06 シルヴァニア
出迎えたアドラやサタナキア、フォルネウスと共にヘルシャフトがリビングに入ると、そこには案内役のルーニャが居た。その姿を見て、シルヴァニアが首を傾げる。
「あら? ルーニャさん、まだいらしたんですか?」
「にゃっ! べ、別にサボってるわけじゃないにゃ、お客様に、色々ご案内をしてただけにゃ」
慌てて言い訳をするルーニャに、シルヴァニアはくすっと微笑んだ。
「そうなんですか。ご苦労様です」
ルーニャは罪悪感に苛まれながら、引きつった笑顔であらぬ方向に視線を泳がせた。
「キング、それで会談の方は如何でしたか?」
椅子に座ったヘルシャフトに、アドラは絶妙のタイミングでコーヒーを運ぶ。仕事を奪われたルーニャがおろおろと慌てたが、サタナキアが安心するように声をかけていた。
「やはり難しいそうだ。確かに他の国は恭順を示しているものの、いつ謀反が起きるか分からん、という話だ」
「やはり……では──」
そのとき、リビングの扉が乱暴に開いた。
「ハッ! ケチ臭え親父だぜ。ったく!」
生傷を作ったグラシャが、顔をしかめて部屋に入ってきた。
「若、もう起きて大丈夫にゃ?」
「ったりめーだろ! くそ親父のパンチなんて、痛くも痒くもねえ!」
気絶していたことを忘れたように、グラシャは吠えた。
「大体、あの野郎はケツの穴が小せーんだよ! たかがサルラにビクビクしやがってよ、情けねー。そんなに怖ええなら、あんな国とっとと蹴散らしちまえばいーのによ。あれでも頭領かよ。どんだけ臆病なんだ!」
憤懣を発散させるように怒鳴った。
「ち、違います! グランド様はあたしたち領民のことを考えて、そう言って下さっているのです。戦争になれば、大勢の人が死にます。兵士だけでなく、普通の人たちも。それに家や、畑や、森だって、焼けてなくなってしまう。領民が苦しまないように、グランド様は乱暴な手段を取らないようにして下さっているんです!」
反論したのはシルヴァニアだった。
グラシャはギラつく瞳をシルヴァニアに向けた。
「何だ、てめぇは!?」
グラシャの殺気にシルヴァニアの毛が逆立ち、体ががくがくと震える。慌てて、間にルーニャが割り込んだ。
「シルヴァニアは最近来た子にゃ! 若が出て行った後だから、知らないだけにゃ」
ルーニャの後ろに隠れながらも、シルヴァニアは気丈に言い返す。
「わ、若様に意見をする立場じゃないのは、分かってます。で、ですが、グランド様を悪く言うのはおやめ下さい! こんなあたしでも、拾って下さった、お優しい方です」
グラシャは眉を寄せてシルヴァニアを睨んだ。
「若! シルヴァニアは一年くらい前に、怪我をして行き倒れていたにゃ。それをグランド様が、行く当てがないならって、ここに居させてるにゃ。真面目で働き者の、いい子なんだにゃ!」
「ルーニャさん……」
シルヴァニアの瞳に涙が光った。
「……けっ、やってられっか」
グラシャは耳の後ろをかきながら、部屋を出ていった。
「親父と一つ屋根の下なんて吐き気がするからこっちに来たのによ……もう、いいぜ」
玄関の扉が閉まる音がして、グラシャの気配が完全に消えた。
リビングに気まずい空気が流れた。
「あ、あははは、重ね重ねお見苦しいところをお見せして、ごめんなさいにゃ」
明るく笑うルーニャに続き、シルヴァニアが深々と頭を下げた。
アドラは腕を組んで、グラシャが出て行った扉を見つめる。
「なかなか険悪な関係のようですね……」
ルーニャは肩をすぼめた。
「はい……もう、顔を合わせればケンカばかりで。でも、本当はお互いのことを心配してるにゃ。ただ二人ともあの性格だから……」
ルーニャとシルヴァニアはもう一度詫びを言って、部屋を出ていった。
扉が閉まる音がして、部屋の中に静寂がやって来た。
「おお、そうだった」
ヘルシャフトが思い出したように言った。
「何でも、我々を歓迎する宴が催されるようだ」
今までぼーっと成り行きを見守っていたフォルネウスが、急に色めき立った。
「ごはんっ!?」
「ああ、その食事が食えなくなるのは申し訳ないのだが……アドラ」
「はい」
アドラがヘルシャフトの前で背筋を伸ばした。
「すまないが、頼まれてくれるか?」
「何なりとお申し付け下さい」
アドラの口元が、にやりとつり上がった。
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