第一三節 V.S.『鉄槌を穿つ二体の巨神兵』Round_04.
生きている理由なんて、知らなかった。
生きて良い理由など、誰も教えてくれなかった。
火と、鉄と、業火の中で、多くの命を奪ってでも、生きてきた。
どうすれば良いのかなど、解らなかった。
でも、道を示してくれた者達がいた。
今は暗き、闇の道。
でも、今は進む。
その先に、きっと何かがあると。
不明瞭でも良い。
不鮮明でも良い。
唯それでも、己の行いの先にある何かを、見出したかった。
思い浮かぶのは、今は亡き友の姿。
後悔はしていられない。
彼等の顔に泥を塗る訳にはいかない。
元より、この身は、この先へ向かう我が命は、彼等の手により紡がれた明日への希望なのだから。
*
二つの、巨大な影を前に、コクトは迫る。
彼の周りに立ち籠めるサンドスター・ローの瘴気が液状に変化し、彼の身を包む。
対する超大型セルリアンは、まるで首無しの巨人のような体型で、体中にナスカの地上絵のような黒い紋様を走らせている。
それが二体。
赤と緑。
対するは黒。
緑のセルリアンは腕を高らかに上げ、振り下ろす。
コクトも、風を切り裂き、加速しながら拳を振り上げる。
彼等はその接点にて、衝撃波を放ち衝突した。
ドゴォォォォォンッッ!!!!
火花や衝撃波では収まらない。
平原の雑草は荒れ狂い、木々が耐えきれずにへし折れて行く。
「……ッ」
横側から赤のセルリアンの拳が近づく。
直ぐさまコクトは緑の腕を反らし、半ば強引に脚の下に身をねじ込み回避した。
脚股をくぐり抜け、緑色のセルリアンの裏側に出る。
其処には、背面に一つ、核だと臭わせる一際大きい岩が埋め込まれ、其処から配線のように黒い紋様が身体を走っていた。
バゴンッッ!!
コクトはその場で跳ね上がり、石目掛けて飛び上がる。
刀を持ち変え、振り切ろうとしたその時だった。
緑のセルリアンは身体を捻り、腕を振るう。
ブオンッ!! と轟音を立てながら振り回された腕は、空中に飛び上がっているコクトを容赦なく吹き飛ばした。
バゴォォォォッッッ!!
瞬時にコクトは腕で壁を作ったが、最早何の意味も無く叩き落とされ、地面を抉りながら吹き飛ばされる。
ズドドドドドドドドッッッッッ!!
木々を数本折って彼の身体は止まる。
コクトは直ぐさま痛がる素振りも見せずに立ち上がり、セルリアンを見据えた。
五〇~一〇〇メートル程飛ばされたのではと思えるその距離の先では、ゆっくりと此方側に近づく二体のセルリアン。巨神兵の進軍のような、威圧感が光景として再現されるが、それでも彼は駆け出した。
――人は、ある瞬間のみ、どの生物をも凌駕する力を持つ。
言葉の原理は、銃火器も武器も持たぬ人間と、何かに特化している生物……謂わば動物や、セルリアンも同等だ。
無防備な人間は、そんな相手に対して無残に終わる道しか残されない。
だが、ある一つの条件を踏まえていれば、その結果は覆ることが多い。
この例は例えが多く、大軍の敵や、有象無象の獣の中に放り込まれた際にも確かに言える。
だがそれは、故に引き換えを意味する。
――決死。
死を覚悟する事。
それこそが、人間が己を凌駕する選択肢である。
それこそ、生半可ではない。
命も捨て、大切な者との決別を意味し、己の明日を塞いだ、人間という存在の最終手段だ。
断固たる決意。
そして、己を捨てるという選択肢の最極的解決。
この男は、コクトは……銀蓮黒斗の決死は。
既に決まっている。
(嗚呼、そうさ)
己を護らぬ、超攻撃的戦法。
彼は、今。
己を捨て、パークの未来しか考えていないのだ。
誰よりも哀しい人生を歩み。
誰よりも重い宿命を背負い。
それでも、進む。
(此所に来て……このパークに来て、どれくらいか経った時には、もう覚悟は決まってたのさ)
亀裂が走り、黒き粘着質が補強する。
だが、間に合わない程の亀裂が彼の皮膚を走る。
それは、彼の肉体へのダメージを、半ば塞ぎ、半強制的に戦わせる命亡き戦法。
何処まで削ってきたのだろうか。
磨り減らすように、己の命の結晶をヤスリで削り続けるように、翻弄する時代の中で戦い続けた。
「――」
光の屈折さえも超える。
そして。
彼の光速の攻撃は、緑のセルリアンの腕先から肩までを切り裂いた。
――――ッッ!?!?
