓する人たち、彼らは種を撒き草木を植え続け

 ている。私たちが棲める世界はきっと広がっていく」

  カラネ、頷く。

キナミ「(嘆息)そうは言うものの、ヒノミコが言った絶望、それも確かにあ

 る」

カラネ「それは?」

キナミ「神話にあったろう、母星との交信は途絶えたままだ。既に母星自体が

 滅んでいるかもしれない」

  キナミ、空を見上げる。

キナミ「だからだろうか、ゼゼの人たちは星空を、トヨの月を見上げることも

 無くなってしまったのさ」

カラネ「……」

キナミ「あんなにはっきり見えるのに」

  ほの暗い空にトヨの月が輝く。


○ ゼゼ市街(常に薄暮)

  そこだけ華やかにライトアップされた街。

  夜景。


○ 寄宿舎(薄暮)

  ようやく戻ってきたキナミとカラネ。

  キナミ、ホッと大きなため息。

キナミ「何とか間に合ったな」

カラネ「私たちの所為で面倒に巻き込んでしまって申し訳ありません」

キナミ「別に構わないさ。しかし、風紀委員は思ったよりしんどいな」

  カラネ、くすりと笑う。

キナミ「荷物を置いたら学院長に詫びに行こう」

カラネ「それは私独りで行きます」

キナミ「(笑み)そうして欲しいところだけど、私の監督責任もあるから」


○ 学院長の住む屋敷(薄暮・全景)


○ 同・一室(薄暮)

  学院長の前に立ったキナミ、カラネ。

キナミ「(一礼)私の監督不行き届きでご迷惑をおかけしました」

  カラネも頭を下げる。

学院長「いや。キナミ、君は粘り強くサナメ姉妹を説得してくれた」

キナミ「ですが、一人は戻りませんでした」

カラネ「学院長、私たち姉妹は協調性に欠け衝動的に行動していたことを自覚

 していませんでした」

学院長「いや、君自身つらい思いをしているだろう。だが、よく帰ってきてく

 れた」

カラネ「……」

学院長「アガタの処遇はこれから考えよう」

カラネ「……」

学院長「今日はもう遅い。寮に帰って休みなさい。明日からまた日常が戻って

 くる」


○ 翌日・ゼゼ中央学院(薄暮・全景)

テロップ「翌日――」


○ 同・講堂(薄暮)

  講義が終わり、めいめいが立ち上がる。

  同級生のトウイが話しかけてくる。

トウイ「休暇中、二人は何してたのさ?」

カラネ「あ、あのね、私たち――」

  リウが話に割って入る。

リウ「君らは一度ヒノミコに会ってるんだっけ」

カラネ「うん、昼の世界から来た生徒は皆そうなんだって」

リウ「へえ」

カラネ「要するに周りからあることないこと吹き込まれる前に先回りするみた

 い」

トウイ「それで、アガタはどうしたの? このところ顔を見ないけど」

カラネ「ごめん、それはどうしても言えないんだ」

トウイ「そんなこと言わずに教えてよ」

カラネ「もし、うっかりしゃべったら、キナミさんが飛んで来るんだから」

リウ「え?」

  リウとトウイ、辺りをうかがう。

カラネ「やだ、冗談よ」


○ ゼゼ市街・中心部・神殿(薄暮)

  神殿前に進んでいく一行。学院の一年生たち。

トウイ「アガタ、結局来ないのか」

カラネ「(うつむく)……」


○ 神殿・拝殿(薄暮)

