第29話 ゼウシスの想い
あたり一面が暗い闇で覆われている。宇宙空間さながらの、深淵の闇の中を泳ぐという、何とも形容しがたい体験をしていた。
「ああ、これがゼウシスの夢の中かよ。静かで、何もない。こんなところで暮らしてたら、精神が参っちまうぜ。おーい、ゼウシスさーん、聞こえてっかー?いないなら、いないって言ってくれよ」
裕也の声が虚しくあたりに響く。しかし、内心ではゼウシスが現れないことに、ほっとしていた。ゼウシスの夢の中に入ったはいいが、具体的な妙策があるわけではない。ただ他にどうする手立てもないので、仕方なくゼウシスとの対話に一縷の望みを見出しただけだ。
「ダレダ・・ワガ・・イシキヲ・・イブツガ・・マザッテイルノカ・・」
おいおい、俺は混入異物扱いってわけか。まあ間違いではない。ゼウシスの夢の中に勝手にお邪魔してるんだから。でもそれは、おまえも散々やってきたことなんだろうが。人の夢の中に勝手に侵入して、惨殺したり、操作したりよ。ああ、ルーシィが父ちゃんのやってきたこと知ったら、悲しむだろうなぁ。
裕也は、こんな状況でも、まだ心のどこかでルーシィと父親の再会を望んでいた。ルーシィを家族に会わせてやりたい。その想いだけは今も変わっていない。
「シンニュウシャニ・・テッツイヲ・・」
裕也を目掛けて、光が飛んでくる。慌てて躱す裕也。光の連撃はさらに幾度も続いていく。ついに躱しきれなかった裕也が光の一部を喰らってしまう。ほんの少し喰らっただけなのに、想像をはるかに絶する耐え難い激痛が裕也を襲う。
「うううぁぁああああぁぁああぁぁ」
裕也は痛みでのたうち回る。肉体がないのに、激痛に振り回されるというのも変な話だが、むしろ精神体だけの状態だからこそ、痛みを和らげる術すら持たず、気が狂いそうになる痛みが続く。
「ぐっ、がはっ。く、くそったれ。少しは娘のルーシィの優しさってもんを見習ってほしいもんだぜ」
痛みに嘆く裕也に、光は注ぎ続ける。まずい。あれを喰らえば痛みだけで、意識が飛ぶ。精神体となった今、さらに意識を失うことは、夢の中での死を意味する可能性がある。そんなことになれば、おそらく元の世界には帰れないだろう。
「ああ、ちくしょう。俺が何したってんだ。俺にしちゃ珍しいくらいに、色々頑張ってるだろうが。なのに、なんでこんな目に遭わなきゃならねぇんだよ」
裕也は愚痴にすらならない不満を、虚無空間に吐き出す。すると、ふいにゼウシスの意識が、少しだけ大きくなった気がした。
「ク・・ククク・・イイゾ・・ゾウオハ・・オレノ・・ゴチソウ・・」
なんだよ、こいつ。人の憎しみとか喰らって大きくなるって、そういうパターンの敵かよ。くそ、面倒くせぇ。いや、待て。だったら逆もまた然りってことか。賭けてみる価値はある。
裕也はまずリーアのことを想った。ルーシィ、クレア、エミリー。クリスティにアルシェにカレン。ハルト、メイガン、ルキナ。エリスにアクア。ルシファーにパトラ。アルス、クリード、ベスティー、シャーロット。サリーにニーナ。ジェシカにニース。次々とこの世界で出会えた仲間たちを思い描いていく。裕也の中から焦りが消え、代わりに信頼と安堵感が満ちていく。
「グ・・フカイナ・・ネイロ・・ダ・・イマスグ・・ケセ・・」
声が裕也に命令してきた。嫌だね。俺にこんな痛くて苦しい思いをさせたやつには、もっともっと嫌がらせせねば。裕也は尊敬すべき仲間たちとのこれまでの会話を思い出す。その一言一言が裕也の中で自信や、楽しい、嬉しいといったプラスの感情を増大させていった。
突如、声はひとつの塊となり、裕也に迫ってくる。だが裕也は避けなかった。これはおそらくゼウシスの意志。だったら、そこに自ら飛び込もう。何故かそう思った。打算や目論見があったわけではない。ある意味本能のようなものだったのかもしれない。
その行動は、裕也が、百年以上前から人々に恐れられ、数多の勇者や英雄たちを屠り去ってきた伝説の悪魔への、初めて見せる反撃の、そして奇跡の第一歩だった。塊に触れた瞬間、裕也に電気ショックを受けたような衝撃が襲い掛かる。
