第二十三話「白猫」
いつものように一瞬にして景色が切り替わる。俺は帝国から少し離れた草原に転移した。
目を凝らすと、遠目だが関所の前に数台の馬車が並んでいるのが見える。今日は比較的すいている。それほど時間を取られることはなさそうだ。
最後尾に並び空に浮かぶ雲を数えながら、自分の番を待つ。
よく考えたら行列に並ぶなんてこと、前の世界では無かったな。高校生になって引きこもってから、ほとんど外に出なくてなったし、なんかちょっと新鮮だ。
検問を終え、無事に街中に入り込む。
といっても身分証明なるものはこの世界にはない。
街を行き来する商人や、ギルドのクエストで出入りする冒険者も簡単な荷物チェックを受けるだけ。ザル警備にも程があるが、ようは門番が街を守っているという構図が欲しいのだろう。それだけで民は安心して暮らせるというものだ。
今の俺にとってはありがたい。こちとら完全な部外者だからな。身分証明なんて出来っこない。
そんなことを考えていると、見覚えのある白い人影が視界の端に映り込んだ。
ん? 今のは?
「ようこそ始まりの街へ......」
気怠げな声とは裏腹に不思議と耳に届く。ふと顔を向ければ、白いドレスをはためかせながら手を広げる少女がいた。ちょっとドヤ顔してる。なんのドヤ顔だ。
「なんでいる! てかここは始まりの街じゃねー!」
始まりの街にしては大きすぎる。一応ここはこの世界で一番大きい国なのだから。
「ついて来ちゃった......てへ......」
そういって無表情に華麗なポーズを決めるのはもちろんイブだ。
「いや、シオンとリリィーはどうしたんだよ」
「置いてきた......」
「置いてきたって、おい」
「最近二人きりの時間が無かったので......」
まあ、俺たちは基本的に四人で行動してるしな。こういう機会はなかなかないが、
「いや、いつも夜だいたい二人きりだろ」
「ユウキ、それはセクハラ......」
「お前が俺の部屋にきてんだろーが!何もしてねーし!」
つーか俺も馬鹿だ。普通に街中に転移すればいいじゃないか。なんで律儀に検問通ってんだ。
「はぁ、まあいい。取り敢えず行くぞ。いつまでもここに居たら邪魔になる」
街に入って数歩と進んでいない。先程から街を出入りする人の視線が突き刺さってくる。後ろのおっさんの咳払いがうるさい。
いや、ただむせてるだけだったわ。
「まずは、『
「ん......」
短い返事と共にイブ隣を付いてくる。
心なしかいつもより距離が近いのは気のせいだろうか。なら、俺のこの可笑しなテンションも、纏めて気のせいだという事にしておこう。
別にちょっと嬉しいなんて思ってなんか無い。無いったら無いのだ。
「それでまた追加の資材か」
シオンと顔見しりの彼は帝国に敵対している裏の組織。通称『
いいやつから国に殺さて行く現状に皮肉をこめてつけた名前だそうだ。彼らは裏の組織なんて呼ばれているが悪党というわけではない。
表では帝国一番の商会として有名で、この街の商業が回っているの彼等の頑張りが大きいだろう。もちろんその裏ではおいそれと口には出来ないものもある。殺しに薬物の取引と人道外した行為に及んでいる事は間違いない。しかし、それもしっかりとした理由があっての事らしい。
正直詳しい事は何も聞いていないし、怪しさ満点で信用なんてしていないのだが、シオンが大丈夫だというので大丈夫なんだろう。自分のことを信じてくれたのにこちらが信じられないなんて虫が良すぎる話だ。
「最近な、どうにも帝国の暗部が怪しい動きを見せているらしい」
「ほう?」
あまりに唐突な話に気の抜けた声だけが出た。
知ってる程で話されたが暗部なんてもんがあるのか。いや、あるか。ファワンタジーだしな。
「怪しい動きってのは?」
「新しい国なんてものが作られ始めているという突拍子もない話の真偽調査。それからテンセイシャや神と自称するやつらのが一体何者なのか。敵なのか味方なのかなんてな?」
こちらを見て目を細める彼は、パイプを口から離しニヤリと笑う。
「お前さん達はどう思う?」
「さてな?誰にとってなのかによって変わるもんじゃないか?」
「言えてるな」
「ほら、ここの倉庫から自由に持っていけ。代金は後で纏めてお前らの国に請求してやる」
「ああ、助かる」
案内された倉庫に足を踏み入れ使いそうな物を片っ端から入れていく。前回ので足りなかったくらいだし、思い切って3倍くらいもっていくか。
イブに手伝ってもらいながら亜空間に放り込む作業をしていると、こちらをじっと見つめる視線に気づく。
「何度もいってるが俺は運送屋にはならないぞ」
初めて亜空間を見せた時から既に何度かこのやりとりはしている。確かに《亜空間》と瞬間移動》を合わせた運搬方法はこの世界にとって、いや元の世界であっても劇的な変化をもたらすのだろう。喉から手が出るほど欲しいというのもわかる。白金貨を積まれたくらいだ。
が、あいにく安定した生活など求めてはいないのだ。いくら金を積まれてもなびくことは無いだろう。今の刺激的な毎日の方がよっぽど楽しいからな。
「わかってらぁ、そんな便利もん見せられたら誰だって見ちまうんだよ。自慢はいいから用が済んだらさっさと行きやがれ!」
「そんじゃ請求は後でしといてくれ、またな」
「バイバイ......」
こちらに軽い調子で手を振ると、二人は一瞬にしてその場から消え去った。
初めてのことではないのでもう驚きはしない。しかしその代わりに、深い深いため息が零れ落ちた。
まるで天災だ。突然現れ突然消える。残るものは被害だけ。
「まあ、その被害が俺の気苦労だけですんでるうちは可愛いもんだな」
鼻で笑ってみるがどこか口元が引きつってしまうのがやめられない。
「あいつら、絶対何かやらかすだろ」
もはや決めつけだった。「だろう」という予測では無い。
齢四十を超えの世の理不尽、ズルはあらかた経験し知ったつもりでいた。なんなら自分が知らしめる側になる事もあった。
「......仕事するか」
帝国にある裏の組織のリーダー、「グレイ・マグニス」
この世界にも社畜というものはあるらしい。
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