第89話 古きものからの呪い

 砂漠に照りつける強い日差しに、アリードは顔を向けていた。

 目を閉じていても、瞼の裏に届いてくる光に、燃え盛る太陽の力強さを感じて伸びをした。


「あー、気持ちいいな……」


 久しぶりに太陽の光を全身に浴びたかのように、両手を大きく広げて、降り注ぐ熱を受け止めようとする。

 それもそのはず、砂の国で行われた各国首脳との会談の後、彼は机にかじりついて政務をこなしていたのだったが、余りにもの激務ぶりに、周囲の者が見かねていた所、気分転換をさせるためとノルノルとイルイルが、無理やり彼を表に引きずり出したのだった。


「イルイルは、眩しいなのです」


「ノルノルは、ぴかぴかでよく見えないなのです」


「太陽を直接見ちゃダメよ」


 横に並んだ二人がアリードの真似をして目を細めるのに、慌てて来夏が止めに入った。

 来夏のシールドが空に張られているため、有害なものは降り注ぎはしない。太陽の光も例外ではないが、必要な物でも限度がある。

 強い光を浴びた二人は、瞳の中の星の模様が輝きを増していた。

 エルル族の最大の特徴と言えるもので、他の民族からは不吉なものとされていたが、来夏にはそれがとても美しく感じられた。


「ああ、そうだな。ちびども、太陽は見ちゃダメだぞ」


「イルイルは、見ていないなのです」


「ノルノルは、見ないなのでも、見えるなのです~」


 ノルノルは薄目になったまま、両手を前に伸ばしてイルイルを追いかけ始める。


「二人とも、転ばないでね」


 と言っても、柔らかい砂の上では、怪我など仕様はずもないのだが。


「……ありがとな、ラーイカ。おかげで先生も無事だったし」


 来夏がイズラヘイムから救出してくれたおかげで、メルトロウを失わずに済んだ。それどころか、彼女がいなければ、砂の国がどんな結末を迎えたのか、想像するのは難しかった。

 政務に没頭するあまり、礼ものべていなかったことを思い出したアリードは、少し照れくさそうに話しかけた。


「どういたしまして。私は、みんなが無事なら、それでいいの……」


 おどけたようにクスリと笑って応えたが、何処かもの悲しそうな影が、彼女の表情をかすめていた。その影に、アリードは、彼女が戦ったという砂漠の戦場を思い出していた。

 のちに、その場所を探索しに行った彼らが見た物は、見渡す限り砂漠に降り積もった塩だった。

 あまりにも異質過ぎた、どうすれば、どんな戦いが行われれば、こんな光景が広がるのかと、答えを出せるはずもなく、目の前の現実を受け入れねばならなかった。

 塩の砂漠。

 乾いた風に舞い上がり、容赦なく水分を吸い取る塩が吹きつければ、この砂漠を歩いて横断できる人間はいないだろう。彼らは、そこに恐怖を感じずにはいられなかったのだ。


「……どう? 話し合いの方は順調?」


 胸の内の想いにとらわれていたアリードは、目の前で首を傾げた来夏に気付くと、慌てて頭を振った。


「えっ、あっああ、うん、今の所は……。でも、これから、細かい所も煮詰めていかなきゃいけないし。それに商品の運搬ルートだよな……。ラドロクアへは、川沿いの道があるけど、首都までは遠回りになるし、イズラヘイムには、西側の国境付近を南下するにも、ちゃんとした道がある訳じゃないし、いっそのこと、南に下ってナンムから西に道を作ったほうが……」


 机から離れても、今手を付けている事柄に関して、話しだすと止まらないと言った様子である。開けても暮れても頭の中から追い出す分けにはいかない、それが、国を背負った者の責任の重さだった。

 アリードの重荷を少しでも手伝えるかと考えたが、その想いをそっと胸の内にしまい込んでいた。

 来夏には、『魔法』があるからだ。

 道などいくらでも引ける。いや、物を運ぶのに道が必要という発想さえ必要ないのだ。

 遠くからそっと見守り、彼らの前に避けようの無い大きな壁が立ちはだかったら、彼女の力を使えば良いのだ。

 ……だが、本当にそれでよいのだろうか?

 植木鉢に植えられた花は、それ以上根を広げられず大きく育つことは無い。しかし、鉢を割ってしまったら、見る見るうちに枯れてしまうだろう。それでも、力強き株だけは、生き残り花を咲かせる。繰り返された思考錯誤、他を踏み台にする生存競争から生まれた一輪の花。その花が、より大きく美しい花であったとしても、それが正しいと言えるのだろうか。それを美しいと思えるのだろうか。その壁のある意味も分からず、取り除いてしまっていたのなら……。


「アリード!!」


 静かな時間は、そう長くは続かなかった。

 一分一秒でも惜しいかのように、彼の名を叫びながら全速力で男が駆けて来る。

 それは、アリードの昔からの友人で、彼が武器も持たずに拳を振り上げて立ち上がった頃から、右腕としての役割を果たしてくれているバルクだった。


「アリード、ここに居たのか……」


「どうしたんだ? 慌てて、まだ会議の時間でも、昼飯の時間でも無いだろう?」


「いいか、……落ち着いて、聞いてくれ」


「落ち着いていないのはお前の方だろう?」


「冗談を言っている場合じゃない、昨夜の事だ……、ゴルドニップが襲撃された」


「なんだと! どこから!」


「それが……」

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