これはゼウシスの攻撃ではない。今まで幾度となく味わってきた、過去視の体験。裕也の中にゼウシスの過去が流れ込んでくる。
「シルヴィア、だめだよ、そんなに動いちゃ。お腹の子もびっくりするだろ」
「何言ってるの、あなた。この転移装置を一刻も早く完成させて、下界に住む人々の笑顔が見たいんでしょ」
「それはそうだが、俺が一番見たいのは、シルヴィアとシルヴィアのお腹の中にいる子供の笑顔なんだから」
シルヴィアの頬に赤みがさす。ゼウシスはシルヴィアの頭を優しくなでる。お腹の子供が産まれてきたら、すくすく育ってくれたなら、最初の誕生祝いには何をプレゼントしよう。食べ物は好き嫌いなく育ってくれるだろうか。勉強して、恋をして、いつか巣立つその日まで、どんな生活が待っているのだろう。
ゼウシスは、シルヴィアの膨らんだお腹をみながら、あらゆる想像を掻き立てる。シルヴィアはそんなゼウシスを見て、思わず苦笑する。
「まだ早いわよ、あなた。一歩ずつよ。一日ずつ、過ごしていけば、それでいいの」
シルヴィアの囁きに、どこか照れる表情を浮かべるゼウシス。と、ゼウシスの中に苦しみが沸き上がる。これまでのシルヴィアやお腹の子への想いが、すべて裏返って、正反対の感情となってゼウシスの中を駆け巡る。必死で抵抗するゼウシス。だが、やがて抗いきれなくなり、周りの全てが憎悪や殺意の対象となってしまう。
そこで、裕也は目を覚ました。と言っても、そこはまだゼウシスの夢の中。時間にすれば、ほんの一瞬の出来事だったに違いない。ゼウシスの放つ、あの激痛を味合わせる光が、再び裕也に襲い掛かる。裕也はその光を今度は避けずに受け止めた。攻撃による痛みは先ほどと同じ。が、裕也の心の中に浮かび上がる感情が、激痛を凌駕する。
「効かねぇよ。こんな辛くて悲しいだけの想いが生み出した攻撃なんざ、ちっとも痛くねぇんだよ」
裕也の中に怒りが沸き上がってきた。ただしそれは敵であるゼウシスに対してのものではない。本来、幸せな生活を送れたはずのゼウシス親子を無残な形に追い込んだ、いわば、運命のいたずらに対してのものだ。
「ナンダト・・キサマ・・ナニモノ・・ダ・・」
ゼウシスの声がはじめて、焦りを伴うものになる。裕也はゼウシスをもはや憎しみの対象としてみてはいない。それどころか、敵としても認識していなかった。
「あんたに自我がないのは分かってる。でもよ。シルヴィアやルーシィの名前聞いて、本当に何も感じないのか?意識が壊れてたとしてもだ、感情のどこかが揺さぶられたりしないのかよ」
裕也はもはやゼウシスを憐れに思っている。そして、ふいに沸き上がる感情に自分でも驚く。それは本来は敵であるゼウシスに対する優しさと思いやりの感情。裕也の優しさが、ゼウシスの夢の中に広がっていく。
「ヤ・・ヤメロ・・オレガ・・オレデ・・ナクナル・・」
裕也は叫び続ける。ルーシィの名を。シルヴィアの名を。自我を失ったゼウシスの、心の片隅でもいい、どこかに届いてくれと願いを込めながら。ゼウシスの中の何かが崩壊する。いや、取り戻す。記憶がなくても感情を。自我が無くても、シルヴィアやルーシィに対する想いを。
「コ・・コレハ・・アタタカイ・・ココチイイ・・ナンダ・・コンナヤツガ・・イタトハ」
それまで何もなかった空間が、草原に変わっていった。花が咲き、小川が流れ、鳥が囀る。もはや、そこは虚無でも悪夢でもない。一人の人間が思い描く幸せな夢。そこに、美しい母親の姿が現れる。
「シ・・ル・・ヴィア・・」
本来ありえないはずの、奇跡は起きた。全てを忘れたはずのゼウシスがシルヴィアの名前を告げる。だが、そんな状態になってもまだ、ゼウシスは、裕也への攻撃をやめたわけではない。二度目、三度目の激痛を与える光が、再び裕也に襲い掛かってくる。
裕也はその光を、拒まない。どんなに激しい痛みが裕也を襲っても、それを覆すほどの優しい思いが裕也を包み込んでいく。もはやゼウシスの攻撃は、裕也にとって攻撃ではなかった。
それは、本来なら温かい家庭を築き幸せな生活を送れたはずの、一人の哀れな男の嘆きの一粒。ならば、その想いは、せめて自分が受け止めてやろう、裕也はそう思った。無限に続くかと思われたゼウシスからの攻撃は、いつの間にかやんでいた。
