僕と彼女の1日目

 朝、目が覚める。今日もまた、無色透明で退屈な1日が始まると思っていた。だけど、僕の目は明らかにいつもと違うものを捉えていた。それは、今までは無人だった筈の隣の部屋。そこに眠る1人の女のの姿だった。

 どの部屋も全面ガラス張り。部屋と部屋の間には15cm程の隙間があいている。完全防音だ。

 15cm挟んで、隣にいるのは誰だ? その問いに答えるように、滅多に開かれない部屋の扉が開いて、マスクの人が入ってきた。

 「もう気がついているとは思うが、隣の部屋に女の子が越してきた。君の退屈な日々が少しでも良くなればと思ってね。とりあえず今は、ここに置いておく紙とペンでコミュニケーションをとってくれ。出来るだけ早く携帯を用意する。あと、食事をここに置いておく」

 それだけ言って、マスクの人は食事を机に置いて出ていった。

 ……意味がわからない。全く意味がわからない。越してきた? じゃあこれから隣に住むのか? ガラス張りなのに? それに……ケイタイって何だ?

 頭の中では沢山の疑問符がグルグルと回っている。

 色々な事を考えながら食事をとり、チラリと隣に目をやると、いつの間にか寝ていた彼女は起き、食事を食べ始めていた。

 僕より落ち着いているところを見ると、僕が寝ている間に越してきたのだろう。そんな事を考えながら、彼女。見ていると、不意にこちらを見た彼女と目があった。

 どうしていいか分からず、目を逸らせないでいると彼女はフワリと笑い、また食事を始めた。僕も慌てて食事に意識を戻す。

 心臓の音がいつもより大きく聞こえ、顔がとても熱い。胸が苦しい……。何か体に異常が起きたのかと思ったが、規則正しく聞こえる電子音が、そうではない事を告げていた。

 初めての“異常”。僕は自分の体に何か起きているのか分からなかった。その日一日、僕は本を読んで過ごした。何回読んだか分からないくらいに、沢山読んだ本を。話の内容は知っている筈なのに、頭の中には入ってこなかった。チラチラと視線を感じながら本を読み、チラチラと視線を送りながら本を見た。

 謎の胸の苦しみはいつの間にか消えていた。

 夜まで眠らずに過ごすのは随分と懐かしい気がした。

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