第9話 空と太陽:バーベナはあり得ない

 多目的外骨格学部操縦学科の学生はとても多い。いくら多くのシミュレーターがあると言っても、全ての学生を少ない教員で教えるのはとても難しい。

 そのため、多目的外骨格演習の講義はいくつかのグループに分けて開講されている。例えば、グループAは月曜日の1・2限、グループBは月曜日3・4限、といった具合だ。

 グループは全部で8つあり、今日はそのうちのグループAとグループEの講義の日だ。


 指導用のシミュレーターに乗った男性教員がコンソールで出席を確認する。


『全員そろったな。それでは、今日の演習を開始するぞ』


 この男性教員の名は青葉梟護あおばずくまもるといい、操縦科の主任を務めている元地球統合軍中佐である。怪我で軍をやめたものの、その腕は今も一流である。


『前回までで基本的な動きは一通りやってもらった。不慣れな者もまだいるようだが、今日は戦闘機動を扱う。

 近年、エグザイムは作業用に使われることが多くなった。しかし、入試でもそうだったように、まだデシアンの脅威が完全に去ったわけではない。デシアンが襲ってきたときには自らの手で戦う必要もあるだろう。エグザイムのライセンスを持つということは実戦経験のあるなしに、戦闘もこなせなければならない。

 そして、戦闘機動というのはエグザイムの操縦技術の集大成だ。

 仲間と連携し、周りをよく見て、目標に向かって動き、狙いを定めて、アクションする。戦闘機動とはこれら一連の動きを連続で行うものだと言える。

 すなわち、戦闘が行える者というのは、エグザイムの操縦をすべてこなせる者という風に見られるわけだ。

 では、実際に私が手本を見せる』


 護の乗る<オカリナ>の前方にひと昔前に主流であったエグザイム<トライ>が現れる。当然シミュレーターなのでバーチャルなわけだが、質感はリアルにも引けを取らない。

 その<トライ>が黄色いボディを素早く動かし<オカリナ>に襲い掛かる。腰のハードポイントからブロードブレードを抜刀しつつ斬りかかる。

 しかし、<オカリナ>は最小限の動きで斬撃を避け、<トライ>の胴部装甲の隙間をブロードブレードで真っ二つに。<トライ>は爆散した。


 「おお……」と学生たちから感嘆の声があがる中、護は<オカリナ>の動きを停止させてから言う。


『通常の作業ではほとんど動きのないものを相手にすることが多いが、戦闘はそうはいかない。常に敵も状況も動き続ける。それはこちらに対する攻撃かもしれないし、他の目標のための行動かもしれない。

 だから、敵機の動きはよく見ることが戦いの基本となる。

 敵がどんな武器を使うのか、どんな攻撃をしてくるのか。見て想像し、それに対する対抗手段を打つ。回避するか、持っている武器で払うか、あるいは装甲の厚い部分で受け止めるか。

 攻撃するときも、敵の動きを見てどの武器であれば効果的なダメージを与えられるか。

 それらを一瞬ごとに判断し行動することが戦闘とも言えるだろう』


 その言葉を聞いて、ほとんどの学生が「いきなり無茶を言うなよ」と思ったのだが、それを見越して護がハハハと笑う。


『もちろん、言うのは簡単だがやってみるのは難しい。

 今日は実際にシミュレーター上で<トライ>と戦ってみて、戦闘がどういうものなのか体験してもらうことが目的だ。シミュレーターだからいくらダメージを受けても撃墜されることはない』


 護がその言葉を言い終わったのと同時に、学生たちのシミュレーターのモニターに<トライ>が現れる。


『それでは、各自<トライ>と戦うこと! はじめ!』




『なんだコイツ! うわあああああ!』

『クソッ! 攻撃が当たらねえ!』

『なんで当たらない!? なんで当てられる!?』

 

 同期たちの阿鼻叫喚を特に気にすることなく、スノウはモニターに映るポインタを正確に<トライ>に合わせトリガースイッチを押す。すると、仮想空間で放たれた弾丸が<トライ>のメインカメラを破壊し、動きを抑制する。


(さて)


 <オカリナ>スノウ機はブロードブレードを引き抜いて突撃、その勢いで切っ先を突き刺す。

 胸部を貫かれた<トライ>は糸が切れたマリオネットのように四肢を投げだし、機能を停止した。

 次の<トライ>が空中に出現する。今回のシミュレーターでは前の機体が撃墜されればすぐに新しい<トライ>が出現するように設定されているのだ。


(今度は、肩部スラスターを撃ちぬいてみよう)


