08 若き狼の夢

 宴会場を出たグラシャは、一人で暗い空を見上げていた。真っ黒な空から、白い雪が、はらはらと降ってくる。舞い降る動きをぼんやりと目で追っていると、背中から声をかけられた。


「ここに居たのか、グラシャ」


 振り向くと、巨大な鎧が近くに立っていた。


「王様か……」


 ヘルシャフトの姿を見て、グラシャは自嘲の微笑みを浮かべる。


「近くにいるのも気付かないなんてな。オレもどうかしてるぜ」


「グラシャ……」


 ヘルシャフトはグラシャの横に並び、白く染まってゆく庭を見つめた。


「グラシャよ。お前はなぜ、家を飛び出したのだ?」


「なぜって、そりゃ……」


 どう答えるか、グラシャは悩んだ。


 なぜなんだ?


 それはこんがらがった紐を解くような作業に似ていた。自分の行動は当然のことで、迷いがないことであるはずなのに、何と言って説明すれば良いのか分からなかった。


 返事に迷うグラシャに、ヘルシャフトは別の質問を投げかける。


「お前は、父親が嫌いか?」


「ああ、嫌いだ」


 今度はすぐに答えることが出来た。


「頭領の二代目という立場が嫌なのか?」


「……そうだな。気に入らないな」


 若干の逡巡がある。


「グランドールが嫌いか? この大陸が嫌いか?」


「そいつは……どうだろうな」


 答えられない。しかし紐がほぐれる感触があった。


「ルーニャや魔獣の仲間が嫌だったのか?」


「そんなことはねえ……そうじゃねえんだ」


 ヘルシャフトは深い溜め息を吐き、グラシャに言った。


「もしお前に耐えがたい思いをさせているのであれば、俺はもう無理に兵を借りようとは思わん。お前の過去にも触れぬ」


「……」


「しかし、お前は俺の大事な部下だ。謂わば俺の手足だ」

 グラシャはヘルシャフトを見上げた。


「王様……」


「手足が思うように動かなければ、気にもなる。それが疲れならば休ませるし、怪我ならば治療をしたい。出来ることならば、原因を見つけ、思う存分動けるようにしてやりたいのだ」


 しばらく沈黙を守っていたが、やがてグラシャは重い口を開いた。


「多分、オレは親父に勝ちたいんだ」


 グラシャは空を見上げた。


 漆黒の空から白い雪が降ってくるのが、不思議だった。


「いつも頭ごなしにオレに命令した。それがむかついたんだ。強い親父だった。腕っ節も、人望もある。軍の中じゃ、親父とオレの関係は頭領とその部下だ。だから、それも仕方がない。そう分かっちゃいるが、オレの全てに指図するのは納得できねーんだ」


「……」


 堂巡はグラシャの独白に驚いていた。


「親父の考えは分かっている。奴は自分一代で、ゴランド大陸をまとめようとしている。オレはその後釜だ。親父が作った小さな世界を、守るだけの人生が待っている。それを後生大事に守って、子供に引き継ぐだけの人生だ。単なる中継ぎの人生の何が面白い? だからオレは家を出たんだ。広い世界へ出て、オレがどれだけやれるのか試してみたい」


 グラシャの身の上は、スケールが大きく、現実にはなかなか有り得ない話である。だが、その悩みの根幹は、まるで人間のようで、どこにでもいる若者の話のようでもあった。


 ──グラシャ、お前。


 ヘルシャフトはグラシャの横顔をじっと見つめた。


「王様、あんたならオレがどこまでやれるのか、それを試す場所を、仕事を与えてくれる。オレが率いてた魔獣軍団なら、グランドールの軍隊より強ええ。そう思うと、オレはたまらなくいい気分になれた。バルガイア大陸全土を支配する国の四天王なら、オレは親父を超えたと思える。もし、そうなったら……」


 グラシャはヘルシャフトを見上げた。


 二人の目が合う。


 グラシャの中で、魔獣の夢と希望が燃えている。堂巡は、その熱が己の胸に伝わってくるのを感じた。


 グラシャは目をそらすと、恥ずかしそうに呟いた。


「……ここへ戻って来ても良いと思ってる。その頃には、親父も歳だろうからな」


 ヘルシャフトは力強く頷いた。


「……約束しよう。必ず、お前に相応しい仕事をさせてやる」


「ああ! 頼むぜ、王様」


 そのとき、騒々しい足音が近付いて来た。


「若ーっ! 大変っ! たいへんですにゃぁああああああっ!」


 血相を変えたルーニャが走って来た。


「何だよ、うるせえな。一体、何が──」


「グランド様が! グランド様が倒れたにゃっ!」


「……っ!?」

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