第七節

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」

 事務所に気の抜けた声が重々しく流れる。

 暫し落ち着いてからも、その席からは同じような声が流れ出す。

 水たまりに、パターンに沿って落ちる水滴のように反響しては静まり、また反響しては静まっていた。


「どうしたんだ、所長さん?」

「どうにもノイローゼらしいわよ?」

「え、何かあったの?」

「妹さんが恋しいんですって」

「あ、あぁ……」


 職員達はひそひそと伝言ゲームのように彼の心情を伝えていくや否や、和ましくも共感しつつ、それでも何所か微妙な心情な顔に落ち着いていく。


 入社当時の職員からしてみれば、天才的な青年であり、まるで機械のように場を見て判断するその姿は、軍師や参謀のように見え、それ故に心が無い機械のようにも見えていた。

 そんな彼等も所長の意外な一面に、彼等なりにホッコリとし出していた。


 そんな彼等の表情を見たコクトは、頭の上に「?」を浮かべながらも事務に戻っては、またも唸り声を上げていた。


   *


 ある日。


 とある営業課の社員が、社内の休憩スペースに足を運んだ時のことだった。

 休憩スペースにたどり着くと、見慣れた白衣姿の青年が、マスクに刑事ドラマなどで使われる薄地の白手袋と、何やら工具セットのような物を広げて黙々と何かをしていた。

「……所長?」

「ん? ああ、君は確か企画部門のサカザキ君だったね」

「ああ、はい。……何してるんですか?」

 サカザキが見たのは、拳大の透明な鉱石を手に、工具キッドを駆使して形を整えている所長だった。

 何を作っているのか解らないまま、サカザキはそれがどうなるのかという半ば好奇心のような疑問を所長であるコクトにぶつけていた。

「ああ、ちょっと新しいストラップというか、首飾りを作っていてね」

「へ~。どんな物ですか?」

「この鉱石をここにある銀の輪に入れて、羽を付けて完成……かな? かなり安直だけどね」

 コクトの言うストラップは、円上になった銀枠の中に、両凸のレンズ帯に加工された鉱石を埋め込む。一言で言う虫眼鏡のレンズと枠の部分のような形にする。その後に円上の銀枠の下にぶら下がるように、横に置かれた羽三枚を加工しくっつける。更に上に首かけ用の紐を付け、市販でも売り出せるようなネックレス状のアクセサリーを今まさに制作中だった。

「へー、商品化したら良い首飾りになりそうですね?」

「そうか? ……と言っても、この鉱石はそもそも特殊だから、量産は出来ないんだけどね」

「どうしてですか?」

「これはサンドスターの吹き出す火口付近で見つけた鉱石でね、検査してみたら純正と言うべきか、サンドスターを多く含む純粋な鉱石だったんだ。ほぼほぼサンドスターそのものに近いんだけどね。ただ、ちょっと特殊な物だから、妹のお土産にって思ってね」

「妹さんにだったんですね。因みにその羽は? 三色ありますけど……」

 サカザキが指を指して聞いて来たのは、赤、緑、そして青の三色の羽だった。

「あー……実はね」

「?」

 コクトは言いずらそうにしていたが、決心したのか横に置いてある鞄から一つのノートを取り出した。そして中を開いてサカザキに手渡すと、その中には柔らかな字で連なれた文章が有った。

