第三十四話「仲間」
「むー......」
脱衣所で自身の身体をバスタオルに身を包むイブは、しかめっ面でリリィーと対面していた。
「ちょ、ちょっとイブ、あんまりジロジロ見られても困るのだけど」
戸惑うリリィーを見上げ睨みつけるその先には、顔を覆わんばかりの双丘が揺れている。
まあ、ようは『#デカァァァァァいッ説明不要!!』である。魔王様のあれは間違いなく魔王扱だった。
今はちょうどイブが自分のものと見比べて唸っていたところである。
「リリィー、世の中は不公平だと思いませんか......?」
「だ、大丈夫よ!イブの身体ならまだまだ成長期だし、希望ならあるわ!」
「邪龍を封印してはや八百年、成長したかな......?」
「......」
リリィーの励ましも虚しく、イブは死んだような目で天を仰ぐ。
ポジティブシンキングなリリィーでさえも、あまりに未来の無い絶望的な話に、これ以上のフォローは出来なかった。
リリィーは言葉の代わりにそっとイブの事を抱きしめる。
「メルキド、もう入ってるにゃ? って、にゃ!?」
そこへ聞き慣れない声が聞こえてくる。声の主は二人が抱き合っているのを見つけ素っ頓狂な声をあげた。
いくら女の子同士だからとは言え、こんな公共の場ではそりゃ不味いだろう。この時間で人が来ることはないと高を括っていたせいだ。
「へ?や!これには深い事情があって!あれ?」
リリィーが慌てて弁明するが、そこではたと気づく。
「え、もしかして魔王様にゃ?」
そこにいたのはリリィーにとっては顔見知りの人物だった。
「ア、アーニャ?」
お互いにこんなところで出会うと思っていなかったのだろう。なんと声を掛けていいのか分からず、妙な静寂が生まれる。
しかし、空気を読まない。それが我らがイブさんだ。
二人の様子など全く気にせず、イブはアーニャと呼ばれる猫型の魔族に向けて指をビシッと突きつける。そして、珍しく感情の乗った、嬉しそうな声をあげた。
「仲間......!」
「どこ指差して言ってるニャ!」
イブの指先が彼女の胸部を指していたのは言うまでもない。
「それで魔王様はどうしてここにいるニャ?」
温泉に繋がる扉を開けながら、アーニャは素朴な疑問を口にする。
「息抜きというか、観光みたいなものよ。私の新しくできた仲間の為にもね」
そう言いながらリリィーはイブの頭を撫でる。イブはそれに為されるがままだ。
「そうそう気になってたニャ。仲間なんてできたニャ?でも初対面であんな失礼なこと言うなんて、どうかしてるニャ!メルキドと合流したらしっかり自己紹介してもらうからニャ!」
「その声アーニャですか?」
アーニャの憤慨する声につられ、エメラルド色の長髪を揺らす女性が湯気の中から現れる。
整った顔立ちやスタイルの良さはリリィーにも負けていない。誰が見ても美人だと声を揃えるそんな人物だ。
こちらの事がまだ見えていないのか、細めた目からは、透き通った瞳が探るように漂っている。
その後、目の前の情景を捉えると、彼女はその紫紺の瞳を揺らした。
「ま、魔王様!?」
「久しぶりね。メルキド」
驚くメルキドとは裏腹にリリィーは軽い調子で答える。
「お久しぶりです。本日はどうしてこちらに?」
困惑しながらも、アーニャの時と同じように質問を重ねるメルキド。その質問に、自分は教えて貰ったからと、リリィーの代わりにアーニャが答える。
「新しい仲間に魔国を案内するらしいニャ」
「仲間ができたんですか?」
「ええ、ここにいるイブと後男が二人いるわ」
男が二人と言った瞬間にメルキドの表情が微笑みのまま固まる。
「あー、ならもう来てるのかも知れないニャ。男はこういう時早いニャ」
「えっと、アーニャ?ここ女湯だし入ってることは無いと思うわよ?あの二人覗きとかし無さそうだし」
「? あれ?もしかして魔王様知らないニャ?ここは混浴ニャ」
「へ?」
頭が追いついていないのか、リリィーは目パチクリしながらアーニャと見つめ合う。
しかし、その間もメルキドの表情は先程から一切変わっていない。
「......男性の方が二人ですか。ちなみにどんな見た目なんでしょうか?」
「黒髪黒目の珍しいタイプと、もう一人は金髪で背が低めの人ね」
「へ、へー(棒)」
あからさまに狼狽えだすメルキド。スーッと目をそらし、顔背ける。誰がどう見ても、何処からどう見ても、メルキドの様子はおかしい。
そらした目線みんなで追ってみる。
が何も無い。
ということは?
逆サイ!