「レイヲ・・イウ・・アリガ・・トウ・・オマエノ・・ヨウナ・・ニンゲンガ・・イルトハナ・・」
「礼なんかいらねぇからよ。戻ってこい。何年かかっても、どんな手段使ってもな。ルーシィもシルヴィアさんも、あんたの帰りを待ってるはずだ」
「ナンダト・・ドウイウ・・イミダ・・」
「知ってるかよ。ルーシィやシルヴィアさんはあんたの影響で、悪魔の子、悪魔の花嫁って蔑まれてるんだぜ。彼女たちがこれまで受けた苦痛を埋め合わせるためにも、あんたにはルーシィとシルヴィアさんを幸せにする義務がある」
裕也は、最初に出会った頃のルーシィの泣き顔を思い出す。そして次にルーシィの笑顔を思い浮かべる。ルーシィの喜怒哀楽をゼウシスにも是非伝えたい。そしてルーシィの気持ちをゼウシスに分かち合ってほしい。さらに裕也は言葉を続ける。
「そして償うんだ。あんたがこの百年以上の間、害してきた人々に謝罪しろ。そのうえでルーシィ、シルヴィアさんと共に、あんた自身も幸せになるんだ。それがこれまでルーシィやシルヴィアさんが受けてきた不当な扱いに対する、一番の償いにもなるはずだぜ」
裕也は思いのたけを言い切った。もしさらなる奇跡が加わって、裕也の言うとおりのことが実現できたとしても、ゼウシスにこれまで殺害されてきた人々の痛みや恨みが消えるわけではない。だがそれでも、裕也はこの百年以上の間の見知らぬ大勢の人々よりも、身近なルーシィの幸せを優先して考えた。
善悪とか平等の概念からすれば、間違った考えかもしれない。でも構わない。自分はそんなに立派な人間でもないし、ましてや伝説の勇者、英雄などでは決してない。だから、裕也は身勝手でも構わぬと開き直り、自分の中で一番大切だと感じたことを、そのままゼウシスに伝えた。
「スマヌ・・シルヴィア・・ルーシィ・・アア・・アイニ・・イコウ・・ドレダケ・・トキガ・・タトウトモ・・」
そこでゼウシスの言葉は途切れた。ゼウシスの意志が次第に小さくなっていく。ああ、もうお別れの時間だと裕也は確信した。裕也の意識が飛ばされていく。元々広がっていたゼウシスの空間が次第に薄れていく。裕也はそのまま流れに飛ばされて、元の世界に帰っていった。
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「アイス・ギガストリーム・プラス」
メイガンの放った絶対零度の攻撃が、ハルトとルキナに襲い掛かっていく。ここまで頑張ったが、もうだめだ。あまりにも強すぎる。ハルトでさえ、あきらめかけた。全てを凍らせるような寒さと、冷気の塊は、しかし、覚悟を決めたハルトの手前で、急速にその力を失い、やがて拡散した。
「大丈夫か、ハルト、ルキナ」
声の主は、ゼウシスに操られてハルト達を襲っていたはずのメイガンだった。メイガンは、すかさず現状を把握し、自分を含めたその場の全員に回復魔法をかける。
「メイガン、意識が戻ったのか」
「よかった。メイガン、助かったのね」
ハルトとルキナがメイガンに駆け寄り、抱き着いた。メイガンは照れくさそうに頬をかきながら、操られていたとはいえ、大事な仲間に攻撃を加えてしまったことを謝罪する。
「でも、どうして、元に戻れたのかしら?」
ルキナの問いにメイガンは、どこか呆れたように返答を帰した。
「あいつのおかげだよ。全く、人を散々、化け物呼ばわりしといて。本当の化け物はあいつの方じゃねぇか」
「あいつって誰だよ?」
メイガンのつぶやきにハルトが問いかける。メイガンは億劫そうに答えた。
「決まってんだろ。裕也だよ。あいつ、ゼウシスを打ち負かしやがった」
その言葉を聞いた瞬間、ハルトとルキナは言葉を失う。だが次第にハルトの中に笑いがこみあげてきた。ルキナは呆然としたままだ。
「く・・くくくく・・くくくくく。期待はしちゃいたが、まさか本当に、裕也の奴がやってくれるとはな。まったく、どこまでも・・なんて奴だよ・・はははは」
「嘘でしょ。だって、裕也君、どうみても、そんなレベルも戦闘経験も積んでないはず」
ルキナはまだ信じることが出来ない。だが、ハルトは何となくだが、裕也がどんなかたちでゼウシスと戦ったのかが分かった気がした。そして感じたことをルキナに告げる。