突然のダメージに、セルリアンは翻弄する。
機械的な知能が処理を終えられない程に、彼等はざわめく。
そして、このまま攻撃が終わるはずも無かった。
――コクトは更に、加速する。
緑のセルリアンは、更に脚、腹、腕、脛と順応無尽に刈り尽くされる。
身体の修復や防御が間に合わず、供給さえ追いつかず、ガクンッ!! と巨大なセルリアンは粉塵を巻きながら地面に膝を突いた。
光速下で動くコクトは、その姿を見かね、石を狙う。
だが。
(……ッッ!!)
コクトの身体が悲鳴を上げた。
最早己の肉体を案じない戦い方は、それだけに蓄積するダメージも広がる。
振り上げた刀を持つ片手が震えだしていた。
(……違う!)
それでも、彼は震える片手に、もう片方の手を添え、刀を持ち直す。
(……それでも俺は、お前達と覚悟が違うんだよッッ!!)
ドォォォォォォォォンッッッ!!!!!!
彼の刀の一撃が、緑のセルリアンの背部に直撃した。
時空を歪めるような一撃は、セルリアンが張った装甲でさえ貫き、コクトはセルリアンを貫通して地面へと投げ出される。
緑のセルリアンが、呻くことさえ無く、断末魔の端を上げようとしたにもか変わらず、それでも、無慈悲に、破滅した。
パッッカァァァーーーーーーーンッッ!!!!
砕かれたセルリアンは、虹の発光を吹き飛ばしながらに消えて行く。
地面に転がされたコクトは、勢いを転がし消しながらも立ち上がり、直ぐさまもう一体の姿を見据えようとした。
セルリアンは動揺しない。
仲間意識など米一粒も無く、彼等は無尽蔵に攻撃する兵器のような物だ。
故に。
既に攻撃は始まっていた。
コクトの目の前に、視界いっぱいに現れる巨腕の影。
直ぐさま彼は腕を交差させて防御に移るが、振り下ろされる巨腕に最早防御など無意味だった。
ドガァァァァンッッッ!!
たたき潰すかのように振り下ろされた腕に、コクトは防ぎながらも、その衝撃は地盤にクレーターを作り上げた。
「…………………………………………ッッッッ!!!!」
意識が跳ね飛びそうだ。
その巨腕に耐えながらに、彼は思った。
力の上限無く今も尚押し付けられる腕に、彼は身一つで地面を抉りながらに耐える。
ガガガガガガガガガガガガガッッッッ!!!!
トン単位で重しを乗せられるような、無慈悲な鉄槌に、コクトの身体は悲鳴を上げる。パキパキパキパキィッッ!! と、肌の亀裂は際限なく走り回り、補強する黒い粘着質のサンドスター・ローでさえ修復に間に合わなくなっている。
(一瞬でも気を抜けば……体も心も引き千切られる!! 抜け出す力も脚に残ってねぇ……、一瞬の隙もくれないのかよ……くッッ!!)
耐え続けた所で、コクトに勝機は無い。
不毛に体力を消耗するだけだ。
解っている。
だが、それでも。
(なら……ッ)
コクトの瞳が、一瞬紫に輝いた。
「Garrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr――!!!!」
バゴォォォォッッッ!!
