第十八話「勇者の過去Ⅰ」

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 視界を流れる地面の模様を眺めながら、街の大通りをゆるりと進む。その歩みは遅く、他の行き交う人達からは見向きもされない。風景の一部としてしか認識されていないのだ。


 僕はフードを目深に被り直しながら、隣の人物を確認する。そこには僕とほとんど変わらない格好の人がもう一人。フードからはツインテールに結んでいるだろう真っ赤な髪がのぞいている。


『そこ、左』


 僕より小さな身体を持つその人物は、前を向いたまま呟く。周りの人は気づいていない。そのくらいの声の大きさだ。


『わかってる』


 僕も彼女と同じ声量で、彼女にだけ聞こえるように返事をする。


 左前方で三十代くらいの男性が、大きな声で客の呼び込みをしていた。付近には呼び込みによって獲得した客にによって多少の人垣ができている。


 それを改めて確認するなり、僕は左手を伸ばした。


(スキル《窃盗》を発動しました)


 手の先から丸みを帯びたツヤのある感触が伝わってくる。この季節にとれる赤い果物だ。

 コリンと呼ばれていて、水分を多く含み、栄養科もそれなりに高い。高級品って程でもないが、決して安くはない食べ物だ。

 それをいくつか手に取り、懐にしまい込む。慣れ親しんだ動作は、視線を向けずとも意図もたやすく実行された。

 

 昔はよく盗みを見つかり衛兵に追い回されたりしたが、そんな事は遠い過去の話だ。今では笑い話の一つ。手癖が悪くなったものだと自嘲する。



 後ろから、先ほどの男性が未だに客の呼び込みをしている声が聞こえる。僕らが通ったあとで、騒ぎになる気配はない。

 そのまま僕たち二人は、誰に咎められることもなく大通りを通り抜けた。






『はーい、みんなーケンカしないで持っていってね!』


 その一声にわらわらと六人の子どもたちが集まってくる。声を掛けた主は、先ほどまで僕と一緒に大通りをまわっていた彼女だ。

 僕らは盗ってきた果物を懐から取り出し、順番に子ども達に渡したいく。みんな十にも満たない子どもばかりだ。


『わー! コリンだー。ありがとうアリアおねえちゃん!シオンおにいちゃん!』


 一人の少女が満面の笑みでお礼を言う。すると、他の子ども達も少女に続き、次々とお礼を口にした。


『ありがとう』


『ありがとう』


 みんなしっかりとお辞儀をして、貰った果物を大事そうに抱えている。


 僕と隣の彼女は、それを見て子ども達と同じように笑みを返した。


『『どういたしまして』』


 子ども達はそれで満足したのかキャッキャッと騒ぎながら走り去っていく。元気いっぱいなようで何よりだ。




『あっ、今日こそ盗みについて教えようと思ってたのに』


『まあまあ、子どもは遊ぶ事が仕事っていうし』


 もうしばらくは、僕たちが面倒見てあげればいい。いずれ覚えなければならないこととはいえ、盗みを教えるっていうのはあまり気乗りしないからね。


は甘すぎるんだよー!』


 そう言って彼女は、赤髪のツインテール揺らしながら僕の方へ詰め寄ってくる。



 お兄ちゃん。そう、このアリアと呼ばれる彼女は僕の妹だ。


 僕らは生まれ時からスラム街の住人だった。生まれた時から、というのも僕たち二人は、できてしまったという理由だけで産み落とされた子どもだからだ。望まれない子どもとして生まれた僕たちは、捨て子として発見され、とある孤児院で育てられることとなる。

 孤児院の名前はひまわり院。院長はその名にふさわしく笑顔の素敵な笑顔の持ち主で、院のみんなは貧しい生活ながらも明るい生活をおくっていた。


 しかし、数年前に院長が持病で倒れてからは存続が難しくなり、院のみんなはスラム街へと、ばらばらの生活を強いられることとなってしまう。

 院の子どもには、まだ自立出来ない小さな子どもたちもいる。そのため、僕たちはその子たちの世話はを買って出る事にした。今では多少の苦労があるものの、安定した生活をおくっている。




 ちょっとばかし昔のこと思い出していると、突如近くからすすり泣くような声が聞こえてくる。どうやら路地では無く、通りの方から聞こえるみたいだ。


 僕とアリアは顔を見合わせると、すぐに声のする方へと向かう。見ると一人の五歳くらいの女の子が、泣きながら視線を彷徨わせている。

 通りということで周りに人はいるみたいだが、誰も女の子に声を掛けようとはしない。みな女の子に気付きながらも、少々嫌そうな視線を向けている。


 しかし、そん中でもアリアは周りを気にせず歩み寄る。


『大丈夫?どうしたの?』


 声を掛けられた女の子は少し驚きながらも、アリアの顔を見ると安心したのかたどたどしく話し始める。


『あの... おかあさんとはぐれちゃって』


 なるほど、迷子か。この子は動き回って探していたわけじゃないみたいだし、そんな離れていないとは思うけど。


『おかあさんと? えっと、何処ではぐれちゃったのかわかるかな?』


『んーん』


 アリアが詳しく聞いて見ようとするも、女の子は首を横に振るのみ。こちらからこの子のお母さんを探すといのは、ちょっと難しそうだ。


『そっかー、でもきっと大丈夫。この広い通りにいれば、おかあさんならきっと見つけてくれるよ』


 そう言って、アリアは女の子に安心させるよう微笑みかける。


『そ、そうかなー? 』


『うん、だからそれまでおねえちゃんたちとお話ししよ?』


 アリアが続けて普段の何気ないおもしろエピソードを話しだすと、女の子は興味を惹かれたのか目を輝かせて聞いている。先程まで浮かんでいた涙は無くなり、顔には笑顔が咲いていた。

