第55話 友達っていいもんだ
「みんな、少し冷静になってくれないか」
善次郎が、落ち着いた声を出した。
三人共、なにかを感じ取ったのだろう。
善次郎の声に、黙り込んだ。
「俺が殴らなかったのはな、さっきも言ったように、殴ったからといって、夏が元気になるわけじゃない。それに、俺が傷害罪で捕まったら、誰が、活と夏の面倒を見る? 」
これまでうつむいていた洋平が、顔を上げて善次郎を見た。
美千代も、じっと善次郎に目を注いでいる。
「確かに、美千代と洋平もいるさ」
善次郎が二人の顔を見てから、木島さんに目を移した。
「だがな、俺はこいつらを拾った責任は、最後まで全うしたいと思ってる。なにより、俺は、夏が帰ってくるまで、毎日でも夏に顔を見せてやりたい、夏を、少しでも勇気づけてやりたいんだよ」
善次郎の言葉に、木島さんが顔を伏せた。
「そうだな… そうだよ」
木島さんが呟くように言ってから、顔を上げ、善次郎を見る。
「善ちゃん、あんたは、俺の二の舞を踏んじゃいけねえ。だから、俺が代わりに…」
「木島さん」
善次郎が、木島さんの言葉を最後まで言わせず、遮った。
「あんた、風三郎の二代目と、早く巡り合いたいんだろ。だったら、そんな馬鹿な真似はやめておけ。あんたがそんなことをしてくれたって、誰も喜ぶ者はいないよ」
「ごめんなさい」
突然、美千代が声を上げた。
「あなたの、そんな気持ちも知らないで、勝手なことを言っちゃって」
木島さんや菊池さんがいるのもお構いなしに、美千代の目からは、止めどもなく涙が溢れ出している。
「一番怒っているのは、あなたなのよね。わたし、やっと、それに気付いた」
善次郎は精一杯の微笑を、美千代に作ってみせた。
「親に見放されたなっちゃんを拾って、元気に育ててくれたあなたが、一番憤りを感じていて当然よね」
美千代が、木島さんと菊池さんに向いた。
「わたしからもお願いします。二人共、殴り込みなんてやめてください」
涙の乾かぬ目で、美千代は、木島さんと菊池さんに向かって、深々と頭を下げた。
「わかったよ」
木島さんが、大きなため息をついた。
「俺が、悪かった」
もう、木島さんの顔には、怒りはない。
「言われてみれば、善ちゃんが一番悔しい思いをしてるんだよな」
木島さんが、じっと善次郎の目を見る。
「俺は、善ちゃんが、活と夏に、どれだけ愛情を注いでいるか、よく知っている。そんなあんたが我慢してるのに、俺らが出しゃばるわけにはいかないよな」
菊池さんが、うんうんとうなづいた。
「それにな、善ちゃんが俺のことを思って止めてくれったてのも、身に沁みてわかった」
木島さんが、涙を隠すように、鼻をすすった。
「こんな俺に、そこまで言ってくれたのは、善ちゃんが初めてだ。俺は、いい友達を持った。生きててよかったと、今日、初めて思えたよ。ありがとな」
木島さんの言葉に、洋平がすすり泣きを始めた。
美千代が、優しく洋平の肩を抱く。
「もう、殴り込むなんて言わない。その代わりといっちゃなんだが、明日、夏の見舞いに行ってもいいか?」
「明日と言わず、気が向いた時に見舞いに行ってくれればいいよ。きっと、夏も喜ぶよ」
「わたしからも、お願いします」
善次郎と美千代に笑顔を向けられて、木島さんも笑顔になった。
「俺も、一緒に行くよ」
菊池さんも、笑顔で言った。
「ありがとう」
善次郎は、二人に軽く頭を下げた。
「さあ、そうと決まったら、今夜は飲もう」
善次郎は、これまでのことを忘れたように、陽気な声を出した。
「わたし、なにかおつまみを作ってくるわ」
美千代が、いそいそと部屋を出ていった。
美千代が作ってくれたおつまみを前に、五人は乾杯した。
洋平もジュースを片手に、四人とグラスを合わせる。
洋平の顔は、ここ最近にないほど輝いていた。
美千代も、夏の入院以来見せたことのない笑顔が戻っている。
そんな二人を、善次郎は慈しみのこもった目で見やり、他人の猫のために、こんなにも一生懸命になってくれる木島さんと菊池さんに、心から感謝していた。
活と夏と出会えたお蔭で、善次郎は初めて、家族や友達というものの大切さを知った。
今は、洋平の膝の上で眠っている活をみながら、こいつらに出会えてよかったと、しみじみと思った。
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