第74話 愛する者に導かれ:デンドロビウムを感じて

「フィリップス……君は……!」

「スフィアくん、まだ体を動かしちゃだめー」


 ギャメロンの狂気の宣言はブリッジクルーの判断を鈍らせるにはじゅうぶんだった。艦長代理として指示をしなければならない立場のカタリナはギャメロンとデシアン、そのふたつの対処すべき優先順位を決められないでいた。


「ど、どっちを先に止めるべきですの……?」

「カタリナ! <GRAVE>と<COFFIN>の混合部隊が接近中よ! <マッドドッグ>は今度は第4格納庫の方へ向かったみたい!」

「そう言われましても……!」


 カタリナはスノウに言われて指示をする立場になったものの、戦闘的な指揮なんてしたことがないうえにイレギュラーが出てしまえばまごついてしまうのは仕方のないことだった。

 本来指揮をする役目のソルは今ほとんど動けない状況で、この場をうまく治められる人物はカタリナの知る限りひとりしかいなかった。

 そして、幸運なことにそのひとりが転がり込むようにやって来た!


「待たせたわ! 今どんな状況!?」

「黒子! あなた今までどこに……」

「軟禁されていたわ。

 それより、状況を説明なさい!」


 飛び乗るように艦長席に座り、黒子は手短な説明を聞く。


「だったら、まずは第4格納庫をフィリップスくんから守りましょう。対空機銃でけん制しつつ、第4格納庫から出せるだけのエグザイムを出して!」

「あ、そうですわね……。主砲は使えずとも実弾の対空機銃なら使えますものね。

 しかし、今はクーデターの混乱できっと格納庫もてんやわんやですわよ?」

「そっちは私がなんとかするわ。エミルは引き続き索敵、カタリナは対空機銃を撃って! エミルは……」


 黒子は一瞬だけエミルと、治療されているソルを見る。


「…………ソルをお願い」

「わかってる」


 極力感情を出さずに淡々とソルの手当てをしているエミルに一瞬安堵しながら、インカムをつけて艦内放送を始める。


「こちらブリッジ、艦長代理の穴沢黒子である!

 現在我らが艦はデシアンの襲撃と、逆賊ギャメロン・フィリップスの襲撃を受けている! 先ほどの爆音は第3格納庫がフィリップスによって攻撃された際の音で、彼が我らに敵意を抱いているのは明確である。手の空いている操縦科の学生は出撃しただちにこれらを撃退していただきたい!

 …………ええ、わかっているわ。フィリップスくんに従っていた人たちは私たちに不信があるということは。あるいは、支配に甘んじていても不信を感じていた人たちもいるかもしれない。信頼できないリーダーの命令なんて聞きたくはないのは仕方のないことだわ。

 だけど、今この艦が沈みかねない危機なのは間違いない。フィリップスくんはこれから第4格納庫を攻撃するつもりだし、デシアンはすぐそこまで迫っている。全員が宇宙の塵と化すのにそう時間はかからないでしょう。

 でも、みんなが力を貸してくれれば、この状況は打破できるはず。今回だけでいい、私の指示に従ってほしい。これが私の、偽りざる気持ちよ」


 艦長代理としてではなくひとりの人間としての言葉は艦内に放たれた。

 しらけた態度の者がいた。

 襲撃におびえる者がいた。

 疲労で座り込んでいる者がいた。

 一生懸命に走り回っている者がいた。

 ただ同じ大学に通う同期というだけで集められ、宇宙漂流を余儀なくされた者たち。しかし、この混乱した状況の中でそれぞれの行動を起こしていた者たちが、初めて同じ目的で動き出した。


「しょうがねえな……。いろいろ言われるだろうけど出撃するか」

「わ、私にできることってあるかな……」

「ずっと働きっぱなしだってのにまだやらせんのか……? …………でも、艦が沈んだら休むこともできないしな……」

「怪我人はこっちよ! 早く治療すれば助かるわ!」


 これまで自分たちにただ指示を下すだけだった艦長たちが掛け値なしの本音を言ったこと。何もしなかったら本当に命を落としかねないこと。理由は考えればいろいろあるだろうが、もはや団結したことの理由は、今の学生たちに必要なかった。