 すると、今度は女の子の方から話しを始めた。お母さんの作ってくれるコリンパイが美味しいだとか、この前友達とお人形遊びをしたなんて事を嬉しそう話す。


 二人の笑っている顔を見ていると、ふと院長先生が言っていた言葉が思い出した。



 せめて、ここにいるひまわり院の子どもたちだけでも、ひまわりのような笑顔ができるようになってほしい。院長いつもそんな事を言っていた。



 この女の子はひまわり院にいた子どもでは無い。けれど、アリアと話をしていてここまで明るい表情が出来るのだ。僕が思っているほどこのスラムという街は終わっていないのかもしれない。


 現状スラム街の状況はあまりよろしくない。みながみな切り詰めた生活をしていて、心身ともに疲弊しきっている。

 そんな中でこの二人みたいに心の底から笑える子どもは、きっとスラムの希望になる筈だ。


 子どもたちという希望を後世に繋ごうとした—— いや、純粋に僕らのような子どもに向けて、笑顔になってほしいと言った院長に、改めて感謝の気持ちを伝えたくなった。




 しばしの間、僕も二人の会話に混じっておしゃべりをする。といっても基本的に話していたのは女の子とアリアだけで、僕自身は適当に相槌をうっていたぐらいだ。

 アリアは子どもの相手が上手い。初対面の子でもこうしてすぐ仲良くなってしまうのだ。なんだろう、精神年齢が近いのかな。


 そんな事を考えていると、途端にアリアがこちらを向くからドキリとした。けれど、僕も少し遅れて気がつく。アリアは僕を見たわけじゃない。

 後ろを振り向くと三十代くらいの女性が近づいて来るところだった。その顔だちは何処となく女の子のそれと似ている。


『マリー!』


『あ! おかあさん!』


 女の子は女性を見つけると、走っていって腰へと抱きつく。


『もう、心配したのよ。あちこち探したんだから』


『うん、でも大丈夫。おねえちゃんたちがいたから』


 女性はそれを聞いてこちらに気付きお礼を言った。


『ありがとうございます。うちの子の面倒を見てくれてたんですよね』


『いえいえ、私たちは楽しいおしゃべりしてただけですよ。この子のお母さんですよね?』


『はい、今回はお騒がせしました』


 女性はぺこりと綺麗にお辞儀をする。僕らも女性から見たら子どもだろうに、丁寧な人だ。


『おかあさん!おかあさん! おねえちゃんのお話でねー!』


 女の子は安心したのか、アリアの話を早速母親に教えようとする。すると女の子のお腹から、ぐ〜と可愛らしい音が鳴った。


『あ、そうだ!マリーちゃんこれでおかあさんに美味しいコリンパイを作って貰って! 美味しいんだよね、おかあさんのコリンパイ!』


 アリアはそう言うと、懐から一つのコリンを取り出す。


『うん! そうなの! でも本当にいいの?』


『そこまでお世話になる訳には』


 女性が戸惑い断りかけるが、アリアはそれを押し切って女の子にコリンを渡す。


『いいんです。丁度余っていたものですから』


 本当は自分が食べる物だったろうに。それに盗んできた物を渡していいのだろうか。まあ、アリアが満足そうだしいいか。






 その後はちょっとした雑談をしていると、日が暮れ始め、別れの時間がやってきた。


『すみません、何から何まで』


『バイバイ! おねえちゃん、おにいちゃん!』


 僕らは女の子が見えなくなるまで見送ると、再び路地へと戻り姿を消す。


『まったく、甘いのはどっちなんだか』


 僕は自分の分のコリンを半分に割ってアリアに差し出す。

 アリアは顔をそむけながら受け取ると、一口かじって口に含む。


『間をとってこのコリンじゃない?』


『間ってなんだよ』




 これが僕らの日常だ。






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 シオンは一通り話すとまるで自分のことかのように、嬉しそうに笑う。


「良い妹さんじゃないか」


「ありがとう。アリアは僕にとって大切な一人の家族なんだ」


 俺はシオンの昔話を聞いて納得した。シオンはスラムの人間だったのだ。街で出会ったスラムの子どもは、シオンが昔世話をしていた子どもの一人なのだろう。

 だからあの時シオンの事を『シオンにいちゃん』などと呼ぼうとしたのか。


 それにしてもシオンが妹を語って聞かせるその表情は、とても幸せそうだった。それほどまでに大切な存在ということなんだろう。




「けどね、そんな日常も長くは続かなかった」


「それは一体どういう...?」


 シオンは目を伏せ、無表情のまま口にした。


「......ある日、国王がやってきた」


「は? 国王が?」


 スラムとは縁のなさそうな、突如出てきた国王というワード。

 それから語られた内容は、そうやすやすと信じられるものではなかった。

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