第101話 エルシャムヘイム

 途中ナンムの街に寄ると、万が一に備えてゴルドニップへの増員を手配してから、アリードたちは基地へと戻っていた。

 元々大国連合の誘致された基地の一つであるため、空き部屋には事欠かない、彼女たちを別々の部屋に軟禁すると、直ぐにでもバロシャムとの交渉の準備にかかろうとしていたが、事の顛末を聞いたメルトロウは、考え込むように眉をしかめた。


「ティムシャムですか……、これは、まずい事になるかもしれません……」


 彼にしては珍しく、言い澱んだ言葉、そして、考えがまとまらないように黙り込む。


「まずい事って……先生?」


「エルシャムヘイムは古代王朝の聖地ですが、その場所の是非をめぐって、ラドロクアとイズラヘイムが争いを起こしたこともあり、特にイズラヘイムは、建国の理念にエルシャムヘイムを奪還すると定めているのです」


「また、エルシャムは、エルシャルと読む事も出来るため、エルル族の聖地であるとされている場所と同一視されています。この大陸に住む者は、少なからずかかわりのある場所であることに間違いはありません。そこを誰かが支配するとなれば、民族間の対立をあおる事にもなりかねない」


「しかし、砂漠の真ん中のただの遺跡ですよ?」


「そうですね、今となっては何の価値もないだけに、その場所がどの国の領土にあるかが重要視されてしまうのです。バロシャムと|砂の国(キスナ)だけで話し合う訳にもいかなくなるかもしれません」


「だけど……、いや、そんな物のために国同士が争うなんて、間違っている」


「ただの遺跡ならば。しかし、各民族で様々な形に伝えられている話の中でも、ティムシャムの伝説だけは同じで、地の底へ強大な力を封じ込めたとあるのです。それを今でも多くの者が信じ……」


「それなら、シャムがいたけど、ラーイカが倒してしまったから」


「シャムですと?……それは、どのような物でしたか?」


 メルトロウの目は真直ぐにアリードへ向けられていた。

 まるで、初めて会った人物の評価を決めかねているかのように、表情の動き一つ見逃さぬと言った視線を向けられ、アリードは困惑していた。


「いえ、それが、よく見えなくて……、影のような、半透明の人影のような……。ラーイカの出す光る玉みたいな感じで、あんなに光ってはいないんですが……」


「ふむ……、それを、ラーイカさんが倒したと?」


「ええ、いきなり襲ってきたので……」


 メルトロウは、再び考え込むようにアリードから視線を外して、彼の返事も耳に届いていないようであった。

 そして、彼もまた……。



 ただの遺跡ならばと、彼は言った。


(そうでなかったならば?)


 アリードにとっては、砂に埋もれた遺跡でしかなかったが、そこには『魔法』で生み出されたシャムがいた。


(それはラーイカと関りがあるものなのでは?)


 彼女と関わりがあるのならば、手放しにそれを明け渡してしまって良いのだろうか。

 あの遺跡から彼女の秘密が暴かれでもしたら……。


(秘密?)


 彼女の秘密。


(彼女の秘密ってなんだ?)


 彼女がどこから来て、何を成そうとしているのか。


(何者だって構いはしない)


 何者にも理解できない力を使い軍隊をも退ける、傷つきやすい優しい心根の少女。


(彼女は味方だ)


 なぜ、味方をしてくれているのだ?


(……なぜだ?)


 味方だからと、目を背けていた秘密。


(彼女は……)

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