第13話 エレンの洞窟

 あたりはずっと同じような道が続いている。暗いし、じめじめして薄気味悪い。ひとっ風呂、入りたい。また狭い道だ。中腰でしゃがみながら歩かなくてはならない。これが結構、足に来る。絶対に後で筋肉痛になるパターンだ。


 「くそっ、だれだダンジョン探索やろうなんて言い出したバカは!リーアの甘言なんか、無視すればよかった」


 「あ、マスター、人のせいにする気? ボク言ったよね、洞窟探索なんかやめて、ルシファーのところに帰ったほうがいいんじゃないかって」


 「いつ言った?何時何分何秒に何処で、そんな発言したか、はっきりと教えてもらえますかねぇ、リーアさん」


 エレンの洞窟に入ってから、早くも七時間近くが経過している。裕也とリーアは、洞窟探索などという無謀なことに挑戦したことを、心の底から後悔していた。襲ってくるモンスターたちは、ほとんどが、アクアとエリスで迎撃してくれている。二人がいなかったら、今頃、何度死んでいたか分からない。


 「まったく、なんでルシファー様があなたたちみたいなのを、我が軍に迎え入れようとしたのか、さっぱり分からないわ。そうでしょ、エリス」


 「きっと、こいつら何処にもいく当てが無くて、心優しいルシファー様に、何でもいいから仕事回してくれって泣きついたのよ。アクア姉さま」


 今や双子姉妹からの裕也たちの評価は最下等にまで落ちていた。それも無理ないこと。裕也は全く、モンスター相手に何の役にも立たないし、リーアの魔法も見た目こそ派手だが、威力はまるでない。せいぜいが、キャンプの焚火の火種になる程度だ。


 最初にリーアが炎を自由に上下左右、任意の位置に動かしたり、炎の形状を自在に操った時には、双子も目を丸くして驚き、リーアを大絶賛していた。そんなリーアの主である裕也も、さぞかし立派な精霊使いなのだろうと称賛された。


 しかし、いくらモンスターに火があたっても、なんの効力もなく、表面の薄皮一枚焼くのがやっとだと周囲にバレると、リーアは裕也の肩の上で狸寝入りをはじめる。そして今、裕也は双子からの白けた視線を一身に浴びながら、肩身の狭い思いで歩みを進めていた。


 おまけに罠という罠に、引っかかるのは大抵が裕也かリーア。挙句の果てには、モンスターが一匹もいない道でさえ、足が疲れたといって、休む始末である。


 それでも、地下十階近くまでなんとかたどり着くことが出来た。言うまでもなく、アクアとエリスの功績だ。裕也たちだけなら、一階層の突破だって怪しかったはず。逆にアクアとエリスだけなら、はるかに効率的に、もっとずっと深い階層まで辿り着いていたであろう。


 「あのー、アクアさん、エリスさん。そろそろ切り上げて、地上に戻りませんか?きっと、占い師の言うことなんて眉唾ですよ。ニースはただの質の悪い風邪に決まってま・・ぐはぁ」


 裕也が、最後までセリフを吐く前に、エリスの鋭い回し蹴りが炸裂。裕也は、吹き飛ばされた後、ころころ転がって、洞窟の壁に強く頭を打ち付けた。


 「おまえ一人をここに置いて帰ってもいいんだがな。懸命に護衛したが、どうしようもなく強力なモンスターに遭遇してしまい、力及びませんでした。とでも、ルシファー様に言い訳しておこうか? アクア姉さまも、それでいいだろ?」


 「とーってもいい案だと思うわ、さすがエリスね」


 双子の冷たい視線が心に響く。どこかの業界ではご褒美に属するらしいが、今この状況では、洒落にならない。


 「いやいや、護衛の業務が失敗してしまえば、お二方の経歴に傷をつけてしまいます。こんなことで、これまでの功績を薄れさせる必要はありません。きちんと最後までお供しますとも」


 もはや裕也にはプライドはない。こんなところに取り残されれば、残り一時間を待たずに、確実にモンスターたちの胃袋の中だ。内心冷や汗かきまくりで、手足をばたつかせる。と、手が何か突起上のようなものにぶつかった。