 第2格納庫にてその放送を聞いた雪たちも動き出していた。雪と佳那はデシアンの迎撃、カホラは機関室でシステムの再起動、ダイゴは格納庫で出撃のサポートをするため別れる。


「エルちゃん! エルちゃんどこー!?」


 雪は<レケナウルティア>のハンガーまでやってきてエルを呼ぶ。これまでの状況からしていなくてもおかしくはないが、エルならいてくれると雪は信じていた。そして、彼女はいた。


「こ~こ~」


 コンソールに背中を預けて脱力した様子で、エルはそこにいた。疲労が隠せていない事情はわかっているのでそれについては聞かず、雪はすぐに言う。


「疲れているところごめんね! <レケナウルティア>は出撃できる!?」

「でき~る~けど~フルパワ~じゃ~無理~」

「でも出られるんでしょ!? 出すね!」


 雪はパイロットスーツも着ずにコックピットに飛び乗る。

 手早くコンソールを操作すると、エルの言う通りところどころ不調があることがわかった。だが、雪は躊躇わなかった。


「エルちゃん、このまま出撃するから準備してくれる?」

『う~~~。わかった~~~』


 いつも少しトロいのだが、そのいつもに増してゆっくりと動いて発進シークエンスを起動する。


『いつでも~』

「了解、北山雪、出撃します!」


 <レケナウルティア>が外へ飛び出すと、すぐにアラートがコックピット中に響き渡る。有視界に死神の列が並んでいるのはモニターを見れば一目瞭然。


「この数は確かにみんなで協力しないと無理そうだ……」


 敵の数に不安を感じてふとセンサーに視線を落とすと艦の方から次々と青い点がやってくるのが見える。


「みんな……」

『ひとりで突っ込むなよ雪ちゃん!』

『秋人の言う通りだ。独断専行では勝てるものも勝てん』

『微力ですけど、わたしも頑張って戦います!』


 友人たちの心強い声に雪は少し涙ぐんだ。

 そして友人たち以外の仲間たちの声も次々と聞こえてきて、デシアンを迎え撃つ準備万端といった様相を表す。


「うん、みんな頑張ろう! 頑張ってここを乗り越えよう!」

『応よ!』

『ああ!』

『はい!』

「まずは1発、いけえええぇ!」


 雪はそう言って、景気よく1発、バイオレット・レナを死神の列に向けて発射した。

 花火のように宇宙が一瞬煌めいた。




「邪魔だ、死ねっ!」


 <マッドドッグ>が通常のブロードブレードよりも大型な高剛性ロングブロードブレードをぶん回し、第4格納庫から出撃してきたエグザイムを紙切れのように切断する。


「ヒャハハハハ! 死ねよ死ね!」


 もう抵抗する力をなくしたエグザイムに突き立てられるロングブロードブレード。正確無比にコックピットを貫き、黒い液体と赤い液体がその刀身を滴る。

 爆発もせずただ宙を漂うだけとなったそれを殴り飛ばして次の標的へ。


「トロいんだよ! ギャハハハハハ!!」


 大型Eブラスターの銃口が輝き、もう1機の胴体をビームが貫く。たった1発で爆散し宇宙の塵と化した。トレントボーンを採用したパワー重視の設計がいかんなく発揮され、そのさまを狂った笑いで楽しむギャメロン。その間にも<シュネラ・レーヴェ>の対空機銃がかすめるのだが、一切気にしない。


「もうエグザイムは終わりかぁ!? なら格納庫ォ、ぶち抜かせてもらうぜ!」


 対空機銃をその身に受けながらも格納庫まで近づき、ギャメロンは髪の毛ほどの躊躇いもなく引き金を引いた。




「第4格納庫が機能停止、フィリップス機に攻撃されたものと思われるわ!」

「カタリナ、ただちに艦内に通達して、そちらにも救護をまわすように言って!