「そうさ。裕也はレベルも経験も、戦闘の素質はおよそ無いに等しい。だが、同時にあいつは、そんなものを超えた何かを持っている。それはきっと特別な力ってわけじゃない。誰にでもある力。裕也はその力の使い方に関してだけは、俺たちの中の誰よりも優れているんだ。多分その力が、ゼウシスを打ち負かしたのさ」
「裕也君・・か。彼、一体なんなんだろうね。本当に不思議な人。正直、すごく頼りないかと思えば、私たちでさえ不可能なことまで、やってのけちゃうんだもん」
メイガンがハルトの肩をたたく。ルキナは率直な思いを呟きながらも、ようやく戦いが終わったと安堵する。ハルトとメイガンはルキナの両脇から、肩を回して、帰り道を歩いていく。脅威は過ぎ去り、再び平穏な日常が、シスイ王国の中に広がっていくはず。
騒動がひと段落したことが確信できると、それまでの疲れが一気に噴き出してきた。まずは飽きるほどのエール酒が飲みたい。他の全てはその後でいい。ハルト達は、ゆっくりとその場を後にした。
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「くっ、ここまでか」
「斬っても斬っても、全然終わりにならねぇ。どうなってやがるんだよ」
「まだよ、まだ、諦めないで・・うっ、ああっ・・」
ヘミング、トールだけでなく、エリスまでも迫りくる兵たちの攻撃をいくつか受け、それまでの疲労も重なり、ついに身動きが取れなくなってしまう。向かってくる兵の一人が槍をエリスの喉元に突きつける。思わずエリスは目を瞑る。
だが、いつまでたっても、槍がエリスの喉を貫くことはなかった。エリスがゆっくり目を開けると、正気を取り戻した兵は、槍をしまい、仲間の兵たちと状況を確認しあう。
「なあ、俺たち、確か、ゼウシスってやつに意識を乗っ取られて・・」
「ああ、だが、急速にゼウシスの力が萎んでいったんだ。なんか一人の男がゼウシスの意識と戦ってたみたいだったよな」
「あ、おまえも聞いたのか?だよなだよな。ルーシィ、シルヴィアとか、確かエリスやハルトって名前も呼んでたよな。あと、クレアとカレンとか他にもいろいろ。詳しくは分からないが、そいつがゼウシスを退けたことだけは間違いないぜ」
エリスの中で男の正体が確信できた。自分も含めた、それらの名前をこの状況で呼ぶとしたら、それは一人しか考えられない。エリスが認めた、とても弱いが、同時にとても強い力を持つ仲間は、この土壇場でまたしても、やり遂げたのだ。
「裕也・・もう、なんなのよ、あいつは。わけわかんないなんて度合い、通り越してるでしょ。なんで、伝説の悪魔まで相手して、しかも退けるですって?一体何をどうすれば、そんなことが出来ちゃうのよ」
エリスは、状況が掴めないままでも裕也のことを想い、それまで裕也に感じていた感情が、これまで以上に高まっていくのを感じた。ヘミングとトールがエリスの肩をたたく。
「さすが、姉さんが惚れただけのことはありますね。しかし、本当、たいした奴ですよ」
「ああ、もしかしたら正真正銘、この国を救ってくれた英雄かもしれませんぜ。姉さん、絶対に手放しちゃだめですよ。そういうお人は大概、他にも女が・・ぐべっ」
顔を赤らめたエリスの裏拳がトールに炸裂した。ヘミングがあちゃーと顔を覆う。
「だから、違うって言ってるでしょ。いい?私は裕也のことなんて、なんとも想ってないの。大体、裕也に他の女なんていらないのよ。私一人で十分。あ、いや、だから、違うの。なに、言わせんのよ、全く」
エリス自身も途中で自分の言っていることばの矛盾に気づき、顔をさらに赤くする。なぐられたトールが、酷くないかと、ヘミングに助けを求める。ヘミングは、口笛を鳴らし、視線をそらした。
エリスは一人、さっさと白猫亭に帰っていく。その後ろを、ヘミングとトールが慌てて追いかける。後には呆然としたシスイ王国の兵たちだけが残された。
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「くっ、この、汚い手でマスターに触ろうとするんじゃない。ファルナーガ!」
