舞桜
夜風りん
第一話 姫付きの侍女フシル
この世界は白い龍が作った魔法にあふれた世界。
己の肉を大地に、己の血を海に。流した涙は湖に、砕け散った牙の欠片は魔晶石となって世界を構成する一助となった。
なんて、そんな伝説が残るこの星に、魔王がいたといわれるのは今から何百年も前の、はるか昔。
大陸を作った龍、始祖龍の眷属である八匹の龍たちが一斉に魔導砲の集中砲火により大陸の地形が変わるほどの威力をもってオーバーキルしたのがそれくらい昔、らしい。
そして、その龍たちを引き連れたのが英雄フシル・ガルシエラ。
綺麗なクルミ色の髪の毛に青い瞳の、イケメンだったらしい。そんな彼にあやかってフシルという名前はありふれた名前になった。けど、王家のフシルと名乗れる青年は『選ばれた者』のみとされているらしい。
男で、そしてフシルの名を名乗る者こそ、選ばれし者なんだってさ?
女で名乗ってはいけないというルールはない。正直、今まで例こそなかったけど、市井でもフシルを名乗っている女性は少なからずいる。
そして、私もその一人だ。
フシル・テレーザ・ガルシエラ。それが私の名前。
ガルシエラ。そう、王家の名前。
それもそのはずで、私は実際、王様の血をひいちゃったりしているわけで。でも、母親は正妃ではない。ましてや、その側妃でもなんでもないわけで、単なる侍女だった。
洗濯を任された洗濯女が、ある日王様に目をつけられて恋に落ちたけど、貴族でも何でもなかったからって理由で王様と仲を引き裂かれて、正妃と王様は結婚した。
でも、すでに母の胎内に私がいて、即座に認知した王様だけど、まあ、正妃と側妃からの圧力はすさまじいもので、母親は結局、私を生んだ後、いなくなっちゃったというわけ。
で、王宮に残された私は議会からの反対もあって、王家を名乗ることは許されず、名を名乗る必要がない侍女の一人として生活することになったわけですよ。
でも、母親が去る前に、王様と一緒に考えた特別な名前を付けようということで、フシルと名付けたらしい。
そして、今。私は二歳ほど下の妹であり、正妃の第二子である姫殿下のお世話係兼専属侍女として暮らしている。
☆
「テレーザ、今日が何の日か知っている?」
フシルの主であるセイラ姫が市井の少年みたいなパンツスタイルの格好で楽しそうにニヤニヤと笑いながらそう言った。
(こういう顔をしているときは、何か企んでいる顔なのよね)
フシルは小さくため息を漏らし、セイラ姫の髪の毛を結わえながら言った。
「剣夜祭ですよね」
「そう! 魔王を倒してくれる聖剣の勇者を探すお祭り!」
別に、今、魔王がいるわけではない。ただ、魔王ではないにせよ、人々の脅威を退けるシンボルとして勇者は必要とされていたのだ。
そして、剣を抜かなくとも王様に認められれば勇者にはなれるのだが、剣を抜いた勇者のほうが拍が付く。
ちなみに、勇者に選ばれる方法はギルドランクがSSS以上で、尚且つ文武両道の者に限る……とか。
でも、最近は冒険者が勇者を勝手に名乗っているというほうが多いが、その冒険者たちは単に見目麗しくて多少強い……程度のものだったりする。そういうのは単にギルドの株を上げるための看板扱いだ。
そういう人々よりギルドマスターのほうが強いなんてことも結構あるため、社会問題になりつつあるレベルである。
「テレーザも剣を抜くイベント、参加しない?」
そのイベントは抜けないねと笑いあうイベントで、単にお祭りのひとつとして人々に認知されている。そして、王家の人間としてのんきに外へ出歩けない現在、この祭りは城から出ることを自由に許される数少ないイベントの一つで、セイラ姫のように変装すればおつきの人間と一緒に、だが、自由に歩き回ることを許されるのだ。
まあ、王様は変装しないのだが。
フシルは侍女なので特に城を抜け出す規制もない。それゆえに彼女はのんきに出歩いていることもしばしのことだ。
それに比べたら、自由の少ない王族ではなくてよかったと安堵してしまうフシルである。
「行きます、もちろん」
そう答えると、「よっしゃ、決まりね!」と嬉しそうに笑うセイラ姫の姿。彼女の口角が思わず緩んでしまう。
「姫、大人しくしていてくださいね。せっかく装っているんですから、もっときれいに結ばせてください」
「はーい」
間延びした返事をしていても、きちんと大人しくなる。セイラ姫のお利口な様子に吹き出すのをこらえ、彼女はほほえましいセイラ姫の髪の毛を整えていた。
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