 なんてことを……!」


 思わず血がにじむほど拳を握りしめる黒子。顔にいつもの冷静さはない。


(そうは指示したものの、看護科はきっと第3格納庫で手一杯でしょうね……。かと言って他の人たちはデシアンの迎撃のために忙しいし……。せめて、主砲が使えれば……)


 予備電源で艦を動かしている現状ではエネルギー兵器である主砲も副砲も使えない。すぐに機関室のエネルギー供給システムを再起動させなければ、現状の打破は不可能だろう。

 そこで黒子は機関室に回線を繋ぐ。


「機関室! 誰かいないの!? いるんだったら、すぐにシステムを起動して頂戴!」

『おう! こちら機関室のカホラ・ギルド!』


 祈るような通信に応えたのはカホラだった。

 ホッ……と少しだけ安心して、黒子は言う。


「先輩でしたか! ではさっそく……」

『いや、再起動はしない! それより急いで出撃している連中を帰還させてくれ!』

「はっ!?」


 予想していなかった言葉を返されて、黒子は目を白黒させる。


「今戻したら総攻撃を食らいます! 早くシステムを再起動して主砲や副砲を……」

『それよりやばいことが起きんだよこれから!』

「総攻撃よりやばいことってなんですか!?」

『ワープだ!』

「なんですって?」

『アタシたちをこんなところまで飛ばしたアレがまた起きる! このままじゃ出撃している奴は置き去りになるぞ!』

「…………それは本当に起きるんですか?」


 自分たちが今まさに苦しんでいる原因となったそれが起きると言われて、黒子は訝しがる。最初の1回こっきりでそれ以来予兆すらなかったワープが今、そんなに都合よく起きるはずがないと思わずにはいられないのだ。

 だが、カホラは毅然とした態度で断言する。


『間違いない。アタシは最初のワープの時も機関室にいた。この艦の製造責任者だったスミス老人と一緒にな。

 今起きているシステムの状況は最初のワープの時と同じだ。だとすればそう時間がたたないうちに跳ぶはず』

「………………」

『信じるか信じないかは任せる。信じないと言うならそれは仕方ない、それなら戦闘できるように再起動をかける。だけど、時間はないぜ』


 黒子にゆだねられた判断。生存か全滅かの大変な賭けであり、ひとりの少女がベットするには、学生全員の命は重すぎる。だから、黒子は即答できないでいた。


(先輩を疑うわけじゃない。だけど、もしワープが発動しなかったら? 戻したエグザイムを再出撃させる間に総攻撃を食らって終わり……)


 口の中が乾き、手が震える。判断することの重圧が黒子を苦しめる。


(どうしたら……。どっちにしたら……)

「黒子……」


 その時であった。終わらない問いかけの闇に沈みかけた黒子を光が照らしたのは。


「ソル……!」

「自分の判断を、信じればいい……。お前の判断なら……俺は正しいことだと思う……」


 ソルはそう言うと、辛そうに胸のあたりを抑えた。喋ったことで傷が開いたのだろう。これ以上ソルは何も言えそうもない。

 だが、少しの言葉だけで黒子は覚悟を決めることができた。

 毅然とした態度で顔をあげ、カホラに言う。


「先輩、再起動はなしでお願いします」

『わかった。…………一応通信回線は開きっぱなしにしておいてくれ。何かあったらすぐ知らせる』

「はい、お願いします」


 一旦インカムを外すと黒子は大きな声で宣言する。


「みんな、本艦はこれからワープするわ。そのため、エグザイムをただちに収容しそれに備える!」




 ワープするから帰還しろという黒子からの指示を聞いて、エグザイムで出撃していた学生たちの間に動揺が走った。

 それは雪たちも例外ではなくて……。


『ワープだって……? 本当にできんのかよ? チッ、邪魔だっ!』

『1度はしたことを考えれば、理論上は不可能ではないだろうが……』


 秋人とナンナの話を聞きながら、迫る<COFFIN>をスカイブルーで爆発させて雪は悲鳴のように言う。


「でもそう都合よくできる!?」

『最初のワープは突然でしたもんね』

『今の今それが解明できたってのかよ?』

『それを判断するには情報が足りなさすぎる。だが、本当ならこの状況をどうにかできるかもしれない』


 モニターには未だ相当の数のデシアンが映る。このまま戦い続けることは不可能ではないだろうが、いずれ限界が来て母艦が落ちるのは間違いない。ならば、指示を信じる方が可能性があるとナンナは思った。


