第13話 たこ焼きパーティー

 庭野は、久しぶりにマサの家に遊びに来ていた。ヤスがパチンコの景品でたこ焼き器を手に入れたので、みんなで集まって、たこ焼きパーティーをすることになったのだ。

 キッチンで、マサの彼女の早奈恵はタコを切っていた。その隣で、マサがキャベツを刻んでいた。マサは中学の頃、いとこが経営していた喫茶店の厨房でアルバイトしていたことがあるので、包丁さばきとフライパンの扱いは上手かった。

 

 「庭野の彼女、早く来ねえかな」


 ヤスがたばこの煙で輪っかを作りながら言った。

 庭野はマサに、たこ焼きパーティーに誘われた時、楓も誘っていいか頼んでみた。するとマサは二つ返事で快諾してくれた。

 楓に、マサやヤスを紹介したいと言った時、楓は嫌がった。茂木の一件があったからだ。だが庭野は、マサの彼女の早奈恵もいることを伝えると、女性もいるなら、としぶしぶ頷いた。

 楓の仕事はいつも決まった時間に終わるので、駅に着くころ、庭野が迎えに行くことにした。


 「お前また、猿みたいにやってるんじゃねえの?」とヤスはからかったが、庭野は首を振って、「手も繋いでない。楓ちゃんは、極度の男性恐怖症なんだ」と言った。

 

「だから、マサもヤスも、絶対むやみに触ったりしないでよ。特にヤス、下ネタも禁止だからね」


庭野は二人に念を押した。


「まるで俺が、いつも下ネタ言ってるような言い方するんじゃねえよ」と、ヤスは庭野のほっぺをつまんだ。

 早奈恵が、切ったタコ、刻んだキャベツ、揚げ玉や紅生姜などの具剤をテーブルに並べ始めた頃、庭野は立ち上がった。そして、駅に楓を迎えに行った。



 庭野に連れられ、マサの家にやってきた楓は、玄関で出迎えたのが早奈恵だったので、ほっとした顔をした。

 しかし、部屋に上がってヤスとマサを見た時、楓は硬直した。ヤスは金髪のウルフカット、マサは銀髪のリーゼントという出で立ちだったからだ。


 「怖がらなくていいからね。2人ともただの馬鹿だから」と、早奈恵が言った。


 「ようこそ、楓ちゃん。庭野が世話になってるってね。まぁ、立ってないで座って」


と、マサが楓に座布団を渡した。ピンクの水玉模様の座布団だった。楓がおずおずと座ると、マサは簡単に自己紹介を始めた。


 「俺はマサ。庭野とは、小学、中学と同級生だったんだ。で、こいつはヤス。定時制高校で庭野と同じクラスだったんだよ。そして、そこのヤンキー姉さんは俺の彼女の早奈恵。俺より喧嘩が強いから気を付けて」


 「誰がヤンキー姉さんだって?」


 早奈恵がマサの耳を引っ張った。


 「いてててて。俺、そのうちミンチにされてハンバーグと化す日も近いな」と、マサが顔をしかめて言った。


 「お前の肉でできたハンバーグなんか食いたくねえよ!」

 

 ヤスが舌を出して「オエ」っと言うと、楓はくすっと笑った。その笑顔を見て、庭野は心から安心した。


 「ほら庭野。ぼーっとしてないで、たこ焼き作れ」

ヤスに言われて、庭野はテーブルに並べられた具剤を見渡した。


 「作ったことがないから、何から始めていいかわからないよ。ヤスは作ったことあるの?」


 するとヤスは、「ないな」と即答した。


 「お前ら、ほんと何も知らねえんだな。たこ焼きってのは、最初にタコから焼くんだ」


 マサは自信満々で言うと、切られたタコをたこ焼き器の溝に放り込んでいった。すると、それを見ていた楓が、


 「ち、違います。最初は、生地を、流し込んでから、具を乗せて焼くんです」


と、慌てて言ったが、タコはすでにチリチリと焼け始めていた。

 「楓ちゃん」マサが真剣な顔で言った。「そういうことは、もっと早くツッコミ入れてほしかった。俺は悲しい」

 皆、一斉に声を出して笑った。


 全員が知恵を絞って出来上がった最初のたこ焼きは、庭野が味見させられた。

 「外側が硬い。タコが焦げ臭い」と、庭野は苦笑いした。早奈恵も一口食べて、「何これ。人間の食い物?」と渋い顔をした。すると大雑把なヤスが、「めんどくせえ!もう、お好み焼きだと思って、具を全部混ぜて、焼いちまおうぜ」と言って、ボウルに具を全部放り込むと、生地ごとたこ焼き器に流し込んだ。ところが、その出来上がったたこ焼きが、お店で売っているような出来栄えになった。硬さも味も良かった。

 ヤスは自慢げに、「これから俺のことを、たこ焼き奉行と呼べ」と言ったが、誰もそう呼ばなかった。

 楓はすっかりリラックスして、始終ニコニコと笑っていた。庭野は、茂木に紹介なんかせず、最初からマサたちに楓を紹介しておけばよかったと思った。

 

「庭野くんには、とても楽しいお友達がいて、羨ましい」


と、楓は言った。だが、「この前のお友達は、庭野くんには悪いけど、私は苦手…」と呟いた。

 たばこを吸っていたマサは、庭野の方を向いて、「茂木か?」と言った。庭野は頷いた。


「お前、あいつとの付き合いは、ほどほどにしておけ」


と、マサが言った。庭野は「でも」と言って、笑顔を作った。


「茂木くんとは、小学校からの腐れ縁だし、それに、遊びにもよく誘ってくれるんだ」


 マサはたばこを揉み消すと、


「お前がそう言うんなら、これ以上俺は口出ししない。でも、楓ちゃんは大事にしてやれ」


と、庭野と楓を交互に見ながら言った。庭野は深く頷いた。


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