バッと振り向けば、目を守ろうとするような体勢で固まる二人の石像が置かれている。まがいも無くユウキとシオンが石化したものだった。
しかも、二人ともまっ裸である。見えてはいけないものまで見えていた。
リリィーの甲高い悲鳴が空に消えていく。
そして、イブは二人の石像を交互に見比べた後、ユウキにサムズアップしてこう言う。
「ファイト......!」
あまりにシュールな光景がそこには広がっていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
バシンッの両手をつき、受付のデスクに身を乗り出しながら、リリィーは女将へ詰め寄る。
「ちょ、ちょっと、混浴ってどういうことよ!?」
「そりゃぁ、あんた、今魔族の間じゃ混浴が流行っとるからのぉ」
「だからって、なんで混浴しかないのよ!?」
「うるさいねぇ。魔族のくせにそんなこと気にするのかえ?人間のオスメスでもあるまいにぃ」
「魔族にだって男、女での羞恥心くらいあるわよ!」
「昔は男湯、湯用、混浴と三種類あったんだけどねぇ。混浴が出来てから通常の利用が一気に減ってぇ、取り壊したのさぁ。特に男湯はダァレも入らなくなっちまったねぇ」
「魔族だって下心満載じゃない!!」
朦朧とする意識の中、遠くから二人の言い合いが微かに聞こえくる。
ピシリと何かに亀裂が走る音と共に、脳内にいつものアナウンスが流れた。
(スキル《石化耐性》を獲得しました)
走る亀裂が加速し、次から次へと身体を覆っていた石が溢れ落ちていく。
それと同時に、同じく石化していたシオンの体にも変化が起きていた。灰色の肌が、徐々に元の肌色へ変色していく。
ものの数秒で俺たちはいつもの動ける肉体になった。
「そ、そんな、なんで!?」
メデューサのお姉さんが驚愕の表情で俺とシオンを交互に見る。自分の石化が勝手に溶けてまった事に相当驚いているらしい。
「うーん、なんか一気に肩がこった気がする」
肩をぐるぐる回しながらシオンが苦笑する。
「あー、分かる。というかシオン、何でお前まで抜け出せてるんだよ」
「なんだか分からないけど、肉体が適応したみたいだね」
肉体が適応って......。スキルじゃないんだろうな。相変わらず変態的な肉体をしている。
あ、おい、そういう意味じゃないから。
「ん?俺たちって服着てたか?」
「私が着せた......」
「おー、そうか。ありがとな」
危なかった。あのままじゃただの公然わいせつだ。世間一般じゃ問題である。
イブの配慮に感謝だな。いやー、助かったぜ。
......まてよ? え、なに?それはつまり、どういうこと? とどのつまりどういうこと?着せられた? イブに?
それ大問題じゃね?
一体自分の身に何が起きたのも分からず、困惑に困惑を重ね堂々巡りしていると、そんな思考も遮る程の声がロビーに響いた。
「いえいえ、二人とも可笑しいですわ!なんで石化が解けるんですの!?」
「うわ、メルキドの石化を解いたの魔王様以外で初めてみたニャ」
目の前にいる二人の女性が、若干こちらを警戒しながら臨戦態勢を取っている。
「え、だれ?」
メデューサのお姉さん、メルキドというらしい。その人がいるのは、まあ分かる。俺たちを石化した張本人だからな。
しかし、この猫耳の魔族は誰なんだろうか。リリィーの知り合いみたいではあるが。
リリィーとイブに問いかけの視線を向けるが応えてくれる気配はない。
「あ、自己紹介まだだったニャ。私は【四天王】アーニャ、よろしくニャ」
「私は【四天王】メルキドと申します。先程の無礼、誠に申し訳ありません」
どうしたもんかと困っていると、アーニャという猫娘が元気よく自己紹介してくれた。メデューサのお姉さんもそれに倣い、謝罪ともに挨拶をしてくれる。
「いや、こちらこそごめんよ。これは僕らの不注意で招いたことでもあるからね」
「四天王か、ということはボルガーと一緒か」
「あら、ボルガーさんとは既に顔見知りですの?」
「ああ、まあちょっとな」
どこまで話していいのかわからないので、適当な言葉でお茶を濁しておく。あまり突っ込んだ話をするもの不味いと思ったのだろう。リリィーが助け船を出してくれた。
「そういえば二人はどうしてここにいるのかしら。珍しいわね、あなた達が魔国に帰ってきているなんて」
「魔王様、もしかして忘れてたニャ?そろそろ葱の月が終わるから、初代魔王様のお城を掃除しなきゃないニャ」
「詳しい日にちまで決めていないので分かりませんが、ボルガーさんも近いうちに来ると思いますわ」
「あー、そういえばもうそんな時期ね」
なるほど。ボルガーの用事というはこれの事だったか。
やっぱり途中で広いながら来るべきだったよな。せっかく温泉宿のチケットをくれたというのに、先に出たはずのボルガーを転移で置いてけぼりにしまった。
どうせなら一声掛けてくれれば良かったんだが、ボルガーも俺たちがこんなに早く魔国行きを決めるとは思ってなかったんだろうな。
「えっと、これからどうしようか。今から改めて温泉に入るのも何か違うよね」
シオンが苦笑しながらこれから予定について相談してくる。
そうだな。確かに今更入る気にはならない。となれば!
「せっかく案内人が増えたんだ。街中にでもブラブラしに行って親睦でも深めよう」
俺の提案に、各々の賛成する声が上がる。バラバラすぎて少々笑ってしまった。個性が強すぎるんだよな。
なんだか悩みとも言えない悩み出来つつあるかも知れない。
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