 ・・やばい。また何かの罠に引っかかったのかもしれない。焦りながら、触れた手の部分を見る。見なきゃよかったと、後悔した。裕也が掴んでいたのは、髑髏だった。それほど年代はたってないように見える。瞬間、電気ショックをうけたような衝撃が裕也を襲う。


 洞窟の奥に紫色の絨毯が敷き詰められた、小部屋があった。部屋の中央には祭壇があり、宝箱が一つのっている。四人パーティーの冒険者の一人が、宝箱をあける。箱の中には一枚の紙が入っていた。


 ・汝、一人の相手への礼を示せ

 ・汝、右から三つ、左から五つ。反目する二人の仲を取り戻せ

 ・汝、争いあう三者を平和に導け


 冒険者たちが手紙の内容に気を取られていると、突如、四方から一斉に矢が飛んできた。冒険者たちは一瞬で体を貫かれ絶命する。あまりに突然であっけない死。そこで映像は途切れ、裕也はこれまでとは別の意味で冷や汗をかきながら、目を覚ました。


 「なんだ、また休みが欲しいのか?困ったものだな、アクア姉さま」


 「まったくね。本当に置いていきましょうか、エリス」


 双子はあきれたように、ため息をついて裕也を見る。だが、裕也は双子を無視し、狸寝入りを続けるリーアに呼びかける。


 「リーア、いい加減、起きてくれ。そろそろこのダンジョン、攻略するぞ」


 「えっ、マスター、どうしたの?なんか怒ってる?」


 「ああ、この性悪な仕掛けを作った、どこかの阿保にな。あいつらだって、これまでの人生も、これからの人生もあったはずなんだ。くだらねぇ謎かけ一つで、簡単に潰しやがって」


 裕也は先ほどの映像で、ダンジョン内に人の命を簡単に奪うような仕掛けを作った、名前も知らない誰かに対して、静かな怒りを覚えた。おそらく、矢に貫かれた四名の冒険者のうちのひとりの成れの果てが、この手元の髑髏なのだろう。死体となった後、モンスターに食われて、骨がここまで転がってきたといったところか。


 裕也は彼らのことなど、何も知らない。だが、どんな目的で冒険者たちが、この洞窟に入ってきたにせよ、あんなにあっけない人生の最後を遂げるとは想定してなかったはずだ。


 「マスター、あいつらって誰の事?」


 「なんでもない。それよりリーア、何かあっても必ず俺が守ってやる。だから、とっとと用事を済ませて、こんなところ、おさらばしようぜ」


 「え?あ、うん・・ありがとう、マスター。急にどうしたのさ?なんかあった?」


 「なんでもないって言ってんだろ。ほら、行くぞ」


 裕也はこれまでのヘタレ具合とは、打って変わったように先頭に立って歩きだす。リーアは慌てて、裕也の肩の上に座りかける。アクアとエリスは裕也の豹変ぶりに驚きながらも、後に続いた。


 程なくして、地下十一階に通じる階段が見つかった。アクアとエリスは階段を降りようとするが、裕也はそれを止める。


 「待ってくれ、もう少しこの階を調べたい。悪いが俺に付き合ってくれ」


 エリスは裕也の自信たっぷりな発言に虚をつかれたようなかんじになった。


 「本当にどうしちゃったんだい。このあたりのモンスターはもうやっつけたと思って、強気になったのかね。ねぇ、アクア姉さま」


 「いえ、多分、そういうのとは違うわね、エリス。彼の目にはもう迷いがなくなってる」


 「そんなはずないわよ、アクア姉さまの思い過ごしだって」


 裕也は後ろで話し合う双子の会話など、既に聞いていなかった。その代わりに考える。先ほどの髑髏が、四人の冒険者のうちの一人というのは、ほぼ間違いないだろう。


 とすれば、矢を貫かれた冒険者の死体が、モンスターに食われたにせよ、最終的に、裕也が映像を見た位置まで転がってきたということ。だったら、映像で見た小部屋は、今現在、裕也のいる階のどこかにある可能性が高いのではないだろうか。それもおそらく、髑髏のあった場所から、そう遠くない位置だ。


