【36】言いたかった言葉(1)
真っ白な壁に囲まれ、中央にひとつのベッドがあり、その横には一脚の椅子がある。椅子と反対側に飾られているのは、壁に吸い込まれそうな、白い花。
ゆっくりと吸いこまれるように、
「な……んだよ」
疑いは、まぎれもない現実だと知る。
「は? なんだよ……おい、
横たわる体を揺さぶる。徐々に強まる力。
「
大臣は
「俺の女に触るな!」
「なんでだよ……こいつがなにしたって言うんだよ!」
屈む上半身は、まるでこぼれる涙を隠すかのように。そして、力なく膝は折れていく。
大臣は視線を落とす。
「申し訳ありません。……連絡はしておきました」
静かに一歩下がり、深く頭を下げる。──頭を上げても、
経緯を説明しようとしていたが、今の
「国葬の手配やこれからの段取りがありますので、失礼します」
再び頭を下げる。大臣は無反応の
パタリ
扉の閉まる音がわずかに聞こえると、
「
聞き慣れた声が聞こえた。
「ん?」
いつの間にか
すると、視線の先には
「なにかしてくるの?」
声や容姿だけでなく、間違いなく
そうされると不思議なもので。普段だらけてゆるくいようとする
「あ、ああ。着替えてくるだけ」
「お偉いさんみたいになるの?」
「さぁ? 正装するだけだけど」
──
思考を巡らせていると、
「へぇ~」
と、
「カッコイイんだろぉね。一番に見たいなっ」
どこかへ行くのが楽しみかのような、無邪気な笑顔と声。
「い、よ。おいで」
──
ふたりで過ごす時間は、安堵──そのものだ。
「お待たせ致しました」
わざと明るく
──改まって言ったところで、子どもが普段使わない敬語を大人びて使うようなもんだな。
そう感じてしまい、よけいに恥ずかしくなる。
今更、『貴族』でいたいとは思わない。ただ、こうやって戻ってきて、どうせ正装したのなら。すこしくらいは服装に似合うようにいたいと思っただけだ。
──今日で最後だ。これから先、
だからこそ。最後くらいは。
そう思っていただけなのに、
無反応──その反応に、徐々に不安が募る。なにも言ってくれないなど、拷問だ。似合わない、そうならそうと、はっきり言ってほしい。このままでは生殺しの状態に等しい。
「どお?」
恥ずかしさに耐えながら
「なに? はっきり言えって」
「似合いすぎ」
「そんなに似合うと思わなかったんだもん。本当に、ここの人なんだって……思っちゃったんだもん。
怒っているような、それでいて照れた様子で涙声になる
「バカだなぁ。なぁに言ってるの。俺は俺じゃん」
「だけど……待ってた人、いるんでしょ?
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