第二章 魔獣の王

04 グランドールの頭領

 ルーニャに案内されてやって来たのは、グランドールの首都ドラン。首都と言っても、規模は小さく、大きな村といった雰囲気だった。その周囲には石を積んだ防壁が作られている。入り口は大きな門があり、頑丈な扉が付けられていた。


 その警戒ぶりから、ドランは外敵にさらされているということが分かる。

 門を入ると広場になっていて、道が三方に続いている。正面に伸びる道を道なりに進んでゆくと、頭領グランドの屋敷があった。即ち、まさにグラシャの実家。お宅訪問である。


 人の背よりも少し高い石垣にぐるりと囲まれた、石とレンガで出来た館である。だが装飾はなく、実用一点張り、質実剛健な建物だ。仮にも一国の支配者にしては、質素な住まいだと堂巡は思った。


 部屋の中に通され、広間で待たされる。内装もやはり質素ではあるが、木と漆喰が使われていて、見た目に比べると、幾分か人に歩み寄っている雰囲気があった。暖炉で火が燃えていることもあり、居心地は悪くなかった。


 客間らしく、テーブルと椅子が並んでいる。木のテーブルには、このゴランド大陸の地図が彫り込まれていた。塗料で細く引かれた線は国境だろうか。それによると、この大陸は五つの国があるらしい。よく見ると地図には細かい傷が付き、線を引き直したと覚しき箇所もある。恐らくはここで軍議も行われるのかも知れない。


 上座にグラシャの親父が座るであろう椅子があり、向かい合う形でヘルシャフトが席に着く。そして左にアドラとサタナキア、右にフォルネウスとグラシャが座った。


 左の壁には大きな窓が嵌められ、庭の緑が良く見える。曇り空だが、窓が大きいせいか、思いのほか部屋の中が明るい。


 右側は壁を挟んで廊下がある。その廊下から、大きな足音が近付いてきた。そして破裂するような音を立てて扉が開いた。


「バカ息子が戻ってきているというのは本当かぁあああああ!!」


 ──でかい。


 それが堂巡の第一印象だった。そして、


 ──無茶苦茶マッチョなおっさん。


 それがグラシャの父親、グランドールの頭領、グランドだった。百八十センチ弱のグラシャに対し、グランドはほぼ二メートルの上背。そして肩幅も広く、胸板はグラシャの肩幅ほどもあるのではないかと思われた。グラシャが獣化して、やっと釣り合いが取れるような巨漢だった。


 しかし顔立ちに面影がある。グラシャを厳つくして歳を取らせると、こんな感じになるのかも知れない。頭に生えた耳の形から、やはりグラシャと同じ狼の魔獣と察せられる。毛の色は元は黒かったと思われるが、白髪が交じっているので灰色に見えた。


 椅子を倒し、グラシャが立ち上がる。


「誰がバカだと!? このくそジジイ!」


「おお~そんなところにおったのか。あまりに小過ぎて見えなんだわ」


 グラシャの神経を逆撫でするように、あざ笑う。


「体も小さいが、心の小ささが余計に貴様の見た目を小さくしておる。広い世間を見て、少しは成長したかと思ったが……」


 顎髭を撫でながら、値踏みをするように己の息子を見つめた。


「駄目じゃなあ、こいつは。とんだ駄犬よ」


「な……っ」


 グラシャの顔が怒りと羞恥で赤く染まる。向かい側に座ったアドラが肩をふるわせて笑いをこらえているのが、余計にグラシャの怒りに拍車をかけた。


「この、野郎が……っ!」


 グラシャが床を蹴って、グランドに殴りかかった。


「お、おい! グラシャ!」


 ヘルシャフトは慌てて止めようとする。慌てたせいで、ヘルシャフトよりも、素の堂巡のような言い方をしてしまった。


 だが、今のグラシャの耳には届かない。わずかな助走で一気に速度を上げ、全体重を乗せた渾身の一撃を己の父親に向かって繰り出した。鈍い音が部屋中に響く。


「ふふん……偉そうな口を叩いて出て行ったが、この程度か」


 グランドは避けることも、防御することもなく、グラシャの拳をその胸で受けた。獣化していないとはいえ、グラシャの本気の拳である。NPCの人間だったら一発で死んでしまうだろう。その拳を受けて、グランドはぴくりとも動かない。まるで虫が止まったかのように、グラシャの腕を払った。


「クソ親父が……今のを喰らって平気なのかよ」


 グラシャの牙が、ギリギリと音を立てる。


「けっ! 相変わらず頑丈なだけが取り柄の田舎親父め! だが、次はそうはいかねえぞ。オレがどんだけ成長したか、思い知らせてやる!」


 グランドの目が、くわっと見開かれた。拳に力が入り、ただでさえ太い腕が筋肉で盛り上がってゆく。


「この、大バカものがぁあああああああ!」


 大振りの左の拳がグラシャを殴り飛ばしていた。


 ヘルシャフトとヘルゼクターは唖然として、宙を舞い、ガラスを突き破って庭に吹き飛ばされるグラシャを見つめた。


「だから貴様は甘いのだ! 甘い! 甘すぎるわ、この阿呆が! 相変わらず、後先考えぬ振る舞いをしおって。次じゃと? ふざけるな! 次などあるか! 儂が敵なら、貴様はもう死んでおるわ!」


「く、くそ……」


 グラシャは体を起こすと、グランドを睨み付けた。


「良い機会じゃ。貴様の甘ったれた根性、叩き直してくれるわ!」


 グランドは握った拳を鳴らしながら、庭へ出てゆく。


「上等だぁ! このじじいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 壮絶な殴り合いが始まった。


 その親子ゲンカを、ヘルシャフトと他のヘルゼクターは、呆然として見続けていた。

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