第三十一話「気分転換」

 エノラとシルフィアさんを無事家に送り届けたその翌日。俺たちは朝っぱらから、熊鍋を用いて、ちょっとしたお祭りを街で開いていた。

 街中に作られた広場の中央に、パーティー用のどでかい鍋を置いて、みんなで囲んでいる。


 この鍋は城で埃を被っていたものを引っ張り出して来たものだ。

 こんな鍋、一人では絶対に使うことは無いだろうが、リリィーは何を想定してこんな物を取っていたのか。




「シルフィアおばちゃん、お代わりなの」


「はいはい、このくらいでいいかしら?」


「おばちゃん僕も!」


「私もー」


 熊鍋をよそうシルフィアさんに、エノラや他の子どもたちがお椀をもって集まって来る。

 このイベントにはシルフィアさんとエノラを初めとした街の住人が、多く参加していた。


 昨日の二人が失踪した件について、俺たちは森の中で迷子なったと住民に説明している。

 結界の信頼性や二人がいつもの生活にもどるには、このような説明しか出来なかったのだ。


 森に入った理由や詳細の説明はしておらず、大分無理がある内容ではあったが、二人が無事だった事もあり一先ずは納得して貰えている。



 後は本人たちの心の問題だろう。シルフィアさんは昨日家に帰ったあとも、やはり相当動揺しているようだった。エノラは元気そうに見えるが内心は分からない。

 しばらくは二人の時間が大切になってくるだろう。


 俺はひとつ大きな欠伸を咬み殺す。





「二人とも取って来てあげたわよー」


 広場の中心から離れて座っていた俺とイブの元へ、リリィーとシオンがやってくる。

 二人は両手に並々と注がれたお椀を持っており、ちょっとの振動で今にも溢れてしまいそうだ。


 欲張りすぎだろ。しかもあいつらときたら何を思ったのか、ジャンプの一っ飛びでこちらへ向かってくる。本当にわけわからん。

 いや、まあ何をしたいかは分かる。大して広くもないこの広場で移動するには、人混みを掻き分けなければならない。なら上を飛び越えればと思うのも、まあ分かる。

 でもな、常識ってあると思うんだ。そう常識人の俺は思うわけですよ。



 シオンとリリィーは並外れた身体能力で、中身を一切溢さずに着地する。


 二人が住民の頭上を飛び越えて来たことで広場にどよめきが広がった。だがそれも一瞬の事で、「おー」という感嘆の声を漏らした後は、各々普通に熊鍋を食し始める。


 慣れって怖いな。一ヶ月もすれば大抵の事では驚かなくなるようだ。


「お前らもうちょっと周りに合わせよう。な? だからぼっちになるんだぞ?」


「? 何の話よ。ていうかぼっちなのはあんたも同じでしょうが」


 今までそんなぼっち要素を見せてきたつもりは無いのだが、雰囲気から同じ匂いがすると言われる。

 え? 俺そんな感じなの? 解せぬ。




 俺とイブは、取り敢えずお礼を言いながら熊鍋を受け取った。


 座る場所はないので、街のみんなには、立食会のような形で好きにして貰っている。それはシオンとリリィも同じだ。

 俺とイブだけが広場に置かれた、たった一つのベンチを占領している。


 早い者勝ちだ。誰にも文句言わせねー。というか俺とイブが倒したものなので、このぐらい待遇は許されるはずだ。

 というわけで遠慮なく寛がせてもらっている。


 もともとこの広場は、住人の交流場として作られていたのだが、ようやく陽の目を見る事が出来たようだ。本当はもっと日常的に活用してもらいたいんだが、やはりいろんな種族が集まっているとそうもいかないらしい。

 今回の鍋パを機に仲良くなってほしいもんだ。


「うん、これは美味しいね。癖のある味だけど次が欲しくなるよ」


「ええ、中々悪くないわ」


 熊鍋は初めて食べる二人にも好評だった。街の人たちも、殆どの人が初めてだったようだが中々悪くない反応のようだ。




「そういば昨日の件、やけにイブもリリィーも積極的だったな。何か思うところでもあったのか?」


 しばらく黙々と食べた後、余った汁を啜りがら、気になっていた事を聞いてみる。


 放任主義と思っていたイブが真っ先に動いたり、魔族のリリィーがシルフィアさんに対してあそこまで真摯に向き合ったり。明らかに昨日の二人の行動は普段と比べておかしかった。


「分からない...... 気づいたら体が動いてた......」


 イブは考え込むように下を俯く。続く言葉はなく、自分でも困惑しているようだ。


「......私は昔の自分と重ねていたわ」


「昔の自分?」


 リリィーは誰とも目を合わせずどこか遠くを見つめている。


「みんな食べ終わったらついてきて貰っていいかしら。話したい事があるわ」


 話したい事か。きっとシオンの時と同じようにまた重たい過去の話でもされるのだろう。


 ああ、全く胃が重たい。この熊汁の脂っこさなんて比じゃないくらいだ。


 それでも......