  誓約式。一人ずつ誓約を口にしていく。

  後ろでキナミたち上級生が見守る。

カラネ「これよりアが星の未来のため、全力を尽くすことを誓います」

  ヒノミコの幻像がうなずく。

  アガタは不在。

学院長「さて、これで全員の誓約が終わりましたが――」

ヒノミコ「いや、もう一人残っている」

カラネ「……?」

  顔を見合わせ、ざわつく生徒たち。

学院長「静粛に!」

ヒノミコ「連絡が入った。サナメ家の妹の病は峠を越えた」

カラネ「(驚きで胸が一杯になる)……」

ヒノミコ「サナメ・アガタは来年度の再入学を許可する」

  カラネ、思わず進み出ると、深々と一礼する。

カラネ「あの……、この場を借りて申し上げなければならないことがあります。

 誓約を軽んじたことを私たち姉妹は深く反省しています」

  ヒノミコ、微笑する。

  キナミ、ミチルと顔を見合わせ微笑。

カラネ「あれから考えました。私たち姉妹はトヨの月をめざそうと思います」

ヒノミコ「む、それは?」

カラネ「ヒノミコのおっしゃる通り、アが星は人が生きていくには苛酷すぎる

 かもしれません。でも、私たちの両親のように、この星で生きていこう、骨

 を埋めようと誓った人も大勢います」

ミチル「あの子たち、大丈夫だったわね」

キナミ「だから言ったろう?」

カラネ「私たちの世代で終わらないかもしれない、それでも私たちは月をめざ

 します。夢と希望がトヨの月にあるかもしれない。それを皆と分かち合う、

 そう誓います」

  ヒノミコ、うなずく。

カラネ「以上です」

ヒノミコ「うむ。君の想いは十分に伝わった。諸君らの今後に幸あれ」

  と、ヒノミコの幻像が消える。

  誓約式が終わり、ホッとした一年生たち。

学院長「それでは退席を」

  一年生たち、部屋の外へと出はじめる。

  学院長も出ていきかけて立ち止まる。

  カラネが立ち止まったまま。

学院長「どうした? 早く退席しなさい」

カラネ「あの、今一度、ヒノミコに拝謁できないでしょうか?」

  学院長、怪訝そうな表情。

学院長「余計な気を回さずとも――」

ヒノミコの声「よいではないか」

  ヒノミコの幻像が再び浮かび上がる。

キナミ「ヒノミコ!」

ヒノミコ「サナメ・カラネ――」

カラネ「はい?」

ヒノミコ「君たち姉妹の交通費はツケておく」

カラネ「(微笑)はい」

ヒノミコ「学院長、キナミ、席を外して欲しい」

  キナミと学院長、退席する。

  独り残されたカラネ。

ヒノミコ「で、何用だ?」

  カラネ、頭を下げる。

カラネ「今回のご恩は決して忘れません」

ヒノミコ「カラネ、君たちの行動は短絡的な面も多々あったようだが……我ら

 ゼゼの民は人の心を忘れていたかもしれん。それを思い出させてくれた」

カラネ「あの……」

ヒノミコ「どうした? まだ話たい事が?」

カラネ「もしかしてイカンさん、シズメさんがヒノミコなのでしょうか?」

ヒノミコ「?」

カラネ「シズメさんにもお詫びしたいです」

  ベールに隠されたヒノミコの表情。口元がほころぶ。

ヒノミコ「イカンなる者は知らぬし、仮に知っていたとしても口外できない。

 分かるであろう?」

カラネ「はい……。そうですよね……」

ヒノミコ「今の正直な気持ちを手紙に書けばよい。君たち姉妹はわずかな文面

 から妹の重病を察知した。妹の無事を伝えよ」

カラネ「はい」

ヒノミコ「トヨの月が見守っている。各々最善を尽くすよう」

カラネ「ありがとうございます。私たちはこの日を忘れません」

ヒノミコ「(微笑)では」

  ヒノミコの幻影が消える。

  しばし呆然とするカラネ。


○ 神殿・舞台裏・ヒノミコの部屋

  交信が途切れ、ヒノミコはベールを脱ぐ。

  ヒノミコ、シズメと同じ容貌。

  加工された声が元に戻る。

ヒノミコ「シズメ、これで良かったの?」

シズメの声「ええ」

ヒノミコ「私たちも双子と知ったら、さぞかし驚くことでしょうよ」

シズメの声「(笑み)でしょうね」

ヒノミコ「(微笑)目が死んでる……あの子たちに一本とられたかしら」

シズメの声「今は彼女たちの成長を見守りましょう」

ヒノミコ「(頷く)ええ」


○ しばらく後・寄宿舎前(薄暮)

  寄宿舎の前にサンド・バギーに似た車が何台も停まっている。

  キナミやミチルが運転席に座っている。

  ミチル、運転席から顔を出す。

ミチル「カラネ、早く」

カラネ「はーい」

  カラネ、リウが後席に乗る。

  他の生徒もそれぞれ乗車する。

  (※アガタは不在)