「リーアさん、こっちは任せて。行くわよ。私だって、守られるだけじゃないんだから。本来は守る側の人間なんだからね」
リーアとパトラは次々に襲い掛かってくる街の住人たちの猛攻から、裕也たちを守るために戦い続けていた。サリーとニーナは裕也の意識を飛ばしている間、ずっと詠唱を続けているため、彼女たちのことも裕也と同様に守ってやる必要がある。
しかしあまりにも数が多すぎる。街中の人々が、まだゼウシスに乗っ取られていない者たちを集団で探し、襲い掛かっているようだ。その矛先は裕也の体が置かれているパトラたち一行のもとに、一斉に向けられている。
「くっ、彼らは皆、操られてるだけ。斬り捨てるわけにもいかない。でも、このままじゃ、裕也さんが・・」
「ボクは、パトラには悪いけどシスイ王国の人々よりも、マスターの方が何倍も、何十倍も大事だからさ。いざとなったら、街の人たちにも攻撃させてもらうよ。悪く思わないでね、パトラ」
リーアが魔法を集団の中心に放とうとし、その寸前で動作をとめた。街の人々が次々に正気に返り、手に持っていた武器を捨てていく。
「なんで、俺たちこんなところにいるんだ・・」
「大変、お鍋の火をつけっぱなしだったわ。すぐに家に帰らなくちゃ」
人々はそれぞれの、本来の行き先へと戻っていく。すると、サリーとニーナが、リーアたちを呼び寄せた。
「見て、裕也さんの体が・・」
魔法陣の上に寝かされた裕也の体が、輝き始める。と、光が消え、裕也が目を覚まし、体を起こした。リーアが真っ先に裕也に飛びつき、続いてパトラとニーナが裕也に抱き着く。
「ああ、よかった。戻ってこれたんだ。ゼウシスは、いつの日か、シルヴィアさんとルーシィの元に来てくれるのかな。まあ、なんにせよだ。終わったよ。全てな。問題は全て片付けてきたぜ」
裕也の言葉を聞き、その場にいた全員が唖然とする。
「片付けてきたって、マスター、もしかしてゼウシスに勝っちゃったってこと?」
「うーんと、勝ち負けっていうのは、なんか違う気もするけど・・でもまあ、ゼウシスがシスイ王国を再び襲うようなことはない。それだけは断言するよ」
パトラが目を丸くして、裕也を見る。
「裕也さん。あなた本当に何者なの?やっぱり、何か真の実力を隠していて、それで・・」
「マスターはこの間、ゴブリン三匹倒したって喜んでたよね」
「えっ、ゴブリン?」
パトラは、リーアの言葉の意味がすぐには理解できなかった。
「リーア、この場面でそういうこと言わない」
裕也が軽くリーアの頭にデコピンする。だって、マスター、またパトラに誤解されちゃうよと弁明するリーア。サリーとニーナもまた、パトラ同様に裕也がたった今、二人の目の前で達成した偉業と、本来の実力差がどうしても頭で理解できず混乱する。
というより、誰がどう考えても、裕也の実力は遥か高みに立っているとしか思えない。パトラがサリーやニーナの気持ちを代弁するかのように、思ったことを口にする。
「もう、なんなんですか、あなたは。私には理解の範疇を超えすぎてます。分かってるんですか、裕也さん。あなたは、百年以上も前から数々の勇者や英雄たちが挑んで誰も抵抗できなかった伝説の悪魔の脅威から、この国を救ったんですよ。それがゴブリン三匹って・・大体、私は裕也さんのこと・・もう、全然、あなたのことが分からないわ」
パトラの問いかけに対して、裕也は別にそんなに考えるようなことかと、当然のように答える。
「別に深く考えることないって、パトラ。伝説云々はともかくとしてさ、俺のことなら、至ってシンプルだから。俺はパトラの味方。それだけ。じゃなきゃ、誰がこんな大変な思いするかっての」
パトラが顔を赤くする。ニーナがずるい私もと、抗議する。リーアがどこかふてくされる。サリーが再びニヤニヤして全員の様子を観察しだした。
「えっと・・裕也さん。私、その・・」
パトラは困惑しながらも、どこか嬉しそうに、ますます顔の赤みをまして、裕也の腕をとった。
「マスター、ボク思うんだけどさ。誰にでも優しくするのって、ゼウシスの攻撃と同じくらい、あんまりよくないと思うよ」
