第二章『それは、確かな歴史』

第二十一話「訓練」

(スキル《見切り》を発動しました)


 およそ人とは思えない速度で振るわれた剣先が、ユウキの頬をかすめていく。ほんの少し触れただけで勢いよく血が噴き出したが、常に発動させている《再生》があるので問題ない。


 あえてギリギリで躱したことによってできた時間を使い反撃に転じる。二本の短剣は急所を狙うように放たれ、一切の油断許さない本気の攻撃だ。

 しかし、接近戦ではまだまだ実力の差があるのか、手数では短剣であるユウキに分があるはずだが、シオンは避けるか剣で弾くかで軽々と対処していく。



 暫く、拮抗した剣戟が繰り広げられるが、


(スキル《加速》《怪力》を発動しました)


 スキルにものを言わせ唐突な緩急を生み出し、シオンの意表をついた。

 強烈な斬りあげをくらい、握っていた長剣をはじかれ手放してしまう。


 だがシオンに焦りの表情はない。それはシオンが自分で手を放したからだ。隙とみて踏み込んだユウキのがら空きになった腹に正拳が突き刺さる。


「ぐはっ」


 ユウキは吹き飛ばされ、シオンもそれを追っていく。

 流れる景色とともに何度かバウンドするも何とか地面に手を付き、バク転の要領で体勢を立て直そうとする。

 しかし、追いついたシオンが着地する瞬間を狙って水平切りを放ってきた。


(スキル《万有引力》を発動しました)


 慌てて万有引力を発動し空中にピタリと制止する。

 シオンの攻撃は空を切るが、すぐに切り返し2撃目が放たれた。


(スキル《精密動作》《衝撃吸収》《拘束》を発動しました)


 それをブーツのスパイクを剣筋に合わせ受け止める。そのまま剣を足場にして後ろに跳躍、今度こそ距離をとった。

 先ほどのように追撃されないよう万有引力でシオンを足止めする。重力の負荷によって硬直するが、もうあと何秒もすれば動けるようになるだろう。


(スキル《亜空間》《投擲》を発動しました)


 シオンが動けないうちにユウキは亜空間を自分の周りに展開する

 それはいわば射出口だ。亜空間の黒い渦からはいくつもの短剣が、剣先を覗かせている。

 某キャラクターの戦い方を丸パクリさせてもらった。ただ亜空間は黒いのが特徴なため、神々しさのかけらもないが。


 シオンが力技で重力の拘束範囲から抜け出すと同時にユウキが軽く手を振る。

 すると無数の短剣が勢いよく弾丸のように飛出し、シオンへと襲いかかった。

 しかし、逃げ場など無いように見える弾幕を、シオンはアクロバティックな動きで全て回避してみせる。


「ちっ、ばけもんかよ!」


 ユウキは悪態をつきながらも亜空間を解除し、突撃してくるシオンに迎撃態勢をとる。


 シオンのもつ剣が赤い螺旋状の炎に包まれた。


 《魔剣変換》。シオンの持つスキルで自身のもつ剣を魔剣と化すものだ。一振りすれば内包された魔法が解き放たれ、上級魔法と同等の以上のものが放たれる。


「取り敢えずこれで終わりかな」


 シオンが魔剣を振るう。

 纏っていた炎が放射状に広がり、ユウキを消し炭にしようと迫り来る。吹き荒れる灼熱が陽炎をつくり、広がる真火が周囲一帯を焼き払った。





(スキル《瞬間移動》を発動しました)


「まだだ!」


 炎に呑み込まれる前に転移して、シオンの背後をとる。


「いや終わりだね」


「なっ」


 電流を纏った魔剣がユウキの胸に突き刺さった。迸るスパークが身体を巡り、思うように動けない。


 後ろにとんだはずなのに、こちらを向き突き出された魔剣は、見るからにユウキが転移する事を読んでの行動である。


 そこでようやく気づいた。誘導されたのだ。回避不能の攻撃で瞬間移動を誘発し、隙だらけに見える背後にとんでくるように。

 瞬間移動した直後は続けて転移する事はできない。五秒間のインターバルがあるのだ。そこを狙われたのである。


(スキル《雷電耐性》を獲得しました)