 本人が聞いて欲しいと言うのであれば、聞いてやろう。

 俺たちのこの関係は、きっといつまでも続くものじゃないから。







 リリィに連れられ、街を見渡せる崖上のような場所に案内される。

 地平線には建造物も無ければ、草木すら見当たらない。ただひたすらに赤褐色の土が続くだけだ。


「私、人をいっぱい殺したのよ。人って言うのは人間だけじゃないわ。獣人やドワーフにエルフ、そして魔族も」


 着いたと思いきや、リリィーが唐突にポツリポツリと話し始めた。


「......珍しい話じゃないよ。僕だって勇者になってからはいっぱい人を殺してきた」


「ええ、殺しが悪いことだとは思わないわ。だって世の中には悪い人だっているもの。でも幼い頃の私は、殺せと言われればそれだけで殺してきた」


 俺たちの方は振り返らず、地平線を見つめたままリリィーは続ける。


「そこに殺そうなんて意思も無く、ただそういう作業だと、本気でそう思っていたの。周りがみんな褒めてくれたから」


 リリィの話はどれも曖昧なものばかりで具体的に誰を殺したのか。どんな風に殺したかなんて事は分からない。

 言われても俺たちにはとっては知らない人だろうし、きっと伝わらないのだろう。


 だからこれは、本当にただの独白だった。リリィーが今まで誰にも明かせなかった罪の意識を、俺たちが代理で聞いているに過ぎない。


「物心ついてからも自分の行動が異常だと気づくにはそれなりにかかったわ。気づいてからゾッとしたわよ。人の命がどれだけ重いか、何故それに気付けなかったのか、今の自分じゃ理解出来ないわ」


 手持ち無沙汰になったのかリリィーが左右の手に、それぞれ火の玉と水の玉を作る。二つをぶつけると、どちらからとも無く霧散し水蒸気が生まれた。そこへ砂を混ぜると今度は泥だんごのようなものが出来上がる。


「魔法は何でもできるって言ったけどあれは嘘」


 出来上がった泥だんごが加熱され、水気が飛ぶ。カラカラになったそれが竜巻で覆われると、次に姿を見せたのは四つの簡素な指輪だった。


「死ぬ気で勉強したわ。おかげで魔法に関しての知識は完璧と言っていい程身についた」


 今のは俺でも知っている。全て魔法書に載っていた初級魔法によるものだ。

 けれどわかる。その練度は初級魔法の域を遥かに超えている。一体どれほどの努力と才能が必要だったのだろう。


「魔法でも死者蘇生をすることは出来なかった」


 鼻をすする音が聞こえる。


「今でも縋ってしまうの魔法なら何とかなるんじゃないかって」


 そこでリリィーはようやくこちらを振り返った。


「こんな私と、これからも一緒いてくれるのかしら」


 リリィーから三つの小さな指輪が投げられる。


 その顔はどこか寂しそうで、不安そうな表情が浮かんでいた。

 いつの間に出したのか、鋭利な角と揺らめく尻尾が、まるでみんなとは違う存在なのだと訴えかけてくるようだ。



 それを見た俺は、助走をつけ、





 取り敢えずライダーキックでリリィーを崖から蹴り飛ばした。


「キャーーー!!って!何すんのよ!!!」


 リリィーは翼を広げなんとか空中で静止する。

 割とガチで蹴り込んだのだが、強いなあいつ。


「話が長い!のくせにふわっとしてやがる。やる気あんのか!」


「わ、私だってこれでも勇気をもって――」


「うるせー!何が勇気だ魔王の癖に!今更そんなことで嫌うとでも思ってんのか!魔王なら世界征服でもしてから出直してこい!!」


 俺の言葉にシオンとイブが、うんうんと頷く。

 リリィーは顔を真っ赤にして涙目だ。


 空中に所在なさげに漂うリリィーに、仕方ないので俺たちから迎えにいく。俺は万有引力で、イブは以前の真っ白な翼で、そしてシオンも舞空術よろしく空中を滑る。

 いや、お前飛べたのかよ。原理不明だし。


「気負いすぎはよくない......」


「そうだね。リリィーにみんなも何か気分転換しないかい?」


 いい考えだ。しかし、気分転換できるものなんて何かあっただろうか。


「見てよこれ」


 シオンがポケットから四枚のチケットのようなものを取りだす。


「それって魔国で有名な温泉宿のものじゃない。どうしたのよそれ」


「うん、ボルガーからもらったんだ。彼は早朝から用があったらしく、もう向かっているんだけど、良かったら使ってほしいって」


「そりゃ良い。今度はゆっくり長旅でも楽しもう」


 何も無い地平線に向け俺たちは滑空する。


「いいの? 魔国よ? その意味わかってるわけ?」


「それこそ今更じゃないかい? この中のどこに人間がいるって言うんだい?」


「はっ、言えてるな」


 シオンの皮肉に俺は鼻で笑い飛ばした。

 俺たちの小指には、リリィーの魔法で作られた小さな指輪が既につけられている。

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