最終楽章――永遠の小夜曲は誰が為に――

喪失編

ep31/36「会いたいよ」

 AM7:00。目覚まし時計のアラームに促されるまでもなく、アヤカは自然と目を覚ましていた。

 カーテンの隙間から漏れ出てくる光。起き上がったアヤカの足取りは、朝霧を潜り抜けて来た光へと誘われる。布地の端を掴んでレールを走らせれば、眩しいくらいの陽光が部屋を満たした。

 照らされた寮部屋に、ベッドは1つ。


「……っ」


 傍から見れば只の日常に過ぎない景色は、確かにアヤカの心を抉っていく。

 何でもないように始まろうとしている1日が、今いる現実を突きつけて来る。俯きながら部屋を後にすると、アヤカは何でもない朝の流れに身を委ねていた。

 今日は、きちんと起きられた。

 髪を梳かした。

 朝食だって作れた。

 特に努力せずとも出来てしまう朝の身支度が、アヤカ自身に1人住まいの空気を意識させる。最後に洗面台へと向かった彼女は、髪を束ねようとする段に及んで手を止めた。

 鏡の中の自分を見つめると、青い瞳が見つめ返して来る。


 ――――あなた、いつから朝が苦手じゃなくなったの?


 自然とこなせてしまったのは、ハナがいなければ出来なかったはずの事ばかりだ。そう気付いてしまった途端に、アヤカは静かに打ちのめされていた。

 ちっとも嬉しくなんかない。

 自分の身体までもがハナを忘れ去ろうとしている、そんな風に感じられてしまったのも決して被害妄想ではないと思えた。


「なんで、出来てしまうのかしらね」


 鏡の向こうにいる自分は、今にも決壊してしまいそうな笑みを浮かべている。泣くまいとして堪えながら、アヤカは自然と髪留めに触れていた。

 髪を束ねるのは、四葉のクローバー。

 今はたった1つの思い出だけが、ハナの存在を証明してくれている。決して夢幻ではない少女がここにいたのだと、折れそうな心を繋ぎ止めているのだ。


「私、こんな出来た子じゃないのに……ハナもそう言っていたんだもの」


 アヤカは誰が応えてくれる訳でもないと知りつつ、行ってきますと宙に呟く。1人で家を発とうという時でさえ、耳をすませばハナの声が聴こえて来るような気がした。

 空っぽの身体を埋めるのは、思い出と喪失感。

 塞ぎ切れない心の大穴を吹き抜けるのは、ハナの甘い香りが抜け落ちた朝風。こんなにも大きな穴が胸を穿っているというのに、未だに心臓の鼓動が聞こえて来るのは信じられないくらいだった。



 * * *



「そうですか、ごめんなさい……変なことを聞いてしまって」


 アヤカは書類を手に、寮の管理室を後にしていた。

 自分と同じ部屋に誰かが入っていなかったか、と管理人に尋ねたのだ。

 該当する者は0、書類には誰1人として入寮者など記録されていない。怪訝な視線を浴びせられている背は、今もちりちりと焦がされているようだった。


「……それでも、確かにいたのよ」


 それなのに、それだというのに。

 入学者一覧にも住民票にも入寮者名簿にも、ありとあらゆる書類のどこにもハナの名前は載っていない。

 聞いてみたところで、誰もがそんな子はいないと口を揃える始末だった。確かにここに生きていたはずの少女を、誰1人として覚えてもいないのだ。


 ――――どうしてよ。


 ふと足を止めれば、ぽたりぽたりと地面が濡れていった。

 誰も知らない少女、何処にも見当らない痕跡。

 今や見えない者を追い始めているのは、自分自身だ。


 アヤカはくしゃりと書類を握り潰すと、誰に理解されるでもない悔しさに拳を震わせていた。

 こんなちっぽけな紙切れでさえも、ハナの存在を否定しようとするのか。もはや抑制など利かない激情が、ぶつける先も知らないままに脚を動かし始める。


「違う……違う――――ッ!!」


 構うものか。

 すれ違う人々に指を差されようとも、不審げに見つめられようとも、アヤカは走り続けるのを止めなかった。

 誰にも信じてもらえない。

 誰もハナの存在を語ってくれない。

 リリウスで月へ出撃してから地球に帰還するまで、たった数分しか経っていなかったという。あのたった数分で変わってしまったもの、消えてしまった少女は、全て幻に過ぎなかったのだとあらゆる事実が示している。

