男女七人コクピット狭し



「うあ…本当だ…僕の動きだ…」




 律の端末が映し出す、エクスレイガとガルィースの初戦の映像を見て、時緒はしょっぱい顔をした。



「だろう?」律が得意げだ。



 ブレードの構え方。


 踏み込む時に右足の踵から出す癖。


 エクスレイガは時緒の特徴的動作を、ものの見事に再現していたのだ。



「私も…椎名くんの動き…見た事あるから…もしかしてって…」



 真琴はおずおず「ごめんなさい…勝手に付いてきて…」と頭を下げる。



「いや…隠し事をしていたのは僕の方だから…」時緒は困り笑いをして首を横に振った。



 そもそも、何故エクスレイガに乗っていた事を秘密にしていたのか?時緒は自身のしていたことに、今更ながら首を傾げる。


 確かに真理子はエクスレイガの存在を秘密にしていたが、時緒に”エクスレイガに乗っている事は他言無用”とは言っていない。


 ただ単に、時緒が観ていたロボットアニメの主人公たちは、自身がロボットに乗って戦っている事を秘密にしている節がある。それに習っただけだった。



「お二人ともー!流石に危ないので降りて来てくださいー!!」

「「は〜〜〜〜い!!」」



 時緒の視界の端では、エクスレイガの肩の上に乗ってはしゃいでいる伊織と佳奈美に向かって、芽依子がまるで母親のような口調で注意していた。



「まったく」正文がふんと鼻を鳴らす。



「あのバイオレンスオバタリアン…じゃなかった、真理子さんが巨大ロボットこんなモノを造っていたとはな…」

「……」

「さあ…!俺たちをコクピットに乗せろ…!あのキモホネ野郎を倒しに征くぞ…!」

「いや…!出来る訳ないだろ!?」



 時緒は両手を交差させてバツ印否定を作った。



「これは遊びじゃないんだから!戦闘は僕と芽依子さんに任せて…みんなは早く避難してよ!」

「正文さん、どうか時緒くんの言う通りに…!危険です…か…ら…?……」



 芽依子はふと、時緒の台詞に既視感を覚えた。


 以前、エクスレイガに乗ろうとした時緒へ芽依子自身が言った台詞に似ている。



「…………」


 芽依子は時緒を睨んだ。




「そうか。乗せてくれないか…」



 正文はしばらく、哀しげに瞳を伏せるとーー



「ならば……時の字!この間帝都に遊びに行った時、ゲームショップで変装したお前がこそこそ買ってたエッチなゲームのタイトル暴露してやる……!」

「な、なんでそのこと知ってんの!?」

「え〜と確か…『お兄ちゃん 私の大切なもの捧げます♡』…それに…『巫子みこ触手ぷれい!』…」

「や、やめろ!やめろぉぉおっ!」

「あと…人妻寝取られ…」

「何なのよ!?何でここで言うんだよ!?ふざけんなよ!もうやめろよ!やめろよ!!」



 時緒は正文の口を塞ごうと躍起になるが、正文はのらりくらりと躱して触れられない。


 恥辱に耐え切れず、時緒は堪らず腐葉土の上へと突っ伏した。穴があったら入りたい気分だった。


 ふと視線を感じた。時緒は背後を振り返るとーー



「「…………」」



 憐憫の中に軽蔑を含んだ顔で、芽依子と真琴が時緒を見下ろしていた。



「……」



 苦し紛れに時緒は二人に一歩寄った。



「「……」」



 芽依子と真琴は二歩後退した。



 時緒には、足下の腐葉土が針のムシロに感じられた。






 ****






「とまぁ、冗談はさておき…」正文はすっきりとした顔だ。



「冗談になってないねェ!!」時緒は涙目だ。


 


「時の字、俺様が…この平沢 正文が伊達や酔狂で乗りたいと言ってると思ったら大間違いだ…!」



 睨み上げてくる時緒を睨み返して、正文はきっぱりと言い放つ。



「猪苗代は俺たちの故郷だ…!あんな意味の分からんキモい奴に蹂躙されて、黙っていられる訳がないだろう…!」



 

 時緒は息を飲む。正文の眼光はどこまでも真っ直ぐだった。嘘も偽りも、微塵も感じられない。



「それに時の字、お前がこのロボットに乗って戦っていたのなら尚更だ…!お前が戦っているのを知った上で、俺様達がのんべんだらりと防空壕の中で鼻ほじっていられるものかよ…!」