弾き返される、赤のセルリアンの巨腕。
セルリアンの身体は大きく仰け反り、胸元にある瞳が丸くなっているようにも見える。
クレーターの中で黒斗は立ち上がり、紫の瘴気を纏っていた。
だが、みるみるとその紫は消えて行く。
「……ッッ!!」
直ぐさま彼は前傾体勢へ移行する。
バヒュンッッ!!
音を置き去りに彼はその場から消えると、次の瞬間、一方的な殺意の応酬が始まった。
先程の比では無い。
文字通り、コクトがセルリアンの肉体を削ぎ出したのだ。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!
身体の細部から、余すこと無く、切り刻まれるセルリアン。
最早修正が追いつかないという話では無い。
斬劇による火花が彼方此方で輝き、闇夜の中で目を眩ませる程に光放つ。
だが、最期の力を振り絞るが如く、セルリアンも大きく暴れ出す。
「……とっ」
彼は直ぐさま距離をとるように地面に着地した。
目の前には腕を振り回し、その巨体で迫り走るセルリアンの姿が映る。
「ならっ!」
コクトは、形態を霧状に戻す。
刀を構え、ひび割れた身体の節々から吹き出される瘴気を刀に纏わせた。
足場を力強く踏み締め、飛び出す。
轟ッ!! と地面が抉られ、粉塵を撒き散らして駆け抜ける。
両者が入り交じる、接点で、彼の刀とセルリアンの拳がすれ違った。
そして、コクトが通り過ぎる。
怪物の強大な拳をすり抜けて、その先へ行っていた。
ピシッ!
赤いセルリアンの身体が、一閃を描いて亀裂が走る。
決着は付いた。
コクトの一刀は、最早眼では捉えられぬ世界で、セルリアンを切り裂いていたのだ。
刀を振るい、納刀する。
亀裂は、セルリアンの身体を駆け抜け、消滅し出す。
「……貴様などに、苦戦している訳にはいかない」
コクトは、セルリアンの最期を見届けること無く、走り出した。
後ろからは、割れ弾ける音が響いていた。
*
究極の破滅が、飛来する。
*
海外の天体観測所で、一つの速報が入った。
とある恒星の一部が、地球に向けて落下しているとの報告があった。
*
ジャパリパークの上空。
大気圏で何かが衝突したのか、夜空に輝円の輪が波紋のように空に広がった。
*
ジャパリパークのセルリアンが、上空を見上げた。
*
世界中の動物達が、その一点に視線を向けていた。
*
コクトの中で、何かが叫びを上げた。
彼もまた、何かを察知したかのように、空を見上げた。
*
天体観測所より、観測。
『現在、大気圏上空にて巨大隕石の謎の爆破が発生した模様。隕石は小規模となり、現在落下中。落下地点は経度一四一から一四二、緯度二四から二七。大気圏地点にて膨大な電波障害が発生中。日本列島より各国で通信が遮断されている。更に突然の異常気象も発生』
*
コクトは、実感していた。
己に宿るサンドスター・ロー……その、中心核。
そして、もう一つの警戒音。
身の中で起こる連鎖に、彼はその脚を進め続けた。
(
*
各地のセルリアンは、出もしない筈の声を荒げた。
監視していたガイドやフレンズ達はその異様な風景に驚愕した。
何が起こったのか、と。
それを察せたのは、在る意味神格やUMAに近い者達だけだろう。
オイナリサマは、その身震いと寒気に恐怖した。
数々の神獣達は、その天を見つめ、言葉を無くし目を見開いていた。
数々のフレンズ達は、その正体がわからずとも、何故か、その異常な光景からか、それか、動物としての本能からか……世界の終わりを悟っていた。
*
未来の書。
注釈。
