第三十七話「千蛇」

「あら、もう上がってきたの?」


 瓶に詰められた白い液体を片手に、リリィーが出迎える。牛乳か?この世界にいたか?


「イブのことも気になったからな。大丈夫か?」


「ん...... もう問題ない...... 心配かけた......」


「ならよかった」


 まあ、スキルがある以上全く問題は無いんだろうが一応な。


「リリィーは一体なにを飲んでいるんだい?」


「さあ?女将さんから風呂上がりに貰ったのよ。結構いけるわよ」


「よ、よく飲んだね」


「シオン、あなたも飲む?」


 リリィーが手に持つ瓶を掲げチャプチャプ揺らす。


「い、いや、ちょっと遠慮しとこうかな」


「そう、へ?あ!違うの!その関節キスと別に関係なくて!」


 違うぞ、リリィー。本当に関節キスとか関係ない。ただただ、その白い飲み物について不信感持っているだけだ。


 またラブコメが始まったなと横目に見ながら、俺とイブは腰に手を当てミルクを煽る。

 さて何のミルクなんだろうな。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 その日の夜。

 なにやら腕にからみつくヒヤリとした感覚に目が覚めた。


「ん、んあ?なんだぁ?」


 眠気で閉じそうになる瞼を必死に持ち上げる。布団をめくり中を覗くが、いかんせん暗くてよく見えない。


 動いてる?もしかして生き物?


 そこまで気づいた時、そのナニかが俺の腕をペロリと舐めた。


「うおっ!?」


 布団から跳ね起き、《暗視》を発動させながら辺りを見ます。しかし、次の瞬間にはその行動を後悔する事になった。

 部屋の中を埋め尽くさんばかりの蛇、蛇、蛇!


「クソッ、どうなってやがる」


「たぶんこれはメルキドの蛇かな」


 何気なくついた悪態だったんだが、何故か返事があった。


「ッ、シオン起きてたのか」


「まあね。君よりもだいぶ前から起きてたよ」


「なら起こせよ!」


「いやー、君がどのくらいで気づくのか気になって」


 シオンはだいぶ前から起きてたってことは、ずっとこの状態だったのか。なんで気づかねーんだ俺は。ノンレム睡眠最高!


「ちょっと待て。メルキドの蛇って言ったか? なんでだよ和解出来たんじゃ無かったのか?」


「んー、どうなんだろ。この蛇たちも襲ってきてるくるわけじゃないし、敵対してる訳じゃ無さそうだけど」


 確かに蛇たちは、俺たちの周りをグルグル這い回っているだけだ。だが間違いなく標的にはされている。いつ襲い掛かられてもおかしくない。

 今も廊下へ続く戸の隙間から、どんどんこの部屋に入って来ている。蛇がこの部屋を埋め尽くすのは時間の問題だろう。


「まあ、本人に聞くのが一番だよ。丁度そこの廊下にいるみたいだしね」


 そう言いながらシオンは蛇を飛び越え、戸を開ける。

 俺も踏みつぶさないように気をつけながらシオンの後に続いた。

 くそ、俺もいい加減索敵できるスキルが欲しい。




 暗がりの廊下に、蹲る人影が一つ。荒い息を吐くメルキドが苦しそうに廊下で野垂れている。この深夜に一人ポツリと廊下にいるというだけで、それはもう異常事態だというのに......。

 厄介な匂いがプンプンする。

 

「おーい、大丈夫かーい?って大丈夫じゃないね」


 垂れ下がる髪の毛が次々と蛇へ変わり這い寄ってくる。


「......っだ......さい」


「え?」


「逃げて......くだ......さい。久しぶりの暴走で抑え切れそうにありません」


 メルキドがそう発した瞬間には周りの蛇たちは、既に飛び掛かってきている。


「おっと」


「いや、そんな気はしてたけどよ!」


 シオンがのけ反り、バク転へとつなげ四方八方から襲い掛かる蛇をきれいに躱す。


(スキル《立体起動》《精密動作》を発動しました)