  生徒たちを乗せたバギーが動きはじめる。

  上級生が一年生を案内する夜のドライブ。

  ライトで照らされた道路を静かに進んでいく。


○ その後・オトゴの村・サナメ家・サキの部屋(昼)

  快癒したサキ。今しばらくベッドで休んでいる。傍らにアガタが付いてい

  て、果物の皮をナイフで剥いている。

  母のムツミが入ってくる。

ムツミ「カラネから手紙が届いたわよ」

  ムツミ、アガタに手紙を渡す。手を拭いて受け取るアガタ。

サキ「本当? 読んで、読んで!」

アガタ「はいはい」

  アガタ、手紙を開くとざっと目を通す。

カラネの声「サキちゃんへ。私は海の向こうの町の学校で新しい生活をはじめ

 たところです」

  アガタがそう読むと、サキ、一際瞳を輝かせる。

カラネの声「詳しいことは書けませんが、驚きの毎日です。友達もできました。

 しばらくはオトゴの村に帰れないけど、いつか必ずサキの元気な顔を見に帰

 るつもりです」

  サキ、目を輝かせる。

カラネ「それからキナミさんからアガタへメッセージ。『アガタが卒業式に立

 ち会えないのは残念だ。だが一年遅れとはいえ、復学が認められてホッとし

 ている』ですって」

サキ「アガタお姉ちゃん、またゼゼに行くの?」

アガタ「うん、カラネより一年遅れるけどね。それまではハジ先生の許で自習

 するの」

サキ「そうなんだぁ」

アガタ「うん、だから今は一緒だよ」

  アガタ、サキを抱きしめる。


○ 時間戻って街の外・車内(薄暮から夜)

  車はひたすら南へと進んでいく。

  日の当たることのない荒野。

カラネ「どこまで行くんですか?」

ミチル「山越えして夜の世界まで」

カラネ「何かあるんですか?」

ミチル「それは行ってからのお楽しみ」


○ 同・ゼゼの南・砂漠(夜)

  夜の世界。砂漠の只中に停車する。

  車の列から降りてきた生徒たち。

  ミチル、夜空を指差す。

ミチル「ほら」

  夜空に満天の星が。

カラネ「わぁ、きれい」

  キナミが声を掛けてくる。

キナミ「街だと灯りでよく見えないだろう? ここなら思う存分観察できる」

  カラネ、トヨの月を指差す。

カラネ「トヨの月よ!」

  カラネ、何かを思いつき、キナミに耳打ちする。

キナミ「うん、それはいい」

カラネ「車をお借りします」

  カラネとキナミ、とある一台の運転席と助手席を覗き込む。

  ノビル、ナシロ、サツ、ヒナたちが不思議そうに覗く。

ヒナ「何するの?」

カラネ「見てて」

  カラネ、車の天井に取り付けられたサーチライトを星空に向ける。

カラネ「キナミさん、いいですよ」

キナミ「よし――」

  キナミ、サーチライトのスイッチのオンオフを繰り返しはじめる。

  一種のモールス信号。

ナシロ「月にメッセージを送るんだ」

キナミ「トヨの月で誰かが見てるかもしれない」

ナシロ「まさかぁ」

  それでも、キナミ、サーチライトのオンオフを繰り返す。

  シズメとヒナが寄ってくる。

シズメ「古語ベーシックで『私はここにいる』ね」

カラネ「分かります?」

シズメ「もちろん」

ヒナ「古語ベーシックかぁ、素敵ね」

  リウとトウイもつられて寄ってくる。

リウ「何してるのさ?」

カラネ「トヨの月にメッセージ」

リウ「(驚く)じゃあ、皆でやろう」

カラネ「それ、いいね」

  何台もの車からサーチライトで月にメッセージを送る。

カラネ「届くといいですね」

キナミ「きっと、月まで届くさ」

  うなずくカラネ。

  一同、星空を見上げる。


○ その後・サキの家(昼)