 それでも、そんな事を認められるはずがない。


「違う! ハナは、いたのよっ!」


 街を走っている内に、頬を濡らすモノは涙ばかりではなくなっていた。どこか紫がかった雲に覆われる空は、季節外れの生温い雨を島に注いでいる。

 走った。

 アヤカは、雨か涙かも分からぬ滴を帯びて走った。

 艶めくアスファルトを跳ねる水滴が、足に纏わりついては靴底を滑らせる。ふわり、不意に浮遊感を味わった頃には、急速に迫り来る路面が視界に飛び込んで来ていた。


「……っ!」


 転倒。再び立ち上がろうと手をついたところで、未だ癒え切っていない身体には力が上手く入らない。

 誰かが手を差し伸べてくれることは、無い。

 全身を生温い雨に打たれながら、アヤカは何か救いを求めるようにゆっくりと顔を上げて行った。

 視界に飛び込んで来るのは、先端が見えないほどに高くそびえ立つサナギ。雲底を突き破るサナギだけが、雲上の雨無き空を望んでいる。

 その超然とそびえる体躯に気圧されるように、アヤカの口からは1つの確信が零れて出て行った。


「リリウスに乗り込むのは、初めから2人……そういう事だったんでしょう?」


 サナギを睨んで、今さら遅いと知りつつも問うてみた。しかし答えなど要らない。かつて先輩アカリが語っていた言葉の意味は、こうして現実と成り果てている。

 だからこそ、何もかも認めるしか無かった。

 リリウスには常に2人が乗り込んで来たのだと。

 空席には元々、もう1人のパイロットが乗り込んでいたのだと。


リリウスの幽霊・・・・・・・を追い始めたパイロットが機体を動かせなくなる、そんなの当然よね」


 馬鹿らしいくらいに単純な真実が、心を苛む。

 見えない者を追い始めたパイロットが機体を動かせなくなる、それも本来2人必要だからに過ぎなかった。たったそれだけの真実が、この100年に亘って大いなる謎とされて来たのだ。

 それが恐ろしくて仕方がない。

 どうしてこんな明快且つ簡単な答えに、誰もたどり着けなかったのか――――誰も2人目に乗り込んだ者の事を覚えていないからだ。


「2人で帰る場所を守るためにって、そうやって戦って来たじゃない。1人だったら、何の意味もない……っ」


 これからどうやって生きて行けばいいのか、もはやアヤカには分からなかった。2度と会えない想い人が遺してくれた平穏は、あまりに空虚だった。

 もう戦う必要はない。

 リリウスを動かすことも出来ない。

 それでも彼女の心を辛うじて支えるのは、たった1つ残された想い出の欠片でしかない。震える指先で触れた髪留めだけは、確かにまだあの夏祭りの夜を証明してくれているのだ。


 ――――もう、疲れたの。


 この髪留めが在る限りは、ハナの存在を信じられる。

 過去だけを見つめる選択肢が、今はどうしようもなく甘美に思えてしまう。それが緩慢な死に他ならないと知りつつも、叶うものならばゆっくりと消えてしまいたかった。

 生き残る為にと戦って来た日々が、急速に色褪せ、朽ちて行く。


 ――――これがあれば、きっと何も感じずに死んでいきて行ける。


 その時、アヤカの視界を、ふっと火の粉が流れて行った。

 そして髪留めに触れていた指先には、焼けた鉄を押し当てられたような熱が走る。熱い。思わず後頭部から手を離した途端、1つに束ねられていたはずの金髪はふわりと広がっていた。

