でんぐりがえってまた明日



「……ゔゅ〜〜……」


 ニアル・ヴィール内の自室……リースンたちが一生懸命磨いた窓に顔面を押し付けて、ティセリアは唸る。


 退屈だ。


 退屈だ。


 暇で暇で仕方がない。


 窓の向こうには漆黒の真空に青く輝く地球が、視界いっぱいの緩やかな弧を描いていた。


 地球圏に来て間もない頃は、それはそれは綺麗でいつまでも見ていられたものだったが……。



「飽〜ぎ〜だ〜〜…」



 我ながら慣れとは恐ろしいと、ティセリアは思う。


 朝食も、食後のデザートタイムも済ませてしまった。


 昼食までまだまだ時間がある。


 宇宙電磁波嵐の影響でルーリア本星の娯楽映像も見れないし、地球の娯楽映像アニメ、今週の『ひらけ!ピョンキッキー』も『ぽんぽこポコ太郎』も『ササミさん』も『おりがみセンちゃん』も既に見終わってしまった。



「ひ〜ま〜だ〜ぅ〜…」



 そう呟きながら、窓に押し付けた顔を膨らませるティセリア。


 自室にはティセリア以外に誰もいない。


 いつもならば専属の侍女であるリースンかコーコがいるものだが、今は二人ともいない。


 数日前、騎士カウナが地球防衛宇宙軍のルーリア攻撃艦隊を全滅させてしまい、収容されたその数一万を超える捕虜たちへの給仕やら城内案内に、リースンもコーコも駆り出されているのだ。



『地球人のみなさん良いですかー!?僕の後についてきてくださいねー!?ニアル・ヴィールは広くて初見だと絶対迷子になりますから!騎士の僕でも時々迷いますからー!最後尾、聞いてますかー!?』

『この後、大食堂にてランチタイムとなります!食事はビュッフェ形式です。ルーリアの料理は勿論、ルーリア銀河帝国領となった約一二〇の惑星の料理をお楽しみくだ…、え?おトイレ?やばい?漏れそう?え〜と…ここで一番近いトイレは〜…?』



 その忙しさたるや、たまたま休んでいた騎士ラヴィーや、騎甲士ナイアルドの開発、整備を担当する技甲官まで案内ガイドを務める始末である。




「だれか〜…あそんでよぅ〜…」



 応える者などいないとわかっていても、ティセリアはそう口にせずにはいられない。


 一人遊びほど虚しいものがこの銀河にあるだろうか?



「シーヴァン〜……」


 堪らず、今一番遊んで欲しい者の名を呼んでみるが……。


 わかっている。シーヴァンもいない。


 今朝早く、戦争で生じた宇宙残骸デブリの清掃のため、ガルィースを駆って出撃したまま戻ってきていない。



「う〜〜!さいきんシーヴァン変ー!きっとあの巨人のせいだー!巨人のばかー!!」



 苛立ちが頂点に達したティセリアは我武者羅に踊り始める。



「うゅっ!うゅ〜!うゅっ!うゅっ!うゅゆ〜!!」



 踊る、踊る。ルーリア銀河帝国第二皇女は独り寂しく踊る。


 尻尾をふりふり。


 腹をくねくね。


 耳をぴくぴく。


 侘しい事に変わりはないが、ただじっとしているよりはマシだ。



「うゅっ!うゅっ!…あ!」



 ふと、ティセリアは思い出す。


 他惑星侵攻参加の為の休学措置として、通っていた幼騎院から課題が大量に出ていたことを……。


「うー…!めんどくさ〜い!」



 暇だが、そんな億劫な物やっていられるか。


 課題の存在を脳内から完全に消去してティセリアは踊り続けた。



「うゅっ!うゅっ!うゅゆ〜!!」




 その行為が一月後、自身の首を絞めることになるとは知らずに…。






 ****





 半壊し、衛星軌道上を漂う地球防衛軍の無人武装宇宙ステーション。


 その上に、腕を組み立つガルィースの巨体があった。


 地球の光を浴びて、紫色の装甲を蒼銀に輝かせながら、ガルィースは微動だにせず只々地球を見上げている。



「トキオ…明日だ…。明日…再びお前と戦える」



 ガルィースの操縦席の中で、シーヴァンは独り呟いた。


 シーヴァンの鋭い眼光とガルィースの四つ目が同調リンクし、その気迫は見えない刃となって青い星へと突き立てられる。



(何故だろうか…?お前に会えるのが…楽しみな気がしている…?)