『撤退だ。少なくとも、戦いを続けていても状況は良くならない』

『確かにそうだな……』

「みんなは撤退しているのかな……?」


 センサーを見ると、撤退している者とそうでないもの、その数は半々だった。


「どうしよう、撤退してない人もいる……」

『…………そっちは私が説得してみるから、みんなは先に戻っていてくれ』

『大丈夫ですかひとりで……』

『ここは任せようぜ。

 ナンナ、無事に戻って来いよ』

『ああ』


 <ヘクトール>は<ポワンティエ>のバックパックをつかんで後退を始めた。

 雪は一瞬<アルク>の方を見て、すぐにそのあとに続いた。

 残されたナンナは1度深呼吸をしコンソールを凄まじい勢いで操作し始める。


「さて」


 コンソールに映る『実行しますか? YES NO』の、『YES』を軽くタッチする。


「全員、私に従え」


 ナンナがそう言うと、センサーに映る青い点が一斉に<シュネラ・レーヴェ>の方に動き始めた。




 味方が全員撤退している、という変化を確認して佳那は安堵する。


『皆さん撤退を始めましたね……』

『ああ。どんな魔法使ったかは知らねえが、ナンナがやってくれたみたいだな』


 秋人もどこか軽い調子でそんなことを言っているが、雪はまだ気を抜いていなかった。


(まだ敵はいるし、フィリップスくんの方も片付いたとは聞いていない。ワープが成功するとも限らない。…………ってスノウなら言うよね、きっと)


 雪は<レケナウルティア>のエネルギー量や残弾をチェックし始める。まだ、戦いは終わってない、最後まで気を抜かないように……。


『頼む、誰か応答してくれ!』


 そう考えていたら、撤退している仲間たちとは別の、<シュネラ・レーヴェ>の第1格納庫近くのエグザイムからかなり焦った様子の通信が送られてきた。


『こちら、<ヘクトール>。どうした!?』

『その声は沼木か! 頼む、助けてくれ! クッ……今こちらはデシアンとフィリップス両方から攻撃を受けている! 俺たちだけじゃ……止めらない!』


 悲痛な救援要請は仲間を助けたいという気持ちを呼び起こしたものの、それに応じるには機体の消耗が激しく難しいことだった。


『クソ……! 助けてえけど、もうエネルギーも武器もねえ……』

「あたしの方も同じ……。佳那ちゃん、<ポワンティエ>のバックパックに予備の武器ある……?」

『今あるのは……アサルトライフルとブロードブレード、どちらも規格品のものがひとつずつ、それだけです……』

「そっか……」


 エネルギー残量は20%を切っている。<レケナウルティア>は高出力のエネルギー砲で敵をせん滅することを得意としているエグザイムだから、エネルギーの消耗は激しい。しかも、戦闘中適宜<ポワンティエ>からエネルギーを分けてもらっていてこれだから、本来ならとうに戦えなくなっているはずなのだ。だから、僚機の救援は現実的には難しい。

 だが、その現実に抗うように雪は考え始めた。


(スノウはこういうときどうするかな……。

 ―――スノウだったら『助けを求められているから』絶対に助けに行く。ここで見捨てるなんてしない。たとえ武器が少なくったって―――やる。

 スノウなら、ブロードブレードひとつだけで行って、それでみんなを助けて帰ってくる。あたしの思う……あたしの好きなスノウなら!)

「佳那ちゃん、ライフルとブレード投げて!」

『え? は、はい』


 佳那はいきなりの要請に面を食らったものの、すぐに武器を差し出す。それを<レケナウルティア>は奪うように手に取って、<シュネラ・レーヴェ>へとトバし始めた。


『お、おい雪ちゃん!?』

「ふたりは先戻ってて!」


 困惑するふたりにそれ以上構わず、雪の意識はもう第1格納庫周辺の宙域にあった。


「スノウ……。あたしに力を貸して……!」




 あちこち忙しく走り回る整備科の学生たちの間を縫うように歩く。わき腹から流れる血を抑えつけつつ、彼は白い花のような巨人の元へたどり着いた。


(第3格納庫の人たちを助けていたら時間がかかってしまった)


 コックピットに入り淡々と起動準備を終え、彼は言う。


「…………僕の責任だから、僕が決着をつけないとね」


 もともと色素の薄い顔色を、さらに悪くして彼は―――スノウは宇宙に投げ出された<リンセッカ>のスラスターを全開にした。




 遠征19日目 乗組員:200名 負傷者:39名 死傷者:3名

                                  (続く)

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