 燃え散っていく四葉のクローバーが、風に流された髪の中を漂う。崩れ去りつつある髪留めを追い、アヤカは地を這うように手を伸ばした。


「そんな、待って!」


 だめ、消えないで。お願い。

 そんな叫びも虚しく、――――が贈ってくれた髪留めは光となって消え去っていった。そして自分の中から何かが、たとえ手を伸ばしても掬い取れない滴の一滴が、ぴちゃりと零れ落ちていく。

 はっきりと、その音を聴いたような気がした。

 今やその名を呼ぼうとしても、上手く口が動いてくれない。


「そん、な……」


 直後、自分が何を喪ってしまったのかに気付いたアヤカは、自分にはもはや涙さえ流す資格さえ無いのだと悟る。

 髪留めが繋ぎ止めていた記憶は、幻と消えた。

 四葉のクローバーに込めた花言葉ねがいも、散った。

 ――――Be Mine私を想って下さい――――

 彼女は今や、四葉のクローバーにそう願ったはずの、名前も思い出せない誰かの為に全身を濡らすしかない。

 次の日も、その次の日も、涙の温度に近い雨は島に降り注ぎ続けた。



 * * *



 学園の図書室、アヤカは本の匂いと雨音に全身を包まれていた。雨粒を弾く窓の向こうには、すっかり白煙に覆われたリリウスのサナギが見えている。

 サナギを見るだけで心が抉られそうだったから、視線はすぐに手元へと落とされる。緩慢と上下する眼が追っているのは、図書室で見つけた本の中身だった。


 ――――なにを探しているのかしらね、私は。


 惰性と未練。どこかに彼女の痕跡が残されていないか、そんな想いだけが今のアヤカを動かす全てだった。

 今や名前さえ覚えていないのに、探し出せるはずがない。

 分かっている、そんな事は分かっているのだ。

 アヤカは積み上げた本の山に手を伸ばすと、そこに未だ残っている熱を探し求めた。タイトルさえ見ずに持って来た寄せ集めであろうと、かつて彼女と一緒に棚へと戻した一冊かも知れない……そんな本でさえあれば良かった。


「あれ、こんなの借りていたかしら」


 しかし、とあるタイトルがアヤカの目を引き付けていた。

 紛れ込んでいた内の1冊を抜き出すと、やや埃っぽい表紙が露わになる。『蜘蛛の糸』。そう題された古典の内容には、アヤカにも覚えがあった。

 仏の慈悲で、地獄へと垂らされた1本の蜘蛛の糸。

 男はそれを見つけるや、極楽へと続くそれに手をかけた。

 天上へと続く糸を登りさえすれば地獄から抜け出せるはず、と希望にしがみついたのだ。しかし糸を1人占めしようとした途端に、希望はぷつんと切れてしまう。

 そして、男はその浅ましさ故に再び地獄へと落ちる。


 いや、本当は違う・・・・・のかも知れない。ページをめくるアヤカの目には、前読んだ時とはまるで違う物語が映り込んでいた。

 その糸は本当に、数多の人の重さに耐え切れたのだろうか。

 その糸が切れてしまったのは、本当に男の浅ましさ故だったのか。

 垂らされた糸はとても細くて、地獄から抜け出せるのが初めから1人だけだったとしたら?


 ――――だから、自分は1人で戻って来てしまったのか。


 私は、独り占めするつもりなんて無かったのに。

 1人でなんて、戻って来たくなかったのに。


 今、自分の眼前には何が垂らされているのだろう。アヤカは虚無の地獄から這い出て来た我が身に、答えなど期待できない自問をぶつけるしか無かった。

 地獄を這い上った先に在るのなら、ここは極楽なのだろうか?

