逢魔が時……カオス!



「どういう事か説明して貰おうじゃねえか時緒!?おおん!?」




 磐梯山麓の森中にある廃ビル兼【イナワシロ特防隊】基地、エクスレイガ格納庫にて。


 熱り立つ真理子の怒号に、時緒はーー



「エクスレイガの事が皆にバレました。乗せろと言うので乗せました。直情的にやりました。後悔はしていません」

「出頭した犯罪者かおめぇは!?」


 真理子だけでなく、卦院やキャスリンたちの呆れ果てた視線を浴びながら、時緒はひやりとしたコンクリート床に正座してきっぱりと告白する。


 時緒は言い訳が嫌いだ。


 時緒の後ろでは、山盛りの肉まんの大皿を抱えた芽依子と、真琴が不安そうに時緒の背中を見つめている。



「エクスは自転車じゃねえんだぞ!?ほいほいダチ乗せて戦っただぁ!?次から次へとトラブル起こしやがって!!」



「お、おばさま…責任は私にあります!だから」芽依子が口を挟んだ。


「おばさん…私が言ったんです…!乗せてって…!」真琴も同調して頷く。



 だが、真理子の怒りは時緒から逸れる事はない。



「二人とも、あまり時緒を甘やかすな!やい時緒!自分が何したか分かってんだろうなぁ!?」

「母さん……そんな事言ったってしょうがないじゃないか」

「しょうがなくねぇ!!」

!」

「えなりかずきの真似はやめろ!!」



 怒髪天の真理子は、時緒の頭へ強烈な拳骨を一発。


 ぼきり、変な音が響いた。



「「ぎゃああああ!!あ痛ああああああ!!」」



 何時ぞやの夜と同じように、真理子の拳骨を受けた時緒と、時緒の石頭を殴ってしまった真理子が、その激痛に床上をのたうち回る。



「いやー!格納されて整備されるロボの姿もかっけえな!!」

「燃えるな…!」



 時緒が叱られていることなど他人ごとのように、伊織と正文は駐機されたエクスレイガを感嘆の眼差しで見上げる。



「ねーおじさーん!この部品なにー?」

「ぎゃあ!それはリボルヴァーの替え砲身!触んな触んな触んなー!!つーか俺は未だ三十路だ!おじさんじゃねぇ!!」

「三十路?おじさんじゃん!」

「はぐぁ…っ!!」



 更にその横では、佳奈美が無遠慮な言葉で茂人の心を傷付けている。



「「うわ〜い!生の巫女さんだ〜!写真撮って良いですか〜!?」」

「ふっ!良いだろう…!あのロボットに乗ってから、疲れてはいるんだが何故か気分が良い!幾らでも撮られてやる…!」

「律ちゃん律ちゃん!こっちに目線頂戴!サディスティックなスマイルで!」

「こうですか薫さん?この豚野郎!」



 更に更にその横では、律がカメラ小僧と化した整備班員たちや薫の前でポニーテールの黒髪を翻し、得意げにポーズを取っている。




 倉庫は今や、混沌カオスと化していた。





 ****





 逢魔時おうまがとき


 夕暮れ時、今この時間がそう呼ばれている事を、シーヴァンは麻生から聞かされて知った。



「俺たちの世界と死者の世界の境界が曖昧になるのがこの時間帯だと言われている。亡霊が出てくるんだ。うらめしやってな」



 バンを運転しながら麻生が面白そうに言った。


「死者の世界…亡霊ですか…神秘的ですね」



 シーヴァンが染み染みと呟くと、麻生は豪快に笑い、ステレオから奏でられるジャズをかき消した。



「亡霊を神秘的と言ってくれるのはルーリア君たちが高潔であるからだろうな。並の地球人にとっては得体の知れない物は恐怖でしかない」

「我々ルーリアにも恐怖は御座います」

「何かね?君にとっての恐怖とは?」

「何もせず、何も知らず、心が空っぽのまま無感動に死ぬ事です。もし…地球に…トキオとの戦いに何も感じなかったらと思うと…私は怖くて仕方がありません」



 シーヴァンの答えに大満足した麻生は、片手でアタッシュケースからお気に入りのミルクキャンディーを一袋取り出すと、それをシーヴァンの手に乗せた。



「詫びはまた後日させて貰うよシーヴァン君。君のマシンの心臓部ルリアリウムだけでも返したかったが…、地球防衛軍がとんだ不作法をした。すまん…」



 シーヴァンは首を横に振った。



「滅相もありません。ルリアリウムの対雑念処置を施さなかった私の不手際です」



「それに…」と付け足して、シーヴァンは静かに笑った。



「また…トキオの戦う様を観る事が出来ました」

「まだまだ若輩者だ。是非ともしごいてやってくれ!」

「は…っ!」



 麻生に首を垂れ、シーヴァンは麻生から貰ったミルクキャンディーを口に放り込んだ。



「む?美味い…」





 ****





「「…………」」




 基地へと到着し、エクスレイガが鎮座する倉庫に足を踏み入れたシーヴァンと麻生は、その騒々しさに絶句した。



「何で母さんはいっつもいっつも手加減出来ないかなぁ!?」

「と、時緒くん!タンコブが…!」

「てめえの頭骨はスペースチタニウムか何かで出来てんじゃねぇの!?いたた…。まこっちゃん!時緒にビンタして!ビンタ!」

「そ…そんなこと!で、でで出来ませんよぅ…っ!」

「はっはっはっ!真理子、右手パンパンだぞ?」

「確かに腫れてル…ってマリコ!?それ…中指辺りブラブラしてまス!コレ…指折れてますヨ!!」

「うわマジだ!あぁぁ!痛たたたた!」

「ロボをバックにかっちょいいポーズだ!いくぞ!正文!」

「いえーい…!」

「あ!よく見たらおじさん!よく私のお店で”あー!彼女ほしー!”って叫びながらビール飲んでる人だ!」

「げげっ!もしかしてお前…焼肉屋の次女っ子ぉ!?」

「ほれほれ…!こんなポーズも出来るぞ…!」

「きゃ〜〜!」

「「すっご〜〜い!!」」

「か、薫ちゃん…!いくら何でもその撮り方はローアングル過ぎるよ!!」

「おい!ガキ共!栄養ドリンク飲んどけって!おい!聞け!医者オレの話を聞け!」



 その様相は、さながら学級崩壊か。それとも動物園か。


 怒鳴る者。笑う者。埃を巻き上げて走り回る者。


 目前で繰り広げられる恥知らずな身内たちの……愚行てんやわんや



「ぐ…シーヴァン君の…爪の垢を煎じて…此奴らに飲ませてやりたい…っ!!」



 何て情けない光景……!麻生は怒りと羞恥に顔を真っ赤に染め、恰幅の良いその身体を、わなわなと震わせた。



「……っ!」



 研ぎ澄まされた騎士の勘で何かを感じ取ったシーヴァンは、静かに耳を塞ぐ。




「ばかもぉぉぉぉん!!しっずっかっにっ……せんかぁぁぁぁっっ!!!!」





 格納庫の壁が震える程の、麻生のカミナリが轟いて、我に返った時緒たちは、揃って床へと正座した……。







 続く

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