 裕也は、さきほどの髑髏の周りを丁寧に調べていく。壁を手探りしていると、一か所だけ押せばへこみそうな箇所があった。


 「アクア、エリス。この壁少し変だ。罠かもしれないが、押してみたいと思う。警戒を頼む。リーアは万が一に備えて、少し下がっててくれ」


 「ちょっと待て。罠かもしれないなら、押さないほうがいい」


 「アクア姉さまの言うとおりだ。無視して地下十一階に降りよう」


 アクアもエリスも反対する。だが、裕也は首を横に振って、自分の意を表す。


 「危険だと思うなら、離れてくれて構わない。だが、俺はこれは罠ではなく、正解ルートだと思っている。アクア、エリス。あんたらは、なんだかんだ言って、ここまで俺たちを守ってくれた。感謝するよ。だけどもう少しだけ、俺のわがままに付き合ってほしい。俺とリーアだけじゃ、洞窟は攻略できても、襲い掛かってくるモンスターを倒せないからな。このとおり、頼む」


 裕也は、アクアとエリスに深々と頭を下げる。裕也の突然の態度に面食らう双子の姉妹。

 

 「・・裕也。いえ、裕也さん。私たちの任務はあなたを護衛すること。いいわ。好きにやって見なさい」


 「私はアクア姉さんみたいにはなれないけどね。なんか知らないけど、あんたなりの考えがあるんでしょ。しょうがないから、付き合ってあげるわよ。これは貸しだからね」


 双子の姉妹に礼をいい、思い切って壁を押す。壁は四角い亀裂を走らせると、すぐ隣の壁が崩れ、木製の扉が姿を現した。扉の向こうを覗き見ると紫色の絨毯が敷き詰められている。中央に祭壇と宝箱。間違いない。裕也が映像で見た部屋だ。


 「マスター、これは・・」


 「どうやらビンゴみたいだな。皆はここで待っててくれ。中には俺一人で入る」


 扉を開けて中に一人で入る裕也。しかし意に反して、裕也の後から、全員がついてきた。裕也は慌てて、皆を制止する。


 「どうしてついてくるんだ?ここは危ないんだ。皆まで危険にさらされる必要はない」


 「裕也さん。あなたが、何を考え付いたのか知りませんが、護衛対象が一人危険な目にあうのなら、見過ごすわけにはいきません。ご一緒します」


 「まったく、裕也、おまえ一体どうしたんだ?さっきまでと、まるで別人じゃないか。なんていうか、ほんの少しだけ、格好いいし・・」


 「ボクはいつもマスターと一緒にいるって言ったでしょ。忘れないでよね」


 裕也の中で焦りが大きくなっていく。皆が自分のことを思ってくれるのは、本当に嬉しい。だからこそ、突然四方から矢が飛んでくるような仕掛けのある部屋に、入れるわけにはいかない。それなのに、くそっ。今回だけは自分のことなど見捨てて欲しかった。


 「部屋から出てくれと言っても、聞かないんだろう。だったら、部屋の隅で大人しく頭でも下げて・・」


 言いかけて、裕也は動きを止める。そうか。謎かけの一つ目については、答えが分かった。分かればこれほど単純なものはない。おそらく残り二つもその類だろう。裕也は宝箱のすぐ手前までくると、開ける前に、皆に振り返って指示する。


 「突然で悪いが、地面に寝そべってくれ。なるべく頭の位置を低くするんだ」


 だが、指示に従ったのはリーアだけだった。アクアとエリスは裕也の言葉を聞かず、そのままつっ立っている。それどころか、エリスは勝手に宝箱に近づき、箱を開けてしまった。


 「なんだ、何もないのか?いや、紙切れが一枚入ってる。汝・・」


 「どうしたの、エリス。私にも見せて」


 アクアも近づいて、箱に入った手紙をのぞき込む。裕也の焦りは限界に達した。もはや一刻の猶予もない。裕也は、アクアとエリスに飛びつき、地面に押し倒した。アクアは突然の裕也の行動に目を丸くする。一方、裕也の行動を勘違いしたエリスは、乱暴に裕也を跳ね除けようと、手足をばたつかせる。


 「裕也さん、何するんですか」


 「なにやってるんだ、裕也。気でも狂ったのか。こんなことして、只で済むと思ってんのか」


 「いいから、二人とも伏せてろ。立ち上がったら死ぬぞ」


 「なんだと?そのまえにおまえを殺して・・」


 言いかけたエリスの頭上を矢が飛び去る。次々と矢は四方の壁から飛び出してくる。周囲の壁に壁に矢があたる音が響き渡る。気が付けばそこらじゅうの床に、打ち付けられた矢が転がっていた。突然の出来事に、アクアもエリスも顔面蒼白となる。