 そんな風にはとても思えない。此岸は此岸でしかない。


「最後に希望が千切れてしまうなら……それってすごく残酷よ」


 空虚な心には、擦り切れた想いが浮かび上がる。なぜ自分だけがここへ戻って来られたのかさえ、未だに分からないままだった。

 あの虚無の地獄としか思えなかった空間にしても、そうだった。

 何も分からないままに引き揚げられてしまった地獄の正体を求め、アヤカは憑かれたように文章を追い続ける。やがて1つの概念に辿り着いた頃には、蔵書のジャンルを跨いで幾つかの本棚に手をつけ終えていた。


Blackブラックholeホール……?」


 日が沈もうという頃に辿り着いたのは、天文物理の解説書だった。

 太陽の何十倍という質量を誇る星が、時に辿り着くと言われる骸。地球をビー玉サイズに縮めてようやく辿り着くような、想像を絶する圧縮現象の果てに待ち受ける成れの果てがブラックホール――――本はそう語っている。

 あまりに強大な重力故に、内からは光さえも抜け出せないという。

 その境界こそが、事象の地平面。何者も抜け出せない絶対の壁だ。

 自分が目にしてしまった宇宙の果て、決して超えられない見えざる壁の正体は、まさにこれに違いないという確信があった。


「太陽系が全部、こんなものに覆われているっていうの?」


 リリウスで太陽系の果てに触れてしまった時の光景を思い出し、アヤカは息苦しさを覚える。

 見えざる障壁の先には何もない。太陽系の先には正真正銘の絶対的無だけが広がるだけで、その向こうはとっくに終焉を迎えていたのかも知れないのだ。

 アヤカは何故そうなってしまったのかを知りたくて、更にページをめくっていった。

 まともに理解する事さえ出来ない数式と高等概念の狭間には、あらゆる考えの下に生み出された、ありとあらゆる宇宙の終わり方が紛れ込んでいる。


 正直、意外だった。

 ただの解説書にさえ幾つものストーリーが記されていたし、恐らくこの中の1つは正しかったに違いないのだ。高等数学と物理が生み出した黙示録の筋書きには、ブラックホールがもたらす宇宙の終焉をも見つけることが出来た。


 ――――これだ。


 Big Crunchビッグクランチ

 宇宙は広がる。しかし、宇宙に撒き散らされた物質が放つ重力は、広がり行く空間を引き留めようとする。

 だからもし重力の方が強ければ、いずれ宇宙の全ては密度無限大の一点ブラックホールへと潰れてしまう。そんなストーリーに与えられた題名こそが、ビッグクランチ仮説だった。

 アヤカはその内容に目を通して行くにつれ、戦慄に背筋を凍らせていった。自分が目にしたあらゆる現象に符合していく筋書きは、預言そのものだ。


 ――――あなたが守りたかった世界って、本当にこれなの?