 慌てずトリガーを2回引いて<トライ>の肩部スラスターを破壊する。破壊したときの誘爆で両腕がなくなる<トライ>。

 間髪入れずに放たれた弾丸で<トライ>はダルマになり、頭部を完全に破壊されて機能を停止。


(スラスターを撃てば機動力は激減する。出来る限り狙っていこう)


 スノウがそう思って次の<トライ>に照準を向けた時、オープンチャンネルで護から通信が入る。


『お楽しみのところ悪いが、いったんやめてくれ。そろそろ終わりの時間も近づいてきたので今日の総評をしたい。

 さて、全員の戦闘を一通り見させてもらったが、想定よりみんな動けていて正直感心した。中には何度か敵機を撃墜した者もいるぐらいだ。そんな優秀な面々の動きは是非全員で共有したいので、最後に彼らに模擬戦をやってもらいたい』

『も、模擬戦ですか?』

『なかなか面白い趣向ですね』

『ふむ、確かに実力者の動きは見てみたいが』

『腹痛え』

『ふーん、面白そうだねえ。あたしと戦うのは誰かな?』


 護の言葉に学生たちがどよめく。

 はっきり言えば、エグザイムに慣れていない者が、型落ちしているとはいえ純戦闘用セグザイムである<トライ>とまともに戦えるわけがない。実際、シミュレーター上で2桁撃墜された者もいた。

 そんな中で、<トライ>を撃墜できることは驚異的であり、ましてや複数回撃墜できた者がいるということが信じられない、というわけだ。

 誰がそんな驚異的なことをできたんだ? 学生たちの関心が集まる中、護が名前を呼ぶ。


『よし、まずはアベール・オーシャンとギャメロン・フィリップス、この両名に模擬戦をやってもらう。二人とも、いいか?』

『僭越ながら、参加させていただきます』

『ハン、キザ野郎が。ぶちのめしてやるよ』

『相手が降参するか、マシンが動かなくなるまで好きに戦う。ルールは以上だ。それでは、はじめ!』




 向かい合った2機の<オカリナ>。先に動いたのは、ギャメロン機の方だった。


『いくぜぇ!』


 ペダルを強く踏み込み、肩部スラスターが軋むほどの出力でアベール機に向かって一直線に突撃する。機体のカラーリングも相まってその軌跡は流れ星のようでとても美しいのだが、残念なことにアベールは夜空の観察に来ているわけではない。


『迂闊ですね』


 闘牛士のようにヒラリとかわす。そして、すれ違いざまに2発銃撃。発射された弾丸はそれぞれ、右肩部スラスターと右脚部スラスターを貫き機動力を半減以下にさせる。

 右側のスラスターが破壊されたことにより、ギャメロン機は正常な移動ができなくなる。左側のスラスターに振り回され、時計回りにスピンし始める。


『おわっ!? おおっ!?』

『教官、トドメを指した方がいいですか?』

『いや、いい。戦闘続行不可能だろうから、これで終わりだ。

 勝者アベール・オーシャン』


 楽しそうに報告するアベールに対して、苦虫をかみつぶしたような言い方で護は言う。


『今のオーシャンのように、相手の急所を上手く撃ちぬければそれだけ有利になる。

 デシアンには様々な種類があるため一概にどこか急所とは言えないが、エグザイムは肩部スラスターが破壊されれば機動力が大きく落ちる。そうなると砲台しかできなくなるため、一気に仲間の負担になってしまうわけだな。

