第九節

「試験開園」まで残り三日。

 最後の準備としてパーク内は忙しなく動いていた。

 不備は無いか、欠けは無いか……試験開園とは言え、初めての開園準備に皆緊張していたのだ。その性か要らぬ所でのミスが目立ち、気が気でなくなっている職員や研究員が多く居た。

 だが、そんな中でも冷静に対処し、その士気を落とさぬように努めている者も居る。


 コクトとミタニだ。

「備品の仕入れ状況と機械のチェックを怠るな。他は準備が完了している、下手に手を付けなくて良い」

「今すぐに始まることでは無い。一度冷静になってバディを組んでシミュレーションをしてみるんだ。手渡しパンフレットはガイド部門に渡しておいたか?」


 彼等にとっては緊張感と共に過ごしてきたような日々に比べれば、この状況は微々たる物だとでも言わしめるように、平常を取り戻させ、冷静に対処させている。

 この二人がいれば安心できる。誰もがそう言える状況でもあったが、彼等が本当に焦っている理由は其処では無かったのだ。


「……よし、大丈夫そうだな」

 セントラル正面入り口の港で、コクトは確認作業を終えて一息吐き出す。

(医療機関は問題なし。管理課も当日は殆ど出番は無い。一番忙しくなるのは営業課だろうが、試験であれば多少見つめ直せる部分も見つけられると……信じたいな)

 半ば彼自身も心配事はあった。

 それもその筈だ。


 彼は試験開園当日まで、パークに居ないのだから。


 彼の服装はスーツに手提げ鞄という軽装ではあっても、今から出かけるような服装に違いなかった。港に停泊したプレジャーボートは、波によってゆらゆら揺れている。


「行くのか」

 コクトに声をかけてきたのは、ミタニだった。


「ああ、櫻を連れてくる。戻ってくるのは……開園直後かも知れないからな」

「開園時の一便輸送客船か……。いや、初日は彼女に付いていてやってくれ。その方が喜ぶだろう」

「……、」

「どうした?」

 コクトは潮風に当てられながら、晴天の空を見る。

 そして、思い返していた。


 ここまでの道のりを。


「色んな事があった」

「ああ」

「辛いことも、悲しい出来事も……」

「そうだな」


 浮かんだのは、共に語らった、かつての仲間達。

 カイロ、セシル、レイコ……。

 共に過ごした時間は短く、だがそこで育んだ友情は、簡単に朽ちるものでは無い。

 だからこそ引きずり、だからこそ、苦悩する時だってあった。


「ミタニ、今まで付いてきてくれて、ありがとうな」

「……それは、これからが成功した時に話してくれ」

「ああ、そうだったな。帰ってきて、総てが終わったら、また話そう」


 コクトはプレジャーボートに飛び乗ると、エンジンをかける。

 鞄を横合いに置き、運転席から顔を覗かせると。


「じゃあ、行ってくる」

「ああ、行ってこい」


 たった二言だった。

 ただ、その言葉で、コクトはその総てを一旦ミタニに預ける決意が出来た。


   *


「おーい!」

「ん?」

 コクトを見送ったミタニは、かけられた声の方へと振り返る。

 そこには、サーバルとカラカルが共に此方に向かって手を振っていた。

「何だお主達」

「何やってるのかなーって!」

「私は付き添いかなー」

「そうか」

「ねぇねぇ!! かいえん? ってのが、明日から何だよね!?」

「三日後よ、三日後」

「あれ? そうだっけ??」

 どうやら正確には覚えていないようではあったが、謂わずも、開園に関してフレンズ達にも伝わっていた。

 と言っても同行してくれとは言わず、単に来た人と遊んでくれとしかコクトは伝えていなかった(寧ろそれが良いのかも知れない)。

「で、何やってたの?」

「ああ、コクトを見送っていたのだ」

「コクトー? どうして?」

「実は、妹を連れてくるようでな。そうだ、来たら是非とも一緒に遊んでやってくれ」

「わー、楽しそー!! 何して遊ぼっかなー♪ あやとり? かみひこうき? ゲーム?!」

「あんたねぇ……、でも、いいの? 開園したら、私達色んな人と話してあんまり喋れなくなりそうだけど」

「まあ、コクトは色んなフレンズと会わせるつもりだろうからのう。特に心配はいらんだろう」

「まあ、いいけど……でも、外から色んな人が来るのよね。ちょっと心配ね~」

「まあ、人によっては色々居るからのう……」

「いや、サーバルがヘマしないか」

「あ、そこなのか……」


 他人の心配より身内の不祥事に心配が行くカラカル。だが、彼女のように理解のあるフレンズが居たことは、研究員や職員達にとってもある意味励みとなっていた。

 因みにサーバルは絶賛遊びを考え中だったのだが……。


「ねぇ、二人とも!! パーティーしよ!!」

「は?」

「え?」

 突然の提案に、仏頂面だったミタニの顔が崩れ、カラカルは本当に理解できないという顔をしていた。


「だーかーら、パーティーだよパーティー!!」

「アンタねぇ……、一応皆仕事で忙しいのよ? まあ、フレンズだけなら出来るでしょうけど……」

「そうじゃなくて! ……きんろー、かんしゃ? だっけ?」

「勤労感謝だな」

「そうそれ!」

「だからってどういう事よ」

「あのね、いっつも私達の為に頑張ってくれてるコクトと、今度来る妹ちゃんの為のパーティーを開くの! 楽しいならめいいっぱい楽しい事したいでしょ!」

「アンタ……もうちょっと言い方無かったの?」

「?」


 カラカルが頭を抱えて俯き、苦い笑いをしている。

 時偶語られるサーバル言語には、主語が抜けていたり大事なところが欠けていたりなど、その突発的発想力を理解できない形に変えて説明してくる。

 だが、ミタニは苦悶の表情では無く、寧ろ賛同するように、

「ほう、良いんじゃ無いか?」

「やったー!!」

「え、いいの!?」

「まあ、閉園後で在れば時間もあるだろう。我々は手を貸すことは出来ないが、彼等には此方で説明しておくさ」

「あ、サプライズでよろしくね!」

「ふふっ、了解した」


 サーバルは勢いよく敬礼すると、「それじゃ!!」と言い残しカラカルの手を引っ張ってどこかへ駆けていった。

 一人残されたミタニは、コクトが進んでいったはずの水平線の先を眺め、一人思い伏せた。


「コクト、お前の努力は、妹の為だと言ったな。だが、その努力の結果は、お前に報われるべき事となっておるぞ」


 振り返り、彼も研究所へと戻りだす。

 その最中に、ポツリッと吐き捨てた。


「早く帰ってこい。そしたら最後、お前も報われるだろう」


 一人、妹の為に奔走し続けた毎日。

 だが、その過程で救われた者は多くいた。


 そんな彼にも、せめて、祝福が出来れば……。


 ――そう、願っていた。

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