第13話 俺らしさ
二年三組の教室は昨日と同じく、会議室になっていた。
しかし、その会議は昨日とは比べ物にならないほど静かだった。というより、始まってすらいなかった。
「先輩来ませんね……。何かあったんですかね」
「…………」
春咲がそう言っても、一ノ倉は何も喋らない。ただ、椅子に座り読書を続ける。
窓から差し込む光が一ノ倉を幻想的に映す。けれど、それは寂しそうにも見えてしまった。
☆☆☆
「ただいま」
自宅につくと母が夕飯の用意を始めていた。
「おかえり。今日は随分早いのね」
「家で勉強を進めたくて」
もちろん嘘だ。
「そう。ご飯、八時でいい?」
「うん」
適当に母に返事をして、自室に入った。
鞄を肩からおろし、上着を脱ぐとそのままベッドへ倒れ、布団に顔を埋める。
「はあ」
上門の言葉、敷町の言葉が脳裏に焼き付いて離れない。
ーー私は私らしい戦い方で勝つわ。
ーー折乃らしい、そんなことを見つければいいんだよ。
「らしさってなんだよ。俺のやってることはそんなに俺らしくないか」
俺らしいこと。俺のしたいこと。
俺はただ、前生徒会長の高浪先輩のように学校のイベントを……。
俺は確かにマニフェストにそう書いた。
『ーー去年初のイベントを今後も続けていく。例として、文化祭最終日の後夜祭など。ーー』
しかし、こんなもの誰だって書いていることじゃないか。
その上で、上門さんは己のやりたいことを公約に含めた。
そうか。
マニフェストは、皆のやってほしこと、皆にやってやるべきこと、だけを並べるお利口にする場所じゃない! 己の欲望をぶつける場所なんだ!
俺の好きなこと、俺の趣味。
それは……。
☆☆☆
夕食をとった後は何も考えず、ただひたすらに、俺はポスターを作成していた。
「できた……!」
気づけば朝日が上り、辺りは明るくなっていた。
時計の短針は六を指す。
これほどに何かに集中して、試行錯誤を繰り返し、時間を忘れたのはいつ以来だろう。
欠伸をし、眠いと脳が言う。徹夜した後の気だるいこの感覚も、不思議と悪い気分ではなかった。
これが成し遂げた、ということなんだろう。
少し早いが、学校行く準備をしてしまおう。
☆☆☆
いつもより早く教室に着くと既に一ノ倉さんがいた。
俺より遅く来たことはなかったが、これほど早く来ていたとは。
一ノ倉は折乃に気づくと口を開く。
「折乃君、昨日は何を……」
「一ノ倉さん、昨日はごめん!」
頭を下げる。
「そこに、正座なさい。謝罪は、昨日何をしていたかを言ってからにしてもらえる?」
相当お怒りのようだ。
それもそうだ。無断欠席に加え、連絡もすべて絶っていたのだから。
「家に帰りました……」
机に座り、足を組む一ノ倉。
「へえ、折乃君は私をアイドルにさせたいのかしら」
「それはそれで見てみたいかもしれない……じゃなくて!これ見てよ!」
今朝、完成したポスターをコピーしたものだ。
「本当は家に帰って、そのまま勉強するつもりだったんだ。だけど、このままじゃいけないって、俺なりに『俺らしさ』を考えたんだ」
「それで、できたのがこれ?」
ポスターを眺める一ノ倉。
そのポスターには新しいマニフェストを書いた。
『この学校の図書館を市一番の本揃えにする!』
たぶん需要はないだろう。それでも俺は『俺らしさ』を貫こう。そう決めた。
「そう。どうかな?」
「ダメね」
「そ、そっか」
素人なりに頑張ったんだけどなあ。
「けれど、とっても折乃君らしいわ」
そう言って微笑む一ノ倉さんを見て、俺はどこかホッとした。
「だからって、許されるわけではないわ。後で春咲さんに謝りなさいよ。一番、心配していたのは彼女なんだから」
「わかった」
「ポスターは放課後、皆で考えましょ。審査は明日までだから、今日中に決めないと」
ポスターは審査の通ったものしか貼れない決まりになっている。これも去年の生徒会長である高浪先輩の影響だ。
「そうだね。昨日の分まで頑張るよ!」
「その意気よ」
まだ、負けたわけじゃない!勝つぞ、俺は!
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