第57話 撃つ勇気と撃たない決意:アフェランドラな選択

 死者に向かって刃が落ちる。地獄に落とさんといくつもの首を狩っていく。


「ふっ!」


 <リンセッカ>が通り過ぎた後で次々と爆発が起きる。

 ここが河川敷であればこれは花火大会だという比喩になりえるのだが、実際は戦場で爆発が起きた後も通信が鳴りやまない。


『だ、誰か助けて!』

『クソッ、右腕をやられた! 誰か救援来られるか!?』

「なんとか持ちこたえて」


 救援を求める方へ全速力で<リンセッカ>を動かしつつ、センサーで敵の数を確認。


「機動兵器サイズのデシアンが45か」


 味方は現在約25機で母艦が1隻であることを鑑みれば数的不利と言わざるを得ない。それに、まだ<HEARSE>に格納されているデシアンがいないとも限らない。

 作戦では機動兵器サイズのデシアンを片付けてから艦砲射撃だが、このまま放っておけばデシアンを片付けるどころかこちらが壊滅的被害を受けることは目に見えていた。

 とはいえ命令は命令、それを覆す指示がでない限りは作戦通りに動かなければいけない。

 目の前に広がる敵影を見ても臆さずスノウはそう思った。




 エミルから戦況を聞いてソルは頭を抱えていた。

 もともと数的不利が生じるのはわかっていたが想定よりかなり敵の増加が激しく、かつ味方が次々と消耗していく現実から目を背けたくなるが、グッとこらえる。艦長として任されたからには目を背ける前にやるべきことがあるからだ。


「イルマ、艦全体のエネルギーはどうだ?」

「正常に動いている。これならどこかへの供給を打ち止めにせずとも砲撃できるぞ」

「よし。

 カーター、艦砲射撃の準備に入ってくれ。目標は敵の巨大デシアンだ」

「了解しましたわ」

「ミラ、すぐに出撃している人たちに艦砲射撃に入ることを説明してくれ、射線上からの退避もだ」

「はいよー」


 指示をひと通り終えて水を飲む。この席についてから以前よりもすごく水を飲むようになった。尿が近くなるからあまり飲まない方がいいとわかっていても口の中は乾くし喉もすぐにカラカラになる。こればかりはどうしようもないことだ。