 アヤカは本から視線を剥がすと、すっかり暗くなった外に目を向ける。

 リリウスが目覚めてからの56億7千万年、その間に宇宙は終わっていた。そんな世界を、帰るべき場所を守る為に戦って来た意味は、今の自分には答えられそうにも無かった。

 でも、もうどうでも良い。

 アヤカはひどく凝った背を椅子に預けると、ひどく空っぽになってしまった身体を脱力させていった。瞼を閉じる、すると身体にはふわりと何かが被せられていた。

 重たい瞼を開けてみれば、すぐ傍にはヒカリの姿があった。被せてくれたブランケットをかけ直しながら、アヤカは隣に座った彼女に視線を向ける。


「身体、冷えちゃうよ」

「ありがとう……いつからそこにいたの?」

「ついさっきね。アヤっちったら教室にも来ないからさ」


 そういえば今日は授業もあったのだった。

 ヒカリが語る当たり前の日常は、どこか遠く感じられる。もう二度と取り戻せない生活を匂わせる言葉の響きが辛くて、アヤカは無理に微笑んで見せた。


「大丈夫よ、無理はしていないから」

「うそ、そんな訳ないじゃん。見てたらそれくらい分かるッ!」

「ヒカリ……?」

「あたし怖いんだよ……ねーちゃんだってそうだった、リリウスから降りた途端にもうここには居ない人を探し始めたんだよ!」


 2人きりの図書室。

 その叫びはしんと静まり返った空気を裂いていた。自らの内で燻る想いに耐えかねるように、ヒカリは隣の席で身を震わせている。


「今のアヤっちだって、そうだよ。ねーちゃんと同じだから、そのうち空っぽになっちゃうんじゃないかって……ずっと1人で戦ってくれたんだから、あたしにだって心配させてよ。お願いだから、もうあたしの前で幽霊を追うのは止めて……お願い」


 ヒカリは何かを言いたそうな様子で、何度か口をぱくぱくと開かせていった。しかし、その度に形にならない言葉を飲み込んだ末に、彼女は視線を外しながら呟く。

 消え入りそうな声は、最後には痛ましいほどに掠れていた。


「もうさ、アヤっちは充分やったよ。だからもう――――」


 その一言一言に込められた優しさが、アヤカの心を軋ませる。

 決して悪意ある言葉ではない。そんな事は分かっているのに、どうしようもなく込み上げて来る激情が血液を沸騰させてしまいそうだった。


「……もう忘れて諦めようって、ヒカリはそう言っているの?」


 アヤカが静かにぶつける言葉にも、ヒカリは俯いたまま答えようとはしなかった。その沈黙こそが何よりの肯定だと悟ってしまえば、自然と目元が熱くなってくる。

 誰にも分かってもらえない。

 この身を巡る哀しさも怒りも悔しさも、自分がもう思い出せないという後悔さえも伝わらない。アヤカは椅子を倒しながら立ち上がると、強引にヒカリの肩を掴んでいた。


「どうして……どうしてよ! なんでヒカリも覚えていないのよ?!」


 驚きで目を見開くヒカリに、真正面から問いかける。

 もう、2人が贈ってくれた髪留めは無いのだ。


「もう思い出せないのッ……顔も、名前もッ!」


 必死に過ぎる眼差しは交錯し、やがて逸らされる。

 ヒカリの瞳に怯えの色が混じるのを目にした途端、血液を熱していた激情はスッと温度を下げて行った。


「アヤっち、幽霊ばっかり追いかけて……あたしはっ……あたしの方は見てくれないんだね」


 ヒカリが言い放った言葉の衝撃に、アヤカの全身からは思わず力が抜けていった。彼女の記憶がたとえ一片でも残っていたのなら、ヒカリは絶対にそんなことを口にするはずがない。

 本当にもう、思い出の中にさえいないのだ。

 そして華奢な肩を掴んでいた手は、あっさりと振り払われる。目にじわりと涙を浮かべるヒカリは、急いた様子で図書室を去って行った。


「また明日、じゃあね」


 ヒカリが去り際に残した言葉は、1人取り残されたアヤカの胸に突き刺さる。

 心配してくれる親友さえ傷つけて、自分が何を言いたかったのかも分からない。


「本当に、救いようがないわね……私」


 まばらに濡れる窓に近付き、眼下を見下ろしてみる。するとゆっくり進む傘の間を縫うように、雨の中をひたすらに駆けて行くセーラー服姿が見えた。

 ヒカリはきっと、家に帰ってから泣くに違いないのだ。

 彼女の優しさを知っているからこそ、今は我が身が憎かった。傘さえ差さずに行ってしまったヒカリの姿に、アヤカの後悔は更に深まっていく。


 今の自分に動かせるはずもないサナギを、温い雨越しに見据える。

 本当に今の自分はリリウスを動かせないのかどうか、それを確かめる起動試験は数日後に予定されていた。しかし、結果など既に分かり切っている。

 膝から崩れ落ちたアヤカは、再び立ち上がる意味を見出せぬままに床を見つめた。意識するともなく広げた手には、もはや何も残っていなかった。


「会いたいよ……」


 果たして誰に会いたいのかは、遂に思い出せなかった。

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