「……っ!」


 突然、正文は勢い良く平身低頭の姿勢を取る。



「時の字!頼む…!今、この猪苗代で何が起こっているのか…俺にも確かめさせてくれ…!お前のサポートをさせてくれ…!」



 正文を囲むように、律、伊織、佳奈美、そして真琴が集合した。



「椎名…」律が苦笑する。



「椎名…この正文すっとこどっこいはな…是が非でもお前を支えたいんだとさ…」



「おいバカ、余計な事を言うな…!」正文が律へと犬歯を剥いて見せた。



 律の口は止まらない。



「中学時代、私と正文との喧嘩に介入した所為で、椎名…お前がされた事…正文も…私も忘れてないからな…!」



 時緒はバツの悪そうな顔をして律から目を逸らした。


 つまらない事だ。正文と律が気にする事ではないと思ったからだ。



「時の字、お前はいつも言っていたな…?”困っている人がいたら助けたい”と…」

「 それは…」

「なら…俺たちは…いつ……?」




 正文のその気迫、その熱。


 時緒は正文に魅せられてしまった。



「…わ、私も…!」おどおどとしながらも、真琴が一歩前へ出る。



「私も…椎名くんが声かけてくれなかったら…私…多分今も一人ぼっちだったと思う…!」

「神宮寺さん…それは…」



 真琴の唇が引き締まる。彼女の決意に、覚悟。



「…私も行きたい!絶対!椎名くんが何してるか…知りたい…!知りたいの…!!」



 ここまで圧倒的な気概の真琴を見た事が無く、時緒は言葉を失った。



「おおっと待った!時緒に借りがあるのは俺もだぜ〜!」

「私もだぜ〜!!」



 今度は伊織と佳奈美がずいと出る。



「時緒!小学生の頃、おデブだった俺のダイエット付き合ってくれたよな!毎朝放課後一緒にランニングしてくれてよ!嬉しかったぜ!!」

「時緒!忘れないよ!大腸菌が流行した夏!うちの焼肉屋にお客さん入らなくなった時にさぁ、時緒…宣伝ビラ作って駅前や商店街で配ってくれたでしょ!感謝感謝だよ〜!!」



 すると、正文を筆頭に真琴、伊織、佳奈美、律の視線が一斉に時緒を射抜いた。



 時緒はぽっかりと阿呆面を浮かべてしまう。


 何てことはない。


 困っている人を助けるのは時緒にとっては当たり前のなのに。


 見返りを求めるつもりはなかったのに。


 しかし。だがしかし。


 時緒の胸の奥がじんと疼いてしまう。


 眼球の奥が熱を帯びてしまう。



「……芽依子さん」



 時緒はすがるような眼差しで芽依子を見た。







「…エクスレイガのコクピットには緊急用の予備のベルトがあります。正文さんたちのことはそれで固定しましょう…!」



 至極真面目な表情で芽依子が二度頷く。


「はい!?」時緒は耳を疑った。



 意外だ。てっきり芽依子は正文たちの同乗を拒むと思っていたからだ。



「め、芽依子さん?何故?」

「あら?以前言ったでしょう?」



 首を傾げる時緒に、芽依子は最初エクスレイガを見上げ、次に木々の間から見える猪苗代の青空を見上げ、最後に時緒を見つめて、笑った。



「私も…小っちゃい頃に時緒くんに助けられました…」

「それは…僕が記憶を失くす前の…」

「不肖ながら私…正文さんたちにはシンパシーを感じてしまいました!全責任は私が負います!この方々は、戦いを見守る義務があります!」



 芽依子のはっきりとした答えに、時緒の中で何かが弾けた。


 悪い感覚ではない。むしろ逆の感覚。


 強いて言うならば、旅行前日のような感覚。


 ”友人達とエクスレイガに乗って戦う”


 不安が高揚感に飲み込まれ、霧散していく。



「さぁ、時緒くん!」

「時の字…!」

「時緒!」

「時緒〜!」

「椎名…!」

「椎名くん!」



「あぁもう!あ〜もう!」



 パチリと時緒は自身の頬を思い切り叩いた!


 ここが、男の決めどきだ……!



「……わかった!後悔するなよ…!」



「後悔などしない…!」そう言い放つ正文の背後で、真琴が同調の首肯をした。



「面白半分でいられるのなら、この場でお帰りください…!」

「何言ってんだお嬢!」



 芽依子に対し、伊織が親指を立てた。



「時緒が関わってんだ!に決まってんじゃないすかっ!!」



 伊織の勝ち気な叫びは、芽依子すらも阿呆面にした。



「面白いじゃ…ないかっ!!」



 心の熱が最高潮に達してしまった時緒は拳を握り締め、天高く掲げる。



「…征こう!みんな!」



 その場にいた皆が、時緒の拳に自身の拳を添え合わせた。





 ****





「うぎゃ〜〜!狭い〜〜!」

「んん…っ!佳奈美さん…少し我慢してください…!あんっ!?ま、真琴さん…の足が…私の…お股に…!」

「きゃあっ!?ご、ごめんなさいっ!」

「これ寝返り出来ねぇぞ!?」

「寝返りなんてさせんぞ!それでも伊織、お前はラッキーだ…!隣が私だからな…!私の隣なんか正文バカ正文ヘンタイだぞ?」

「……っ!!」

「…!?殴ったな!?正文キサマ!?」

「すまんな律…とだ…!」

「喧嘩するな〜〜!!」



 操縦桿にルリアリウムを嵌めながら、時緒は騒々しい背後を振り返り叫んだ。


 時緒が一人座る操縦席、その後部はカオスの極みだ。


 左から伊織、律、正文、真琴、芽依子、佳奈美の準備にベルトで縛られ、ぎゅうぎゅう詰めになっている。


 真琴の顔のほぼ半分が芽依子の豊かな胸に埋まり、輪郭が分からなくなっていた。


 そんな中でもルリアリウムは輝き、エクスレイガの巨体を本格的に起動させる。



「「……!!」」時緒の背後で息を呑む音がした。


 甲高い駆動音を伴い、エクスレイガが立ち上がる。


 コクピットスクリーンには、眼下に杉林、そして、遠景に猪苗代町を闊歩する巨大骸骨が映し出されていた。



「椎名くん…」真琴の手が、操縦桿を握って強張る肩に添えられた。



「椎名くん…ありがとう…私…この日の事、絶対忘れないよ…!」

「……それは、こっちの台詞かな!」



 背後の真琴に、時緒はスクリーンを見たまま頷くと、操縦桿に嵌められたルリアリウムに闘志を流し込んだ。


 エクスレイガの双眸が翡翠色に煌めく。


 コクピット内の全員に微かな浮遊感と慣性を与え、エクスレイガは猪苗代町の中心地目指し、飛び立った。









「時の字、時の字」



 戦闘意思を高める時緒の背中を、正文がつついた。



「何だよ?」

「さっき言ったエッチなゲーム…良かったか?」

「…………良かった」



 頷く時緒を、芽依子と真琴の軽蔑の視線が貫いた。




 続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る