リーアはむくれながら、裕也の頭の上にのって、裕也の髪をくしゃくしゃにしていく。
「私もリーアさんの意見に激しく同意します。だいたい、本当なら裕也さんには、私が恩返しをしたいんです。裕也さんは私だけを見てればいいんです」
ニーナも、負けじと、裕也の空いてるもう片方の腕を掴んで自分の体に引き寄せる。そこにピートとカーミラがお茶を入れて、部屋に入ってきた。
「おやおや、お邪魔しちゃったかねぇ。しかしまあ、よくやったよ。本当にさ。お疲れ様。またいつでも遊びに来ておくれよ」
「ありがとうございます。カーミラさん。そうだ、今度、機会があったらピートにもルーシィを会わせてやりたいと思います。ピートだったら、ルーシィの方がお姉さん役になるのか。なんか、あんまり想像つかないな」
裕也はルーシィとピートの組み合わせを想像し、なんかピートの方がしっかりしてるかもと、思い直してしまう。だが、まあどっちがどっちでもいいか。何にせよ、疲れた。今日はたっぷりとエール酒を飲みたい。
「それじゃ、祝杯アンドお疲れ様会を兼ねて、皆で白猫亭に行こうか。あ、よかったら、カーミラさんもピート連れてきてください。ジュースぐらいあると思うし、お世話になったお礼です。俺、奢りますよ」
「マスター、確か金欠じゃなかったっけ?」
調子のいいことを言う裕也にリーアが呆れる。カーミラはとんでもないと、手を振る。
「何言ってるんですか、裕也さん。私もピートも助けていただいて、しかもこの国まで救ってくれた人にそんな真似はさせられませんよ。ふふっ、しかし、本当に変な人ですね。これだけの偉業を成し遂げたというのに、使い魔の精霊にも頭があがらないなんて」
「そりゃ、リーアはただの使い魔なんかじゃなく、俺のかけがえのない大事な仲間ですから」
「だから、マスターは、また、そうやってボクを惑わせて・・」
今度はリーアが顔を赤くする。しかし、裕也は自信を持って、断言する。
「あ、もちろん、ここにいる奴らは全員そうですよ。それに、今いないやつらも同様です。ゼウシスと対立してる時も、皆がいてくれたから、俺は勇気をもらえたんです」
全員が裕也の言葉に聞き入る中、裕也は話を続ける。
「だから、俺がゼウシスと向き合えたのは、全員の力なんです。まあ、国を救ったなんて、相当な過大評価だと思うけど、でも、もしその評価を受けるとしたら、それは俺の仲間全員に捧げます。弱くて頼りない俺を、皆が支えてくれたから、今、俺はこうしていられる。だから、皆、改めて礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
裕也はその場の全員に深々と頭を下げた。全員が再び唖然とする。その場にいた誰もが、助けてもらったのは私の方だという共通の想いを抱いていた。パトラが裕也の前に一歩進んで、裕也の顔を見る。
「裕也さん。そう言ってくれるんだったら一つだけ、頼んでもいいかしら」
「ん、あ、ああ。パトラの頼みなら、できる限りのことはするぜ」
「私はこの後、王女パトラに戻ります。私が玉座に座っている間は仕方ありません、我慢します。ですが・・」
パトラはそこで一旦、言葉を止めて裕也を見る。パトラの意図が分からず戸惑う裕也。
「え、ええと・・つまりなにすればいい?」
「私が王女に戻っても、様付けとか、他人行儀な丁寧な言葉は、出来るだけやめてください。玉座にいない時は、これから先も、パトラと呼び捨てにして、今まで通りに接してください。これは裕也さんに対するパトラ命令です。エリスや他の裕也さんの仲間たちにも言っといてくださいね」
パトラが裕也の腕を掴んでいる手の力を少しだけ強める。裕也はパトラの行為に照れながら、答えた。
「あ、ああ、そっか、だったらさ。俺からもひとつ頼んでいい?」
「なんでしょう?」
「パトラも俺たちのこと、さん付けやめてくれよ。実はずっと違和感あったんだよな。俺がパトラを呼び捨てにして、パトラにさんづけで返されるって」
パトラはこの上なく嬉しそうに微笑む。
「分かったわ、裕也。これからも宜しくね」
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