 「マスター、もう起き上がっても、大丈夫かな?」


 「いや、リーア。もう少し待ったほうがいい。第二弾がくるかもしれない」


 それから、さらに数分ほど待つ。これ以上は矢が飛んでくる気配はないと分かると、恐る恐る立ち上がる。裕也は、ふいに背中に痛みを感じた。手探りで痛みの部分を触ると、僅かに矢がかすめたようで、血が出ている。


 咄嗟に双子の姉妹をかばい上乗りになっていた分、裕也は少しだけ、地面より高い位置にいた。このため負った、かすり傷だろう。


 「裕也さん。今、治してあげます」


 アクアはヒーリング魔法で裕也を治癒する。ヒーリングは使い手が少ないと聞いていたが、アクアも使えるようだ。


 「ありがとう、アクアさん。もう大丈夫だ。二人とも怪我はない?リーア、おまえも大丈夫か?」


 「ええ、おかげさまで助かりました」


 「あ、ああ・・なんともない」


 「ボクも大丈夫。どこも怪我してないよ」


 裕也は事なきを得たことに安堵する。どうやら一番目の課題はクリアできたようだ。汝、一人の相手への礼を示せ。これの答えは頭を下げて、敬うポーズをとれってこと。要するに姿勢を低くすればいいわけだ。


 だったら、地面に寝そべれば確実かと思い、指示したわけだが、双子がまったく無視した時には、正直生きた心地がしなかった。矢が飛んでくると分かってて、二人をみすみす犠牲にするわけにはいかない。


 「皆が無事で本当によかった。さて、次は汝、右から三つ、左から五つ。反目する二人の仲を取り戻せか。紙に書かれている三つの問いかけは、全部この部屋の中でやるのかな」


 「でもさ、この部屋って、宝箱が一つあるだけだよね。あ、待ってマスター。矢が飛び出してきた壁、筒の形になってる。中に人形が入ってるよ」


 四方の壁から飛び出してきた矢。矢が飛び出した後の壁を見ると、無数の円筒が並んでいた。ひとつひとつの円筒から、各一本ずつ、矢が飛び出してきたものと見える。空になった円筒に兵隊の人形が、各円筒にひとつずつ置かれていた。


 円筒は四方のそれぞれの壁に縦横十個ずつ。一つの壁に付き計百個、四方の壁を全部合計すれば四百個用意されていた。エリスが中の人形を触ろうとする。裕也は咄嗟に判断し、エリスの腕を掴んだ。


 「待てエリス。まだ触らない方がいい。おそらく次の謎かけにかかわる部分だ。扱いを間違えれば、またどんな罠が飛び出すかも分からない」


 「裕也さん。この人形の並びに何か意味があるのでしょうか?」


 「分からない。アクアさん、とりあえず右から三つ目の人形を、上から順番に、人形には触らないで調べてくれないか?リーアは左から五つ目を同じように頼む」


 裕也は円筒の中の兵隊人形を見る。大きさはほぼ同じ。手に持っている武器は、剣、槍、弓、鉄球など様々だ。向きもバラバラ。正面を向いている者もあれば、そっぽを向いている者もある。


 「マスター、左から五つ目って言っても、上から何番目なのかが分からないと、意味ないんじゃないかな。それにどの壁を見ればいいかも分からない」


 「裕也さん、もう少し何か思い当たることはないでしょうか。右から三つ目と言っても、ひとつの壁に付き、上から下まで十個あります。四方の壁を合わせれば、四十個もある・・」


 裕也は腕組みして考える。エリスは並んでいる人形を見て、よく出来てんなーとか、あ、この人形ちょっと可愛いとか言いながら、眺めていた。しばらく調べていると、突然、けたたましい警報音が鳴り響く。


 「残り一分以内で二人の仲を取り戻さないと、ガスが噴き出します。繰り返します。一分以内で二人の仲を取り戻さないと、ガスが噴き出します」


 四方の壁から機械音でアナウンスが流れてきた。ガスとは毒ガスのことだろうか。裕也は入ってきた部屋の扉を開けようとする。しかし、扉は何かに固定されて開かなくなっていた。