  アガタの声にじっと耳を傾けるサキ。

カラネの声「こないだの休日は、夜の砂漠に繰り出しました。夜空に沢山の星

 が瞬いていてるの。まさに星々の海」

  手書きの絵。星の夜空が描かれている。

  サキの笑顔。

カラネの声「中でもひときわ輝いているのがトヨの月。私たちはサーチライト

 で呼びかけました。『ここにいるよ』って――」

  月の絵が実景に変わっていく。

  星空に小さく強く輝くトヨの月。


○ しばらく後・ゼゼの街・学院・ベランダ(常に夜)

テロップ「しばらく後」

  ベランダの一角に据えつけられたトウイのアンテナ。

  配線の先のオシロスコープをトウイがにらんでいる。

トウイ「……」

リウ「何だろう?」

  規則的な波形が流れていく。

トウイ「間違いない。これは人工的なメッセージだ」

  アガタとカラネが覗く。

カラネ「何してるの?」

リウ「トーイが人工的な電磁波を受信したってさ」

カラネ「へえ」

  カラネもオシロスコープを覗き込む。

カラネ「もしかして、何種類もの通信プロトコルでメッセージを送ってるのか

 しら」

トウイ「分かるのかい?」

カラネ「ううん、単なる思いつきだけど」

トウイ「何だぁ」

カラネ「でも、私、何かのメッセージだと思う」

リウ「じゃあ、図書館で調べようか。今は使われてないプロトコルかもしれな

 い」


○ 同・ベランダの奥の部屋(夜)

  ケーブルを介してアンテナにつながったコンピュータのモニターをトウイ、

  リウ、カラネ、キナミ、ミチルたちが覗き込む。

  メッセージが解読されていく。

カラネ「これは古語ベーシックよ」

トウイ「やった!」

  一同、どよめく。

リウ「カラネ、凄いじゃん!」

カラネ「ベーッシクを勉強しててよかった。ハジ先生のお蔭だわ」

トウイ「それだけじゃない、あっという間に古い通信プロトコルまで解読して!」

  キナミ、モニターに見入る。

キナミ「これは……トヨの月からのメッセージだ」

  メッセージの送り主、古語ベーシックでトヨの月のメイン・コンピュータ、

  ヤエムグラと名乗る。

  以下、キーボードを介した対話。

ヤエムグラ「私の名はヤエムグラ。宇宙船オオトリのメイン・コンピュータだ」

ミチル「信じられない」

ヤエムグラ「――私はここにいる、メッセージを送ったのは誰か? 眠りを呼

 び覚ましたのは誰か?」

カラネ「私たちです」

リウ「カラネ、やったね」

カラネ「(うなずく)うん」

ヤエムグラ「君たちは? オオトリの乗客の子孫か?」

キナミ「確かに我々はトヨの月から植民した者たちの子孫です。トヨの月に生

 き残りは?」

ヤエムグラ「乗組員が死して既に久しいが、ヤエムグラには主だった乗組員た

 ちの意識を移植している」

キナミ「おおっ」

カラネ「もしかして、失われたデータベースのバックアップが残されているか

 も」

キナミ「確認したい。トヨの月、宇宙船オオトリに汎宇宙百科全書のバックアッ

 プは残されているか?」

ヤエムグラ「ある」

  キナミとカラネ、抱き合って喜ぶ。

キナミ「やった!」

カラネ「悪戯、誰かの悪戯じゃないわよね?」

キナミ「古語ベーシックでここまで出来る奴がいるものか!」

カラネ「失われた知識の復活がこれでできる!」

キナミ「夢なら、夢なら覚めないでくれ!」

カラネ「惑星の資源を探査したデータのようなものはありますか?」

ヤエムグラ「必要ならば送る」

  一同、空を見上げる。

  夜空にトヨの月が輝く。

  キナミ、カラネの掌を握り締める。

キナミ「きっと、月まで到達できる」

カラネ「そして希望が甦る」


カラネN「――それとアガタ、サキちゃん、奇跡のような出来事が起こりまし

 た。言い伝えどおり、トヨの月は私たちを見守ってくれていました」

カラネN「サキちゃんが大きくなったら、いつかそのお話を必ずします。楽し

 みにしていてね」

  星空に輝くトヨの月。


(了)

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