切り裂きジャックが潜む街
歌野裕
序章【地方ニュースと評論家】In 1996
【地方ニュースと評論家】
「――ここで速報です。またしても岐阜県で被害です。切り裂きジャックが現れました。これでちょうど十件目の事件となります」
キャスターが全国のニュースを読み上げているときに差し込まれた一枚の情報は、キャスター が苦渋の表情を浮かべるのに十分なインパクトを与えた。
「被害者はまだ身元の確認がとれていませんが、三十代から四十代の男性です。肩口から下腹部にかけて鋭利な刃物で斬りつけられ、また刺し傷が数十ヶ所にも及んでいるとの情報が入っています。警察は今、岐阜県の岐阜市内で連続して発生している『切り裂きジャック』の犯行との関連性を早急に捜査するとのことです」
キャスターのナレーションと共に映し出された映像は、過去の被害現場だった。現場は岐阜市内の人通りの少ない場所という共通点以外は特に浮かび上がっておらず、閑静な住宅街や、学校の体育倉庫の裏、路地裏とで殺害された例もある。場所以外の共通点と言えば、鋭利な刃物で斬りつけられているということだが、どの遺体にも肩口から下腹部にかけて、途切れることなく、袈裟懸けに斬られていることが特徴だった。
初めの事件こそ報道は小さく、地方ニュースとしての取り上げ方だったが、三件連続して発生したことから、全国ニュースでも徐々に大きく取り上げられるようになった。当初は人斬り以蔵の再来や、平成の切り裂きジャック現わる、などと半ば悪ふざけが過ぎる報道も多かったが、結局のところ『切り裂きジャック連続殺人事件』として全国区に認知されるようになった。
もちろんその事件の名称には否定的な意見が多数寄せられた。不謹慎であるとか、犯人を助長するような名称であるとか、意見は様々だったが、これも結果として『切り裂きジャック連続殺人事件』が全国的に知られるきっかけとなった。
この『切り裂きジャック連続殺人事件』の被害者は男女問わず、年齢差にもばらつきがあり、誰しもが被害者になりうる可能性を秘めていた。
「こんな卑劣な通り魔殺人事件は聞いたことがありませんね」
キャスターの隣で無愛想に聞いていたゲストの女性コメンテーターが吐き捨てるようにコメントをした。元々辛口で歯に衣着せぬ物言いが売りのキャラクターではあるが、殺人事件などの凶悪犯罪になると、一際声を大きくして持論を広げる傾向にある。
「こんな犯罪者が大手を振って歩ける世の中は腐っています。警察は何をしているんですかね。公務員として国民の血税で生活しているくせに、国民が血を流しても平気なんでしょうか」
司会を務めるキャスターやその場にいる全員は、苦笑いを浮かべるより他なかった。
「なかなか目撃者も見つからず、捜査は難航しているようですね」
「そんなものはただの警察の方便ですよ」
女性コメンテーターは、薄ら笑いを浮かべながら反論を口にした。
「そもそもこれだけの数の事件を繰り返しながら、犯人の糸口すら見つけられない。職務怠慢以外の何があるというのでしょう。犯人に好きなようにやられて、警察の威信はどこにいったというのですか?」
「まあまあ、望月さん。そういった想いは次の選挙戦でご鞭撻をいただくことにして、話を進めませんか。そんなにこの事件に噛みついてばかりいると、あなたも標的になってしまうかもしれませんよ」
同じくゲスト出演している政治・経済評論家のプレートを掲げた初老の男性がやんわりと牽制する。しかし、望月と呼ばれた女性はそんなの関係ない、と男の発言を一蹴した。
「源田さん、ここは東京ですよ。この事件が連続して起きている場所は全て岐阜県です。犯人はその小さな箱の中でしか強がれない弱い人間なのです。そんなもの怖くもなんともありませんわ」
鼻息荒く息巻いた望月の発言に、初老の男性――源田はにんまりと笑みを浮かべた。
「いやあ、あんたが気にしなければいけないのは、確かに犯人なんぞより、自分自身の発言のようだ」
「あなた、何を言って……あっ」
源田の下卑た笑みの意味をようやく理解をした望月は、両手で口を抑えた。
「いやいや、口を抑えてどうするつもりですかな。今しがた望月さんが発言した、それはそれは光栄なお言葉は、口の中にはもうありませんよ。それは今、ピンマイクとカメラを通して、視聴者の皆さま方の耳の中、ひいては心の中にね」
「いえ、これは……その……」
言葉に窮した望月は、軽く頭を下げ、「不適切な発言、申し訳ありませんでした」と謝罪を入れた後は、無言を決め込んだ。それが、不正解の対応であることなど、彼女もわかっていた。それでもこれ以上心証を悪くするよりはマシだと考えての無言だった。
「それでは気を取り直して参りましょう」
司会のキャスターは、苦笑いを浮かべながら、改めて原稿を覗く。
「東京にも桜の開花宣言が発表されました――」
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