 まずい。本当に毒ガスの類がこの密室で吹き出されれば、抵抗のしようがない。このままでは全滅だ。事態に気付いたアクアとエリスが、扉に思い思いの方法で攻撃を加える。扉は木製ですぐにでも壊れるように見える。しかし、いくら魔法を打ち込んでも、鞭を当てても、微細な傷がつくだけで、開く気配も壊れる気配も一向にない。


 「裕也さん。どうすればいいですか?」


 「裕也、どうすればいい?」


 アクアとエリスが焦りを感じて、裕也に問いかける。裕也自身も焦っていた。仲を取り戻せというのは、仲直りさせろってことか?反目ってことは、喧嘩でもして互いにそっぽを向いて・・あ、そうか。なんでこんなクソ単純なことに気づかなかったんだ。


 「アクアさん、エリス、リーア。右から三つ目と左から五つ目の人形のうち、完全に左側を向いている人形と、逆に完全に右側を向いている人形を、手分けしてピックアップしてくれ。時間がない、急いで。俺はこの壁を担当する」


 アクア、エリス、リーアはそれぞれ一つの壁を担当し、裕也に言われた内容に合致する人形を調べていく。該当する人形は、合計で十八個あった。裕也は皆から教えてもらった人形の位置を順にみていく。


 その中で、手に同じ武器を持っているのは三組。さらに右から三つ目の円筒に置かれた人形が右側を、左から五つ目の円筒では左側を向いている人形は、たった一組に絞られる。


 裕也は、該当する一組の人形の左右の向きを入れ替えた。即ち、右向きの人形は、左に向かせ、左向きの人形は右に向かせる。同じ武器を持ちながら、正反対の位置を向いていた人形が、同じ向きになるようにする。


 ただ、この考えには懸念事項もあった。実際には、同じ壁に配置されているわけではないので、互いに向かい合っているわけではない。出題者がそこまで考慮することを求めていたら、もう時間がない。アウトだ。裕也は祈るような気持ちで、自分の考えが正解であることを願う。


 「反目する二人は、仲を取り戻しました。繰り返します。反目する二人は、仲を取り戻しました」


 再び機械音が鳴り響いた。五分以上経過したはず。ガスが噴き出す気配はない。どうやら、二つ目の課題もクリアできたようだ。裕也はそのまま地面に座り込んで、大きく息を吐く。アクア、エリス、リーアもそれぞれ安堵のため息をついた。エリスが一番焦っていたようで、何度も深呼吸を繰り返している。


 「・・助かった。当たってよかった。正直、自信は半々だったからな。ああもう帰りたい。さて、最後は、汝、争いあう三者を平和に導け、だっけか」


 裕也たちは、再び部屋の周囲を調べる。何かほかに変わった様子はないか。だいたい三者ってなんだ。今この部屋にあるのは、一つの宝箱に、周囲にずらっと並ぶ円筒と人形。ふと宝箱を見ると、箱の中にある謎かけの記載された紙の下に小さなスイッチがあるのが見えた。


 「なあ、皆。この宝箱、スイッチがあるみたいなんだが、押してみてもいいか?」


 アクア、エリス、リーアは思い思いに自分の考えを述べる。


 「罠かもしれませんが、他に手掛かりもありません」


 「また、いきなり制限時間を設けられても困るしな」


 「マスターの思うとおりにしていいと思う」


 裕也は宝箱の前に立ち、おそるおそる箱の中のスイッチに手をかける。何回か逡巡した後、思い切ってスイッチを押した。周囲の壁にある円筒の人形が後ろに下がっていき、代わりに今度は様々なモンスターを模った人形が現れた。同時に宝箱の周囲に三つの窪みが浮き出る。


 「スイッチが押されました。三分以内に、平和を導いてください。繰り返します。三分以内に、平和を導いてください」


 先ほどと同じ機械音が鳴り響く。今度は三分か。なんでこんなに時間制限が短いんだ。いや、逆に言うと、これも気づき一発勝負。分かれば、なんだこんなことかと思えるような問いかけに違いない。


 裕也たちは再び、円筒の中の人形を調べていく。ほとんどが、動物の形を元にしたモンスターの人形だ。中にはよくわからない形状の人形もあるが、スライムなどの軟体生物だろうか。