『サンドスター……いや、サンドスター・ローという存在は、そもそも突然変異で発生したという行程自体が望ましくない。そもそも、地中深くに眠っていた悪意が今になって復活したと想定すべきだ。それらの原初は、嘗て恐竜時代を終わらせたとある隕石の仮説から始まる。ネメシスという仮説上の恒星がある。それは嘗て、大量絶滅を引き起こした要因だと言われ、だがその仮説は実証性が無く影に消えた。だがもし、その恒星が世界のある一点に降り注ぎ、其処から密かに地に足を伸ばし、所謂我々が見つけたサンドスター・ローという物質を出現させたとしたら? そもそも、サンドスターは浄化された物。それはつまり、純粋なのは本来サンドスター・ローだ。つまり、生物を殺す悪意。その集合体。それがサンドスター・ローの本質と仮定し、更に地脈から年月を予測する。その結果、大量絶滅時代の背景が見えてきた。そして、今になってジャパリパーク……不可解な諸島が発生したのは、何かしらの引力でサンドスター・ローと天空にある恒星が引き寄せ合ったと推測する。つまり、この島の浮上その物は、世界の破滅を予見させられていたに過ぎない。さらに、ネメシスという仮説上の恒星は時折、ある生命体では無いのかと予測された。それはセルリアンの親玉。セルリアンの神王。その総本山。……ネメシスには、別の名前がある。その名は――“
*
天空から、一筋の光が落下する。
燃え上がる隕石が、炎を線にしてジャパリパークへと飛来する。
パークセントラルに集まるフレンズ達は、その隕石が徐々に近づき、そして遠くの山の陰に消えた瞬間を目にした。
そして、山の奥が眩く光を放ち、音が遅れて響き渡った。
山の奥から突風が吹き荒れ、フレンズ達は立てなくなり、上空に飛んでいるフレンズは吹き飛ばされた。
*
島にいる全てのセルリアン達は、皆々隕石が飛来したその一点を見据えていた。
――まるで、王の帰還を見届けるが如く。
*
隕石が落下したのは、パークより先、山を隔てた先の、木々に囲まれた大草原。
だが、その草原と言うべき草木は吹き飛ばされ、大きなクレーターを作っていた。
災害の飛来とも言うべきその隕石の落下は、山の一角を吹き飛ばし、粉塵を吹き荒らしていた。
そのクレーターの中心、隕石の落下点。
粉塵の中。
眼が目を開いた。
粉塵の中で赤く輝く一点の光が放たれ、その中で何かが荒れ狂うように砂煙を吹き飛ばす。
――Guuuurrrrrrrrrraaaaaaaaarrrrrrrrrrrrrr!!!!!!
邪悪な咆哮を上げる。
粉塵の中から姿を現したそれは、黒き稲妻を身に携え、パーク全域に広がる咆哮を上げた。
その姿は、異様な程に異様だった。
頭から尾先……いや、胴体は、まるで卵を傾けたような身体で、その楕円形の先から伸びる首。頭部は獰猛な牙と赤々とした眼光を尖らせている。
手足……四肢は無い。
だが、一言でその体型を言うなれば、アヒルの脚や羽をもいだような姿だった。
更に顔部分は邪悪と獰猛さを表すかのような尖った牙が見え隠れしている。
……。
五階ビルのような巨大な大きさは威圧感を放つ。
地球外生命体……世界の破滅の執行者。
セルリアンという存在の姿に最早可愛げを覚えてしまうような、そのグロテスクな外見。
その生物は、再度咆哮を上げた。
――Grrrrrrrrroooooooooooooooooo!!!!
ジャパリパークの幾ヶ所かに、天空から黒い稲妻が落下する。
そして、それを合図かのように……。
*
パーク・セントラル。
多くのフレンズ達が、その咆哮に目を覚ました。
寒気や吐き気を覚えるフレンズも居れば、強者たるフレンズさえ身体の中で警告音が鳴り響くのを感じていた。
神獣達は、戦慄した。
それが、悠長にしていられる状況では無いと、皆が理解していた。
だが、突如離れた咆哮と、黒い稲妻。
その発現を皮切りに、何処か遠くを見ていたセルリアン達が、此方側に振り返る。
「……ッッ!?!?」
畏怖した。
怯えた。
その異常に、体内の警告音が更に鳴り響く。
そして、その警告音がまるで指し示すが如く、セルリアンの再進撃が開始された。
*
――真の絶望が、空の彼方より帰還した。
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