 俺もスキルに物を言わせ、驚異的な身体能力で猛攻の隙間を縫う。壁をけり、天井を伝い、空中でシオンを足場した三次元の動きに蛇たち付いて来れていない。


「ちょっと!? 人を足場にするのはさすがに無いんじゃないかな!?」


 とか言いつつ、バランスを崩すこともなく着地し次の回避行動へ移っているところさすがというべきだろう。

 廊下という狭い通路の中、二人は縦横無尽に動き回る。


「暴走って言ってたよね。なら止めてあげるべきかな」


「どうすんだこれ。この蛇って傷つけて大丈夫だなのか?」


「怪しいね。魔族の生態はよく知らないけど、もともと彼女の髪だったものだ。神経が繋がっていても何ら不思議じゃないよ」


「じゃあ、積みじゃねーか」


 こうして話している間にも蛇は際限無く増え続けている。しかも発生源はメルキドだ。近づこうと思えば、当然蛇の数が増える。傷つけずにというのは難しいだろう。


「リリィーかイブがいれば良かったんだけどね。ユウキ、スキルでどうにか出来ないかい?」


「出来たら既にやってるっての。意識を刈り取るとしたら、俺もお前と同じで拳なんだよ」


 俺のスキルは強力だが雑なものが多い。メルキドだけピンポイントに狙うのは無理がある。スキルの組み合わせで何かできるかもしれないが、今のところ妙案は思い浮かばない。

 最悪、建物の倒壊覚悟で万有引力使うしかないだろう。


「それなら、後ろに転移して拳で」


「いいのか?俺の拳っていうと本当にグーだぞ。お前が手刀でやってくれよ。こうきれいにシュバっと」


「僕に転移系の能力はないってば」


「じゃあ、二人仲良く手を繋いでランデブーでもするか?」


「らんでぶーが何かは知らないけど、それしかなさそうだね」


 転移の準備のためシオンと手を繋ぎながら蛇の飛びつきを躱す。俺の転移する位置と、シオンの手刀を打つ位置を、かみ合わせなければならない。なかなかにシビアだ。


「よし、せーのでいくぞ! せ―― ん?」


「ニャア!」


 《瞬間移動》を発動させようとした瞬間、可愛らしい掛け声が横合いから割って入ってくる。


 握った得物は随分と細い。

 レイピア?エストック? いやあのレベルではもう武器ではなくただの針だ。

 まあ、長さが30センチメートルということと、その針が今まさに半分近くメルキドの首に刺さっていなければの話だが。


 あっけに取られて声が出ない。

 え?それ大丈夫なの?見るからに致命傷なんだけど。


「せいニャ!っと」


 アーニャが針を引き抜くと、メルキドはだらり脱力し気を失う。しかし、引き抜いた針に血は一滴もついておらず、メルキドの首からも出血する気配はない。


「やっぱりここにいたニャ。起きたら居なくなってて、こっちから物音がするから焦ったのニャ」


「大丈夫なのか?」


「これが初めてじゃないのニャ。本人の持病みたいなものだから、詳しいことは明日にでも本人から聞いてほしいニャ」


 大丈夫なのか?という問いは、針が思いっきりぶっ刺さってましたけど、という意味も込めていたのだが通じなかったようだ。


 すごいな。今のはもしかして点穴か?

 経穴を衝いて、経脈を遮断する技法。血を一滴も流させないなんて驚くべき技量だ。

 それにあの蛇の大群を潜り込むとは、どんな隠密能力だ。シオンも途中まで気づいてないようだったし。




「ふわぁ、何してるのよあんた達」


「何があったの......?」


 アーニャに気を取られていると今度は背後から声を掛けられる。

 寝間着姿のリリィーとイブが眠そうにしながら問うてきた。

 一応騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれたみたいだが、ちょっと遅い。


「えっと、らんでぶー?」


 シオンの放った言葉に、イブが信じられない!?といった表情で俺を見てくる。


「ま、まってくれ!イブ! 誤解だ!あれはその場のノリというか!」


 出会って一番の表情変化だったかもしれない。目を見開き驚く表情に、そこまで目あけられたのかと驚かされた。


「おい、シオンお前からもなんか言え!」


「いや、僕それがなんの意味かしらないし」


 シオンは自分の責任じゃないと、ブンブン首を振る。




「で、結局何があったのよ」


 リリィーのあきれた声がなんの痕跡も無くなった廊下に零れ落ちた。先程まであった蛇達の姿はもう何処にも無かった。

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