「これは……童話ですか?」

「そう。妹自作のね」

「え、妹さんが!? 才能を感じますね……」

「だろ?」

 サカザキは其処に書かれた文章を読み進めていく。

 文末につれて謎が解けていくように表情の苦悶は消えていき、読み終えた時には問題の解答を理解したような納得感を味わって答えた。

「……ああ、そう言う事だったんですね」

「そ。それに、この羽には、他にも別の意味がこもっててね」

「他……ですか?」

「ああ」

 コクトは作業の手を止めて羽を手に取る。

 三枚の羽は、それぞれ汚れも穢れも無く、まるで生きた鳥の羽のようにその一本一本が繊細で緻密な構造だった。

「謂わば象徴かな。詳しくは省かせて貰うけど、要するに、ジャパリパークの今後を願う、羽って感じだよ」

「ふわっとしましたね」

「気にしないでくれ。自分で語るのも気恥ずかしいんだ」

 コクトのふわっとした言葉に、彼等二人は互いに顔を見合わせてクスクスと笑っていた。


 サカザキは休憩と言うことでその作業工程を見ていた。

 そして、所長がやはりただ者では無いと知る。

「作るの早いですね……しかも超緻密」

「手作りは一番愛せるキーアイテムだよ」

「な、なるほど……」

 鉱石は瞬く間に手に収まるまでのサイズに削られ、両凸質の綺麗なレンズ型へと変わり、表面に一切の窪みや凹み、傷などは無い。

 更には銀枠にはめ込み固定して、上下に付いた繋ぎ目に、羽をはめ込み、上には首から提げる為の糸を通す。

「完成っと」

「おー、これが手作りですか……」

「職人芸って奴さ」

「……医者、デスヨネ?」

「マアネ」

「あはは。……そう言えば気になってたんですけど、所長ってかなり早い時期に医師の資格を取ってますよね?」

「まあ、そうだけど」

「どれくらいの資格を持っておられるんですか?」

「んー、大体持ってたりするんじゃ無いかな? 医師免許だったら殆どの外科も内科も取ってるし、小児科や皮膚科、精神科や心療内科……眼科……獣医資格……寧ろ何を持ってないんだ?」

「おぉぉ……」

「あと、医師以外であれば車類は一式、危険物……そういえば、この年齢の性か博士号は何も無いな」

「あ、意外でした」

「どうしてだ?」

「知らないんですか? 社員や研究員の中では初期に配属されたコクトさんとミタニさんは博士っても呼ばれてるんですよ?」

「あー……ミタニは確かに持ってるけど、私は持ってないからな」

「取ったりしないんですか? ……って、ダメか、大学行って大学院まで行かないといけませんからね……」

「ここの最高責任者が仕事そっちのけで大学行くのもアレだしな……ただ、博士号を取る方法は大学院まで行くだけじゃないぞ?」

「そうなんですか?」

「飽くまで特例だけど、その手の専門の教授や博士に推薦して貰って、推薦先で論文を提出して、それが通れば博士を取れたりもする」

「……かなり大変そうですね」

「まあ、出来るルートってだけで、成功例は殆ど無いからな。下手な試験よりも難関だ」

「でも、所長だったら案外行けたり……?」

「行けるかどうかはともかく、行く気にはならないよ。医者になって思ったが、若い内の飛び級はある意味批判の的だ」

「あ、あぁ……現実社会の闇ですか」

「その通り。それに、一応はミタニに推薦の件の話を受けたことはあるのだが、流石に今の仕事を手放す訳にも行かないからな」

「所長……」

 サカザキはその言葉に歓喜の余り涙を流す……ような仕草をする。

 大きく溜息を吐き出したコクトは、工具セットを仕舞い込み、完成したネックレスを専用のケースに仕舞い込んだ。

「さて、そろそろ休憩も終わるしな。戻ろうか」

「ん? あ! もうこんな時間だった!!」

「悪いな、ちょっと話が錯綜してたな」

「いえ、楽しかったですよ!! ……アレ?」

 ふと、サカザキは何かを思い出したかのように首を捻り、疑問が頭の中を錯綜し、顔色が悪くなる。

「どうした?」

「しょ、所長さん? 今日、所長さん、非番でした、よね?」

「……、」

「……、」


 場の空気が固まる。

 その一言によって、彼等はまるで積雪の中で凍ってしまった蛙のように、ピクリ共動かなくなる。


「……、」

「……、」


 数秒の膠着が続いた。

 数秒の沈黙が続いた。

 そして。


 ピューーーーーーーーーーーーーーーーーンッッ!!


 コクトが逃げた。


「あ! ちょ、所長ぉぉぉぉぉっっ!!」

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