第91話 古きものからの呪い 2

「骸骨の兵士だと? そんな、馬鹿な……」


 信じられない話に、アリードは頭を押さえてバルクを見返した。


「ああ、死者の呪いなど……?」


 答えようとしたバルクの言葉が詰まった。

 アリードの視線が彼を通り越して、焦点を結んだまま凍り付いていた。その視線を辿って、振り返ると、そこに、小さな岩の影から覗く髑髏の伽藍洞がらんどうの目があった。

 

「うわっ!」


 思わず上げた短い叫びに、骨の頭がゆらゆらと動き出す。


「ほね、なのです」


 岩の影から出て来たそれは、イルイルの小さな手で抱えられた、動物の頭蓋骨だった。


「脅かすなよ……、そんなもの何処で拾って来たんだ?」


「イルイルは、驚かないなのです。向こうに、落ちてたなのです」


 岩の影を覗き込むと、砂の上に散らばった大きな動物の骨を、パズルを組み立てるように、ノルノルが並べ替えていた。

 乾燥した砂漠では、動物の死骸は、他の生き物に食い荒らされるより先に水分を失い骨だけとなる。そして、大抵は遠くへ運ばれることもなく、人揃えパーツが揃ったまま砂に埋もれている。

 それを並べ直して、生前の姿を予想してみるのも、彼女たちのお気に入りの遊びの一つだった。


「あたまは、ここなのです。持っていかないのです」


 かなり真剣な表情で、組み立て作業をしているノルノルだったが、今回の骨には、頭を悩ませている様子だった。


「手が一つ多いんじゃないか? 前足か?」


「羽なのです。角もつけるなのです」


 複数の動物の骨が混ざっているのか、彼女たちの組み立てる生き物は、かなり奇妙な姿になって行く。


「そーか……、組みあがったら乗れそうだな」


「骨には、乗れないなのです」


「骨だけでは、動かないなのです」


「…………」


 小さな二人のまっとうな返答に、アリードは返す言葉も無かった。

 しかし、子供でも知っている事だ。

 骨だけになって動き回る兵士などいる筈は無い。

 そんな事は有り得ないのだと、アリードにもすぐに理解できたが、見間違いにしろ、妄想にしろ、ゴルドニップで何かが起こっているのは事実だった。


「バルク、ゴルドニップへは、俺が行って来る」


 ナンムにも常駐している警備兵はいたが、他に回せるほどの人員がいる訳ではない。不明瞭な事件であっても、彼自身が動くしかなかった。


 僅かな休息の時間、くつろげる太陽の光に背を向けて歩き出すアリードを、来夏は黙ったまま見送った。


(また、戦いが始まるのだろうか?……)


 そう思うと憂鬱な気分になったが、国境を越えようとする軍隊の気配も感じてはいないと、自分に言い聞かせて安心させていた。

 彼らには、彼らの果たすべき役目があるのだと。

 そして、彼らには、そのための知恵も力もある。


(彼らを信じよう……)


 しかし、その言葉の後に、信じられない自分の力の代わりに、と、続いてしまうのではないかと、来夏は目を閉じた。

 最善の選択でも、他者を傷つけてしまう力の行使を、彼らに押し付けているだけではないのだろうか。

 自分の果たすべき役目も、背負うべき重荷も、彼女には分からなかった。

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