第14話 決意
夜陰に紛れて、数名の男たちが廃墟の中を駆け抜けていた。
彼等の瞳には、固い決意が灯っていた。後ろを顧みないただ前だけに進む決意が。
誰にも気づかれず走り抜けようとした彼らの前に、廃墟の影から一人の少女が立ちはだかった。
「アリード、その人たちは誰? どこへ行こうというの?」
「ラーイカ、止めるな……」
「いいえ、答えて。答えないと、ここを通さないわ」
「……俺達は、街からアルジャズールの兵士を追い出す。俺達で街を取り戻すんだ……こいつらは、俺の意見に賛同して力を貸してくれる同士だ」
「彼等を倒しても、また、新たな部隊が攻めてきたらどうするの? それを倒してもさらに大きな部隊がやって来るわ」
「……わかっている! だが、それでも奴等だけは、許せねぇ、これ以上ミャヒナの様な犠牲を出したくはねぇんだ」
ミャヒナの名を聞いたとたんに来夏は何も言えなくなった。その名前は、彼の胸にも深く突き刺さり、苦しそうに、新たな決意を燃やしていた。
「奴等と戦うためには、武器がいる。まず、あの基地にある武器を手に入れるんだ」
彼は、砂漠の上を吹く砂の混じった風の向こうを見据えていた。
「ダメよ、あの基地の周りには、対人地雷が埋まっている。それを越えられたとしても監視塔から狙撃されるだけよ」
「だからこそ、基地の奴等も、そこから侵入されるとは思っていない、監視塔の下まで行ければ、こっちのもんだ」
(彼らは何もわかっていない、小規模とは言え訓練された兵士の守る軍事基地をこれだけの人数で、どうにかできるものでは無い事を)
「わかったら、そこをどいてくれ」
「ダメよ、……行かせないわ」
(お願い、ミャヒナのためを思うなら、命を無駄にしないで……)
「どいてくれ、ラーイカ。俺は、ミャヒナの為にも……」
(ミャヒナのために……、彼を、こんな所で死なせるわけにはいかない……)
「ダメよ……。私が行くわ……」
来夏は彼らに背を向けて、先頭に立って歩き出した。
それが正しいとは思えなかったが、ミャヒナをあんな目に合わせた兵士達が許せなかった。
孤児院の近くに埋められている対人地雷も放っては置けない、そう、自分に言い聞かせていた。
(六十……、七十……、七十二。ずいぶん沢山あるわね)
砂漠をスキャンして、正確な地雷の数を割り出す。何年かけて埋められたのか、年代も形式もバラバラな地雷が、数多くそこに埋められていた。
全ての地雷を一度に空中に掘り出すと、基地の上空を覆うように配置させ、いくつかを監視塔にぶつけ、基地の迎撃能力を奪う。そして、周囲から一斉に攻撃されたように、順番に地雷を通路や建物の側で爆発させていった。
慌てて飛び出して来た兵士達は、何処から攻撃されたかも分からず混乱し、数名の兵士が大声を上げて、立てなおして応戦しようとすれば、全ての兵士の行動を監視している来夏に、すぐさま攻撃される。狙いすまされた攻撃に、さらに混乱を極め、指揮系統を失った兵士達は、次々に手近な乗り物で基地から逃げ出して行った。そこから逃げ出すように、周到に追い詰めていたのだった。
最後の一人が基地から逃げ出した後、来夏は残った地雷を上空高く飛ばして花火のようにまとめて爆破させた。
「おお、すげー、すげーぞ! ラーイカ」
アリードも、彼に率いられた男たちも、その光景に魅入られたように目を輝かせ、感嘆の息を飲んでいた。
(本当にこれでよかったのだろうか……)
無人になった基地が燃えださないように、爆発の後始末をしながら、明け方まで歩いていた来夏は、小さな倉庫の端で膝を抱えて、少し眠った。
乾いた風は、小さな奇跡を乗せて、砂の国中に運んで行く。
奇跡の吸引力それは、途方もない力を発揮する。それは、彼女が恐れていたよりもはるかに大きな波となって、広がって行った。
翌朝、遠くから響いてくる様な大勢の歓声で目を覚ました。
窓の無い倉庫の中は真っ暗で時間が分からなかったが、ドアを開くと、強い光に一瞬、視力を奪われる。
手のひらで光を遮ろうとした彼女に、大きな歓声が押し寄せて来た。
「ラーイカ! マ・ラーイカ!」
年端も行かぬ少年と少女が、わずか数名で基地を制圧した奇跡は、人々の心をつかみ、基地に大勢の人々が押し寄せていた。
様々な年齢、様々な民族の人々が、僅かだがエルル民族の姿も見られた。
貧困にあえぐ者、圧政に苦しむ者、虐げられた者達が手に武器を取り、アリードの演説に聞きほれている。
「耐え続ける日々は終わった! 武器を取れ、今こそ立ち上がる時だ! 俺達の街を取り戻す、誰も虐げられる事の無い街を、俺達の手で取り戻す時だ!」
「アリード! アリード!」
「ラーイカ! マ・ラーイカ!」
彼等の名を叫ぶ、熱狂的な歓声は、乾いた風となって、はるか遠くまで流れて行く。
(本当に、これでよかったのだろうか? ……これで、イルイルやノルノルが買い物に行ける街が出来るなら……)
押し留める事の出来ない熱狂は、彼らをどこへ運んでいくのだろうか。
来夏は引き返す事の出来ない道へと足を踏み入れてしまった気がしていた。
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