 獲得と同時にすぐさま発動させ、身体の自由を取り戻す。


「保険をかけといてよかったぜ」


「なにを」


 魔剣を突き出すシオンの右腕を両手でしっかりと抑え込み、先程のように《拘束》を発動させる。


 万有引力を使って押さえ込んでいる時とは違い、ほんの僅かな硬直。時間にしてコンマ何秒の世界。

 だがそれでも十分だ。


 シオンの背後から迫りくる一筋の軌跡が、二人の身体を貫いた。軌跡の通過した点から止めどなく血が溢れ出す。


 シオンは何が起きたのかと後ろを振り返った。


「驚いた、まだあったんだ」


 そこにあったのは黒い渦を描く亜空間。

 実は先程の展開していた亜空間を、一つだけ消さずに残しておいたのだ。シオンに気づかれない自身の背中にそっと隠して。


「いやー、やっぱりスキルの制限をなくすと全然違うね」


「くそっ、それでも一撃入れるのがやっとか」


「いやいや、戦闘が全くのド素人だった君が一撃入れれるようになっただけでもすごいことだよ」


「あれからもう1ヶ月だ」


「まだ1ヶ月なんだよ」


 俺が転生してからそれだけの時が経った。今では使えるスキルは四十を超え、苦手だった接近戦も付け焼き刃だがものになりつつある。だというのに、一向にシオンの底が見えてこない。

 自分で言うのもなんだが、俺は相当なチート能力貰ったと思っている。その結果がこれじゃあ焦ると言うものだ。


 シオンが魔剣を通常の状態にもどして、ユウキに突き刺したままだった長剣を引き抜く。

 栓の役割になっていた剣が無くなったことで、再び血が飛びだした。心臓に近かったせいかいつもより大量に出てくる。血が器官に入り掛けて少々むせた。

 もう少し優しく引き抜いてほしいものだな。



「ふう、今日はこのくらいにしようか」


 シオンの終了の合図に、俺は緊張でとめていた息を吐きだす。


 シオンの剥き出しになった筋肉がうごめき、空いた穴が塞がりだした。

 ユウキの身体が白煙を上げながら再生を始める。


 勇者パーティー、魔王パーティーの次はゾンビパーティーか?

 最初の華やかさはどんどん無くなっていくな。


 ユウキは亜空間をだし、万有引力によって地面に突き刺さった大量の短剣を回収していく。

 リデュース、リユース、リサイクル、これ大事。




「お疲れ様......」


 そう言ってタオルを差し出してきたのはイブだ。その隣にはボルガーが一緒に待機している。


 イブからタオルを受け取り、額にうっすらと浮かぶ汗をぬぐった。

 すると、イブは穴の空いた胸に手をかざして回復を手伝ってくれる。本来、数十秒かかるものが、ものの数秒で全回復した。


「ありがとうな」


「ん、どういたしまして...... 前より良くなってる......」


「ああ、まあ、前よりはな」


 訓練の成果にイブが褒めるが、ユウキは曖昧な言葉で濁す。


 中身はどうであれ、見た目上自分より小さい女の子に評されるというのは、なかなかにむず痒い。本来この訓練もあまり見られたくは無いのだ。今日はスキルありでの闘いだったからよかったが、スキル無しでの訓練だった場合、シオンにただただボコされるだけである。

 それはあまりにも格好がつかない。人に努力しているところを見られるのは、なんだか気恥ずかしい。

 それがイブなら尚更だ。




「素晴らしい闘いでした、お二人とも。これからの参考に......は出来ないかも知れませんが、この闘い、しかと目に焼き付けておきます」


 何故ボルガーまでいるのかと言うと、今日はスキルありきの実践ということをうっかり言ってしまい、是非拝見したいとせがまれたのだ。あまりにキラキラした目で、興味津々ですと言われたら流石の俺も断りきれなかった。


「そんな大げさなもんでもないだろ。それより、の方はどうだ?」


「ええ、順調ですよ。最近では争いも少なくなって、作業効率も良くなってきています」




 そう街である。

 シオンが手配した奴隷たちと、リリィーの部下、正確に言うとボルガーの配下たちが合同で作っている。

 勿論最初の頃は色々と問題が起きた。魔族側と人族側、もっと細かく分ければ様々な種族があるが、出会ってすぐ仲良しこよしとはいかない。

 まず起きたのは闘乱だ。奴隷たちが初めてこちらに着いた時、示し合わせたかのように争いを始めた両者を黙らせるために、シオンが小山を一つ吹き飛ばしたのは記憶に新しい。

 あの時の、何が起きたのか理解が追いつかないといった間抜け面は中々に傑作だった。


 実際作ろうとしているのは、独立した一つの国という立場だが、今はまだ国と言える規模ではない。

 まあ、一ヶ月という期間から考えれば十分早い。魔族側の元々高い身体能力は当然、奴隷たちの中には魔法を扱えるものや、数は少ないが獣人がいたおかげだろう。


 残念ながら今のところ俺の知識チート使われていない。悲しいかな、建設に関しての知識は皆無だった。

 物語の主人公たちのように、そう上手くはいかないらしい。



「久々に見に行ってみるか。ここ数日は訓練ばかりだったからな」


「そうだね。でもまずはリリィーのところかな」


「ああ、先に飯だ。ついでにシャワーも浴びたい」


「ん...... お腹減った......」

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