 また、アームを損傷すれば武器が持てなくなるため戦力にならなくなり、頭部の場合は視界が奪われてしまう。コックピットはもはや言うまでもない。

 そういった理由で、『被弾をしないこと』を前提に戦闘を行わなければならないわけだ。

 それを踏まえて次、ソル・スフィアと沼木秋人』

『はい、いつでもできます』

『あー、そのー、ちょっとなあ……』


 呼び出しに対して朗々と返事をするソルに対して、秋人は妙に歯切れが悪い。秋人らしからぬ態度が引っかかる。


『どうしたんだ沼木。言いたいことがあれば、言ってもいいぞ。いつも通りにな』

『俺、そんなに遠慮ないっすかね……。

 いや、模擬戦なんすけど、参加しないってのはあり得ます?』

『無理強いはしないが……どうかしたか?』

『滅茶苦茶腹が痛いです、トイレ行って来ていいっすか?』


 緊迫した雰囲気の中で、クソ真面目なトーンで秋人がそう言ったことで、どっと学生たちが笑い出す。


『なんだよそれ!』

『ジュニアハイスクールじゃねえんだ! 許可なんて貰わないでさっさとトイレに行って来いよ!』


 笑いの渦に包まれる中、そんな野次が次々飛んでくる。

 護は呆れこそすれ、彼らの野次を止めることなく秋人に言う。


『いいぞ、行って来い』

『あざっす』

『…………では、沼木の代わりにヌル、お前が出てくれるか?』

「わかりました」


 突然の申し出にスノウはうなずく。

 特に断る理由はない、むしろスノウからしたら願ったり叶ったりの申し出だ。快諾してグリップを強く握る。


『よし、ではソル・スフィア対スノウ・ヌルで模擬戦を行う』

『はい。…………ヌル、突然こうなって申し訳ないがよろしく頼む』

「………………」


 スノウはソルのその言葉に応えず、黙ってコンソールを操作、指導用シミュレーターから以外のすべての通信をカットしてフッ、と強く息を吐く。


「さて」

『それでは、はじめ!』


 最初から全力で、スノウにしては無遠慮にペダルを強く踏み込む。

 ソルとスノウの戦いが始まった。




(いきなり来るか!)


 スノウ機がソル機に迫る。アベールと戦った時のギャメロン機のようなイノシシじみた突進ではなく、新品のカッターナイフで紙を切り裂くような滑らかな動きだ。

 ソルはそれを迎撃するべく、アサルトライフルを使う。スノウ機めがけて3発弾丸を放つ。

 しかし、1発目は単純に当たらず、2発目はかわされ、3発目は撃ち落とされた。


(スノウ・ヌル。彼とは一度入試で敵対したが、その時は面を向かって対峙しなかった。しかし、こうして対面してみるとやはり手練れだ)


 すでに説明したが、操縦科の学生の数は、一年生だけでもかなり多い。そのため、同期の名前をすべて覚えるのは不可能に近い。学生たちは気の合う友人や、特別優秀な同期、あるいは人気者ぐらいしか覚えない。

 例えば、アベールと雪の二人はほとんどの同期が知っている。アベールは(容姿が優れていることもあるが)優秀なパイロットとして、雪はアイドル的な存在として。

 また、アベールが先ほど対峙したギャメロンは粗暴な態度で周りに幾度なく迷惑をかけているため多くの同期に認知されている。

 一方でスノウはどうかと言われれば、彼は多くの人に知られているというわけではない。理由としては、彼自身が仲良くしている同期以外との交流がないことと、アベールと雪が目立つことで相対的に目立たなくなっていることの2点が主にあげられる。

 それでも、見ている者はちゃんと見ていて、入試のときから非常に落ち着いた操縦をするスノウを評価する同期も決して少なくはない。

 ソルはそのうちのひとりで、スノウに対抗心を燃やしていた。


(派手さはないが安定した操縦をする。それがどれだけ難しい事か。

 だが、俺も負けていられない!)


 ソル機はアサルトライフルをしまい、代わりにブロードブレードを持つ。

 ソルが得意とするのは、銃撃戦より剣戟の方だ。近場で斬り合ってこそ実力を発揮する。

 ブロードブレードを盾にしてスノウ機の銃撃を防ぎつつ猛スピードで前進。

 スノウ機は足を止め、ソルの得意レンジに入れまいとランダムな狙いと頻度で連射。


「多少の被弾は……承知の上だ!」


 肩部スラスターや胸部、頭部に次々被弾していくが、上手いこと装甲の厚いところで受けて同じスピードで突進。ブロードブレードが届く距離まで近づいて、ソル機は得物で薙ぐ。

 凡百のパイロットなら両断されているほどの速度とパワーで振られた斬撃を、スノウ機は逆手に持ったブロードブレードで受ける。そして、空いた片手で持つアサルトライフルの銃口をソル機の左肩部にピタリとくっつける。


「むっ!」


 弾かれたようにその場から離れ、ブロードブレードを正眼に構える。

 しかし、再度の突進をスノウは許さない。アサルトライフルを連射しつつブロードブレードをフェンシングのように構えたスノウ機がソル機を串刺しにせんとフルスロットルで襲い掛かる。


「くっ」


 その殺意の籠った一撃をブロードブレードでそらす。しかし、あとが続かない。そらすことで精一杯だったのだ。

 体勢を崩したソル機にスノウ機のアサルトライフルの銃口が向けられる。

 ソルは、自分の敗北を確信した。無防備な今、弾丸を防ぐ手立てはない。

 今、決着をつけんとトリガーが引かれる……。


 カチッ……


「…………ん?」


 しかし、トリガーが引かれてもなぜか弾丸が銃口から射出されない。

 弾丸が出なくなったアサルトライフルを捨てるスノウ機。

 当然、ソルはその隙を逃さない。


「…………なんかすまない」

『…………あー、勝者、ソル・スフィア』


 護が呆れたように勝者を告げる中、スノウ機の上半身と下半身は力なく宇宙に漂い始めた。

                                  (続く)

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