 間もなくエミルから報告が入る。


「艦長、射線上から退避していない味方がいるわ!」

「なに? どうしてだ?」

「敵機にしつこくまとわりつかれているみたい」

「そういうことか……! こちらから攻撃して引き離すことはできるか?」


 この言葉はカタリナに対しての発言だったが、エミルがすぐさま首を振る。


「たぶん、どの武装使っても味方を巻き添えにしてしまうと思う……」

「そうなるか……!」


 悪態をついている暇はない、ソルが他に手はないか考えているとカルマがボソッと「あるいは味方ごと撃つしかないか……?」とつぶやく。

 この言葉にその場の誰もがぎょっとして視線をカルマに向ける。


「イルマくん何を言うの? そんなことできるわけないでしょ……!?」

「デシアンのAIがどれほど高度かまでは知らないが、モタモタしているとこちらの作戦に気が付くかもしれん。迅速に事を起こすには最悪そうするしかないと思っただけだ!」

「だったら胸の内に秘めておけばいいじゃない! なんでわざわざ言うの!?」

「言わなかったらその可能性に気が付かないだろうが!」


 ストレスと恐怖で完全に平常心を失い、お互いの主張を否定し合い言い争うエミルとカルマ。

 それに対して他のクルーは何も言えない。味方ごと撃つしかないという判断も一理あるし、逆にそれをしてはいけないとも思っているから。

 だから、言い争いを止めるのは艦長であるソルの仕事であった。


「ふたりとも、今は言い争いをしている状況じゃない」

「だったら! 艦長はどうするつもりなの!?」

「このまま退避するのを待つのか、それとも……犠牲を出してでも実行するのか」

「もっといい方法がないか、考えてみるんだ。

 ふたりが怒る気持ちはわかるが、今はそれを落ち着かせて―――」


 ソルはそこでふと思いついた。犠牲も出さずしかし今すぐにできるアクション、スマートなひとつの解答を。


「ミラ、ギルド先輩と通信をつないでくれるか?」

「おーけー」

「先輩聞こえますか? ええ、ええ。ちょっとお聞きしたいんですが―――」


 時間にして30秒ほどの会話を終えて、ソルは毅然とした態度で言い放つ。


「イルマ、副砲の出力を下げるんだ。しぼる、と言えばわかりやすいか?」

「あ、ああ。それはできるが……」

「その後、カーターはまず出力を下げた副砲で射線上にいるデシアンを撃て」

「ええ、やってみますわ」

「そして、それでデシアンと味方機が距離を取った後、すかさず主砲副砲をフルパワーで発射、ただちに味方を格納してこの場から離脱だ」

「副砲の出力調整ができたぞ!」

「よし、ではカウント10のうち副砲を機動兵器サイズのデシアンに向けて発射!」

「了解!」


 カタリナがトリガー状のグリップを握る。

 すると、普段は艦の向きとは反対に向いている砲門が180度回転、20門の副砲が前方へと向けられる。その姿は髪を逆立てたライオンのよう。


「カウント、3……2……1……」

「発射!」

「発射!」


 白く細長い指によってトリガーが引かれ、1門から細長いビームが伸びていく。それは組み合っているエグザイムと組み合う<COFFIN>へと吸い込まれて行き―――エグザイムの右腕と右足を巻き込みつつ<COFFIN>に直撃する。

 エグザイムを巻き込んだ上にシールドに当たったことにより、ダメージが減衰され撃墜されることはなくただ弾き飛ばされる<COFFIN>。だが、その弾き飛んだ先は艦砲射撃の射線上。

 主砲がガコン、ガコンと音を立てて照準を合わせていく。5門の主砲と20門の副砲が狂いなく<HEARSE>に向けられ、発射口にエネルギーを溜めていく。


「一斉射だ!」


 白いエネルギーが星の海で奔流となってゆく。その流れはデシアンもデブリも無差別に呑み込んでとうとう<HEARSE>に直撃する。


「攻撃、命中しました! 敵デシアンの数も45から28まで減少!」

「ならばエグザイムを撤収しろ! 撤収後ただちにこの戦闘区域から離脱する!」


 その指示がシミラを通して全軍に伝わり、エグザイムは撤退していく。


「状況はどうだ?」

「ほとんどのエグザイムが本艦周辺に戻ってきているけど、まだ一部遅れているわ。…………あの射線上にいたエグザイムも苦戦しているようね」

「敵影はどうだ?」

「敵母艦はダメージ健在、まだ増援を出してきているわ」

「撤退を急がしてくれ!」

「…………いえ、大丈夫そうよ!」


 ずっとセンサーを注視しているエミルが顔をほころばせる。

 右半身を失い撤退にモタついていたエグザイムが他のエグザイムに抱えられて<シュネラ・レーヴェ>へと戻ってきている様子が彼女には見えた。

 スクリーンにその映像しながら、エミルは言う。


「周りのエグザイムと助け合って順調に戻ってきている、このままなら大丈夫そうよ」

「ヌルか……!」


 半身不随のエグザイムを抱える<リンセッカ>を見て、ソルは思わずつぶやく。状況はまだ予断を許すわけではないので顔は険しいが、その声だけは興奮や憧憬の気持ちがあった。


「…………撤退を手伝わなくてよろしいんですの?」

「はっ。あ、ああ。対空機銃で迫る敵を迎撃しろ。当てずとも時間を稼げればいい」


 <リンセッカ>を見て呆けていたが、すぐに指示を出してソルは背筋を伸ばした。

 まだ気を抜くわけにはいかない。まだ戦いは終わっていないのだから。




 まもなく、戦場に静寂が訪れる。

 ちぎれたアームや、真っ二つになったデシアン、放棄されたアサルトライフル……デブリがふよふよと宇宙に漂う。それらがこの戦いの凄まじさを物語る。

 戦場に残るのはデブリだけではない。

 <HEARSE>が両腕をだらんと脱力させ虚空を眺めている。その周りでも<GRAVE>や<COFFIN>がその動きを止めていて、その光景は異様としか言えない。

 異様な光景のまま<HEARSE>が両腕をまっすぐ前に伸ばして指先から白い光を放つ。マリオネットを操る様に指先を動かし前方に巨大な円状の高密度エネルギーを生み出す。そこが<HEARSE>が通れるほどの大きさのワームホールへと変化した。

 どこへつながっているか、先が見えないその穴に向かってデシアンの部隊は吸い込まれるように消えていく。

 …………戦場は、ただの宇宙に戻った。そして、再び静寂が場を支配した。二度と戦火が広がることなく、永遠の静寂へと変わっていくのだった。




遠征6日目 乗組員:200名 負傷者:8名 死傷者:3名

                             (続く)

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