第38話 第三話『奇妙な事実』第十回


 シルバーメタリックのロボットが二体、畳一畳ほどの広さのバトルフィールドで火花を散らしていた。


 一方はシャープなボディにやたらと長いアームが付いた、昆虫のようなシルエット、もう一方はサイコロを組み合わせたような武骨な形状をしていた。

 ロボットにはどちらにも赤いパトランプのようなマーカーが二か所、つけられている。大会の規則で、先にこのマーカーを二個、破壊したほうが勝者となるのだった。


 カマキリのようなロボットがぐるぐる回転しながら長い腕を振り回すと、岩石のようなロボットがマーカーを両腕でブロックしながら敵が止まるのを待つ、といったそれぞれの特性に合わせた一進一退の攻防が繰り返された。


 カマキリの動きは一見、隙がないように見えたが、よく見ると岩石のブロックに弾かれ、確実にコーナーへと追いやられつつあった。


 やがて、完全に後が無くなったカマキリが岩石のパンチを食らった。両腕が付け根から吹っ飛び、カマキリは無防備になった。岩石がととどめの一撃をくらわそうと身体をよじり、腕を引いた。その時、カマキリの頭の上から新しいアームが飛び出し、岩石の顔面を勢いよく殴った。


 岩石はふらつき、カマキリが第三の腕でマーカーを狙った。……と、その時だった。岩石のマーカーの前に突然、大きなプロペラが出現した。プロペラはマーカーを守るかのように回転し、カマキリの触手をいともあっさりと弾き返した。

 カマキリがアームを引っ込め後ずさろうとした瞬間、プロペラの回転がぴたりと止み、岩石の体重を乗せた右ストレートがカマキリのマーカーを粉砕した。


「K・O!」


 レフェリーが叫び、場内から歓声が上がった。俺は一度たりとも退かせられなかった岩石のファイトスタイルに舌を巻いた。鈍重そうに見えて機敏なところも恐ろしかった。


 こいつが、昇太と戦う相手か。


 俺は動画を閉じると、ロボコロ関係のサイトを調べ始めた。岩石ロボの名は『ギャラクシーZ』と言う名で、防衛にも二度ほど成功しているチャンピオン・ロボであった。


 こいつを倒すには、反則ギリギリの思い切った対策が必要だな。


 俺が頭をひねっていると、ふいに入り口が開いて長身の人物が姿を現した。


「相変わらずはやってないな。しかもBGMが『煙が目に染みる』か。どんどん古くなってるな。こりゃオヤジ世代の曲だぜ」


 柳原は、店番をしている俺を珍しい生き物でも見るような目で見た。


「気に入らないなら、TOTOでもかけようか」


「いや、これでいい。次はスタイリスティックスをかけてくれ」


「『誓い』か?」


「『ユーメイクミー・ブランニュー』と言え。若オヤジ」


「了解だ。……で?今日は何の用だ」


「お前さんが退屈してるだろうと思ってな。色々な巷の噂を聞かせに来た」


「巷の噂なら俺も結構、集めてるぜ。それもレアな奴をな」


「ふん。だったら、情報交換と行こうじゃないか。いっとくが、これはただの雑談だぜ」


「わかってるさ。捜査に役立つ話があったら、あんたに話さず直接、警察に売り込むよ」


 柳原は鼻先で「ふふん」と笑うと、ショルダーバッグからくたびれた雑誌を取り出した。


「この表紙の女を知ってるか?」


 言われるまま、俺は表紙に目を落とした。ロングヘアの女性が水着で微笑んでいる写真だった。美人だが、下がり気味の目と眉からどこか寂しげな印象を受けた。



「佐倉美苗……だな?」


「ほう、やっぱりご存じだったか。ご名答。『サスペンデッド・フォー』の第二の犠牲者、布施一臣の未亡人だ。こいつは、おそらく五年くらい前のグラビア写真だな」


「俺が知る限り、四つの死体のうち二つと関わりのある唯一の人間だ」


「さすがだな。その通りだ。一つは言うまでもなく、夫の一臣。もう一つは四番目の死体、代議士の大賀伸二郎だ。もうわかっていると思うが大賀は四年前、つまり美苗が一臣と結婚する一年前まで美苗と不倫関係にあった。そのことがメディアで暴露され、美苗は事務所を解雇された。つまり美苗にとっては人生を狂わせられた相手というわけだ」


「仕事を失い、途方に触れていたところを拾ってくれたのが一臣というわけだ。ところが藁にもすがる思いで結婚に飛びついた美苗と、ただ単にアイドルを伴侶にできるというだけで結婚に踏み切った一臣との間は、最初からぎくしゃくしていた……というわけだ」


「まあ、そんなところだろう。それでいつしか美苗の中に一臣に対する嫌悪、あるいは憎悪のような感情が芽生えた……これが、現在の所もっとも有力とされる動機だ」


「美苗のアリバイはどうなんだ?」


「しっかりとある。簡単に口を割るようなタマでもないようで、今は共犯者の線を洗っているところらしい。もちろん、美苗にはがっちり尾行がつけられているようだ」


 その尾行をかいくぐって陽人と会っていたわけか。つまり、警察はまだ陽人には行きついていない。……さて、どうしたものか。


 俺が考えあぐねていると、柳原が頓狂な声を上げた。


「おお、コルグがあるじゃないか。ジュピター8も。いいねえ、懐かしいねえ」


 柳原は、古いシンセサイザーの前でしきりに感心していた。上得意になってくれそうだ。


「問題は、誰が死体を吊るしたかって言う事だな。重機を扱える実行犯が必ずいるはずだ」


 俺は陽人の顔を思い浮かべながら言った。短期間とはいえ工学部にいたのなら、テクノロジーには詳しいだろう。俺たちの知らない特殊な工作機械を使ったのかもしれない。


「まあ、そういうことだな。あとは美苗の人脈を徹底的に洗うだけだ」


 そうなったら陽人に行きつくのは時間の問題だろう。俺は残された疑問を口にした。


「それにしても、他の二人の犠牲者はどういう理由で選んだんだろうな。憎くもない人間を焼いて木に吊るすっていうのは、単なるカムフラージュとしては異常すぎるぜ」


「さあな。きっとまだ、俺たちの知らない隠れた動機があるんだろうよ。とにかく、首謀者は美苗でほぼ決まりらしい。動機なんてのは逮捕されてから調べればいいのさ」


 本当にそれでいいのだろうか。ロボコロの写真に写っている布施と陽人。その中に殺人を連想させる暗い空気はない。仮に一臣が美苗と陽人の関係に気づいたとしても、裁判をするなり離婚するなりすればすむ話ではないか。

 ごくありふれた夫婦の不和と、猟奇殺人が俺の中ではどうしても結びつかなかった。


「刑事の習性がうずくのはわからないでもないが、この辺で推理ゴッコはやめたらどうだ」


 柳原はつま先でリズムを取りながら言った。曲は『君の瞳に恋してる』になっていた。


               〈第十一話に続く〉

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