 突如生まれた暖かな感情に、シーヴァンの鼓動が、とくりと高鳴った。


 理由などわからない。分かりようがない。


 ただ、嫌な物ではなかった。



(決闘に赴くと言うよりは…、弟達と遊ぶ約束をした様な感覚だ…)



 シーヴァンは自嘲気味に笑うと、操縦席左右の宝玉に手を添えた。


 宝玉が山吹色の光を放つ。



 シーヴァンの意思を汲んだガルィースはそのナイフの様な脚で、それまで足場にしていた武装ステーションを思い切り蹴飛ばし、地球の引力の中へ叩き落とす。


 大気摩擦によって、ステーションは火球と化す。


 やがて、火球が小さく細々と砕け、燃え尽きた事を確認すると、ガルィースは背中から噴き出す山吹色の光粒子を羽のように羽ばたかせ、暗黒の宇宙を飛翔する。



(トキオ…。身体は癒えたか?剣腕に磨きをかけたか?ルリアリウムの事は学んだか?もしそうならば、どうか、明日の決戦まで…どうか…ゆるやかに過ごしてくれ…ゆるやかに…)





 ****






「……」


 夕暮れ時、竹林と化した椎名邸の裏庭に時緒はいた。


 瞳を閉じて。


 胸の前にルリアリウムのペンダントを掲げて。


「……」


 一意専心。


 ゆっくりと目を開けた時緒はルリアリウムへと意識を集中させる。


 途端、ルリアリウムから幾何学模様の光が奔り、翡翠色の光球となって時緒を包み込んだ。



「ではいつものように…意識をそのまま、ルリアリウムのエネルギーの放出を維持してください」

「はい」



 側で見ていた芽依子に従い、時緒はルリアリウムを見つめる。



「イメージしてください」芽依子の指示に、時緒は無言で頷く。



「精神力…自分のエネルギーをルリアリウムに流し込む…。しかし、精神力だけでなく、自分にとってプラスになる事…楽しかった事…嬉しかった時の気持ちの昂ぶりを…エネルギーと共に流し込む…!」

「…楽しい…イメージ…!」



 素直が売りの時緒は、芽依子に言われた事を、その通りに実行する。


 楽しかった事を、嬉しかった事を思い出す。


 小学生の頃、剣道の大会で優勝したこと。


 中学生の頃、修学旅行先の北海道で、伊織や佳奈美、律に正文、そして真琴、掛け替えのない友人達と素敵な思い出を作ったこと(その直後盲腸炎になったが、敢えて考えない)。


 そんな友人達と、一緒の高校に進学出来た事 こと。


 エクスレイガに、現実に存在するロボットに遭遇したこと。そして紆余曲折あれど、そのエクスレイガのパイロットに自身が選ばれたこと。


 そして…。



(芽依子さんに…会えた…!)



 ルリアリウムの輝きが激しさを増す。


 地を翡翠色の稲光が走り、渦巻く旋風が竹林をがさがさと揺らした。



「凄いです時緒くん…!この短時間でルリアリウムをここまで…!」

「芽依子さんの教えの賜物です。このまま続けます」



 時緒の顔には苦悶の表情は無い。


 ただルリアリウムを見つめ続け、エネルギーの奔流を纏い続ける。


 ……。


 五分経過。


 十分経過。


 十五分経過。


 二十分経過。



「…そこまでっ!」感極まった芽依子が、興奮に顔を真赤にして叫んだ。



「時緒くん!合格です!大合格ですっ!」

「…ふうっ!」



 嬉しそうに拍手をする芽依子を見て緊張を解いた時緒は安堵の溜息を一つ。同時にルリアリウムの輝きも消え、竹林はそよそよと微風のざわめきだけが聞こえるのみとなった。



「時緒くん?身体の調子はいかがですか?」

「…すこし…ほんの少しだけ…あぁ、嘘です。凄く疲れました!」



 くたびれた笑顔を浮かべる時緒の返答に、芽依子は満足気に頷き、そして確信をする。


 大丈夫だ。完全ではないが、時緒はルリアリウムを制御出来ている……と。


 これならばルーリアの騎士と互角、いや、それ以上に戦える。完全でない箇所は時緒の持ち前の技量と、自身達の援護で十二分に補整が出来る……と。



「では芽依子さん、もうす…、」



 ”もう少し鍛錬を”。時緒がそう言いかけた、その時だ。



「いい加減にしろ二人とも!明日は再戦の日なんだから、早めに休め!前日の追込みは厳禁!飯にすっぞ!」



 がらりと戸が開き、中から真理子が出現した。


 真理子のお小言に、時緒と芽依子は二人揃って少々不満そうな顔を浮かべる。



「母さん…もう少し…」

「そうですよおばさま…時緒くんはちゃんと私が見てますから…」



 そう小生意気な抗議をする二人の若者に、椎名邸の家主たる真理子は口元をいびつに歪める。



「あっそ!そっかそっか!じゃあ勝手にしろ!勝負に勝つって事で夕飯はカツカレーにしようかと思ってたが…」



「「カツカレー!?」」時緒と芽依子の目がダイヤモンドの如く輝いた。



「…元気なお前らは…もやしだけで充分だな…。じゃ…そゆ事で…」

「「わぁぁ!?入ります入ります休みますーー!!」」

「時緒!お前は先に風呂入れ!汗臭いんだよ!!」

「はいー!」



 もがもがと慌てて家の中に入る時緒と芽依子に、真理子はしてやったりな笑いを投げかける。


 そして、鮮やかな橙色に染まる猪苗代の空を見上げた。




「…あ〜した天気にしておくれ〜…ってかぁ!」






 続く

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