 「マスター、何かわかる?」


 「いや、さっぱり。アクアさん、エリス、二人はどうだ?なんか気づいたこととかあるか?」


 「いえ、私も分かりません」


 「私もだ。悪いな。役に立てなくて」


 今回も並んでいる人形の向きだろうか。いや、さすがに同じパターンを二回はやらないか。考え込んでいるうちにも、刻々と時間は過ぎ去っていく。


 「残り一分以内に、平和を導いてください。繰り返します。残り一分以内に平和を導いてください。このままでは、この部屋は皆様とご一緒に消失いたします」


 ・・なに?消失ってなんだ?この部屋ごと消えるってことか?周囲から飛び出す矢だの、ガス責めだの、物騒な仕掛けばかり作りやがって。人の命を何だと思ってやがる。裕也の中に再び怒りがこみあげてきた。他のみんなも同じ気持ちのようだ。


 「くそっ、こんなふざけた部屋で、死んでたまるか」


 「エリスの言う通りです。絶対に生きて帰りますよ」


 「マスター、ボク、信じてるからね」


 裕也は足りない頭を、足りないなりにフル回転させて考える。争いあう三者。動物型のモンスターを模した人形。何故、三者は争っている?いや、違う。何故、三者も争っているのに、平和でいられる?二者ではダメなのか?三者だから平和・・あっ、そうか。なんだ簡単じゃないか。でも、この世界の動物にも当てはまるのか?


 「誰でもいい。この世界の動物の捕食関係を教えてくれ。AがBを食べ、BがCを食べ、CがAを怖がる、そんな関係の動物はいないか?三すくみの関係。蛇と蛙とナメクジみたいな関係だ」


 裕也の問いかけに、エリスがすかさず答えてくれた。


 「よくわからないが、アリクイ一味みたいなものか?レッドスネークは大アリクイを丸呑みし、大アリクイはキラーアントを食べ、レッドスネークはキラーアントを怖がる」


 丸呑みって怖いな・・できれば、レッドスネークには遭遇したくない。いや、そんなことより、三すくみの関係に見事に当てはまっている。


 「みんな、レッドスネークと、大アリクイ、キラーアントの人形を大至急、探してくれ。おそらく、その三つの人形をこの宝箱の周囲に現れた窪みに差し込めば、問題は解決する。俺もそれっぽい人形を探してみる」


 再び、全員で手分けして、四方の壁から該当する人形を調べていく。アクアが、レッドスネークとキラーアントの人形を、リーアが大アリクイの人形をそれぞれ、円筒から持ってきて、宝箱の周囲の窪みに差し込んだ。


 「平和が導かれました。繰り返します。平和が導かれました。おめでとうございます。全ての問題が解消されました。こちらの部屋で景品をお受け取りください」


 機械音が鳴り響き、周囲が眩い光につつまれる。部屋の奥にあった壁の一部が横にスライドしていく。奥にもう一つ部屋があるようだ。裕也たちは、現れた部屋の中に入っていく。


 部屋の床には、膝の高さぐらいの植物がおおい茂っていた。花を咲かせているものも、実がなっているものもある。これが、占い老婆の言っていた、デキアの花の実だろうか。裕也は、いくつかの花の実を丁寧に摘み取って、荷物の中に、花の実が潰れないように気遣いながらしまった。


 花の実の他に、部屋には三つの宝箱が置かれていた。宝箱の前にはプレートが置いてあり、中に入っている品の名称が記載されている。礼節の剣、友愛の鏡、平和の箱。それぞれがどんな役割を持つアイテムなのかは不明だ。


 「占い老婆の言っていたデキアの花の実ってのは、多分これだと思う。まだ下にも階層あるみたいだけど、用は済んだから、これで帰っていいよな。アクアさん、エリス、この三つの宝は二人が持っていくといい。ここまでこれたのは、二人のおかげなんだし。リーアもそれでいいだろ?」


 「ボクはちょっと興味あるけど・・でもマスターがそれでいいなら、構わないよ。ボクはさっきマスターが言ってくれた言葉だけで、十分報酬もらったし」


 「えっと・・俺、何か言ったっけ?」


 「忘れたの?リーア、何かあっても必ず俺が守ってやるって。あの時のマスター、すごく格好良かった」


 「嘘だろ。俺が、そんな照れくさいセリフを本当に言ったのか?いや全然、思い出せない。あー、なんだ、忘れてくれ。恥ずかしすぎる」


 「ええ?ちょっと、マスター?」


 裕也は今更になって、さっき怒りで興奮してた時のことを思い出した。そういえば、言ってた。きっと、あの時の自分は正気じゃなかったんだ。裕也は頭をかかえて、かぶりをふる。


 そんな中、アクアとエリスは互いに頷きあうと、一人悶々としていた裕也の前にやってきた。


 「裕也さん。これはいただけません。このダンジョンを攻略したのは、間違いなくあなたです。私たちはサポートしただけ」


 「そういうことだ。ここにある宝は、お前が持って行けよ。裕也、見直したぜ。そこの精霊の言うとおりだ。おまえは格好良かったよ。途中までは、本気で見捨ててやろうかと思ってたけどな」


 なんかいつの間にか、双子の姉妹からの評価を取り戻せたらしい。それはよかったんだが、それだけで十分だ。この宝がなんなのか知らないが、価値や力のあるものならば、面倒くさがりな自分が持っていても仕方がない。そういった宝は、それなりの器の大きい人物が持てばいい。自分はその器には当てはまらない。


 「だったらさ、これらの宝は俺が世話になった大事な知り合いにプレゼントしてもいいか?」


 「ああ、好きにするといい。お前のものを、どう扱おうが、お前の自由だ」


 「それじゃ、お言葉に甘えてと。本当はそれぞれに適したものをプレゼントしたいんだが、どれがどんな効力もってるか全然わからないから、そこは順不同な。っていうか、ここまで来て呪いのアイテムとかじゃないだろうな。それなら返品してくれて構わないからな」


 裕也は、三つの宝箱から、宝を取り出すと、まずは最初にと、アクアの前に歩み寄る。


 「まずは、アクア。この礼節の剣をプレゼントさせてくれ。このダンジョンで何度命を助けられたか分からない。本当にありがとうな」


 「えっ、ちょっと裕也さん?世話になった大事な知り合いに渡すんじゃないんですか?」


 「だから、そうしてるじゃん。アクアはこの階層にくるまで、常に俺たちをリードして、見守ってくれていた。本当に世話になったよ。ありがとうな」


 狼狽するアクアを残し、続いて、エリスの前に歩いていく。


 「エリス、おまえって口調は乱暴だけど、根はやさしいよな。なんだかんだ言って、モンスターに襲われた時には、身を挺して俺とリーアを守ってくれてたし。だから、エリスにはこの友愛の鏡を渡すよ。大事に扱ってくれよな」


 「バカ、何言ってんだ。私はおまえに宝を譲るといったんだぞ。なんなんだ、お前は。ただのヘタレかと思えば、いきなり活躍しはじめて、最後はこんな格好つけて。言っておくが、私にこんな恩を売っても、あまり見返りなんてないぞ」


 「何言ってんだよ、恩を受けたのは俺の方だっての。今こうして生きてんのは、間違いなく、アクアやエリスのおかげなんだからさ」


 呆然とするアクアとエリスを後にして、最後はリーアに向き合う。


 「ほら、リーア。平和の箱だ。なんか余った残り物渡してるみたいで悪いな。なんだかんだでリーアには一番世話になってるもんな。たまにはこういうのもいいだろ?」


 「何言ってんのさ、マスター。ボク、戦闘でもちっとも役に立ってないし、謎かけでも焦ってただけだし。ボク、本当はマスターの足手まといにしかなってないんじゃないかって・・」


 「リーアこそ、何言ってんのさ、だぜ。リーアがいなかったら、俺はこの世界で一人途方に暮れてたと思う。なんだかんだで色んな奴と知り合えたし、その分面倒ごととかもあったけど、それも含めて、リーアのおかげで楽しめてる。ありがとうな、リーア」


 「マスター、本当に・・どうしちゃったのさ・・」


 リーアは裕也から顔を背けて、しかし、しっかりと裕也に抱きついた。裕也はさっきまでの怒りを払拭し、晴れやかな気分になった自分に気づく。やっぱり、ちょっとぐらいなら格好つけるのも悪くないかもしれない。素直に感謝の気持ちを表すのは気持ちがいい。


 「それじゃ、ニースのもとに帰ろうか」


 



 


 

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